[PR]q掴:3N15~H

注意この作品には残酷でグロテスクな表現が使われています。そういった作品への耐性がない方は読むのをご遠慮ください。また身体的特徴についての表現は、差別的な意味での使用ではありませんので、どうぞご理解のほどを宜しくお願いします。








扉の前に立った碇シンジは、一つ大きな深呼吸をしてドアをノックした。
彼の隣には普段にも増して無表情な綾波レイが、バイオリンケースを手に下げて立っている。
「誰だ?」
ドアの向こうからくぐもった男の声が聞こえた。
覗き穴の向こう側がかすかに動いて見えたので、恐らく中の人間がこちらを窺っているのだろう。
しばらく待っていると、ドアが少し開いて隙間から男が顔を覗かせた。
「どうも、第三新東京オーケストラの者です。こちらで夕日新聞社さんのインタビューを受ける事になっていたはずなんですけど・・・・」
シンジが人畜無害な笑顔を見せる。
「ああん?知らねーなぁ」
「いえ、確かにここへ来るように言われたのですが」
「だから知らねーって言ってるだろうが」
男が扉を閉じようとしたので、シンジは片足をドアに突っ込んでそれを阻止した。
「てめぇ、いいかげんにしろよ!!」
扉の外に出た男がシンジの胸倉を掴み上げた。
綾波レイの肩がピクリと動く。
締め上げられながらもシンジは開いたままになっているドアの中をチラリと覗いた。三人の男が奥の部屋から顔だけ出してこちらを見ている。
「いいか?ここには新聞社の人間なんて居やしねぇんだ。とっとと失せろ!」
「ぐっ」
男に突き飛ばされたシンジが、頭を後ろの壁で強打した。
カチリ・・・・。
その時、男にとって良く聞き慣れた音がした。
先ほど彼が覗き穴から見た時に、今突き飛ばした男と一緒に立っていた少女。
『そんな音』が少女の方から聞こえるはずが無い。
振り返った男の目が驚愕に見開かれた瞬間、彼の胸には三つの穴が開いていた。
「綾波!」
シンジがレイの名を呼ぶが、彼女は聞こえていないのかそのまま手にした短機関銃「FN P90」を開いたままの扉の内側へと向けて引き金を引いた。
部屋の中で懐から拳銃を引き抜こうとしていた男が蜂の巣にされる。
レイの持つ短機関銃に装填されている5.7mmの弾は、先が普通の拳銃弾のように丸くなっておらず、ライフル弾のように尖っている為に貫通力が高い。それに加え、人体に当たった時に体内で傾いて暴れる性質を持っており、5.7mmとは言え、胴体部分に当たれば即座に戦闘不能に陥ってしまう。
もっとも、蜂の巣状態になってしまえばどんな弾を使っていても同じ事だ。
オーバーキル気味の男が、糸の切れた操り人形のように床に倒れ込んだ。
ブルパップ式のマガジンを素早く交換したレイは、威嚇射撃を続けながら部屋の中へ飛び込んで行く。
「加持さん、作戦は失敗です。綾波が突入しましたので、サポートよろしく!!」
懐からべレッタM92を引き抜いて初弾を装填し、セーフティーを解除したシンジは、襟に仕込んであったマイクに向けて怒鳴るとレイの後に続いて部屋の中へと入って行く。
シンジがレイに追いついた時、レイは三人目を射殺したところだった。討たれた男の後ろの壁が赤く塗装される。
まるで機械のように無表情なレイの横顔に、シンジは戦闘中だと言う事も忘れ、憐憫の目を向けて見入ってしまった。
リビングにはテーブルが倒されており、その影から二人の男達がこちらに向けて発砲している。レイは壁の影からテーブル目掛けて雨のように弾丸を浴びせているが、相手の銃弾がひっきり無しに飛んでくる為に、狙って正確な射撃をする事が出来ない。
その時、シンジとレイがいる廊下から死角になっていたキッチンから男が一人飛び出して来て二人に向けて発砲した。
レイが上半身をひねってそちらに銃口を向ける。引き金は引かれたままなので、まるで壁に蛇が這うようにして弾痕が発砲した男に向かい、ど素人のように体ごと外に飛び出して来た男の胸に這い上がる。
「う・・く・・・」
何も無かったかのようにまたリビングのテーブルに照準を向けたレイだったが、横から聞こえて来た呻き声に目を見開いた。
さきほどの男に撃たれたシンジが腕を押さえていた。押さえた手の指の間からは、真っ赤な血が溢れ出ている。
レイの目に作戦が始まって初めて感情が宿った。
純粋な怒り。
普段が無表情なだけに、それはゾクッとするような凄みがある。
「待って綾波!!ただのかすり傷だ!!」
銃弾が引っ切り無しに飛んでくるリビングに何の躊躇いもなく飛び込もうとするレイを見て、シンジが叫んだ。
いくら『エヴァ』だとしても、何発も銃弾を浴びるのは避けなければならない。
体が『破損』すれば、治療する為に大きな副作用のある薬を大量に投与しなければならないからだ。
いや、それ以前にレイが負傷する所など見たく無かった。





15万ヒット記念小説


GUNSLINGER EVA
ガンスリンガー・エヴァ







碇シンジ、22歳。
彼が公益法人福祉公社ネルフへと入社したのは丁度1年前の事だ。
セカンドインパクト後に設立された戦略自衛隊に当時所属していた彼は、対テロ戦における優れた才能を買われ、ネルフへとスカウトされた。
福祉公社が何故自分を必要としているのか理解出来なかった彼は、責任者である冬月コウゾウから説明を聞いて酷く驚いた。
ネルフは表向きには身体障害者の援助事業をしている事になっているが、裏では政府からの依頼で反政府組織を潰す軍事組織だったのである。つまり、汚れ仕事を請け負っている組織だったのだ。
更に驚いた事に、ネルフは重度の障害がある子供達の体を『エヴァンゲリオン』と呼ばれるサイボーグに作り変えていたのだ。サイボーグ化の度合いは子供の障害の重さによって異なるが、これによってネルフの子供達は常人の何倍もの力と反射能力を有している。
子供達は薬によって『条件付け』と呼ばれる洗脳を受けており、パートナーとなる担当官には絶対服従となる。ただ、サイボーグ化や治療の時にも使うこの薬は副作用が大きく、大量に使用すると子供達の健康に様々な問題を引き起こす事が最近分って来た。記憶障害などもこの一つだ。
シンジがネルフへ入って最初にした仕事は、日本各地の病院を回って彼の『妹』を見つける事だった。
いくつもの病院を回ったシンジだったが、どうしても誰にするか選べないでいた。それは年端も行かない子供の体を弄繰り回し、戦争へと駆り立てる事に対する罪悪感からであった。たとえその子供達が放っておけば遠くない未来に死んでしまう運命にあったとしても、だ。
同期の渚カヲルなどは、最初に行った病院でさっさと自分の『妹』を決めてしまっていた。いつまでも決められないシンジを見て肩を竦めて見せたものだ。
ここで最後にしようと決意して寄った病院で、シンジは一人の少女と出会う。
集中治療室で横になっていた少女には、両腕と左眼が無かった。
「彼女は昨日運ばれて来ました。アルビノの彼女を育てるのは彼女の親にとってかなりのストレスになっていたらしくて、発狂した彼女の母親が彼女を殺そうとしたそうです。別居していた父親がたまたま彼女の家を訪れなければ、彼女は間違いなく死んでいたでしょうね・・・」
少女の手術を担当した医師が説明した。
「意識は?」
「一度目を覚ましましたが、今はまた眠っています。何度も生まれて来てごめんなさいとうわ言のように母親に詫びていましたよ」
やりきれない話ですと医師は肩を落した。
「あなたは福祉公社から来られたのでしょう?いやぁ、素晴らしい仕事ですね。出来れば、あの子を救って上げてください」
頭を下げる医師に、シンジの胸がチクリと痛んだ。
医師の期待の篭った視線に耐えられずに集中治療室の中に目を向けると、少女の胸が呼吸に合わせて微かに上下していた。
ただでさえアルビノと言う身体的特徴を持っていると言うのに、両腕と左目を失った彼女のこれからの人生は、決して明るい物では無いはずだ。それに加え、実の母親に殺されかけたと言うトラウマは、そうそう簡単に乗り越えられる事は出来ないだろう。
「分りました。出来るだけの努力はしてみます」
気付いた時には、少女の引渡しの書類にサインしていた。
ネルフでは『エヴァンゲリオン(エヴァ)』と呼ばれるサイボーグとその担当官となる人間を『きょうだい』と呼んでいる。碇シンジと少女の場合は男女なので『兄妹』だ。
『エヴァ』となった子供の名前を決めるのは彼らの担当官となる『兄』、または『姉』に一任されている。
シンジは目を覚ました少女に『綾波レイ』と言う名前をつけてやった。
「こんにちは。僕が今日から君の教官になる碇シンジだよ。君の名前は『綾波レイ』。何か困った事があったら何でも言ってね」
優しく微笑みかける青年の顔、そして深く心に染み込むような声が、薬の投与と『条件付け』によって過去の記憶の一切を失った少女の初めての記憶となった。




ネルフに来てすぐのレイは、本当に人形のように命令を実行するだけの人間だった。
銃の分解と組み立てを出来るだけ早く覚えるようにと言うと、睡眠も取らずにただ黙々と一晩中練習していた時もあった。次の日、訓練の為に彼女の部屋を訪れたシンジは、前日彼が部屋から出た時と全く同じ姿勢でテーブルの上の拳銃と格闘しているレイを見て驚いたものだ。
『エヴァ』とはそう言う物だと同僚達は言うが、シンジにはどうしても割り切れなかった。それは現在でも変わらず、彼は出来るだけ綾波レイを一人の人間として扱うように心掛けている。
一方でレイは、ある意味理想的なエヴァと言えた。
無口で冷静沈着、感情の起伏に乏しく、担当官の命令に忠実。まさに生粋の殺人マシーン。初めての作戦では、ゼーレと呼ばれる反政府組織のテロリスト五人を完殺してみせた。
命令に忠実なのはエヴァなら誰でもそうなのだが、どうやら彼女が無口なのはそれとは違った部分にあるようだ。その証拠に、同僚のカヲルの『妹』である霧島マナなどは底抜けに明るく、まるで突撃銃のように話題の弾丸をこちらへ打ち込んでくる。このように同じエヴァにも個性があるようだ。その個性がエヴァとなる前から持っていたものなのか、それともエヴァになった事で現れたものなのか、過去の彼女達を知らない担当官達は知る由もない。
シンジは徹底した『条件付け』は行わず、自分の自由時間も極力レイと一緒に過ごせるようにした。それは同年代の少女達のように泣いたり、笑ったりしてもらいたいと言う想いからであったが、それ以上に彼女を不憫に思ったからだ。
悲惨な事件を経験し、記憶の一切を奪われ、そして殺人兵器として日々訓練や作戦をこなしてゆく。
シンジは人並みの喜びや幸せを彼女に与えてやりたかった。たとえそれが自身の罪悪感を紛らわす為の偽善だと理解していても。
同僚からは随分と冷やかされたものだったが、レイがポツリポツリと自ら言葉を発するようになるにつれ、そんな声も聞こえなくなって行った。
彼女と出会ってから半年もすると、口数もかなり多くなり、宿舎にいる他の『エヴァ』達にも溶け込めるようになっていた。
「愛の力よねぇ」
うっとりとした顔でこう言ったのは、ネルフで情報関係の仕事をしている伊吹マヤ嬢だ。
実際、『条件付け』とは恋愛感情に良く似ているのだと『エヴァ』の健康管理を担当している赤木リツコ博士は言っていた。
異性同士がパートナーになるのも、そうした方が条件付けをスムーズに行える為らしい。
もっともシンジとは違い、エヴァを単なる兵器として考えている担当官もいる。
カヲルなどはその良い例で、自分の『妹』である霧島マナをまったく人間として見ていなかった。
銃撃戦の最中、マナに無謀とも思える突撃をさせようとしたのでシンジが咎めたら、彼は何を言っているんだと呆れてみせた。
「パートナーを守るのがエヴァの仕事だ。このままだと僕達が危険な状態になる以上、あいつが体を張って危険を排除するのは当たり前の事だよ、シンジ君」
この戦闘でマナは五発の銃弾を腹部に受け、医務室送りとなった。
マナが一人でテロリストと戦っている時、シンジはどうしてもレイに突撃するように命令を出す事が出来なかった。




「どうしたんだ、シンジ君?」
リビングに倒れている二つの死体をボーっと眺めていたシンジが振り返ると、先輩の加持リョウジが彼の『妹』であるアスカ・ラングレーを連れて立っていた。
アスカはステアーAUGという突撃銃を抱えており、テロリスト達の死体をつま先でつつき、本当に死んでいるか調べている。
「いえ、ちょっと・・・」
「腕のケガは大丈夫か?」
「はい、かすり傷です」
「そうか、本部に戻ったらちゃんと治療を受けるんだぞ」
「はい。それから、さっきは援護ありがとうございました」
「いや、気にするな。持ちつ持たれつってな」
リョウジは口の端を持ち上げてみせた。
無精髭を生やし、だらしなくネクタイを緩めている彼に良く似合う笑い方だ。
「それにしても珍しいな。おとなしいレイちゃんがあれほど取り乱すなんて」
「はい、アスカの狙撃で助かりました」
先ほどシンジが撃たれたのを見てレイがリビングに飛び込んだ時、隣のマンションの屋上でライフルを構えていたアスカが、残りの二人のテロリストを狙撃したのだ。
結果レイは無傷で済んだが、一歩間違えば大変な事になっていた。
なぜあんなに無謀なことをしたのかと彼女に尋ねて見たところ、「申し訳ありませんでした」の一言が返ってきた。
とりあえず指揮車も兼ねた移動用のトレーラーに戻るように言っておいたが、帰ったら赤木博士に相談してみた方が良いかもしれない。作戦中にレイが命令無視のような行動を起したのは、これが初めてだ。
「じゃあ後の処理は青葉さんと日向さんに任せて、僕達は撤収しましょう」
「そうだな。アスカ、行くぞ」
シンジ達は壁が穴だらけになった部屋を出て行った。




「だからもっと条件付けを徹底すべきなんだよ。作戦中に我を忘れて命令違反なんて、もってのほかさ」
報告の為に2課の課長である葛城ミサトの部屋へ寄ったシンジは、事の顛末を聞いたカヲルから小言を頂戴していた。
カヲルは今回の作戦には参加しておらず、自分が担当しているマナの射撃訓練を監督していた。マナについての報告書を書いてミサトに提出した所で、ちょうど作戦を終えたシンジが帰って来たのだ。
彼はシンジが薬によるレイの条件付けを必要最小限にしている事を批難した。彼にしてみれば、担当官の静止も聞かずに作戦をぶち壊したレイの行動は、非常に危険な物に思えたからだ。
「でも、彼女達の健康を考えると、あまり薬を使いたくないんだ」
「その結果、彼女達が負傷すれば、結局薬を使わなくちゃいけないんだよ?」
やれやれと溜息をついたカヲルに、ミサトは苦笑してみせた。
「まあまあ渚くん、それぐらいにしておきなさい。碇くん、今後はこう言った事態が起こらないよう、レイにしっかりと指導しておく事。いいわね?」
「はい。了解しました」
「よろしい。じゃあ今日はもうゆっくりと休みなさい」
「あ、そうだ葛城課長。レイの外出許可を頂けますか?」
退室しようとしたシンジが、思い出したように言った。
「あら、アフターケア?」
「まあ、そんな所です」
「分ったわ、許可します。書類は後で届けておいてね」
「了解しました。では、失礼します」
シンジが出て行くと、カヲルはまた大きな溜息をついた。
「大きな問題にならなければ良いんですが・・・・」
「優しいのよ、彼。だからこそ、私達は彼を守ってあげなくちゃいけない」
「やれやれ、課長はシンジ君には甘いですね」
「そうかしらん?私はいつも平等を心掛けているつもりよ」
「2課叩きの口実を、1課の時田課長に与えてしまうかもしれませんよ?」
「その時はその時よ」
ミサトは不敵に笑ってみせた。




レイが密かに『本の虫』と呼ばれている山岸マユミから新しい本を借りようと彼女の部屋を訪れると、居残り組がお茶会をしている最中だった。テーブルの上にはポテトチップスやらクッキーやらが、所狭しと並べられている。
「レイちゃん、派手にやったんだって??」
扉を開けるなり投げかけられたマナの声に、レイが少し顔を伏せた。
マナの無神経さにマユミが頭を抱えたが、すかさず凍りついた空気を振り払う為にフォローを入れた。
「レイさんもお茶をご一緒しませんか?」
椅子から立ち上がったマユミは、少し強引にレイを引っ張って座らせた。
「ささ、新しいポッチーが出たんですよ。レイさんもちょっと食べてみて下さい。すごく美味しいんです」
スイっとレイの前に箱が差し出された。甘い香りを放つその箱の中には、これでもかと言うほど強烈にチョコレートでデコレートされた棒状のお菓子が入っている。
新作ポッチーを差し出したマユミだったが、レイにそれを受け取る気配はない。
「・・・嫌われたらどうしよう・・・・」
か細い声でレイが言った。
レイがネルフに来てから一年以上の付き合いになるマユミは、それがシンジの事だと理解した。
彼女はレイがシンジに対して恋慕の念を抱いている事を知っていた。もっとも当のシンジと言えば、そんなレイの気持ちには全く気付いていないようだが。
シンジから見ればまだ幼く見えるとは言え、レイは年頃の女の子なのである。あんなに丁重に、しかもお姫様と接するように付き合えば、たとえ条件付けされていなかったとしてもそうなるだろう。
そこの所を全く理解していないシンジに対して、少し毒づいてみたい気分になる。
「そんな事は無いですよレイさん。碇さんがどれだけレイさんの事を大切に思ってらっしゃるか、レイさんが一番良く知っているでしょう?」
諭すように言ったマユミは、隣に座っているマナの脇腹を、レイに見えないようにテーブルの下でつついた。
「ひゃう・・・そ、そうだよレイちゃん。シンジさん優しいもん。絶対に怒ったりなんかしないよぅ」
援護を要請されたマナが支援砲撃を加えるが、綾波要塞はびくともしなかった。
「でも、トレーラーの中で怖い顔をしていたし・・」
「そ、それはきっと葛城課長への言い訳を考えていたんだと思いますよ」
「やっぱり、私は碇さんに迷惑をかけてしまったのね」
「だから碇さんは優しいから気にしないですよ」
「本当?」
「本当ですよ」
マユミは心の中で救世主の登場を渇望した。
ここまで落ち込んだレイを救えるのは、シンジ意外では『あの』人しかいないのである。
「あ!ポッチーの新作出たんだ。一本もらい〜」
果たして救世主は現れた。
シャワーから出て来たアスカが、バスタオル一枚だけ体に巻いた状態でテーブルの上のポッチーを一本取り上げると、はしたなく立ったままポリポリと食べ始めた。乱暴な食べ方をしているので、ポロポロと食べカスが絨毯の上に落ちて行く。それを見てマユミが眉をひそめた。いつも掃除をせねばならないのはアスカと同室の彼女だ。
「ん?なによレイ、そんな辛気臭い顔して」
「レイさんは、今日の失敗を気になさってるんです」
また悲観的な考えに走っているんだなと納得したアスカは、ポッチーをもう一本箱から取り出した。
「気にする事無いわよ。一回ぐらい失敗したってお払い箱になる訳無いし、シンジなら反対にアンタが落ち込んでるんじゃ無いかって今ごろ心配してるんじゃ無いの?」
だからそんな辛気臭い顔をするなとアスカは言った。
マナがポッチーの箱に手を伸ばしたが、どうやら先ほどアスカが食べたのが最後の一本だったらしく、中には一本も入っていなかった。諦めきれないマナは箱の中に残っているチョコの欠片を指先で摘んで口に運ぶ。
「元気出しなさい。そんなんじゃシンジに余計な心労をかけるわよ。そっちの方がアンタにとって心苦しいでしょ?」
生真面目なレイには、ただ単に大丈夫だと言うより、こうして理詰めで諭した方が効果的だ。
「それからマナ!意地汚い事するのは止めなさい!」




新しくマユミから借りた本を抱えたレイは、トボトボと自室に向かって歩いていた。
『炎のドクドクモンスター』
『できる!毒草の栽培』
『SAS式サバイバル術』
三冊ともマユミの強い勧めで読む事になったのだが、最後の一冊は良しとして、他は実用性が全くと言っていいほど無い。それでも暇つぶしにはなりそうだ。今夜はすぐに寝付く事は出来ないだろうから。
シンジに心配をかけたくは無いので早く元気になろうと思ってはいるのだが、なぜ指示通りに動かなかったのか後悔で胸が一杯だ。
自分が命令無視しなければ、シンジが怪我する事も無かった。彼を傷つけたテロリストが許せなかったのだが、これでは彼女自身が彼を傷つけたような物だ。呆れられて、嫌われてしまうかもしれない。不安だけが重くのしかかり、彼女の表情を心とは裏腹に暗くしてゆく。
部屋に戻ったレイが溜息混じりに本を読んでいると、扉をノックしてシンジが入って来た。
本の世界に逃避していたレイは、シンジに会う心の準備が出来ておらず、横になっていたベッドから飛び起きた。鼓動が早くなるのが分る。戦闘中でもこんなに鼓動が早くなった事はなかった。
「ごめん、休んでたんだね」
「いえ。本を読んでいただけですから」
「そう。じゃあ、少し時間あるかな?」
「はい、問題ありません」
「準備が出来たら駐車場に来てね。そこで待ってるから」
それだけ伝えると、シンジは出て行った。
いつも通りの穏やかなシンジだった事に安堵したレイは、いそいそと外行きの格好へと着替えはじめた。クローゼットの中にある服はすべてシンジが選んだ物である。着飾る事に興味が無いレイは、アスカや他の仲間達のように自分で服をみつくろって買うと言う事をしない。カモフラージュ用に与えられた某中学校の制服しか着ることの無いレイを見かねたシンジが、給料日ごとに数着ずつ買い与えてきた衣類が、クローゼットの中に溢れ出すくらいに入っている。光源氏計画だなどと同僚から陰口を叩かれる事もあったが、シンジは全く気にする事はなかった。
数ある洋服の中から、レイは白のワンピースを選んだ。一ヶ月ほど前、帽子と一緒に買ってもらった服だ。やっぱりレイには白が似合うねと言って微笑んでいたシンジを思い出し、わずかに頬を桃色に染めたレイは、手にしたワンピースをギュッと抱きしめた。
外はもう暗くなっているので、帽子をかぶる必要はない。
小さなポシェットを引っ張り出し、護身用のザウエルP239をその中に入れた。反政府組織であるゼーレが襲撃してくる可能性があるからだ。実際、加持とアスカが外出中に襲われた事がある。三人の襲撃者はアスカによって簡単に制圧され、その内二人はこの世と永遠にさよならした。
確実にシンジを守るなら、もっと強力な武器、たとえばレイが愛用しているP90などを持って行けば良いのだが、プライベートな時間にレイが銃を持ち歩く事をシンジが嫌がるのを彼女は知っていたので、拳銃で妥協する。




愛車の『フェラーリ 360 Challenge Stradale』に寄りかかって煙草を吸っていたシンジは、こちらに向かって歩いてくるレイを見つけると煙草を足で踏み消した。
ちなみにシンジはリツコ博士のようなヘビースモーカーでは無いが、煙草は好きだった。だいたい一日に一箱は空にする。ただ、レイの前では極力喫煙を避けていた。彼女に煙草の匂いが移るのを気にしているのだ。ただでさえ硝煙とガンオイルの匂いがする時があるのに、それに加えて煙草の香りを漂わせる少女なんて、考えただけでも気が滅入る。
「さあ、乗って」
助手席の扉を開いてレイを乗せてやると、自分も運転席に体を押し込んだ。
エンジンをスタートさせた瞬間、内燃機関が腹に響くような音で吠え始める。このフェラーリは、今の時代には珍しくなったガソリン車だ。上司である葛城課長の影響でシンジもガソリン車を購入した。もともと高価な車体である上、ガソリン車の維持費は非常に高く、それなりの収入があるシンジにとってもかなりキツイ買い物ではあったが、そんな事を忘れさせるぐらいの魅力がこの車にはあった。今ではシンジの唯一の道楽である。
白い車体は滑るようにして公社の駐車場から出て行く。
シンジがチラリと横目で見てみると、電気自動車では感じたことの無い加速にレイが目を大きく見開いて驚いていた。実はこの車にレイを乗せるのは初めてなのだ。いつもは公社が用意した車を使って出かけている。
「怖い?」
「・・・いえ」
さすがと言うか、すでにレイはいつもの無表情に戻っている。今も法定速度を軽く超えたスピードで走っているのだが、気にした様子は全くない。少し残念だった。
「これから何処へ?」
珍しくレイが質問した。
レイは先ほどから行き先が気になって仕方が無かった。これほど夜遅くにシンジに連れ出された事は今までに無かったからだ。夕食などで夜に出かける事は今までに幾度もあったが、夕食はとうの昔に宿舎の食堂で済ませている。
昼間にあんな失敗をした後なので、いつもと違うシンジの行動が非常に不安に思えたのだ。
「ん〜、特に何処って決めている訳じゃないんだ。ただのドライブ・・・かな?」
そのまま黙り込んだシンジは、ハンドルを街とは逆の方向へ向けた。
無言のまま車は10分ほど走り、小高い丘の上にある公園で停車した。
「降りるよ」
そう言ってエンジンを切ったシンジは外に出た。レイも公園の奥へと歩いて行くシンジについて行く。
「うん、この公園からの夜景はキレイだと思ったんだ」
そう言って微笑んだシンジの向こう側には光の海が広がっていて、レイは思わず息を呑んだ。
「キレイ・・」
夜の第三新東京市。
まるで天の川が地上に落ちてきたような風景を、レイは心奪われたように見つめた。
「この街に初めて来た時、葛城課長がこの公園に連れてきてくれたんだ。これから貴方が守って行く街だってね。その時は夕方だったんだけど、夜に来たら綺麗なんじゃないかってさっき思い出したんだ」
目を輝かせているレイを見て、満足げにシンジが言った。
そのまましばらく夜景を眺めていた二人だったが、時間が経つにつれレイの表情が沈んだ物に変わって行った。
「あの・・・」
「ん?」
「今日は、ごめんなさい」
絞り出したような声でレイが言った。
「私・・・・碇さんが乱暴されているの見たら、頭の中が真っ白になって・・・それで・・・」
「いいんだよ、気にしなくて」
レイの頭にポンと手を置いたシンジは、わしゃわしゃと撫でる。柔らかくてサラサラとした蒼銀の髪の感触が気持ちいい。レイも心地よさそうに目を細めている。
「でも、私のせいで碇さんが怪我を・・・」
「見て、レイ」
さらに続けようとしたレイを、シンジの声が遮った。
シンジは夜景では無く、夜空を指差している。その先には、煌々と輝く満月があった。
「レイにはあの月の模様が何に見える?」
月には『海』と呼ばれる暗くて平坦な地形がある。裸眼でもそれらは黒い染みのように見えるのだが、レイにとってそれはただの『黒い染み』であり、それが何に見えるかなど考えた事もなかった。
「アラビアの人達には、吠えるライオンに見えるらしい。南ヨーロッパだと片腕の蟹だし、東ヨーロッパや北部アメリカの人達は女性の横顔。ほら、あの影の部分が髪の毛に見えない?」
中腰になってレイに顔を寄せたシンジは、真剣な顔で講義を始めた。
シンジの身長は180センチ以上あるので、中腰にならないと視線が合わせられないのだ。
「月の女神の伝説は、様々な文化の中で数多く登場しているから、なにかそれと関係しているのかもしれないね」
すぐ横でレイが顔を赤くしているのにも気付かず、シンジは夢中になって説明を続けた。
「南部アメリカはワニとか、荷物を運ぶロバ。欧米の一部の地域では、本を読むお婆さんなんて言うのもある。面白いでしょ」
でもね、とシンジは一旦区切った。
「やっぱり一番かわいらしいのは日本の餅つきウサギだね。日本人だからかもしれないけど、やっぱり月の模様はウサギに見えちゃうよ」
シンジが笑うのを聞きながら、レイは月の模様をじっと見つめた。
そこにシンジと同じ物を見てみたかったのだ。
「ほら、左上の細い部分が耳で、ちゃんと尻尾もあるでしょ?」
分りづらそうにしているレイに、シンジが横から説明する。
「あ・・・・」
黒い染みが何かの模様に、何かの模様がウサギに。
レイにも確かに見えた。
「・・・私にも・・見えた」
シンジと同じ物を見ている。
嬉しくて、おもわず笑みがこぼれた。
「ね?ウサギが餅つきしてるでしょ?」
レイが笑ったのが嬉しくて、シンジも満面の笑みを浮かべた。
「また二人でここに月を見に来ようか?今度は望遠鏡を持って来よう。もっと月が大きく見られるから、そうすれば模様もはっきり見える」
「はい。また、来たいです」
二人はその後もうしばらく月を眺めた後、宿舎へと帰って行った。




三週間後・・・・


「ゼーレの幹部、斎藤ヨシハルが第三東京市に潜伏していると言う情報が入ったわ。どうやら仲間と一緒にアジトに篭っているらしから、今回の作戦ではそこを叩きます」
2課のメンバーが集まったブリーフィングルームでミサトが言った。
「どうやらヨシハルのグループが大物政治家の娘を人質に取ってるらしくて、その政治家との裏交渉でスワットなんかが動けないみたい。で、こっちにお鉢が回って来たらしいわ。それから、必ず一人は生け捕りにして欲しいそうよ」
どうやらその大物政治家は公社のスポンサーの政敵らしい。
『テロリストの要求には応じない』と言う常識を破り、裏で秘密裏に取引していた事が公になれば、その政治家は政治生命に深刻な打撃を受ける事になる。だから証拠として一人は生け捕りにしてもらいたいのだ。
公社でしばらく仕事をしていると、こういった裏事情が良く見えて来る。
政治的な思惑に振り回され、純粋な対テロ組織とは言い切れないのが公社だ。いや、年端もいかない少女達に人殺しをさせている事自体、最初からおかしいのだ。
そんな仕事に慣れ、この街を守りたいと思った初心を忘れかけている自分がいる。
道具として人殺しをしている少女達を思い、シンジは陰鬱な気持ちになった。
「今回出るのは加持くん、渚くん、鈴原くん、碇くんの四組。渚、碇チームが正面からいつも通りに相手を油断させて突入。加持チームは渚、碇チームが突入するのと同時に窓から突入しなさい。鈴原チームは外から狙撃。いいわね?」
誰からも質問が無い事を確認して、ミサトは解散を告げた。
作戦内容は待機中の『エヴァ』達にも伝えられ、それぞれが今回の戦場に最も適した装備を準備する。
中学校の制服に着替えたレイは、愛用しているP90と予備のマガジン数本を改造したバイオリンケースへと入れた。彼女の部屋にはもう一つケースがあるが、その中には本物の楽器が入っている。そのヴィオラも一年ほど前にシンジがプレゼントしてくれた物だ。
「今月はまだ三人。もっと・・・・」
レイの独り言の後半は、音となって口から出る事はなかった。




第三新東京市の中心から少し西に、古ぼけたオフィスビルが建っていた。
その四階建てのビルの一室に、少女が一人監禁されている。
「だーから言ってるだろ、こっちの要求は二つだけ。アメリカ大使が出発する時間を教える事と、見て見ぬふりをすることだってな!」
口をガムテープで塞がれ、後ろ手に縛られた少女を見下ろしながら、中年の男が携帯電話に怒鳴り声を上げていた。
「警察や公安は動き回ってないようだから、娘さんは『いまのところ』無事だけど、あんたの考え方一つでどうなるか知らないぜ?」
ニヤニヤと笑いながら、怯えた瞳で彼を見る少女を見下ろした。
「あん?声が聞きたいだって?・・・・まあ良いだろう」
携帯電話を少女の方へと向けた男は、少女の腹部を容赦無く蹴り上げた。
「ふぐっ!!!!ん!!ん゛ん゛――――!!」
激痛にうめく少女を見て、ケタケタと笑う。
「どうだ?無事だろう?これ以上娘を苦しめたくなければ、さっさと時間を教えやがれ!!」
その時、男の仲間が一人部屋に入ってくると、男に向けて目で合図を送った。
「おっと、ちょっと野暮用だ。三十分後にまた電話する。その時までに腹をくくらないと、明日の朝にでも乱暴された娘さんの死体と対面する事になるぜ。じゃあな」
乱暴に携帯のボタンを押して通話を終了させた男は、合図を送った仲間に向き直った。
「どうした、何かあったのか?」
「上で見張ってたやつが、妙な四人組が入ってくるって報告して来たもので」
「妙な四人組だって?」
警察や公安は動いていないはずだ。
「若い男二人に、中学生ぐらいの女の子が二人。女の子は楽器を担いでるんですよ」
「はぁん?なんだそりゃ?」
「どう対処したら良いか分らないんで斎藤さんに指示を仰ごうと思いまして」
「適当に追っ払えよ、それぐらい」
役立たずがと吐き捨てて、とりあえず様子を見るために仲間達が詰めている部屋へと足を向ける。
彼等はこのオフィスビルの二階を1フロア全部借りており、他のフロアには入居者がいない。もともと一つの会社が使っていた階なので入り口は一つしか無く、襲撃者に備えると言う意味では好都合だ。
閉じられた入り口の扉がノックされる。
斎藤の仲間達は、緊張した面持ちで手にした武器を握り締めた。
斎藤が顎で入り口を指すと、仲間の一人が手にしたライフルを机の上に乗せ、拳銃を手に持って扉へと近づいて行った。
「誰だ?」
「すみません、こちら音楽家の須藤ヒョウスケさんのオフィスですよね?」
扉の向こうから若い男の声がする。
「いや、違うぞ。そんな奴、聞いた事ない」
「えっと、おかしいなぁ。たしかにここだと聞いたんですけど。妹達のレッスンをお願いしていたのですが・・・」
扉の外から弱りきった男の声と、その男に何か質問している少女達の声が聞こえて来た。
どうやら危険は無さそうだと安心した斎藤と仲間達は、肩の力を抜くと銃にセイフティーロックをかけて椅子に座ったり、ソファーに横になったりした。何人かは隣の部屋へと出て行く。
「悪いが、お前さんの探しているオフィスはここじゃない」
「そうですか、すみませんでした。地図を書いてもらったのですが、ちょっと見てもらえませんか?」
それぐらいなら問題なかろうと、扉の前で受け答えしていた男が扉を少し開けた。
この四人連れのお陰で昼ドラ観賞を中断したのだ。続きが気になるので、とっととお引取り願いたかった。
扉のノブを掴んでいた手が誰かに掴まれた。
そのまま外へ引っ張り出される。
気が付いた時には口が押さえられており、次の瞬間には首がありえない方向へ向いていた。
自分の身に何が起こったのか理解出来ぬまま、男の人生は幕を閉じた。
「突入しました」
襟につけたマイクにシンジが怒鳴るのと同時に、マナとレイが風のように素早く部屋へと滑り込んで行く。
「一人目」
P90を構えたレイが、状況が飲み込めずに固まったままの男達に発砲を始めた。
まともに銃撃を食らった男の頭部が爆ぜた。
その隣では、マナがデスクを遮蔽物にしながらステアーAUGを乱射する。9mmの鉛球がデスクや机を易々と貫き、慌てて影に隠れた敵に容赦無く襲い掛かる。
「二人・・・三人目」
レイが射撃しつつ、部屋全体が見渡せるポジションへと素早く移動した。
隣の部屋から窓ガラスが割れる音がした。恐らくアスカが突入したのだろう。
この時になってようやくゼーレ側も反撃を始めたが、パニックに陥ってセイフティー解除を忘れて飛び出したり、また発砲しても見当違いの場所を撃ったりと混乱している内に、レイとマナが確実に一人づつ射殺していく。
「マナ、一人は残しておけよ」
シンジと共に突入した渚カヲルが、いつもと変わらぬ冷静な口調で言った。
「はい、カヲルさん」
今AUGで打ち抜こうとしていた頭から照準を下げ、躊躇いなく足を打ち抜くマナ。男が落したAK47を撃って彼から遠ざけると、また別の敵を探して移動した。
腰を低くしながらカヲルが倒れた男に近づいて行く。
突入から一分ほどで部屋の制圧は終わった。他の部屋へと通じるドアを警戒しつつ、レイとマナが隠れた敵がいないか部屋の中を歩き回ってデスクの影などを調べ始めた。
テロリストの大半がこの部屋に集まっていたと見えて、床には20人近くが倒れている。
『シンジ君、アスカが人質の確保に成功した。斎藤はまだ補足していない。そのフロアを捜索してくれ』
加持から無線が入った。
「了解しました。これから捜索を始めます」
『ああ、気をつけてな』
プツリと音と立てて無線が切れると、シンジはレイと共に他の部屋を制圧に向かった。
事前にこのビルの構造は頭に叩き込んであるので、迷う事なく奥へと進んでゆく。彼の手にはセイフティーの外された愛用のべレッタが握られている。
壁を背に廊下を進んで行くと、左右にいくつか並んでいる部屋の一つからテロリストが飛び出して来た。
シンジより数瞬早く反応したレイが発砲するより早く、窓ガラスにピシリと音を立てて穴が開いた。遅れてやってきたターンと言う発砲音と共に、テロリストの体が前のめりに倒れる。側頭部に開いた穴から、血がゆっくりとにじみ出て廊下のカーペットを赤く染めた。
「ヒカリちゃんの援護だね」
「はい。そのようです」
二人は引き続き捜索を続けた。




「くそっ!!くそっ!!くそっ!!」
AK47を握り締めた斎藤は、仲間二人と協力してデスクを使ったバリケードを扉の前に作った。ライフル弾なら貫通してしまうので遮蔽物としては無意味だが、突入を阻むのには効果的だ。
「まさかあの噂が本当だったなんて」
ゼーレの仲間から、政府が少女の殺し屋を使っていると言う噂を聞いた事があったが、つまらない都市伝説だと鼻で笑った事があった。
仲間はその少女達の事をなんと呼んでいただろうか。適当に聞き流していたので思い出せない。
あの奇妙な四人組が近づいて来た時、何故その殺し屋の事を思い出さなかったのか。いまさらながら後悔する。
奇襲を受け、形勢はあきらかにこちら側が不利だ。
起死回生の策として人質を連れてくるように仲間の一人に伝えたが、帰って来ないと言う事は恐らくやられたのだろう。
先ほどから続いている銃撃音が、彼等が立て篭もっている部屋へ少しずつ近づいてくる。
握り締めたライフルのグリップが、冷や汗でヌルヌルした。
「来るなら来やがれ、政府の犬どもめ!!」
照準を入り口へと向け、斎藤は自分を奮い立たせる。いくつもテロを行い、何度も銃撃戦を経験してきた斎藤は、こう言う状況では心が折れた人間から死んでしまうと知っていた。
確かにたった四人(外から狙撃しているヒカリと、窓から突入したアスカの事を彼は知らない)で突入し、斎藤らを追い詰めている敵は凄い。だが、いかに訓練しようとも彼等も人間だ。撃たれれば必ず死ぬ。倒す事は不可能では無いのだ。
「掛かってこい!」
もう一度口にした斎藤の視線の先で、扉が勢い良く蹴り開けられた。
それと同時に何か小さな缶のような物が投げ込まれる。
「ス、スタングレネード!!」
咄嗟に伏せた斎藤は、両手で目と耳を塞いだ。
次の瞬間、轟音と共に部屋が閃光で漂白された。
斎藤が防御体勢をとれたのは僥倖と言えた。一緒にいた仲間二人は反応出来ずにまともに爆音と閃光にさらされ、体が固まってしまっている。
部屋の中で爆発が起こったのを確認したレイが、スカートをひらめかせて部屋へ飛び込んで来た。
「14人目」
固まったままのテロリストに向けて躊躇い無く銃弾を打ち込んで行く。
胸部に五個ほど穴を開けた男が仰向けに倒れた。
もう一人がようやくノロノロと動き出したが、レイは銃口が彼女に向けられる事を許さなかった。倒れたデスクの上に飛び乗り、斜め上から連射する。
「15人目!」
薄暗い部屋の中、マズルフラッシュが何度もレイの姿を浮かび上がらせた。
仲間が蜂の巣にされるのを横目で見ながら、斎藤はデスクの影から飛び出してレイを撃った。
不意を突かれたレイの右腕と脇腹にライフル弾が喰いこむ。
「ぐっ!!し、しまった」
腕から力が抜け、レイは銃を取り落として丸腰になってしまった。
「死ねーーーーーーーーっっ!!」
よろめいたレイを狙って、斎藤がライフルを連射する。
それを間一髪で飛び上がって避けたレイに向かって、シンジが自分のべレッタを投げた。
彼がいる場所からでは、バリケードが邪魔で射線に斎藤が入らないと判断したからだ。
「なっ!!?」
化け物じみたレイの跳躍に、斎藤が驚きの声を上げる。
痛みに顔をしかめながらも、レイは空中で器用に回転してシンジのべレッタを掴み取り、そのまま銃口を斎藤へと向けた。
「ガ・・・ガン・・」
その行動の一つ一つが、まるでスローモーションのように斎藤の目には映っていた。
「ガンスリンガー(銃使い)・・・」
額に穴が開いた斎藤の目に最後に焼きついたのは、銃使いの少女が持つ真紅の瞳だった。




「レイ!!」
着地するなり倒れ込んだレイを、シンジが慌てて抱き上げた。
「こちら碇チーム。斎藤はやりましたが、レイが負傷しました。手当ての用意をお願いします」
無線で連絡したシンジは、そのままレイを抱えて外へ向かった。
「碇さん」
「痛むの?」
「いいえ、痛みはもう収まり初めています、問題ありません」
レイは首を大丈夫だと首をふってみせた。
「今日は・・・16人でした。私、碇さんの役に立ちましたか?」
「・・・っ!!」
戦闘中、何を数えているのかと思っていた。
まさか、自分の為に死体の数を数えていたなんて。
シンジは絶句してしまった。
レイを抱えている腕に力を込め、強く抱きしめる。
「レイは、レイはいつだって僕の役に立ってるよ。レイが笑ってくれているだけで、僕はとても嬉しいんだ。だから、数なんて数えなくて良い・・・・数えなくて良いんだ」
ああ神様、どうかこの子を幸せにしてあげて下さい。
シンジは今まで信じた事の無かった神に、この時初めて祈った。




三日後・・・・・


エヴァの治療は非常に短期間で終了する。
基本的に、彼女達は負傷するとその『パーツ』を新しい物に取り替える。新しいパーツが体になじむまでに少し時間が掛かるが、それでも自然治癒と比べれば段違いのスピードだ。
三日前の作戦で負傷したレイもすでに自由に歩き回れるほどに回復していたが、大事をとって医務室のベッドの上で大人しく療養している。
朝からずっと横になった状態で過ごしているレイだったが、退屈をすると言う事はなかった。入れ替わり立ち代り、他のエヴァ達やその兄弟達が見舞いに来てくれているからだ。
今はこうして一人で窓の外を眺めているが、つい先ほどまではアスカと彼女の兄妹である加持リョウジが見舞いに来てくれていた。
来てくれるのは嬉しいのだが、もっと気をつけろと言ってデコピンをされた事については少し抗議したい気分だ。
まだ額がヒリヒリする。
手でヒリヒリする部分を撫でていると、医務室のドアが控えめにノックされた。
「レイ、起きていたかい?」
入って来たのはレイの『兄』、シンジだった。
彼は持ってきた花を花瓶に挿すと、ベッドの横に置いてある丸椅子に腰掛けた。
「具合はどう?」
「もうほとんど完治しています。明日には訓練に復帰出来るはずです」
「怪我をした時は、ゆっくり休まなくちゃ駄目だよレイ」
「でも、それじゃ・・・」
「前に言ったでしょ?何が一番嬉しいかって」
「・・・・・・・はい」
頬を赤く染めたレイがうつむいた。
「うん!じゃあ頑張って休んだら、ご褒美に今度の休み、お兄さんがドライブに連れて行ってあげるよ。望遠鏡を用意したから、一緒に満月を見に行こう」
ふふんと何故か自慢気に、彼にしては珍しくおどけて見せたシンジを見て、レイはクスリと笑った。
『兄』の部分で溜息をつきたい気分になったが、休日をシンジと共に過ごせると言うのは非常に魅力的だ。
「それは楽しみです。月を眺めるなんて『初めて』ですから」
シンジの肩がピクリと跳ね上がったのに気付かず、レイは次の休日に想いを馳せる。
「きっと・・・。きっと気に入ると思うよ」
「はい。楽しみです」
優しくシンジが笑うので、彼女もつられて微笑んだ。
だから彼女は気付かない。
彼女からは見えないベッドの下で、血の気が失せるほどにシンジの拳が強く強く握り締められている事に。






END



戻る


[PR]cIp折牡:lC嗣烱叺IE