第三東京クレイジーパラダイス2 (後編)



 
 
 
 

澄み渡った青空を、一機のVTOL機が飛んでいる。
機内では整った顔立ちをした一人の少年が、手にした写真に鋭い視線を向けていた。
「まさか地下に隠しているなんてね・・・・盲点だったよ」
巧みにカモフラージュされているが、人工衛星から写した写真には、山の谷間に入り口らしき陰が写っていた。
「どうやら地下には大きな施設がある様ですね」
少年の隣に座っていた時田が、もう一枚の写真に写っている巨大な換気口らしき物を見てつぶやく。
「娯楽の為には金を惜しまない連中とは知っていましたが、まさか我々の目をかいくぐってこれほどの巨大施設を建設していたとは驚きました」
「その施設で人間同士に殺し合いをさせる・・・・・。ふん!父さんから聞いていた通り、人間のクズだね」
関東一円のヤクザを束ねる八島組、その組織のトップであるこの若い組長は、嫌悪感で顔をしかめた。ヤクザと言えども、越えてはならないラインと言う物がある。それは仁義であったり、法であったりする訳であるが、この連中は明らかにそのラインを踏み越えている。
「レイちゃんは、大丈夫でしょうか?」
「・・・・・・・・」
「急いだ方が良いですね」
時田はパイロットに急ぐ様に命令すると、懐にしまってある拳銃を取りだし、異常が無いかチェックし始めた。もしもの時は、自分が命をはって組長を守らなければならない。
VTOL機はそのスピードを上げ、目的地である山岳部へと向けて飛んで行った。
 

「う・・・・ん・・・・・だめぇ・・・あ、ああ・・・・・」
色とりどりの花が描かれたチャイナドレスを着た少女が、無機質な鉄の床に横になり、悩ましげな声を上げている。
頬を上気させて体をよじらせている少女は、見る者に淫らな妄想を抱かせるが、それは大きな間違いと言う物だ。
「ああっ!だめぇ、もう・・・・・・食べられない・・・・・」
色気も何もあった物では無い。
ニヘラと歪められた彼女の唇を見ると、恐らく彼女は夢の中で幸福の絶頂にあるのであろう。
そんな彼女の顔に、一足の靴が投げつけられた。絶妙なコントロールで投げられたそれは、見事に少女の顔面にヒットし、彼女を夢の世界から引きずり出す事に成功した。
「ふにゃ?・・・・・・・こ、ここはどこ?」
目を開けたチャイナドレスの少女、綾波レイは飛び起きると、あたりをキョロキョロと見回す。
「見て分からないの?牢屋よ、牢屋」
悶えていたレイを、遠巻きにして見つめていた少女たちの中に居た、一人のショートカットの少女が口を開いた。どうやら靴を投げたのは彼女らしく、彼女は靴を片方しか履いていない。
「そう・・・・・・夢だったのね・・・・・ふっ・・・肉まん、まだ食べてなかったのに・・・・」
しばらくボケッとしていたレイだったが、ショートカットの少女に見覚えがあるのに気付き、声をかけようとする。しかし、どうしても名前が思い出せず、口を開けたまま固まってしまった。
「ヒカリよ。洞木ヒカリ」
口を開けたままのレイに、少女が答えた。
「そう、良かったわね。・・・・で、ここは何処?」
少しピントのずれているレイにヒカリは首をかしげて見せた。
「知らないわよ。さっき、車からこのオリごとおろされたのは知ってるけど、ここが何処かまでは分からないわ。だって、ずっと外が見えなかったもの」
レイは夢で得た幸福感に別れを告げると、どうして自分がこのような場所に居るのか考えてみる。たしか、格闘技選手権の最終予選の部屋に入ったら、変なオジサンが居て、変な質問をされたと思ったら、急に意識が無くなったのだ。
日崎が関わっていると知った時から、何か罠があるとは思っていたが、まんまと囚われの身になってしまった。
このオリの中にいるのは、全員が美人の部類に入る女性たちばかりである。日崎ならば、裏で人身売買などをやっているに違い無いであろうから、もしやここに居る全員がどこかへ売り飛ばされるのでは無いだろうか?
その時、レイは腕にチクリとした痛みを感じた。見てみると、そこには虫に噛まれた様な痕がある。
「・・・・・・・薬?」
レイの背中に冷たい物が走った。ただ売り飛ばされるなら逃げる事も可能だが、薬漬けにされてしまっては相手のおもうがままだ。
もしそうなってしまえば、まだ十四歳なのに煙草を買いにおつかいをさせられたり、とほうも無く広い庭の草むしりを素手でさせられたり、『三回まわってワン』などをさせられたりするのだ。
的外れな想像を膨らませていたレイだったが、そのほとんどが借金を理由にシンジにやらされている事である。
「う・・・・・・・・・・嫌」
悪夢の様な日々を思い出したのか、突然立ち上がったレイはいきなり一人プロレスを始めた。ドロップキックやラリアット、そしてサブミッションなどを交えての激戦である。最後は床に腹ばいになり、海老の様に体を反らせて苦しそうな顔をする。どうやら、チョークスリーパーをかけられている様だ。しばらくその体勢で苦しそうにもだえていたが、とつぜんガクリと全身の力が抜け、動かなくなった。『落ちた』らしい。
「あなた・・・・頭、大丈夫?」
ほとんどの女の子たちがレイを避ける様にしてオリの壁に張り付く中、ヒカリだけが冷ややかな目をしてレイに言った。
どうやらギャラリーが居る事を忘れていたらしいレイが、少し頬を染めながら顔を上げた時、電動モーターの音が響き出し、オリの壁が鉄格子だけを残して上の方向へと開かれ始めた。
「????」
レイとヒカリが開かれた壁の方へと向かって行くと、壁の外がどうなっているのかを見る事が出来た。部屋の真下はリングになっており、そこでは女の子同士が試合を行なっているのが見える。
「もしかして、ここが決勝戦の会場なの?」
「・・・・・ちがうわ。見て」
レイが指差す方向に目を向けたヒカリは、奇妙な光景を見た。リングの周りにはいくつものテーブルが並べられており、タキシードを着た男たちが観客と何やらやり取りをしているのが見える。目をこらして見てみると、どうやら現金を受取り、それと交換に切符の様な物を渡している様だ。
「賭場ね」
「賭場???」
「そう・・・博打を行なう場所・・・つまりギャンブルをしているのよ」
「へっ!?」
どうやら彼女たちは売り飛ばされるのでは無く、賭けゲームの駒にされようとしている様だ。
レイがリングサイドの特別席らしき場所に目を向けてみると、ニヤニヤと試合を観戦している客に混じって、日崎と肥満気味のマダムがいるのに気付いた。
 

「どうも、よくお越しくださいました角田さん」
観客に一人に、マダムが話しかける。
「おお、これは橋本さん。お久しぶりです。今回は招待状をいただいき、本当にありがとうございました。いや〜、四年前にこの大会が無くなってから、退屈な日々を過ごしてましたので、招待状をいただいた時は飛び上がって喜んでしまいましたよ」
「それで、招待状に書かせてもらった事は・・・・・」
「それはもちろん呑ませていただきます。関東で一、二を争う日崎組となら、喜んで手を結ばせてもらいますよ」
角田の言葉を聞いて、橋本と呼ばれたマダムと、その隣に立っていた日崎はニヤリと笑って見せた。
実はこの角田と言う男、かなり政治の方面に顔のきく人物であり、彼と繋がりを持つと言う事は、日崎にとっては関東制覇を成功させる為の重要なファクターなのである。
そこでギャンブルに目が無いこの男を、エサで釣ったと言う訳だ。
角田の他にも、この会場には何人もの大物政治家や資産家が集まっており、コネを作るのには絶好の機会と言えた。
「実は夕方から始めるはずだったのですが、皆さんが待ち切れない様子だったので、早めに始めさせてもらいましたよ、はっはっは」
日崎が笑って見せると、角田も笑い出した。
「いやあ、碇ゲンドウと言う邪魔物が居なくなったお陰で、我々もゆっくりと楽しめると言う物ですよ。特に今回はおもしろそうですね」
「その通り。今回は、選手のどちらが生き残るかを賭けます。四年前までの賭けより、数段たのしめますよ。その為に、選手たちにも色々な手を施してあります」
「楽しみですなぁ・・・・クックック」
笑いながら、日崎はこれから来るであろう日崎組の未来に思いを馳せていた。
今回の賭場が開かれる事は、恐らく八島組に嗅ぎつけられるであろう。しかし、八島組の組長である碇シンジは、今頃自分の放ったスナイパーによって撃ち殺されてはずだ。
碇シンジが居なくなった八島組など、恐れる事は無い。日崎組は一気に関東を制覇出来るはずであった。
 
 

「でもこれって結局、ここで勝てばお金もらって帰る事が出来るんでしょう?」
賭博と聞いて不安になったヒカリが、厳しい目をしてリングで戦う女性達を見ていたレイに言った。
「あなた・・・・ここから生きて帰れると思っているの?」
「え?」
「ここにお金に困っている人間が集められたのは何故だと思う? それは、私達が死んでも残された親兄弟を金で口封じする為・・・・・いや、金など払わず、暴力で口封じもありえる・・・・」
「!!!!?」
ヒカリはヘナヘナと床に座り込んでしまった。
「そんな・・・・私は、姉さんと妹と三人で、今より幸せに暮らして行ける様にここに来たのに・・・・。ね、姉さんを助けてあげようと・・・・」
二人が話している間にも、リングの試合は進んで行く。
赤コーナーの女の子が、青コーナーの女の子を殴り飛ばすと、意識の無くなった青コーナーの女の子の上でマウントポジションを取り、頭を持って床に何度も叩き付ける。
「金・・・・?お金ーーーーーーーーっっ!!」
狂気に満ちた目で攻撃を続ける彼女の叫び声がレイに聞こえた。
「いけない・・・・・相手の娘が死んでしまう」
意識が無い状態で攻撃を受け続けると言うのは、非常に危険である。彼女の額からは血が滴っている。しかも相手の女の子は後頭部を堅い床に打ち突けられており、脳に障害が残る可能性もあるのだ。
「あの人・・・・本当に人間?」
「え?」
横を向いてみると、ヒカリがどこか虚ろな目をしてリングの方を見ていた。
「だって彼女、口からお金を出してるわ」
「・・・あなた・・・・何いってるの?」
 
 

「一種の幻覚剤を注射してあります。血を見ると作用する様になっているワケです。金に飢えた人間ばかりですからな、流れる血がなくなるまで殴り続けますよ」
「ねえ日崎さん、あの選手もうピクリとも動きませんよ。そろそろ次を出しましょう」
もはや人間サンドバッグにされている青コーナーの女の子を見て、橋本が猟奇的な笑いを浮かべた。
どうやら賭けに勝ったのか、角田はご機嫌だ。
「良いでしょう。おい、次だ」
日崎がコントロールルームらしき部屋に合図を送ると、係員が何かのスイッチを入れた。
するとオリの中にいたレイの足元に大きな穴が開き、レイとヒカリが下へと落ちてしまった。穴は滑り台の様になっており、十メートルほど滑り降りると、レイとヒカリはリングのど真ん中に立っていた。レイは赤コーナー、そしてヒカリは青コーナーである。
新しく出てきた彼女達を見て、観衆が歓声を上げる。
係員らしき人間が出てきて、レイとヒカリの首に首輪を付ける。この首輪には鎖が付いており、鎖はリングに立てられている鉄棒に繋がれていた。恐らく、リングから逃げ出さない様にする為の物だろう。
「さて、どちらに賭けます?」
「!!」
聞いた事のある声を耳にしたレイがリングサイドを見てみると、そこには日崎とマダムが立っていた。
「そうねえ・・・・・」
じっとレイを見つめた橋本は、自分のチップを迷う事なく青に、つまりヒカリの方に賭けた。いつもなら悩みに悩んで賭けるのだが、この時の彼女の決断は早かった。
「おや、早い決断ですな」
「だって、赤コーナーの女が着ている服が、縁起悪いんですもの」
「チャイナドレス・・・・ああ、そう言えば四年前にも、あんなのを着て出ていた人間がいましたなあ」
「いましたとも。それに賭けて、私は大損させられましたのよ」
「しかし事故とは言え、唯一死人が出た試合だけあって、あれが一番おもしろかった」
「確かに。まあそれが病みつきになって、生死を賭けた今回の賭場を開く事になったのですけど・・・・ホホホ」
「なんて名前でしたかなぁ・・・・たしか・・・・伊吹なんとか・・・」
「!!!」
レイは日崎と橋本の会話に出てきた名前を聞いて、マヤがドレスをくれる時に言っていた事を思い出した。
『妹がよく着ていたやつなの・・・』
マヤの妹は四年前に護身用に習っていた拳法で死んだと聞いている。と言う事は、彼女もこの大会に出場したと言う事だ。マヤはお金に困っている様には見えなかったが、なぜ彼女の妹は出場せねばならなかったのだろうか?
「やめましょう。この話しをすると八島組が出てき・・・・」
橋本は彼女にとって不吉なこの話題を打ち切ろうとしたが、会場に入って来た少年を見て、驚きで言葉を続ける事が出来なかった。
リングの上のレイも、その少年を見て目を大きく見開いた。
「こんにちは橋本さん。四年ぶりの裏格闘技の賭場、盛況らしいですね」
丁寧な言葉使いではあるが、少年の氷の様な視線は橋本をパニック状態に陥れるには十分であった。
「あわ、あわわわわ・・・・い・・碇シンジ・・・・」
「はっ、橋本さんっ!これは一体どう言う事ですかっ!八島組が来るなんて聞いてないぞっ!!」
「し、知らないわよ私わっっ!」
腰を抜かしてへたり込んだ橋本に、これまたパニック状態に陥った角田が詰めよる。
角田にしてみれば、日崎と組んだ事を、現在、関東ナンバーワンの八島組に知られるのはとてもマズイのである。政界にも八島組の息のかかった人間が山ほどいる。それらの人間から睨まれると言う事は、彼の政治生命を危うくするのだ。いや、その前に八島組のヒットマンに消される可能性すらある。
「僕は日崎から素敵な招待状をもらったんだ」
シンジはそう言って、彼の命を狙ったヒットマンを日崎たちの目の前に突き出した。
「すみません組長、暗殺、失敗してしまいました」
黒服の男は、うなだれて彼の雇い主に仕事の結果を報告した。
「くっ・・・・馬鹿者がぁ〜」
「暗殺?どう言う事ですの日崎さん?この時期にそんな目立った事をするなんて」
「そ、それは・・・・」
その事については何一つ聞いていなかった橋本が、今にも日崎に噛みつかんばかりの勢いで詰めよった。
「それが狙いだったんでしょ、日崎?・・・・・・まあ良いや」
意味ありげな視線を日崎に向けた後、シンジは懐から銃を取り出した。それと同時に彼の後に控えていた加持と時田も拳銃を取り出す。その場の全員が、その黒光りする鉄の塊を見てさわぎ始めた。
「け、拳銃?ここは武器持ち込み禁止よっ!?」
橋本は撃たれるのでは無いかと、冷や汗ダラダラでヒステリックに叫んだ。
「知ってるよ。それがこの裏格闘技大会に出席する為の掟だからね」
そう言ってシンジは取り出した拳銃を近くにいたボーイに渡す。
「四年もたって、もしかしたら忘れてるかと思ったよ。だって、八島組(うち)の二代目組長、碇ゲンドウと二度とこの賭場は開かないと約束した事も忘れてる様だからね」
「・・・っ、それは・・・・」
「まあいいさ、僕はこんな話し合いをしに来たんじゃ無いからね。ちょっと寄らせてもらうよ」
そう言ってシンジはリングサイドにある一つの椅子へと腰掛けた。
こちらを見ているレイに気付いて彼女と目を合わせたが、レイはプイッと彼から顔を反らした。
「・・・・・許せない・・・」
レイの肩がふるふると震えている。彼女は今、リングサイドでこれから始まる試合を観戦しようとしているシンジに対して、燃える様な怒りを感じていた。
しょせん、彼も極道だったと言う事なのであろうか?娯楽の為に弱い人間を虫けらの様に平気で踏みつぶし、それをニヤニヤと眺めているのならば、彼も日崎や橋本と同類ではないか。
彼と顔を合わせないレイを、どこか悲しげに見ていたシンジは、隣に座っている橋本に声をかけた。
「橋本さん、あなたは青に賭けたんですか?」
「そ、そうよ」
「ふ〜ん、じゃあ、僕は赤の方に賭ける」
「で、掛け金は?」
「そうだね、八島組、全財産を賭けるよ」
シンジの言葉に、まわりの人間がざわめいた。
八島組の全財産と言えば、想像も出来ない程の金額である。どれだけ無茶な使い方をしても、一人では一生かかっても使い切る事は出来ないであろう。
「・・・だから、あなたもあなたの全てを賭けてください」
「な、なんですって??」
さすがに全財産を賭けるのには不安があるのか、橋本は不服そうな顔をした。そんな橋本を、シンジはジロリと睨む。
「文句ある?僕は気を使ってあげてるんだけどね。いきなり命を賭けろと言われた方が嬉しいなら、それでも良いんですよ」
「か、賭ける。全財産を賭けます」
賭場を開いた事で、橋本は八島組を完全に敵に回してしまっている。ここで断われば、一体何をされるか分かった物では無い。これ以上、シンジを刺激するのは避けたかった。
橋本が賭けに乗った直後、今までレイの首をつないでいた首輪がとれて、床へと落ちた。
「・・・・・・・・大丈夫?」
リングの上で、レイはヒカリに声をかけてみたが、彼女は返事をせず、焦点の合っていない目でレイの事をじっと見るだけだ。
「あなた、お金?」
ヒカリは笑って見せた。
一瞬後、信じられないスピードでレイの間合いに入ったヒカリが、レイの顔面に掌底突きを放っていた。それをモロに受けてしまったレイは、リングの端まで吹っ飛ばされる。口の中を切ったのか、鉄の味が口一杯に広がった。
今の踏み込みと言い、突きの破壊力と言い、どれも人間ばなれした動きである。どうやら幻覚剤と共に、筋力増強剤も注射されたらしい。
しかし、それならば何故レイはなんとも無いのであろうか?自分も同じ注射を打たれたはずである。
「お金ーーーーーーっ!!」
レイの所まで走って来たヒカリが、今度は回し蹴りを放った。ドカッと言う鈍い音と共に、彼女の蹴りはレイの腹部へと吸い込まれる。
「グッ」
かなりのダメージがあったのか、たまらずレイが膝をガクリと落とした。
「殺せーーーーーっ!負けたくなかったら、殺られる前に殺れーーーっ!!」
他の観客達が、席から腰を浮かせて罵声を飛ばす。
「殺すぞ」
しかし、シンジが一睨みすると、彼等は一斉に口を閉じた。
そんな観客の声は、リングの上のレイにも聞こえていたが、彼女はどうしても実力を出す事が出来ない。まして、ヒカリを殺すなど、とうてい出来る話しでは無かった。
ヒカリには家族が居るのだ。マヤの様に、愛する家族を失う悲しみを産み出す訳には行かないのだ。
全力で戦ってしまえば、本当にヒカリを殺してしまうかもしれない。ヒカリの力が薬で強められている以上、もはや手加減して勝つと言う事は不可能なのだ。
ならば、一瞬で意識を断つしか無い。
「はっ!!」
スラリとした足を使い、レイはヒカリの頭部に素早いハイキックを繰り出した。パンチを繰り出そうとしていたヒカリにそのキックは避けられず、テンプルに直撃した。
これだけのキックが入れば、常人なら一発で意識が飛ぶはずだ。勝利を確信したレイだったが、次の瞬間、彼女はヒカリの膝蹴りを横腹に受け、今度は横の方向へ飛ばされる。
「ゴホッ、ゴホッ!そ、そんな・・・・・・・」
どうやら日崎は、感覚をマヒさせる薬を注射して様で、ヒカリは何事も無かったかの様に平然としている。
そんなヒカリを見て、シンジの左後に立っていた加持がそっと耳打ちした。
「どうやら薬を・・・・」
「うん、そうだね。まったく、予想を裏切らない連中だよ」
懐に手を突っ込んだシンジは、そこから何かを取り出した。
一方リングの上では、ヒカリにマウントポジションを取られてしまったレイが首をしめられていた。
「グッ、グッ・・・・」
肺が酸素を求めて悲鳴を上げる。
仰向けになって逃れようとしているレイの反転した視界の中で、観客席のシンジが何かを指で弾いた。飛んできた小さな粒を、レイは反射的に受け止める。
手を開いてみると、そこにはこの間、無理やりシンジに飲まされたカプセルがあった。
「・・・・・・・」
もう一度シンジの方を見てみると、彼は無言でレイをじっと見ていた。その目は、まるでお前なら分かるだろうと言っている様にレイには見えた。
次の瞬間、見事な動きでヒカリの下から抜け出したレイは、ヒカリを押さえつけて彼女の口にカプセルを突っ込んだ。
「・・・・・効いた?」
一瞬動きを止めたヒカリだったが、またすぐに攻撃を再開する。
「くっ・・・・・」
もう限界に近づいていたレイは、意を決して全力の一撃をヒカリへ放った。
しかし、その一撃がヒットする直前。
「あれ?私、ここで何してるの??」
しかし時すでに遅く、一瞬後にレイの鉄拳が彼女の顔面をとらえていた。
すっとばされた彼女は、そのまま気を失った。
「・・・・・遅い・・・」
拳を突き出したままのレイが、ボソリとつぶやいた。
 

「さて橋本さん、遺書を書いてください。もちろん、全財産を八島組名義にするのをお忘れ無く」
「ま、まさか本当に命を賭けろとか言うんじゃ・・・」
「あれ?そう言わなかったっけ?」
あっさりと言って見せたシンジに、橋本は日崎に食ってかかった。
「ちょっと日崎さん、黙って見て無いでなんとか言ってくださいよっ!」
「お、俺は関係無いだろう。俺はあんたらの道楽に手を貸しただけなんだから」
「それはあんまりじゃないですかっ!その道楽を利用して、自分の組の勢力を広げようとしたくせにっ!」
後でギャーギャーと騒ぐ日崎と橋本に背を向けたまま、シンジは口にくわえた煙草に火をつけ、まるで一人言の様に話し出した。
「日崎に助けてもらうより、日崎を道連れにした方が貴方の気が晴れるんじゃ無い?」
「え?」
「どうして日崎が大会の前日に僕の命を狙ったか教えてあげましょうか?それは楽しみを邪魔されたくない貴方たちが、僕を狙った様にみせかける為ですよ。その証拠に、僕が捕まえたヒットマンは、まず最初に橋本に頼まれてやったと言いました」
「なっ!?日崎さん!あなたは私に罪をなすりつけるつもりだったんですかっ!!?」
驚いた橋本が日崎を睨むと、彼はあらぬ方向に目を向けた。
「汚いぞ!仲間を裏切る様な奴は信用できん!俺との話は無かった事にしてくれっ!」
極道の世界にも最低限のルールはある。平気で仲間を裏切る様な組織と手を組んで、とばっちりを食らうのはまっぴらごめんとばかりに、先ほどまで日崎に好意的な態度を取っていた大物達が次々と席を立ち始める。
と、そこへズズーンと言う音と共に大きな揺れが来た。
最初は遠くの方で聞こえていた爆発音が、時間と共に段々こちらへと近づいてくる。
「な、なんなんだこの爆発音は??」
「どんどん近くなって来るぞ」
観客達が騒ぎ出す。
「そう言えば三代目、道すがら時限爆弾を転がしてきたんでしたっけ?」
まるで『おっと、ガスの元栓を閉めますれてた』とでも言う様な口調で、加持がつぶやいた。
「!!!!!」
それを聞いて他の観客の背筋が凍った。
「あん?ああ、そう言えばそうだったね。忘れてた。五分もすればここも全壊になるね」
シンジが手の平をポンと打って、しらじらしく言う。
「「「ぜ、全壊!!?」」」
警察に捕まるだけなら、コネを使ってどうにでもなる。しかし生き埋めになって死ねば、それでおしまいだ。観客たちはパニック状態に陥り、非常口へと向かって走り出した。
「に、逃げろーーーーーっ!」
「ひっ、ひーーーーっ!死ぬのは嫌だぁーーーーっ!!」
お互いを突き飛ばしながら、死に物狂いで逃げて行く彼等を見て、シンジは口元をグニャリと歪めて笑った。
「ちょっとわざとらしかった・・・・・かな?」
「棒読みでしたからね」
はははっと時田が乾いた笑いを浮かべた。
シンジがリングの方へ目を向けて見ると、そこには呆然と立っているレイが居た。
「今は訳が分からないだろうけど、詳しい話しは後で・・・・。日崎と橋本は綾波にまかせるよ。おとしまえをつけなけりゃならないだろ?行きなよ」
レイは一瞬、驚いた様な顔を見せた後、ほんの少しだけ表情を緩めて頷いてから、日崎と橋本が逃げて行った非常口へと向けて駆け出した。
 

「三代目、あのチャイナドレス」
「うん」
「レイちゃん、結構似合ってましたね」
「・・・まあね」
「もしかして三代目の好み・・・・」
「・・・・・・・(怒)」
「も、申し訳ありません!出すぎた事を言いましたっ〜〜〜〜〜っ!!」
「・・・・・・・」
 

ドサリと言う音を立てて、日崎の最後の部下が床に倒れ伏した。
チャイナドレスを来た少女に追い付かれたのは、つい三分ほど前の話しである。
「・・・日崎・・・橋本・・・・・・許さない」
全身から殺気を放ちながら、レイがゆっくりと二人へ向けて歩いて行く。
「人の弱みにつけこむなんて・・・・」
「ふん!弱い者が死ぬのは、仕方がない事だろうが」
近くにあった鉄棒を掴んだ日崎が、レイの頭へとそれを振り下ろす。
しかし鉄棒はレイの頭には当たらず、鉄の床をうちつけて日崎の手をしびれさせただけだった。
「!?」
「遅い・・・・・・」
レイは上に飛んで鉄棒をかわすと、落下の速度を利用して日崎の頭へ、かかと落としを食らわせた。ゴスンと言う鈍い音がして、日崎が崩れ落ちる。
「ひ、ひいぃぃぃぃっ!!」
倒れ込んだ所をさらに蹴り付けられ、自分の方へと飛んできた日崎を見て、橋本はヒキガエルを潰した様な声を上げた。
レイは荒い息を整えながら、今度は橋本の方へと向かって来る。
「何が女性を強くする為の大会よ・・・ふざけないで・・・・。私が息の根を止めて・あ・げ・る」
「ひっ!ひぃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
殴られると思ってしゃがみ込んでしまった橋本だったが、レイは彼女を飛び越え、彼女の後で伸びている日崎へと駆け寄ると蹴りを入れ始めた。
「貴方には恨みがあるの・・・・・・オフクロの仇・・・・オヤジの仇・・・・フフフフフ」
どこかイッてしまった目で、日崎に殴る蹴るの暴行を加えている。
まあ、日崎がレイの両親を殺害したのは事実であるから、彼は何をされても文句の言える立場では無いが・・・・。
「日崎の飽きたら、次は貴方の番ですよ。綾波が一度に二つの事が出来ないですから・・・」
レイの後を追って来たシンジが、さりげなくレイに対してひどい事を言った。
「彼女、イノシシ年産まれですからねぇ」
加持がウンウンと大きく頷く。
「さてと、貴方には僕流のおとしまえをつけさせていただきますよ、橋本さん。あなたには日崎と共にここに残ってもらいます」
「まさか、生き埋めにするつもり?」
「まさか。僕はそんな証拠隠滅をするつもりはありませんよ」
シンジがちらりとレイの方に目を向けると、時田が必死になってレイを止めている所であった。よほど興奮しているのか、放しなさいと言って説得している時田を引っ掻いたりしている。
「この格闘大会の帳簿と参加者名簿は拝借させてもらったし、捕まっていた女の子たちも解毒剤を飲ませて逃がした・・・・。こんな大きな騒ぎになったんだから、ポリ公もすぐに来ますよ。まあ、日崎との関わりをうまくごまかせる様に祈ってますよ」
加持が橋本に近寄ると、彼女と日崎とを手錠で繋ぎ、日崎のもう一方の腕を配管の一つと繋いだ。これで二人とも、警察が来るまで逃げられない。
「またこう言う賭場を開いてくれると嬉しいです。ただし・・・・・僕にタテつく勇気と、地獄へ行く勇気があるなら・・・・・ね」
シンジに睨まれた橋本は、腰でも抜けたのか、その場にへなへなと座り込んでしまった。
 

「碇君・・・・」
「なに?」
帰りのVTOL機の中、レイが不機嫌そうな顔をしている。
「もしかして、私が格闘技大会に出ること、知ってたの?だから、私にあらかじめ解毒剤を飲ませたの?」
「まあね」
レイの頬がヒクつき出す。
「危ない目に合うと分かってて・・・・?」
「まーそこそこに」
「・・・・・・・」
「ごめん」
「!??」
鉄拳制裁を加えようとしていたレイは、いきなりシンジがあやまったのでタイミングを逃してしまった。
「あんなふざけた事が二度と起こらない様に、内側から徹底的に潰す必要があった。だから、綾波が必要だったんだよ」
いつもなら憎々しいシンジが、あまりに素直に謝罪したので、レイは呆然としている。
「二度とあの賭場は開かせないよ。それは四年前から、僕の父さんがある人に誓い続けて来た事なんだ。償いの一つとしてなんだけどね」
「・・・・・・」
賭場、償い、そして四年前・・・・。このキーワードに当てはまる人物を、レイは良く知っていた。
「伊吹マヤさん・・・・。私の保護者・・・・」
「・・・・・すごく弱そうな人・・・」
「?」
シンジが何を言っているのか分からなかったレイは、首を傾げた。
「四年前に、僕が彼女に始めて会った時の第一印象だよ。庇護欲をそそるのか、父さんはよく僕をつれて彼女と会っていたんだ。彼女に17歳になる妹がいたと知ったのはそれからすぐ・・・・彼女の妹が、あの格闘大会に出ていたんだ・・・」
 

「シンジくぅうんっ!!」
伊吹邸に帰って来たシンジを待っていたのは、目一杯に涙を浮かべたマヤだった。
「ねえ、どうしよう?レイちゃんが帰って来ないのっ!ニュースを付けてみたら、四年前と同じ様な事が報道されているし・・・」
シンジがテレビスクリーンに目を向けてみると、ちょうと現場の映像が写っている所だった。
「もしかしてレイちゃん・・・あそこに・・・。シ、シンジ君のせいよっ!シンジ君が、あんまり借金、借金っていじめるからーーっ!!えっく、えっく・・きっとレイちゃんは本気にしちゃって・・。わーーーーん、レイちゃんを帰してよーーーーっ!!」
「・・・・・・」
マヤは号泣しながらシンジの胸をポカポカと殴る。
早くに両親に死なれ、姉妹の生活は苦汁を嘗める物だった。
しかしそれでもマヤが生きてこられたのは、妹が居たから・・・。
苦しい時に、その苦しみを忘れさせてくれる妹が居たから・・・。
そんな妹を失って、彼女は感情の一切を失った。
関係者として責任を感じたゲンドウは、賭場を潰し、なんとか彼女を立ち直らせようとしたが、無駄だった。
笑わない、泣かない、何にも心を開かない。
一時の遊び心が、彼女から妹と言う心の支えを奪った事で、彼女を生きながらに死んでいる人間にしてしまった。
もし、自分が死んだら彼女への償いをシンジに継いでくれ。それがゲンドウの口癖だった。
そして、もう一つの口癖が・・・・
『マヤに、魂を・・・・・』
泣いているマヤを見て面目無さそうに入って来たレイに、マヤは飛びっきりの笑顔を浮かべて飛びつき、きつく抱きしめた。
 

「心配かけてごめんなさい、マヤさん」
「いいのよレイちゃん。私の思い過ごしだったんだし・・・・」
「・・・・・」
ハンカチで涙を拭いているマヤを見ると、レイの心が痛む。
「私に、借金があるのを知ってたの?」
「ええ・・・だって、シンジ君がレイちゃんたちのエサ代は借金につけろって・・・」
エサ、と言う所でレイの頬がひきつった。
「シンジ君やさしいから、何もかも私の為にしてくれたのよ」
そう、あの夜、犬を四匹捨てたので、気に入ったら引き取ってやってくれとシンジから電話が掛かって来た。あまり乗り気では無かったが、指定された場所へ行ってみると、何人かの少年たちが、座り込んで腹が減ったとぼやいていた。その時、兄弟たちをはげましていたレイが、妹と重なって見えたのだ。
「きっとシンジ君、私にレイちゃんを会わせたかったのよ」
「じゃあ、今までの借金攻撃もその為に・・・?」
『それは違う(と思うわ)』
マヤの声と、台所へ飲み物を取りに行っていたシンジの声が重なった。
「綾波につけてる借金はケジメだからね。必ず払ってもらうよ」
「あら?そうだったの?私はてっきり、レイちゃんをずっと自分のそばに繋ぎ止めておく為の鎖なのかと思ってたわ」
「う・・・・・・・」
シンジの頬が、わずかに染まった。
「そう言えば、この家・・・碇君のなの?」
「そうだけど?」
「・・・家賃・・もしかして借金に?」
「あ、そうか、その手があったね」
コクコクと頷きながら、いそいそと電卓を取り出したシンジの腕を、レイがひっつかんで小犬の様な目で何かを訴える。
「借金は嫌・・・・」
「却下」
「あうううう・・・」
そんな二人をクスクスと笑いながら見ていたマヤは、ふとシンジが妹の形見を持ってきた時の事を思い出していた。

『形見とは、死んだ人間の物を生きてる人間が持たなければ意味がない。・・・もう、貴方は大丈夫ですね、マヤさん?これは、返しておきます』
『うん、シンジ君』
 
 

次の日、シンジが朝刊を広げてみると、昨日の事件の事がデカデカと載っていた。
どうやら彼は、昨夜マヤ邸に泊まったらしく、薄い青色のパジャマのままである。
「おはよう、シンジ君」
リビングに出てきたマヤが、ソファーに腰掛けているシンジの肩越しに新聞を覗き込んだ。
「これ、シンジ君がつぶしてくれたんでしょ?」
「・・・・うん。僕の目の黒い内は、二度とこんな事をさせない・・・」
「ふふふ、なんだかお父さんに似て来たわね、シンジ君」
「そう?」
「ええ。ありがとう」
そう言ってマヤは、そっとシンジの頬に口づけした。
が、次の瞬間、スラリとした長い足がニョキリと伸びてきて、シンジの後頭部を突く様にして蹴った。その為、彼の顔はソファーの前に置いてあったテーブルと接吻する事となった。
「マヤさんに何してるの・・・・・・スケベ・・・・」
そうとう痛かったのか、手で鼻を押さえながら、シンジが起き上がってレイに抗議した。
「綾波、目、腐ってない?」
「あらあらレイちゃん、もしかしてヤキモチ?」
一瞬呆然としていたレイだが、その顔が真っ青になり、それから真っ赤になって行く。
まさに人間信号。
「そ、そんな事はありえないわ。・・・・もう一回寝直す・・・」
おもいっきり心外だとばかりに肩を怒らして部屋へと戻ろうとしたレイだったが、耳まで真っ赤ではあまり説得力が無いと言う物だ。
「うでまくら、してあげようか?」
「いらないっっ!!」
 

さて、このコンビの行く末は、一体どうなる事やら・・・・
 
 
 
 

to be continued......???



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