エヴァンゲリオン戦記
Chapter 1: 父王と紅い瞳
セントラ城はジオフロントの中央に位置する堅固な城壁に守られた城である。
何度もの隣国ゼーレの猛攻にもその高い防御力で撃退して来た。
この城の応接室のような部屋にミサトの案内で連れて来られたシンジは、今まで彼が見た事もないような豪華な椅子に腰掛けて居心地悪そうにあたりを見回していた。
暫くそうしながら待っていると、立派で重量感のある扉が開いて、背の高い顎に髭をたくわえた男と、うすい青がかかったプラチナの髪とサファイアの様な赤い目を持つ少女が部屋に入って来た。
「よく来たなシンジ」
低い、そして威厳のある声で髭を生やした男がシンジに語りかけた。
「シンジ、おまえはここに居るレイ・アヤナミ姫と結婚しろ。式は二十日後だ。それまでに王族の礼儀作法を教育係から習え、いいな」
ひげを生やした男はそれだけ言うとまた入って来た扉から出て行こうとしたが、
「待ってよ!なんなんだよ!父さんでしょ?あなたは僕の父さんなんでしょ?訳が分かんないよ!どうして母さんと僕を放って置いたのさ?!結婚させるために僕をここに呼んだの?」
立ち上がったシンジがそう叫ぶのを聞いて一旦足をとめたが、振り返ることなく部屋を出て行った。
「どうして、泣いてるの?」
嗚咽を漏らし始めたシンジに部屋に残ったレイ-アヤナミ姫と呼ばれた少女が表情の無い顔で語り掛けた。
「うっ、っく、当り前じゃ無いか、生まれて始めて父さんに会って、もっと色々な事を話せると思って来たのに。ひどいよ、あんまりだよ」
「そう・・・・」
夕日の光で染まった部屋の中に感情の無い澄んだ声が響いた。
「いいのか、ゲンドウ? もう少し説明してやれば良いものを」
広く、薄暗い部屋に人影が二つ。一つはネルフ国王ゲンドウ、もう一つはネルフの軍師であり、宰相でもあるコウゾウ・ウィンタームーンである。
「必要無い。ゼーレの動きが活発になって来ている、一刻も早くリリスとの同盟を結ばなくては。その為にはどうしてもシンジにはレイ姫と結婚してもらわなくてはならん」
不器用な奴だ、とコウゾウは口には出さず、その代わりに小さなため息をもらした。
ゲンドウとは長い付き合いなので、彼がどんな人間かが分かっていても、時々その不器用さに目を覆いたくなる時がある。
大体、始めて会った息子にいきなり結婚しろは無いだろう。
もし言うとしても、しばらく親子の語らいなどしてリラックスさせて、今この国がどう言う状況に置かれているかを説明した後にすればいいものを。
「息子に嫌われても知らんぞ」
「ふっ、問題無い」
そのいつもの決まり文句を聞いて、またコウゾウは深い深いため息を一つもらした。
その日、正式に予継ぎとしてシンジが国王の実子で皇太子であるとネルフ国王ゲンドウは国の内外に発表した。
それからの二十日間はシンジにとって地獄の様な毎日だった。
礼儀作法について朝から晩まで毎日毎日教育係がシンジに付きっきりで教え、そしてその合間には剣術を習わなければならなかった。
ただ一つの救いは、ミサトが剣術の教師だったことだ。やはり誰も知っている者の居ない城で、少しでも話した事のあるミサトと話せるのは、シンジにとって心の安らぐ時間だった。
「ミサトさん、一体父さんは僕の事をどう思ってるんでしょう?」
剣術稽古の休憩時間にシンジはミサトに聞いた。
「さて、わたくしには陛下のお心の内は分かりかねます。しかし子を憎く思う親はおりません、陛下もきっと殿下の事を大切に思っていらっしゃるはずです」
ミサトもシンジと言う少年の心が今とても不安定になっていると理解しているので、出来るだけこの少年の力になってあげなくてはと、稽古の合間に少年との会話の時間を出来るだけ持つようにしていた。
「しかし、よく城に残られる決心をなさいましたね。」
「父さんはあの時、よく来たなって言ってくれたんです。だから・・」
捨てられた小犬の様な澄んだ目で見つめられて母性本能を刺激されたミサトの頬は不覚にも赤くなってしまった。
シンジはあの後逃げたりせずに、父の事をもっとよく知ろうと努力することを決めた。
確かにそっけない態度にショックを受けたが、父は確かに「よく来たな」と言ってくれたのである。嫌われてはいないと無理にでも信じ込む努力をシンジはしていた。
結婚の事については政略結婚だろう事は分かる。一国の王太子ならば当然の事だし、それが国王を父にもった自分の運命だと半分諦めている。
しかし、いきなり自分が王太子だと言われてもまだ実感が伴わないのも事実だ。実際いまだにミサトや教育係に「殿下」と呼ばれても自分の事だと気付かない時もある。
ゲンドウは忙しいらしく、あれから一度も会う機会は無かった。
ミサトはシンジに稽古をつけていて気が付いたのだが、シンジはかなり剣の鍛練を以前からしていたようだ。
基礎は出来ているので、後は実戦で鍛えればかなりの使い手になれるだろう。
馬術の方も城に来る時ミサトの用意した馬に乗って他の騎士達と同じ速度でついて来たのを見るとそこそこは出来るようだ。
シンジに何処で剣と馬術を習ったか聞いて見たところ、なんと母のユイから教わったと言うのだ。
ミサトはユイについてほとんど何もしらないが、シンジの剣術を見ているとかなりの使い手だったのだろう事が分かる。実際シンジは稽古中にミサトをヒヤリとさせる事が何度かあった。
「殿下、お時間でございます」
「はい、ジーナさん。 それじゃミサトさん、また明日」
シンジの礼儀作法の教師はジーナと言う少しぽっちゃりとした中年で、城の上流階級の女性に有りがちなツンケンした所の無い女性だ。
城に慣れないシンジの事を気遣って、色々と良くしてくれるので、シンジにとって気軽に話せる数少ない人間の一人である。
ただ、一つだけ欠点があるとすれば、それは彼女がシンジを一人前の王太子とする事が自分の使命だと信じて疑わない事であろう。
廊下に出ると、さっそく小言が始まった。
「殿下、下々の者達を『さん』付けで呼ぶのはおやめ下さい。仮にも殿下はネルフの王太子であらせられるのですよ」
「ごめんなさい、ジーナさん」
「あ、ほらまた今私の事を『さん』付けで」
「あ、あれれ、ご、ごめんなさいジーナさん・・・」
「・・・・・・・・・・・」
と、まあいつもこんな感じのシンジに、この道十何年のベテランのジーナも手を焼いている。
この年まで市井の者達と一緒に生活して来た為か、シンジはどうしても王族らしい言葉使いが苦手らしい。
しかし、ジーナにとってシンジは優秀な生徒であるようで、礼儀作法についてはまるで綿が水を吸い取るようなスピードで学習していった。
「あ」
シンジとジーナが廊下を歩いていると、前からレイが彼女と同じ髪の色をした召使達と一緒にこちらに向かって歩いて来るのが見えた。
彼女の国リリスの人々は色素が薄く、皆髪の色が青がかったプラチナで、赤い目をしている。だから彼女に付いている召使達は、皆レイに付いてネルフに来たのだろう。
「あ、あの、今日は、レイ姫」
あと何日かでこの少女と結婚しなければならないと思うと、式の前に少し話しをしたいと思ったシンジだったが、何と言ったら良いか分からずオロオロしてしまった。
始めて会った時に彼女の前で泣いてしまったと言うのもそれに拍車をかけていた。
「ご機嫌麗しゅう、殿下」
相変わらずの無表情でレイは答えると、そのままシンジの横を通り過ぎて行った。
召使達もレイに付いて通り過ぎて行ったが、皆オロオロしていたシンジが可笑しかったのかクスクスと笑っていた。
シンジの後ろではジーナが頭を抱えていた。
そしてシンジはレイと一度もまともに話す機会の無いままに結婚式当日を迎えた。
to be continued