エヴァンゲリオン戦記

Chapter 2: 絆






ネルフは今でこそ大国と呼ばれるような豊かな国ではあるが、元々は小さな国がいくつも集まった一つの地方だった。
その小国家群は小競り合いを繰り返してばかりであったが、一人の覇王によって統一された。
腰まである漆黒の長髪をなびかせて小国家群を征服していった男の名は、サイアナイド・イカリ。
彼は刀身が紫色に透けて見える古代の神剣エヴァンゲリオンの一つ『エクセリオン』を振るい、覇王への道を切り開いて行った。
ネルフ地方の統一後はネルフ王国を建国し、商業と農業を発展させ、国民の生活を安定させた。
しかし、早すぎる成長は隣国ゼーレの危機感を煽る事となった。
その結果、幾度もの小競り合いが国境付近で生じ、遂に大戦へと突入してしまう。
ネルフの国王サイアナイドは、彼の統一戦争時代からの仲間達とよく戦ったが、戦力の違いが大きすぎ、アセタル峠の戦いでゼーレの若き王子キールの手にかかって命を落としてしまった。

サイアナイド・イカリ、後にゼーレをネルフ国土から退けた二代目ネルフ国王ゲンドウ・イカリの父にして、英雄王シンジの祖父である。




首都ジオフロントの中心にあるセントラ城は、蜂の巣をつついたような状態であった。
なぜなら今日は、ネルフ王太子シンジとリリス王国の王女レイの婚儀の日だからである。
城の中をのんびり歩いていようものなら、婚儀の準備のために忙しく走り回っている侍女達に突き飛ばされてしまいそうになるくらいだ。
城の広場には婚儀の為の祭壇やら椅子やらが次々と運び込まれ、侍女達が忙しそうに花で飾りを付けている。
非番の騎士達も、この日ばかりは休日を返上して城の警備や侍女達の手伝いをしている。
侍女達に顎で使われる騎士達を見ていると、とても彼等が大陸最強とまで言われるネルフの騎士達とは思えない。
婚儀は正午からなのに、城の正門の前には婚儀を見物しようと民衆がつめかけ、長蛇の列が出来ていた。
民衆の中には、ふるまい酒だけを目当てに来ている者もいるが、ほとんどの者達が突然現れた王太子と、その妻となる隣国リリスの美姫を一目見ようと集まっているのだ。


「殿下、早く結婚衣装に着替えて下さいませ」
ジーナはトロトロと朝食を取っているシンジにイライラして、早く着替えさせようと急かした。
「え、でも婚儀は正午からでしょ?まだ早いと思うけど」
昨日の晩は色々と考えていた為になかなか寝られず、まだ頭がボーっとしているシンジはのほほんとした声で答えた。
「殿下は婚儀だけすれば良いのではありませんよ!!貴族達に挨拶をして回ったり、色々やる事は山ほどあるんです。さあ、早くお着替え下さい!!」
まだ朝だと言うのに、すでにジーナは頭痛を感じていた。
シンジは着替えると、まず婚儀の為に集まったネルフの貴族達に挨拶をするためにダンスホールへと向かった。
ダンスホールに居た貴族の女性達は、ホールへ入って来たシンジへ向けて好奇の視線を向けた。
世継ぎが無かった王の隠し子と言う事で、注目されていると言うのもあるが、それ以上に自分達が将来側室として仕える事になるかもしれぬ王太子の容姿が気に掛かるのだろう。
正装したシンジはどことなく王族の気品を漂わせ始めている様に見える。
後何年かすれば、間違いなくその母親似の容姿で女性を魅了出来るようになるだろう。
何人かの貴族達は、さっそく自分の娘をシンジに引き合わせる算段を始めていた。
シンジに合う年頃の娘が居ない貴族たちは、親戚の娘達の顔を思い浮かべ、養女に迎えるべく使者を送る事を決意した。
一方、城に来てまだ少ししか経っていないシンジは、ほとんどの貴族たちの名が分からなかった。
しかし、ジーナが横に付いて名前を教えてくれたり、色々サポートしてくれたお陰でなんとか挨拶を終える事が出来た。
皆が皆と言う訳では無いが、ほとんどの貴族達がシンジに対して値踏みする様な視線を向けてくる。
中には王に世継ぎが無い方が都合の良い連中も居るらしく、敵意の篭った目を向けてくる連中すら居た。
精神的に消耗したシンジがダンスホールから出ようとした時、初老の男性に呼び止められた。
「これは殿下、お久しぶりでございます。と言っても、最後に会ったのは殿下がまだ赤子であらせられた時の事でございますから、覚えてはいらっしゃらないかも知れませんが・・」
「あなたは?」
「申し遅れました、私は宰相を勤めさせていただいておりますコウゾウ・ウィンタームーンと申す者でございます」
「それじゃあ、貴方が母の剣の師匠?」
彼の名前はシンジにとって聞き覚えのある物であった。
確か母から剣術を習っていた時、何度か彼女が口にしていた名前だ。
「はい、左様でございます。殿下はどうやらお母上に似られたようですな」
シンジの線の細い顔を見て、コウゾウはゲンドウに似なくて良かったと思ったが、ゲンドウと二人きりの時ならいざ知らず、公の場でそれを言うと不敬罪にあたる発言なので、口には出さずに飲み込んだ。
「そ、そうですか?」
「ええ、よく似ていらっしゃいますよ。 さて、剣の方は・・・・・・・」
そう言い終わる前にコウゾウは腰の剣に抜き放つと、シンジの頭上へ振り降ろした。
ダンスホールに居た者は誰もが驚き、そして若き王太子の頭がザクロの様に割れるのを想像した。
しかし、シンジは素早い動きで護身用の短剣を逆手に抜き放つと、コウゾウの剣を正面からは受け止めず、剣に少し傾斜を付けて滑らせた。
短剣ではコウゾウの剣を受け止める事は出来ない。シンジは咄嗟の判断で彼の剣を受け流したのであった。
受け流したと言っても、やはりコウゾウの持つ剣の勢いをすべて殺す事は出来ず、体勢を崩してしまう。
よろけたシンジは、後ろへ小さく飛んで間合いを取りつつ、なんとか体勢を立て直した。
そこへ鋭い突きが襲って来た。
「うっ!!」
喉を目指して迫る剣先を目でとらえたシンジは、紙一重で突きをかわすと、素早く前進してコウゾウの懐へ飛び込んだ。
「一体、何のつもりですか!?」
短剣をコウゾウの喉元に突きつけたシンジは、呼吸を乱しながら言った。
「ふふふふ、どうやら剣の方もお母上に似られた様ですな。申し訳ない、わたしは剣才を試して見たくなる悪い癖がございまして。無礼を御許し下さい。」
コウゾウはにこりと笑うと剣を鞘に納めた。
シンジも短剣を下ろし、鞘に戻す。
「何故、僕を試すような事を?」
「なに、今は宰相などと言う事務的な仕事をしておりますが、昔は騎士でしたのでね。血が騒いだのですよ」
貴族達はコウゾウが本気では無かった事を知ると胸を撫で下ろした。
もっとも、何人かのご婦人達は精神的ストレスに抗おうともせずに気絶してしまったが。
「では、また後ほど」
一礼すると、コウゾウは満足そうな顔をしてダンスホールから出て行った。。
残されたシンジは、コウゾウの剣を受け流せた事が奇蹟に近かった事を感じて冷や汗をかいていた。
実際、シンジの動きは頭を使って考えた上で行動では無く、体が反射的に動いただけだった。
もしあのまま呆然としていたなら、間違いなく彼の頭は割れていただろう。コウゾウの剣には、そう確信させる程の殺気が込められていた。
不思議な事に、いきなり斬りつけられた事に対して、シンジは憤りを感じていなかった。なぜなら、コウゾウの太刀筋に母の剣を思い出し、懐かしさを感じていたからだ。
ちなみにジーナはさすがに気絶はしなかったものの、どうやら腰が抜けたようで、ダンスホールの大理石の床に尻餅をついていた。


「ユイ君の才能を上回る・・・・か」
ゲンドウが待つ部屋へ向かう廊下の途中で立ち止まったコウゾウは、自分の掌の汗を眺めて呟いた。
どうやら王太子は母親の血を色濃く受け継いでいるようだ。
半分殺すつもりで振り下ろした剣を見事に凌いでみせた事と言い、体勢を立て直した後に見せた獰猛な肉食獣のを思わせる動きと言い、コウゾウは王太子の将来に期待せずにはいられなかった。
もちろん、剣の腕だけでは国家を運営して行く事は出来ない。
しかし、その点はこれから宰相であり軍師でもある自分がみっちりと教えて行けば良い事だ。
出来の良さそうな生徒を見つけた嬉しさに、コウゾウの頬は自然と緩んできた。



太陽が頭の真上に差し掛かる頃、婚儀が始められた。
城の広場は人で埋めつくされている。
正装した貴族や武官達は祭壇の近くに並び、そして後ろに民衆用の場所があって、何人もの民衆が見物に来ていた。
すべての見物人が入るには広場は小さかったが、もともと戦の前に王が兵の士気を上げるために閲兵式を行う場所なので、それでもかなりの人数が見物に来ている。
城に入れなかった見物人達は門番達に文句を言っているが、彼等はネルフに生まれたからこそ、このような事が出来るのだ。これがゼーレなら、門番達は槍の一突きで彼等を黙らせていただろう。
やかて祭壇の上にネルフ国王ゲンドウが姿を現わすと、貴族達や武官達は姿勢を正し、見物に来ている民衆は静まりかえった。
「これよりネルフ王国王太子シンジとリリス王国王女レイの婚儀を執り行う」
そうゲンドウが宣言すると、祭壇の向かって左側からシンジが、そして右側からレイが出て来た。
そのまま中央まで進んで、祭壇の中央に立っているシームルグ教の神官の前に並んで立った。
シームルグ神は調和を司る神で、ネルフではかなりの国民がこのシームルグ神を信仰している。
また、調和を司どるシームルグ神は、男女の絆を守ってくれると言われ、一般的な男女は必ずシームルグ教会で結婚式を挙げる。
シンジは隣に立つ少女のウエディングドレス姿を見て思わず息をのんでしまった。
純白のドレスに身を包んだ少女は、まるで天使のように太陽の光を受けて輝いて見えた。
ただ、彼女の相変わらず感情の無い顔のおかげでその輝きは半減してしまっている。
暫く見とれている内に、神官が一つ咳払いをして経典を読み始めた。
「シンジ・イカリよ、汝は調和神シームルグの名において、汝の妻となるこの女性を生涯守り、そして慈しむ事を誓うか?」
「はい、誓います」
シンジが緊張でかすれた声を出して神官に答えた。
「レイ・アヤナミよ、汝は調和神シームルグの名において、汝の夫となるこの男性に生涯尽くし、操を立てる事を誓うか?」
「はい、誓います」
緊張でガチガチになっているネルフの王太子とは対照的に、リリスの美姫は落ち着いた声で答えた。
「よろしい。では、汝ら二人に尋ねる。汝ら二人の絆は、壊れる時が来るか否か?」
「「否」」
二人が口を揃えて言ったが、もし事前に何を聞かれ、どう答えねばならないかと言う事をジーナから聞いていなければ、シンジには答える事が出来なかったであろう。
隣に立つ少女の事を、彼は何も知らないのである。
形式的な儀式とは言え、シンジは釈然としない物を感じていた。
だが、結婚式はシンジの内面的な葛藤を無視して進んで行く。
「天が舞い降りて汝ら二人の魂を分かつまで、汝らの魂は今この場で一つになった。さあ、聖なる絆を結ぶ言葉を」
「全てが終わろうとも、私の魂は我が妻レイと共に」
「全てが変わろうとも、私の魂は我が夫シンジと共に」
「シームルグ神よ、二人に祝福を!!」
聖なる絆とは、結婚の事を指す。
神官が空に向かって神からの祝福を願うと同時に、広場にいた全ての人間が祝福の言葉をこの王太子夫婦に捧げた。
城の侍女達が色とりどりの花を辺りに振りまき、音楽隊が祝福のメロディーを奏で、民衆には酒がふるまわれた。
祭壇にレイと共に並んだシンジの晴れ姿を見て、ジーナなどは感極まってわんわん泣いている。
わずか二週間の間で、彼女はすっかりシンジに感化されており、まるで自分の息子が結婚しているような気分になったのだ。


祭壇の前にいたシンジとレイは退出したが、シームルグ教の結婚の儀式はこれだけで終わらない。
これから二人は丸一日の間、一つの部屋で誰にも会わずに過ごして、初めて夫婦と認められるのだ。


ジオフロントは暗くなってもまだお祭り騒ぎが続いており、セントラ城でも警備の兵士たち以外はすべて無礼講で酒を飲んだり、踊ったり、談笑したりしていた。
祝の宴会の席でシンジを驚かせたのはミサトの飲みっぷりだった。
美人騎士を酔わせようと何人もの騎士や貴族達が彼女に酒を進めたが、皆ミサトに飲ませる半分も飲んでいないのに潰れてしまうのてある。
ミサトのまわりには何人もの男達が酔い潰れて転がっていた。
彼女はそれらの男達を見て、情けないと鼻で笑っては、次々と男達を撃退して行く。
一体、あれだけの量の酒が何処へ入っているのか、シンジは不思議で仕方がなかった。
宴の最中、シンジは少しでも父と話しが出来るかもしれないと期待していたが、式が終わるとゲンドウは宴会へは顔を出さずに、コウゾウを連れて何処かへ行ってしまった。

「おい、ちょっと飲みすぎたぞ」
コウゾウはめったに酒を飲まないゲンドウに言った。
「ふっ、これでリリスとの同盟は成ったも同然だ。そのための祝杯だ」
「全く、素直に息子の結婚を祝ってやれんのかお前は」

宴会の後、シンジとレイはジーナに案内されて城の南側に用意された二人の部屋に入った。
「食料と水はこちらの棚に、着替えはあちらのクローゼットに入っております。では殿下、また明日」
そう言うとジーナはそそくさと部屋から出て行った。 
シンジは一つの部屋に女性と二人だけで居る事に緊張してしまい、何を言おうか迷ったあげくに出てきた言葉が
「もう寝ようか、レイ姫」
であった。
「はい」
レイは無表情のまま答えると、おもむろに衣服を脱ぎ始めた。
「あ、あ、ち、違うよ、そういう意味じゃなくて!」
泡を食って驚いたシンジは、どう言う風に自分の言葉が取られたか気が付くと、レイの腕をつかんで脱ぐのを止めさせた。
「??どうして止めるの??」
「あ、だって僕達まだ14才だよ?いくら結婚したからってその・・・・・・」
情けないほど狼狽した若き王太子は、止めた理由を自分達の年齢のせいにしたが、大陸の常識として14歳での結婚は珍しい事では無い。
大陸の歴史の中には、わずか12歳の若さにして庶子をつくった王子の話さえある。
「子を作って王家の血筋を残すのは王族の義務よ」
「義務って・・・・・・・。だってまだ僕は何も君の事を知らないんだ。だから、僕には出来ないよ。」
シンジと寝るのは義務だと言い切ったレイに、シンジは悲しくなってきた。
「私の事を知ったからといって、何が変わるの?」
そう言ったレイの顔に、少しだけ悲しみの色が見えた。
「なにも変わらないかもしれない。でも僕は知りたいんだ、もっと君の事が。だって君とはこれからずっと一緒に生きていくんだから」
やはり心を通わせていない男女が結婚するのは間違っている。だが政略結婚である以上、これは避けては通れない事なのだ。
ならば、せめて彼女の事を知りたい。そうする事で、少しでも二人の気持ちが触れ合う事が出来るとシンジは思ったのだ。
「君は政治の道具としてこの国に来たのかもしれない。でも、僕が結婚するのは、レイ・アヤナミと言う一人の人間なんだ。お互いの事を知ったとしても、何も変わらないかもしれないけど、もし僕達の心が触れ合えたら、それはきっと素晴らしい事だとおもうんだ。だから、君の事を僕に話してくれない?」
優しく微笑んだシンジが、レイの赤い瞳を見つめながら言うと、レイは何も言わず窓の前まで歩いて行った。
そして小さく深呼吸すると、満月の光を浴びながら小さな声で話し始めた。
「私は・・・・・・、私はずっとずっと生まれた時から国の為に尽くすように教えられて育てられたわ。父には何人もの妾がいて、私はその内の一人との間に出来た子よ。体が弱かった母は、私が生まれる時に死んだの。父は母が死んでも、まるで最初から母が存在しなかった様に気にも止めなかったし、私の事も政治の道具としか見ていなかった。母の身分がそんなに高くなかった所為もあって、私は小さな頃から異母兄弟達にいじめられていつも泣いていたわ。泣いて泣いて、ずっと泣いて、気が付いたら私の顔には表情と言うものが無くなっていたの」
レイは無意識の内か自分の頬を細く長い指でつねっていた、まるでそうやって表情を無理にでも出そうとするかのように。
「私には何も無い。いえ、何かを持っていてはいけないのよ。だって、何ももって居なければ、何も悲しむ事なんて無いから。だから結婚しろと言われた時も何も感じなかったわ」
淡々と話し続けるレイだったが、かすかに声が震えている。
「殿下はリリスの人々が私の事を何と呼んでいるかご存知ですか?彼等は表情が無い私の事を”岩姫”と呼びます」
シンジは月を見上げながら話すレイの肩を掴んで自分の方へと向かせると、彼女を強く抱きしめた。
自分とは違う、女性の甘い香りがシンジの嗅覚をくすぐる。
普段なら赤面してしまう様な状況だが、不思議と心は落ち着いていた。
「孤独ってさ、つらいよね。僕はずっと母さんと一緒に住んでいたから、孤独って言うのがどんな物なのか知らなかった。でも母さんが死んでそんなに時間が経ってないのに、嫌と言うほど分かったんだ。父さんに会えば孤独は無くなると思ったけど、やっぱり駄目みたいだ」
黙ったままシンジの話を聞いていたレイだったが、肩に冷たい物を感じて、目をわずかに見開いた。
「また泣いてらっしゃるのですか?この間も泣いていたわ。何がそんなに悲しいのです?」
シンジの目からは、大粒の涙がいくつもこぼれ落ちていた。
「悲しい?それはちょっと違うよ」
服の袖で涙を拭ったシンジは、目の前のルビー色の瞳を見つめ返した。
「僕は嬉しいんだ。なんだか、君の事が近くに感じられたから。もう僕は孤独じゃない。君が居るから」
ぎゅっと少女を抱く腕に力をこめる。
「君も孤独なら、僕が側にいてあげる。ずっと二人でいれるなら、それはとても幸せな事だと思うから。だから約束するよ、僕はずっと君の側に居る。万が一、二人が離れ離れになったとしても、僕の心は君の側に居るから・・・」
腕の中の少女に対して、自分が恋愛感情を抱いていない事をシンジは分かっていた。
彼の心の中にあるモヤモヤとした何かは、恋では無く、同じ孤独に対する共感なのだろう。
しかし、それでも良いと彼は思う。
なぐさめ合いから始まる愛があっても良いではないか。
少女は少年の言葉に答えるように、下げていた腕を彼の背中に回した。
「多分・・・・」
レイがつぶやいた。
「多分、私は今、泣きたいのだと思います・・・・。殿下のお言葉、とても嬉しいです。本当に、本当にずっと私の側に居ていただけるのですか?」
「うん、約束する」
少し体を離したシンジは、正面から真っ直ぐにレイの瞳を見つめた。
「ならば、私もずっと殿下のお側に・・・・。私の心は、いつも殿下のお側に」
「ありがとう・・・」
無意識に、シンジは手のひらでレイの頬を撫でていた。
経験豊富な貴人であれば、このまま顔を引き寄せて接吻し、その後ベッドの方へと向かうのであろうが、シンジは優しく微笑みながらレイを見つめるだけであった。
「殿下。わたくしは、どのような顔をすればよいのでしょうか? とても、とても嬉しいはずなのですが・・・・」
「嬉しければ、笑うんだよ」
優しい声でシンジが教えてあげると、レイは何とか昔を思い出そうと俯いた。
しばらくして彼女が顔を上げた時、月に照らされた彼女の顔には、天使の様な微笑みが浮かんでいた。


「もう何も無いなんて悲しい事言うなよ。今、僕達には政治の道具になる事以外なにも無いかもしれないけど・・・・・でも生きてさえいればいつか必ず生きてて良かったって思う時がきっとあるよ」
「・・・・・・・・・・・」
「それはずっと先の事かもしれないけど、でもそれまでは生きて行こう。真っ暗でなにも無い道でも二人で行けば何か見つかるかもしれない・・・・・・あの空に浮かぶ月のように」
「はい、殿下」


窓からの月の光が心を触れ合わせた二人を優しく照らしていた。






to be continued


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