この物語は、AD2015 - 第三東京、親を亡くした生活苦から借金に借金を重ね、借金地獄に陥り、ついには取り立て屋、碇シンジに身も心も売り飛ばしてしまった少年、綾波レイの物語である・・・ちょっと違うけど、まあ、そんな話しだと思う。

第三東京クレイジーパラダイス



 
 
 
 

- AD 2015 -

この町は犯罪急増都市

昨日と今日の狭間であっさりと人を変えてしまえる都市

ここは第三東京、「狂都市(クレイジーパラダイス)」
 
 

「あの〜、僕達ここを追い出されたら行く場所が無いんですけど」
両親の位牌と、骨壷を抱えた三人の男の子達が、マンションの大家と話している。
「知らないね。ウチじゃゼニ持って無い人間は置いてやれないんだよ。さっさと出てお行き。」
少し小太りな中年女性は冷たい視線を彼等に向けて、三人の目の前で扉を閉めた。
「「「鬼ババァーー」」」
 

「ちぇーーっ。親が死んじまったらいきなりポイかよ。昨日はあんなに優しかったのにさ。」
今年13歳になる末っ子のケイタがぼやく。
「しょうが無い・・・だって子供だけじゃ家賃が払えないもの。」
次男のレイが、その蒼銀の髪をなびかせて振り向くと、ケイタにさとす様に言った。
彼は生まれつき色素の薄い、アルビノと呼ばれる先天的な容姿を持った少年である。
「この世知辛い世の中、みんな自分が生きて行くだけで精一杯なんだよ。」
長男のムサシが、肩を落として歩く弟二人を見て、大きなため息をついた。
「あ〜あ、オヤジとオフクロが警官なんてやってなかったらな〜。」
「ケイタ、それは禁句だぞ。二人とも俺達に不自由な生活をさせない為に頑張ってくれていたんじゃ無いか。」
ムサシがケイタをたしなめる。
「父さん・・・、母さん・・・・・・、お腹へった・・・。」
「レイ!!!!!」
 

アパートを追い出されて、はや三時間。
空腹に耐え兼ねた三人は歩道の隅に座り込んでいた。辺りには車のクラクション、雑踏のざわめき、そして三人の腹の音がグーグーと鳴り響いている。
学生服を着た少年が三人、位牌と骨壷を抱えて道端に座り込んでいるのはかなり怪しい物があるが、道行く人々は何も気にせず通り過ぎて行く。この町では、たとえ女性が道端でレイプされていようと誰も助けたりはしない。自分の身は自分で守る、それがこの町で生きて行く上の鉄則で、誰も他人の事に構っていられないのだ。
「しかしなあ、何とかしないと俺達のたれ死んじゃうぜ。俺達を引き取ってくれそうな親戚も居ないし、ヤクザにでもなるしか無いのかな〜?」
そう言ったケイタの頭を、すかさずムサシがボカリと殴った。
「い、いったーーっ!、何するんだよ。」
「バカ者!!親父たちが誰のせいで死んだと思ってる!!どこぞのヤクザの抗争に巻き込まれたんじゃ無いか!それなのにお前ときたら・・・、俺は情けなくなってくるぞ。」
「わーっ、ごめんよムサシィ〜。」
三人の腹の虫の大合唱に、新たにムサシがケイタの頭をペシペシと叩く音が加わった。
「決めた・・・・。」
そんな二人を横目で見つつ、レイは立ち上がるとボソリとつぶやいた。
「「何を?」」
「・・・ヤクザに魂を売る・・・。」
「「はぁ!?」」
 
 
 

八島組、最高幹部会。

厳重な警備の敷かれたドアの中では、一目で『そちらの方々』と分かる人達が深刻な顔を寄せ会って会議を開いていた。
「先代の暗殺から、一応めぼしい組織には見張りを付けていますが、どの組もこれと言って動く気配がありません。」
「何人ものボディーガードがついている人間の心臓を撃ち抜くなんて、素人には出来る訳がない。やはり金でプロを雇ったなら日崎組じゃ無いのか?奴ら前々から関東一の八島組の座を狙ってたじゃ無いか。」
「それはそうだが、この件には日崎組が関与していない事は、始めからはっきりしていることだっ。」
「それじゃあ・・・っ。」
あーでも無い、こーでも無いと悩む幹部達の上座には、一人の少年が座っていた。 彼はため息をついて立ち上がると、腕を上げて、拳を高級そうな机に叩き付けた。
ドンッ!!と言う音に幹部達はビクリとして話すのを止め、会議室の中が静まりかえる。
「・・・・とどのつまりは貴方達は何もつかめて無いんでしょ?」
凍てつく様な声と、研ぎ澄まされたナイフの様な視線に、幹部達は姿勢を正す。
「今まで一体何をやってたんですかっ!?遊んでるんじゃないんですよっ!!!」
まだ中学生くらいに見える少年に怒鳴られて、数々の修羅場をくぐって来たはずの幹部達は冷や汗を流した。
そんな幹部達を睨みつけている少年の側へ、一人の無精髭を生やした男が近寄ると、少年にだけ聞こえる様に耳元で囁いた。 
「三代目・・、あの・・、お友達が客間でお待ちしていますので、後程・・。」
「・・・・友達?・・・・誰?」
進展しない会議を一旦解散すると、少年は無精髭の男をつれて客間へと向かった。
 

「追い返して。」
客間へ着いた少年は、ドアを開けて中に居る人物を見ると、そのまま回れ右して部屋から出て行こうとした。
「・・・酷い、碇くん・・・。そんなに冷たくしないで話しを聞いて・・。小学生から中二まで同じ学校で、同じクラスで、隣の席になり続けた友達じゃない・・・。」
「・・・友達?」
レイの言葉に、少年は眉をピクリと動かした。
「小学校一年から今まで同じクラスで、隣の席にいて、一度も口をきいた事の無い友達がどこにいるの?」
「だって・・・・、碇君、暗いから・・・・。」
レイの頭に、いつもクラスの友達とは遊ばないで一人でいる少年の姿が浮かんでいた。彼には友達と呼べる人間は一人もおらず、いつもボディーガードの黒服たちと一緒に居た。一方、口数の少ないレイだが、少し天然が入っている彼の周りは何人もの友達がいて、いつも賑やかだった。
これには訳がある。関東一の組織力を持つ八島組の組長、碇ゲンドウは、彼の息子であるシンジを自分の後継者に育てる為、シンジが幼い頃より同年代の友人を作るのを禁じ、極道のイロハを教え込んだ。その結果、他の組のヒットマンに狙われない様にいつもボディーガードを連れ、鋭い目つきをしたシンジの友人になろうとする者など居なくなってしまったのだ。
「・・・とにかく、極道の天敵とも言える警官の子供の話しを聞く耳なんて持って無い。さっさと出て行ってよ!」
「けど、もう警官の子供じゃ無い・・・。」
そう言ってレイは制服のポケットから指輪を取り出してシンジに見せた。
「二人とも死んだ・・・、非番の時、碇君のお父さんが撃たれた時その場に居て、犯人を追いかけていたら逆に・・・。」
「!!」
シンジはレイの言葉を聞いて驚くと、彼の肩を掴んで詰め寄った。
「見たの、犯人を!?どんな奴だったか聞いた!?」
「うん・・・。教えてもいいけど・・その前に・・・。」
「その前に?」
レイは上目づかいに、彼より身長の高いシンジを見上げた。
「・・・ゴハン食べたい。」
「っっ!」
「ほら、ひもじさのせいで、両親から聞いた事を忘れそう・・・・。」
どこか遠い目をしてボソリとつぶやく。
レイはこれでも真剣に脅しをかけているつもりなのである。
 

数十分後、碇家の食堂・・・

「悪いね、家族でご馳走になって。」
「いいから食べたらちゃんと喋ってね。」
テーブルの上に所狭しと並べられた料理を、レイ、ムサシ、ケイタの三人が貪る様に食っている。 シンジは、彼等が食べ終わるのを苛々しながら、まだかまだかと待っていた。
「ふ、食べた、食べた。」
大きくなったお腹をポンと叩いて、レイは立ち上がった。
「・・・それじゃあ、例の話し・・・。」
やっと話し始めたレイに、シンジとそのななめ後ろに立っていた無精髭の男が身を乗り出した。
「・・・は、明日来た時に話すから・・。またご飯用意しておいて。」
「って、待てええ!!」
すたすたと出口へ向かって歩き出した三兄弟に向かって、シンジは叫ぶと、ケイタを捕まえて、そのこめかみに懐から取り出した拳銃を突きつけた。どうやら本物の拳銃らしく、ケイタはかなり怯えている。
「・・・鬼、悪魔、ひとでなし、妖怪、モンスター。」
ケイタを人質に取られたレイが、平坦なボソボソした声でシンジを罵った。
「うるさい!!こいつの命が惜しかったら、さっさと僕の父さんを殺した奴を言え。」
「・・・・・・。」
「左ななめ上を、目だけで見たね・・・。知ってる?それって小学生の時から君が嘘をつく時の癖だよ・・・。」
それを聞いてレイはビクリとし、ケイタとムサシは、さすがに不仲でも八年の付き合いだな、と深く頷いて納得した。
「・・・まさか・・・・。」
シンジが頬をヒクつかせながら、ジリジリとレイに近寄って来た。
「・・・写真を一回見ただけだから・・・。」
レイは無表情な顔に、汗の粒を幾つも浮かべている。
「分かった、それじゃあモンタージュを作る。加持、用意して。」
回れ右して逃げようとしたレイの襟首を掴むと、シンジはそのまま後ろ向きにレイをひきずって、モンタージュ室へと入って行った。
 

碇邸、モンタージュ室

カシャカシャと写真を組み替える音が、暗い部屋に響いている。
「・・・多分こんな感じ・・・」
カシャカシャ
「なっ、それは三年前に解雇した僕のおかかえ運転手の顔じゃないかっ!」
「・・・間違えた・・・確かこんな感じ・・・。」
カシャカシャ
「なにぃ!それは去年解雇した、いつも僕の左についてたボディーガードだよっ!」
「・・・違う・・・こうだった・・・・。」
カシャカシャ
「なっ!それは昨日わかれた僕の彼女の顔だーーーーーっ!!」
縄で縛り上げられたまま、そんな彼等を後ろで見ていたムサシとケイタは、お互いの事に詳しい彼等が本当に不仲だったのか、非常に不思議に思った。
「・・・あ、綾波ぃぃ・・・僕の事をおちょくってるのかい・・!?」
かれこれ数時間もの間、モンタージュの前でこんなやり取りをしていたシンジの忍耐は、もう限界に近かった。額に青筋を浮かべ、拳を握り締めて迫って来るシンジを見て、レイはブンブンと頭を振って否定する。
「加持、そいつらの頭をぶち抜いて。」
「待って・・・、見たら分かる・・・、その人の顔を見たら分かる・・・だからお願い、助けてやって。」
シンジの腕をつかんだレイは、まっすぐに彼の目を見つめた。
ペコペコと頭を下げるレイを、しばらく見ていたシンジだったが、涙目で訴える彼を見て、胸に何かモヤモヤとした物を感じてため息をついた。
「・・・・本当に見たら分かるんだね・・?」
レイがコクリと頷いた。
「わかった。だったら君は明日から僕のボディーガードになってもらうよ。父さんを殺した以上、僕も狙って来るはずだからね。」
まわりでそれを聞いていた組員たちが、信じられないと言った顔でざわつき始めた。
「三代目っ!!素人にそんな事を!!」
いつも加持と二人でシンジの側にいる時田が、たまりかねてシンジに言った。
「うるさいっ!綾波の腕なら僕が知ってる!!」
時田を黙らせると、シンジはレイに向きなおった。
「君の兄弟は、君が仕事を終えるまでの人質だよ。わかった?」
「・・・・・。」
レイには、ただ頷く事しか選択は残されていなかった。
 

「・・・・少し情にほだされましたか。」
自室に戻るために廊下を歩いていたシンジに、加持が話しかけてきた。
「あんな必死な顔をして泣き付かれては、さすがの三代目も。」
加持は何か楽しげに、笑顔を浮かべている。
「そんなんじゃ無いよ。交換条件を出しただけだし・・・。」
自分でもガラにない事をしたと思う。だが、両親を亡くしたレイの顔を見ると、父を亡くした時の自分を思い出してしまい、調子が狂ってしまったのだ。
「「「ウッス、三代目っ。」」」
胸にモヤモヤした物を感じて、肩を落としてしまったシンジだったが、組の若い衆が頭を下げて挨拶すると、また元どおりにピンと背筋を伸ばした。『弱みを見せたらこちらの負けだ』、と言う父の教えを思い出したのだ。
そんなシンジを見て、後ろを歩いていた加持は苦笑してしまった。
 
 

碇邸、客室へ行くまでの廊下

「何ぃ?三代目のボディーガードを、こんな素人のジャリガキにやらせるのか?」
ジッポライターで煙草に火をつけて、いかつい顔をした男がレイを値踏みする様な目で見た。廊下を歩いていると、この男にすれちがいざままに呼び止められたのだ。
「・・・・・。」
一応ペコリとお辞儀したレイだったが、そんな目で見られるのは正直言って、あまり良い気分では無かった。
「三代目も不用心だな。命が惜しく無いのか?」
男はそう言い残すと、レイに背を向けて歩いて行った。
「・・・誰、あの人・・?」
「あっ、こらっ!やめんか!」
男の背に向けて中指を立てていたレイを、時田が慌てて止めた。
「あの人は、八島組の分家頭の小田原さんと言うえらい人だ。」
レイは小田原の様な目をした人間が嫌いだった。ドスがきいているとか、ガラが悪いとか言った物では無くて、彼をマンションから追い出した管理人の様な目をした人間が。
「今日は此処の部屋を使え。」
時田に案内された部屋に入って、レイはベッドの上に腰掛けた。そしてポケットの中に手を突っ込むと、その中から母の形見になってしまった指輪を取りだし、それをじっと見つめる。
「・・・父さん、母さん・・・・。」
彼はシンジの父を殺した犯人など知らなかったが、もしかしたら犯人はシンジを狙ってくる可能性がある。両親が死ぬ原因となったヤクザを助けるのは嫌だったが、彼がシンジを守って、犯人を捕まえれば良い事だと思い直した。
レイがギュッと握り締めた指輪は、嫌に冷たい気がした。
 
 

翌日、第三東京私立ネルフ学園

「うおおお〜〜〜っ」
「おいおい、どうなってんだ、あの二人。」
「今までマイナスとマイナスの磁石みたいだった奴らが、一緒に登校して来たぜー!?」
「な・・・・何かあるんじゃ無いのか?」
「不気味だなー。」
黒塗りのベンツに乗って、一緒に登校して来たシンジとレイを見て、学校内は騒然とした。
二人共、不機嫌な顔をして教室に入って行ったが、レイの顔は『まもなくプール開きにより、本日の体育の授業はプール掃除』と黒板に書いてあるのを見て引きつった。
「・・・・・・。」
透き通る様な白い肌が、さらに白くなった様に見える。
「そう言えば・・・・、綾波はいつも体育が水泳になると、よく病気になってたね。」
隣でシンジがボソリとつぶやいた。それを聞いたレイはギクリとする。
「着替えの時も必ず最後まで残ってるし。」
今度は汗の粒が一つ、レイの頬をつたって落ちる。
「・・・・・何故だろう?」
シンジは目を細くして、レイの顔をじっと見つめた。
 

ネルフ学園、プール内

「水は嫌い・・・・三年前に溺れかけたから・・。それに・・・裸を見られるのはもっと嫌い・・・。」
掃除機の様な洗浄器を持ったレイが、さっきのシンジの疑問に、自分自身に向けてブツクサと言い訳をしながら、プールの掃除をしている。
クラスメート達も、みんな思い思いの掃除用具を持って掃除をしているが、レイがふと見てみると、シンジはプールサイドでサボっていた。
ただボーっとしているシンジを見て腹が立ったが、彼の頭ごしに、向かいのビルで何かがキラリと光るのが見えた。
「!!!!」
口で警告するのより早く、レイはシンジに飛びかかり、彼を地面に押し倒す。
「伏せて!」
「だっ!!」
倒される時、シンジの頭はプールの手すりにぶつかって、ガツン!と、もの凄いく鈍い音を立てた。
「三代目!!」
騒ぎを聞きつけて、加持と時田が駆け寄って来る。
頭に巨大なたんこぶを作ったシンジが、彼の上に重なる様にして倒れているレイを突き飛ばした。
「なっ、何のつもりだよ綾波!!」
「助けて上げたのに・・。」
「なんだってぇ?」
「あそこ・・・・、光ったから・・・・。」
レイがビルを指差した。すると、向かいのビルの上で、カメラ小僧がこちらの建物にある女子更衣室を、望遠レンズで撮ろうとしてる所だった。太陽の光を反射したのはレイが思った様な狙撃銃では無く、ただのカメラだったのだ。
「ほお・・・光ったの・・・で、何が?」
頭に出来たたんこぶを摩りながら、シンジはゆっくりと立ち上がると、レイが今まで使っていた洗浄器を手に取った。
 

「遊んでるのか、レイ?」
シンジに洗浄器で追いかけ回されているレイを見て、レイと仲の良い男子生徒がつぶやいた。
 
 

ネルフ学園、男子シャワールーム

し〜んと静まり返ったシャワールムを、蒼銀の髪の少年がキョロキョロと覗き込んでいる。
「・・・もう、誰も居ない・・・。」
コクコクと頷くと、彼は服を脱ぎ始めた。
男子の学生服の下から現われたのは、たくましい肉体・・・・・では無く、スレンダーなボディーラインと、雪のように白くて滑らかな肌であった。
「胸・・・、プロテクターで押さえてるのに・・・成長してる・・・。」
熱いシャワーを浴びながら、レイが視線を胸へと向けると、そこには二つの膨らみがあった。いつも押さえつけていると言うのに、その二つの膨らみは同年代の人間よりも大きい様に見える。
そう、彼・・・いや、彼女は女の子だったのだ。
彼女は幼い頃から、母親に男として育てられて来た。
これまでも、そして現在も、凶悪犯罪の中で女性への性犯罪は後を絶たないと言われている。そんな中で、警官だった彼女の母親は、何人もの無残な傷跡を刻まれた女性を見てきては、彼女に『レイ、強い子になりなさい。男の子なんかに負けないで。』と言って聞かせて来た。恐らく、レイにそんな女性達の様な辛い思いをさせたく無かったのであろう。
レイは小さなため息をつくと、シャワーを止めて外へ出ようとした。
彼女が扉を開けようとした時、シャワー室の扉が開いて、体育が終わった下級生たちが入って来た。
「・・・・ダメ・・・・。」
個室から出られなくなってしまったレイは、パニックに陥ってしまった。
 

「レイさん、遅いですね。」
シャワー室の外で待っているシンジに、加持が話しかけた。
「・・・・・・。」
シンジは何も答えないで、吸っていた煙草の煙を吹き出すと、煙草を捨てて、爪先で床に擦り付ける様にして火を消した。
 

一方、シャワーの個室に閉じ込められたレイは、グルグルと狭い室内を歩き回りながら、この危機的状況をどうやって打開するかを必死に考えていた。
彼女の制服はシャワー室の脱衣場にあり、それを取りに行くには、一旦個室から外へ出なければならない。今彼女が持っているのは小さなタオル一枚で、これだけでは体全体を隠す事は出来ない。
しかも、個室には鍵が掛からないので、いつ誰が入って来てもおかしく無い状況である。
レイの心臓はバクバク鳴っており、その音が外まで聞こえてしまうのでは無いかと心配になるぐらいであった。
「・・・仕方が無い・・誰か入って来たら一発で気絶させる。」
彼女が腹をくくった時、彼女の入っている個室の扉が開かれた。
ビュンッ、と言う音と共に、レイの母親仕込みの右パンチが飛んだ。
レイの母は彼女にあらゆる格闘技を教えており、彼女は並みの成人男性よりも遥かに腕力は強いのである。
当たったと確信したレイだったが、彼女のパンチはいとも簡単に避けられてしまった。
「・・・・・。」
彼女の頬に、一滴の汗が流れる。
なんと、入って来たのはシンジだったのである。
「・・・・まだ女が捨て切れてないよ。体を隠しながら人が倒せる訳ないじゃないか。」
シンジは平然とした顔で、持って来たレイの服を彼女に投げてよこすと、個室の扉を閉めて出て行った。
後に残されたレイは、しばらく呆然としていたが、そそくさと渡された服を着て外へ出ると、シンジの後ろについて歩き始める。
彼女の裸を見たシンジは、別段驚いた風には見えなかった。それに、彼は『女が捨てきれてない』と言ったのだ。そう考えると、彼はレイが女だと言う事を知っていたのだろうか?
レイの疑問の視線を感じたのか、前を歩いていたシンジが立ち止まると、レイの方へ振り返った。
ギクリとしたレイは、思わず後退りしてしまう。
「何を警戒してるの?」
シンジは、レイに顔をズズイと近づけて来た。硬直したレイは、冷や汗をダラダラ流している。
「何を考えているのか知らないけど、安心してよ。たとえ世の中、女が不足してるって言っても、君みたいなのに手を出すほど女には苦労して無いからね。」
ため息をつきながら、目を細めたシンジは、ボソリとレイの耳もとで囁いた。
さすがにカチンと来たのか、レイの頬がヒクリと動く。
「・・・そうだった・・碇君はバカでもすぐにヤらしてくれる女が好き・・ククク・・・だって、今までずっとそんな女と一緒だった・・タネ馬シンジ・・・クス。」
「くっ!言わせておけば〜っ!!待て!!」
背を向けて逃げ出したレイを追いかけて、シンジも走り出した。
「おい!見てみろ!!碇さんが走ってるぞ!始めて見た・・・・。」
廊下を歩いている他の生徒たちが、走っているシンジを見てビックリしている。実際、熱くなる事の無いシンジは、今まで学校の中で走った事など無かったのだ。
「「さ、三代目・・・。」」
ずっとシンジを見てきた時田と加持も、目を丸くして見ている。
シンジとレイの追いかけっこは、およそ十分ほど続いたが、とうとうレイは追い詰められてしまった。
「はぁ、はぁ、はぁ、・・・一度、殴ろうと思ってた・・・。」
「ぜー、はー、ぜー、はー、それはこっちの台詞だよ!」
「「うらぁ〜っ!」」
とうとう二人の殴り合いを始める。
「うわ〜〜っ!レイと碇さんが喧嘩してるぅ〜〜〜っ!!皆来てみろ〜っ!!」
野次馬が集まって来て、大変な騒ぎになってしまった。
 
 

とあるビルの最上階の一室

高価な椅子に座った男が、目つきの悪いもう一人の男と話しをしている。椅子に座った男の顔は、窓からの逆光で陰になっている。
「八島組の二代目組長が死んでから今日で五日、そろそろ次の計画を実行しろ。」
「・・・は・・しかし、二代目の死で、かなりガードが厳しいのですが・・・。」
目つきの悪い男が、椅子の男に頭を下げる。
「そんな事は気にするな。別にそこで必ず消す必要は無いのだから・・。奴には奴にふさわしい死に場所を用意せねばならない。」
「新しくボディーガードについた、綾波レイと言う者はどういたしましょう?」
「かまうな、あんなガキは取るに足らない。狙うのは、あくまでも三代目だ。後の報告を待っているぞ。」
椅子の男が下がれと命令すると、目つきの悪い男は深々と礼をして部屋から出て行った。
「さて、三代目を殺れば、俺の天下だ・・・ククククク。」
薄ぐらい部屋に、椅子に座った男の不気味な笑いがこだました。
 
 

ネルフ学園、保健室

「・・・痛い・・・。」
「ガマンしろ、男のくせに。」
レイはシンジと喧嘩して出来た傷を、時田に治療してもらっていた。どうやら傷口を消毒しているらしく、レイは眉間に皺を寄せて痛がっている。
「だって・・時(とき)さん下手だから・・・。先生呼んで来る・・。」
「もう終わりだからガマンしろって。」
時田が傷口に消毒液をチョンチョンと付ける度に、レイの肩がピクリピクリと動いている。
「でも、たいした奴だよお前は・・・三代目とここまでやり合えるんだから。少し見直した。」
「・・でも、ただの喧嘩・・。」
「三代目は剣道と空手と柔道と合気道の有段者なんだぞ。しかも射撃の腕も超A級。」
本当にシンジにはボディーガードが必要なのか、レイは不思議に思えて来た。
「・・・まあ・・・いずれ関東屈指のでかい組織をまとめて行く人だと分かってたから、子供の頃から世襲教育なんて当り前だからな・・・。」
時田は少し暗い顔をした。
「襲名すれば、息子とも言える組員が尊敬出来る親にならなけりゃならない。人前では、常に自分を出さずに威厳を保って・・・。」
「・・・・。」
「二代目が亡くなられた時も、三代目は涙一つ流さなかったけど・・・でも、自分が狙われるかもしれないのを承知で、こうやって出歩くのは、きっと二代目の仇を討ちたいからなんだ・・・・。」
親が死んだ時でさえ自分を出せないシンジを思うと、レイの胸はズキリと痛んだ。
「だけど・・・お前といる三代目を見てると、なんか俺・・・。」
「威厳が無くなったの?」
はっ、と何かに気付いたレイは、心配そうに時田を見た。自分と喧嘩する事によって、組員たちに対する威厳が無くなってしまったのでは無いかと心配になったのだ。
そんなレイを見て、時田はクスリと笑うと、フルフルと頭を振った。
「・・・年相応に見えて、守ってあげなきゃ、と思う。でも、本人はそれに気付いて無い見たいだけどね。」
時田の言葉を聞いて、レイは何故かほっとしてしまった。しかし、はっと思い直した。
「・・・どうして、極道の子供の為に、ほっとしなくちゃならないの・・・?」
 

一方、その隣の部屋では、加持が笑いをこらえるのに苦労していた。
「・・・・おい・・・、何が可笑しい、加持?」
必死に笑いをこらえているので、加持の体はプルプルと震えている。
「くっ、プーーーーーッ!」
「加ぁ〜持ぃ〜っ!」
くるりと振り向いた絆創膏だらけの顔を見て、とうとう加持は吹き出してしまった。
「すっ、すみません、つ、つい。」
なんとか笑いを押さえようと口に手を当てているが、あまり効果は無いようだ。
「それにしても、始めてじゃないですか?顔に傷をつけられたのは。」
「・・・・・。」
「クスクス、なんだか二人のやりとりを見ていると、本当に腹を割り合った、ずいぶん昔からの親友って感じですよ。」
「・・・・・親友・・・?」
親友と言う言葉に、何故かシンジの心は暖かくなった。しかし、はっとして思い直す。
「冗談じゃ無いよ!誰が警官の子供なんかと!」
 
 

放課後・・・
 

「碇君・・・帰ろう・・・。」
喧嘩していたレイに話しかけられて、シンジは目を丸くしている。
「とっとと帰って、家でじっとしていた方が安全・・・。」
「・・・あのね・・・君の仕事で一番大事な事は、僕の護身の前に、僕の父さんを殺った奴を見つけることだって分かってるの?その為に僕は出歩いてるんだよ?」
「・・・そ、そう・・・早く見つけないと・・・。」
ヤクザなんてどうなろうと知った事では無い、と思っていたはずなのに、知らぬ間にシンジをどうやって守ろうかと考えていた自分に、レイは戸惑いを覚えた。
校門を出てしばらく歩くと、ネルフ学園専用の駐車場が見えて来た。ネルフ学園には金持ちの子供達が多く在学しているので、駐車してある車もベンツやBMWと言った高級車ばかりである。登録してお金を払うと、専用の駐車スペースが学校から与えられるのだ。
「あれ?・・・加持さん、今日は車二台で来た?」
レイがシンジの専用スペースに車が二台止まっているのを見て、不思議に思った。
「・・・いや・・・。」
加持と時田の目がスーっと細められる。シンジも鋭い目つきに変わった。
「三代目・・・。」
「うん・・・。」
「逃げて下さい!!」
時田が言い終わる前に、シンジの車の隣に止まっていたベンツの窓から機関銃の先が出て来て、シンジ達に向かって乱射を始めた。
横に飛んで避けたシンジは、受け身を取って跳ね起きると、駐車場から逃げ出す。
レイもシンジと同じ方向へ飛んで避けたが、受け身を取り損なって起き上がるのに時間が掛かってしまった。
「馬鹿!さっさと来て!」
「・・・・・。」
シンジが少し走る速度を落とすと、レイはすぐに追い付いた。どうやら二人とも怪我は無い様だが、時田と加持とは離れ離れになってしまった様だ。
「・・・奴等・・・・犯人?」
「奴らは違うよ。」
「でも・・碇君の事を狙ってる。」
「父さんは、心臓を一発でぶち抜かれて死んだんだっ!あんな機関銃を使って一発も当てられない様な奴等にやられる訳が無いよ!」
駐車場の出口が見えた時、横から一人の男が飛び出て来て、二人に拳銃を向けた。
「碇シンジっ!殺(と)ったぁ!!」
男は二人に向けて銃を撃ったが、サイドステップでシンジとレイが左右に避けた為に、見事に外れてしまった。
左に避けたレイは、腰に手を当てると、何かを掴んで男の方向へ引き抜いた。
「くああああああっ!!」
ジャッッと言う音と共に、レイの手に掴まれた鎖は男の顔にヒットし、男は気絶して倒れた。
「グフッ!」
シンジも新たに現われた男を、擦れ違い様に走っている速度を利用して殴り倒す。
「いつまで遊んでるのっ?」
シンジが後ろを振り返ると、レイは鎖で倒した男の首を絞めていた。何故かとても楽しそうである。
「え?・・・もう終わり?」
「見つけたぞ〜〜〜〜っ!碇シンジだ!」
後ろから追っ手の声が聞こえて来たので、レイはすごく残念そうな顔をして、鎖を男の首から外した。ちなみに男はとっくの昔に気絶している。
「・・・そう・・もう終わりなのね・・・。」
 

学校からかなり離れた場所まで走った二人だったが、袋小路に追い詰められてしまった。
前には川が流れており、どうやら飛び込むしかなさそうである。
「・・・行き止まり・・。」
「綾波っ!飛び込んでっ!!」
「え?」
レイの顔が真っ青になる。
「飛び込むんだよっ!!!」
シンジがレイの背中をグイッと押した。
「いや・・・だって、泳げないもの・・・。」
「そんな事は分かってるよ!!」
なぜシンジは自分が泳げない事を知っているのか疑問に思ったレイだったが、あいにく考える時間は貰えず、シンジに川の中へ突き落とされてしまった。
ジタバタと水中で動いてみたレイだったが、やはりどんどん沈んで行く。
息が苦しくなって来て、意識が遠くなって来た時、レイは昔の事を思い出していた。
三年前、川辺で足を滑らせて溺れた事があった。今と同じ様に流されて、気が付くと川辺に横になっていた。あの時、助けてくれたのは一体誰だったのだろうか?
とうとう我慢出来なくなってしまい、レイの意識は暗闇の底へ落ちていった・・・。
 

唇に柔らかい感触を覚えて目を開いてみると、黒くて奇麗な目が見えた。とても奇麗で優しげな目・・・・シンジだった。
「っっっっっっっ!!!!」
レイは飛び起きると、音速を越える早さで後ろに飛び退く。
「あ・・・・・?」
胸のあたりがスースーすると思って見てみると、プロテクターが外されて胸がむき出しになっていた。
「!!!!!」
顔を真っ赤にしたレイは、腕でなんとか隠そうとする。
「いかがわしい目で見ないでよ。人口呼吸しただけだろっっ!!」
シンジは立ち上がると、レイにプロテクターを手渡した。
「ったく、昔から全然上達してないじゃないか。『また』僕まで溺れるところだったよ。さっさとプロテクター付けてよね。」
自分も脱いでいた上着を着ると、シンジは碇家へ戻る為に歩き出した。
「じゃあ、あの時も碇君が・・・?だから女だって知ってた?・・・もしかして、人口呼吸もしたの・・・?」
レイは自分にだけ聞こえる声で、独り言をつぶやいた。
シンジは警官の子供であるレイを嫌っていたはずである。では、何故彼はレイを助けてくれたのだろうか?
自分でも気付かない内に、レイの鼓動は高鳴っていた。
 
 

八島組、碇家

「三代目!」
「三代目!」
シンジとレイが帰ると、先に着いていた時田と加持が駆け寄って来た。
「加持と時田は怪我は無かった?」
「あ、私たちは大丈夫です。」
「・・・で、奴等の事は何か分かったか?」
「あ、それが、残念ながら捕える事が出来ませんでした。威嚇だけして、すぐに逃げたと言う感じで・・・。」
「・・・・・。」
そう言えば、人数の割りには撃って来る奴は少なかった様な気がする。
考えこんでしまったシンジに、レイが話しかけた。
「日崎組・・・たしか碇君の所のライバルだったはず・・・。結構大きな組織だって聞いた事がある・・。そこが碇君のお父さんを殺したと言う可能性は?」
組長が光り物狂いで、金や宝石を大量に密輸しているほど金がある、とレイは警官だった両親から聞いた事があった。
「それはありません。その場で撃ち合った小田原幹部が日崎組ではなかったと・・・。」
シンジの代わりに加持が答える。小田原と聞いて誰だか分からなかったレイだが、いつか廊下で会った事のあるインケンな目をした男だと思い出した。
「見た人が居るなら、何故モンタージュを作らないの?」
「それが、撃ち合いの最中だったから良く覚えてないと・・・。」
「覚えて居ないのなら、どうして日崎組では無いと言えるの?」
「「・・・・・。」」
レイの指摘に、思わずシンジと加持は顔を見合わせてしまった。
「三代目。」
そこへ噂をすれば陰、とでも言う様に、小田原がやってきた。
「襲撃されたと聞いて心配していました。ご無事でなによりです。」
相変わらず陰険な目をしている小田原を、レイは疑いの目で見ている。
一言二言シンジと言葉を交して、小田原は帰って行った。
 

再び歩き出した二人だったが、レイはやはり何か引っかかる様だ。
「気に入らない。」
「まだ言ってるの?」
「だって、おかしいもの・・・凄く陰険な目をしてる。」
「極道はみんなインケンな目をしてる物なんだよ。そんな事、僕に言わせないでよ。」
「だけど、碇君の前では善人ぶってるのが気になる。」
「極道で、裏切りは万死に値するんだよ。」
「だけど!だけど、碇君のお父さんを殺したのは日崎組じゃ無いって言ってるのがあいつで、お父さんの死に水をとったのがあいつなんて、怪しすぎる!」
普段、表情を変えないレイが、必死に心配そうな潤んだ目で訴えかけてくるので、シンジは思わず見とれてしまった。
「証拠も無いのに、むやみに組員を疑いたく無い。」
レイは自分の言う事より、仲間を信用するシンジに腹がたって来た。
「分かった・・・・証拠・・見つけて来る・・。」
シンジに背を向けると、レイは自分の部屋に向けて走って行った。
「どうして・・・、どうして僕にそんな目をするの・・綾波?」
 
 

碇邸、レイの部屋

「レイさん・・・これで頼まれた物は全部ですけど・・。」
「ありがとう、加持さん。」
レイの部屋に来た加持が、持ってきた紙袋をレイに手渡した。
「しかし、こんな物どうするんですか?」
「ちょっと・・・お忍びごっこを・・・。」
「は?」

部屋の中に戻ったレイは、紙袋の中に入っていた服に着替え始めた。
タイトなショートスカート、胸を強調する様なテンシルのシャツと、アクセサリー。
黒いロングヘヤーのかつらを付け、黒のカラーコンタクトを入れる。そして仕上げに真紅のリップスティックを唇に塗った。
「こう言うのは・・・もしかして・・女装?・・・足がスースーする、気持ち悪い。」
姿見に写っている絶世の美女は、間違いなくレイであった。
彼女は女なので、別に女の服を着るのは別に変な事では無いのだが、今まで男として育てられたレイは、何だか違和感を感じるのだ。『もとに戻る』ではなくて、『女装』と言う発想が先に来てしまうのはこの為だ。
「女の服って不便・・・。」
 
 

シンジの部屋

加持がシンジを呼ぶ為に、ノックして入って来た。
「三代目、いま小田原の頭から、支度が整ったのでお迎えに来る、とお電話がありました。」
「そうか、綾波はどうしたの?」
「はあ、それが、急用が出来たとかで・・・。」
「何?急用??何の?」
「さあ?私にはさっぱり・・一体あの子は何を考えてるんでしょうね。」
これから小田原と出かけると言うのに、レイが居ない事にシンジは苛立った。
「小田原の頭と出かけるとは言わなかったのですが、まずかったですか?」
「さっきは、あんな目で怪しいと訴えていたのに・・。」
僕の身に何かあったらどうするつもりだ、と続けようとして、シンジは自分が無意識の内に組員を疑ってしまっていた事に愕然とした。
 

小田原組、事務所

小田原が事務所から出てくると、ドアの前にロングヘアーの女が立っていた。サングラスを掛けているが、かなりの美人である事は確かだ。
「何だお前は、そこで何をしてる?」
極道の事務所があるビルに、女が一人で来るのは不自然である。不思議に思った小田原が女に尋ねた。
「なんだはあんたでしょ・・何時になったらあの仕事を終わらせるのよ?」
小田原の眉がピクリと動く。
「何だ貴様!何モンだっ!?」
小田原の後ろにいた部下が、女の腕を掴んだ。しかし、女は素早く手を振り払うと、手をつかんだ男の腹に蹴りを入れてから、懐にしまってあった拳銃を取り出して小田原に向けた。
「あんまりグズグズされると困るのよね。こっちは早く、もっと大きな海外組織と手を組みたいのよ。」
「日崎の女か?ふっ、組長に似て光り物が好きらしいな。」
銃を向けられた小田原は、落ち着いた様子で女が付けているアクセサリーを見ている。
「心配するな。三代目は今日、旧市外の赤十字跡で消えてもらう。さっき日崎組に、そう連絡した所だ。」
「!!!」
サングラスの下の女の目は大きく見開かれた。何故なら、小田原の後ろに居る男達は、彼女とシンジを襲って来た連中だったからだ。カマをかけに小田原組に来たレイだったが、やはり彼女の勘は正しかった。

小田原たちが車で出かけた後、レイは全速力で八島組に戻って来た。
彼女の心の中は、こんな事になるならシンジと離れなければ良かったと、後悔で一杯だった。
「こらっ!なんだお前はっ!!」
加持を探して碇邸を走り回るが、見知らぬ美女が屋敷に入って来たのを見た組員が彼女を止めようとする。
「邪魔・・・のいて。」
一刻も早く、小田原が裏切っている事を加持に伝えようと、レイは止めようとする組員たちを振り切って加持の部屋に飛び込んだ。
「・・・君は誰だい?」
せんべいを噛りながら緑茶を飲んでいた加持は、自分の部屋に入ってきた女性が誰なのか分からなかった。
「レイ、綾波レイ。」
「へ?」
確かに良く見てみると、目の前の美女がレイである事に加持は気付いた。
「碇君が危ない・・早く行かなければ殺されてしまう。」
「それは大丈夫だよ。小田原の頭がついてるし、ボディーガードもいつもの倍・・。」
「その小田原が碇君を狙ってるの。」
「そんなバカな・・・。」
加持は困った様な顔をしてレイを見た。レイを追って加持の部屋まで入って来ていた他の組員たちも、お互いの顔を見合っている。
「どうして信じてくれないの?」
「だってなー、小田原の頭が裏切りなんて・・・。」
その場にいた組員たちは、一様にレイの言う事を信じようとしない。
「〜〜〜〜〜〜っっっ!!もういい、だれにも頼まない。」
腹を立てたレイは、側にあった机を拳で殴った。
その時、変装する時に一緒に付けていたレイの母親の指輪が机に当たり、カチリと何かスイッチが入った。

ドンッ!!
『・・・・頭っ!』
『お前ら、おのおの自分の体に傷をつけて、どこぞの組とやり合った様に見せるんだ。』

「録音リング?」
レイの指輪から、録音されていた音が出ている。

『三代目の時は、やはり日崎組長の前で・・・?』
『ああ、八島組をつぶして、日崎組の盃をうけるんだ。忠誠心は見て貰わないとな。』
カタン・・・
『誰だっ!!』
『誰か居るぞっ!殺せっ!!』
ドンッドンッ
プツン・・・・ザーーーーーーーーーーーーーー

「まさか・・・・父さんたちも・・・。」
レイは呆然と指輪を見ている。
指輪に録音されていた物を聞いて、組員たちの顔から、音を立てて血が引いた。
 
 

小田原の車の中

「すみません三代目、急にこんなお願いをして・・・。取り引き先の会社の社長が、どうしても三代目に一度お会いしたいと言うので・・・。」
「ねえ、小田原。」
「はい。」
「今の今まで、味方だと思って信じていた奴に撃たれたら、いくら父さんだって心臓をぶち抜かれるよね。」
小田原の隣に座っているシンジが、まるで独り言の様につぶやいた。
車はどんどん人気の少ない方へ走って行き、旧市街の閉鎖された病院の駐車場へ入って行く。
「そろそろどうぞ・・・お客さんがお待ちですから。」
小田原はニヤリと厭らしい笑いを浮かべると、車から下りた。
「日崎組・・・。」
シンジも車から下りると、彼を廃虚となった病院のビルから出てきた何人もの男たちが取り囲んだ。その中には、女を連れた日崎組の組長の姿もある。
「さすがに若くても八島組の組長、ここまで来ても動揺しませんな。」
話しかけてきた日崎の組長を、シンジは冷たい目でみつめた。
「どうか悪く思わんで下さい。この第三東京で、極道の頭を取るのが、我が日崎組の道なんですわ。」
「・・・・・貴方たち・・・極道の掟を汚した覚悟は出来てるんでしょうね?」
自分の頭に銃を押し付けた小田原を、シンジは横目で睨みつけた。
「これから死ぬ人のセリフとは思えませんね。二代目によろしく、さようなら三代目。その内、綾波レイも会いにいきますよ。」
どこか死を受け入れようとしていたシンジの目は、小田原の言葉の最後の部分を聞いてカッと見開かれた。
「うおおおおおぉーーーーーーっ!!!」
叫んだシンジは、振り向きざまに小田原を殴り飛ばす。
「ぐはっ!」
「!?う、撃て!殺せっ!ハチの巣にしろ!!」
それを見た日崎の組長が命令すると、日崎の組員が銃をシンジへとむける。
その時、すでに日の落ちた旧市街に、何十ものエンジン音が響き始めた。その場にいた全員がそちらに目を向けると、何十ものヘッドライトが近づいて来るのが見える。
「ま・・・・まさか・・・。」
シンジを取り巻いていた日崎と小田原の組員に動揺が走った。
近づいてくる車の先頭には、一代のバイクが走っており、一人の女性が、ロングヘアーをなびかせてこちらに向かってくる。
「碇君!!!!」
レイは手に持っていたマシンガンを前に向けると、シンジを囲んでいた組員に向けて、ためらい無く引き金を引いた。
「うわぁ〜〜〜〜っ!!八島組だーーーーっ!!」
日崎組の組員たちはパニックに陥って、バラバラの方向へ逃げ出した。
日崎の組長がシンジに向けて銃を撃つが、腕が悪いのか、全く当たらない。
「ダメだっ、組長(おやじ)っ、出揃ってる数が違いすぎるっ。逃げるんだっ!!」
「くそっ!関東一の座が、すぐそこにあると言うのにっ!!」
それでもまだ撃とうとする日崎の組長を、組員の一人がはがいじめにして引っぱっていった。
そんな中、レイは一人の男を見つけると、バイクをそちらへ向けて走らせる。
「小田原・・・ゆるさないっ!」
必死に逃げようとする小田原に体当りする寸前、レイはバイクから飛び降りた。バイクはそのまま前へ進み、小田原を跳ね飛ばしてこける。
飛び降りたレイは、猫の様なしなやかさでシンジの前にフワリと舞い下りる。
女装(?)したレイを見て、シンジは硬直してしまった。
「三代目っ!!おけがは!?」
「三代目、小田原組の始末はどうします!!」
「三代目っ、ご決断を!!」
駆け寄って来た八島組の組員たちがシンジに話しかけるが、シンジはレイと見つめあったまま、答えようとしない。
「や、やっぱり変・・?」
「い、いや・・・・、似合ってると思う・・・。」
お互いの顔をチラチラと見ては、顔を真っ赤にしてうつむいてしまう。
「・・さ、三代目・・・?」
「な、なんだか二人の世界に浸ってるぞ・・。」
 
 
 

次の日、八島組の分家である小田原組に、解散命令が下った。
 

「碇君って、ヤクザの時の顔は本当に表情が無いのね。」
「綾波には言われたく無い・・・でも、僕は子供の頃からずっと綾波を見てきたよ。」
「え?」
レイはドキリとした。
「いつも綾波はずれた事ばかりやって、ハエ取り紙みたいに周りには友達を引き連れてたからね。」
レイの頬がヒクリと動く。
「そう言う事なら・・・私も見てた・・・。お昼ごはんの時は、いつも一人でアンニュイそうに重箱つついて、隣にいる女が馬鹿じゃないかと思うほど、碇君はくらい顔してて。」
今度はシンジの頬がヒクリと動いた。
「この人は一体、なにが楽しくて生きているんだろう、と思うほど寂しい顔をしてて・・・。」
「・・・・・。」
「何度も話しかけようと思ったけど、両親の仕事上、ちょっと気が引けて。」
「・・・・・。」
「碇君、私と居る時、年相応に見えるんだって・・・。」
「そう・・・。」
少し照れくさそうに、二人は微笑み合った。
シンジはいつも憧れていた・・・本当はずっと、レイの様に友達と笑っていたかった。
だから、三年前、たまたま彼女が溺れているのを見つけた時、放って置けなかったのだ。
 

さて、一連の事件も無事解決し、ほっとしたのも束の間、レイにはまだまだ波乱が待ち受けて居るようで、彼女は目の前に出された一枚の紙を見て、めまいを覚えた。
「・・・何、一体これは・・・?」
目の前の紙切れには、『請求書、¥800,000』と書かれている。
「綾波が生死をかけて戦ってる間、兄弟が別宅で飲み食いしたお金だよ。」
シンジが、ちょいちょいと人さし指でムサシとケイタを指した。
「・・・・こんなに沢山、何処に入れたの・・・?」
「「ひぃいいいっ、ごめんなさいっ!!」」
レイににらまれて、ムサシとケイタがすくみ上がった。
「綾波、このお金は、きっちりと帰してもらうからね。」
「・・・・・こんな大金が何処にあると言うの?無一文だって知ってる癖に・・・。鬼、悪魔、ひとでなし、妖怪、モンスター・・・。」
「無ければ、体で払ってよ。」
キッパリと言い切ったシンジに、レイを除いた全員が凍り付いた。ムサシとケイタは、イヤ〜ンなポーズを取っている。
「・・・・・分かった、そのボディーガード継続の話、乗った!!」
やはり少し天然が入っているのか、レイがずれた答えを帰す。
「なんだ・・・そう言う風に取られたのか・・・。別に僕は終身雇用でも良かったんだけどね。ふふふ。」
兄弟に説教しているレイを眺めながら、シンジがクスリと笑う。
彼は果たして気付いているのだろうか?その優しげな微笑みには、もう暗い陰が無くなっている事に。
 
 
 
 

おしまい



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