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エヴァンゲリオン戦記

Chapter 3:奇襲







「静かな夜だなキアス。」
「ああ、こんな夜は月でも見ながら一杯やりたいな」
「お前は酒の事しか考えられんのか?しかも今日は新月だぞ?」
「そう言うお前こそいつも女の事ばかりじゃないか」
「ふん、酒より女の方が良いに決まってる。もてないからってひがむな」
「ほ〜〜〜〜っ、下戸のザーム君が酒の味を知っていたとは驚きだ」
ゼーレとの国境にあるロークサズ砦では、見張りの兵士達がいつもの様に夜間の見張りをしている。
見張り中の私語は禁止のはずだが、長い夜をじっと黙って過ごすのは苦しい物がある。
その為、多少の私語は黙認されているのだ。 それにしても、彼らの様に騒ぐのは行き過ぎである。
しかし彼らの上司も今夜は非番で、今ごろ夢の世界の住人になっているはずなので、彼らを咎める者はいない。


ロークサズ砦は、ゼーレの侵攻を警戒して建設された砦である。
実際、国境付近で起こった小競り合いの際、砦が包囲された事も数回あった。。 
また、砦から出撃した騎士団が、国境を侵したゼーレ軍を撃退した事もある。
砦はゼーレから侵攻をうけた場合、一日でも長く敵の侵攻を食い止めなければならないので、かなり堅固に作られていた。 
数千単位の敵ならば、千五百の守備隊だけで二十日はもつだろう。
ネルフとゼーレの国境では、幾つもこのような砦がゲンドウの命令によって築かれている。


「おい、ザーム。何かむこうの方で動かなかったか?」
ふと、何かが暗闇の向こうで動いた様に見えたキアスは、まだぶつぶつと彼の悪口をつぶやいている相棒のザームに聞いて見た。
「ん、なんだね、もてないキアス君」
「ふざけて無いであっちを見てくれ。何か黒い陰が動いている様に見えるんだ」
見張り台から身を乗り出していたキアスが、振り向いてそう言うと、ザームは渋々キアスの隣へ来て暗闇を見つめた。
「確かに何か動いている様に見えるな」
「そうだろう? 鐘を鳴らすぞ」
「ああ、そうした方がいいな」
砦の兵士達に異常を知らせ無ければならない。
キアスが見張り台の鐘を鳴らす為に後ろを振り向いた瞬間、喉に激痛が走り、血が滝の様に流れ出た。
そのままキアスは自分の血で出来た水溜りに倒れこむ。
首から血を噴き出しながら倒れた相棒を見て、『敵襲だ』と叫ぼうとしたザームの口からは、声では無く血の泡が出て来た。
「ごはっ!?ぐふっ!あ、あ、あ」
ザームが自分の胸を見てみると、胸から剣の先が突き出ている。
「ふふふ、大声で叫ばれては困るのよ」
それがザームがこの世で聞いた最後の言葉になり、そして黒装束に見を包んだ女性の姿が最後に見た物になった。


砦の外では、馬に跨った騎士が砦をじっと見つめていた。
「ふっ、シャムシエル卿がうまくやった様だな」
内側から開かれる門を見て男はつぶやくと、後ろに待機していた配下の五万の騎士達に合図をした。
「皆殺しにしろ!!」


いくら堅固な砦とは言っても、内側から門を開けられてはひとたまりも無かった。
しかも門が開けられた事さえ、敵が砦のすぐ外に来るまで気が付かなかったのだ。
戦闘準備も整えられぬまま、剣だけを持って守備隊は良く戦ったが、ほんの小一時間で砦は落ちた。
剣を捨てて降伏しようとした者は容赦なく斬られ、負傷した者も片っ端から殺された。
血に染まった城の中はさながら地獄絵図の様だ。
あたりでは、負傷してうめいているネルフ守備隊にゼーレの騎士達が剣を突き刺して、とどめを差していた。


「一人も逃がすな!!」
丘の上で騎士に合図した男が騎士達に命令していると、彼の方に向かって黒装束の女が歩いて来るのが見えた。
「たいした事は無かったわね、サキエル卿」
「当り前だ。こんな小さな砦一つ落とす事など赤子の手をひねるのも同然」
「あら、誰のお陰で砦に突入出来たのかしら?」
「くく、卿の助け無しでも結果は同じ事だ」
「ふふふ、強気ね。」
女は笑うと、サキエルの前から闇に溶ける様に姿を消した。
「なっ???」
「命が惜しいなら私達アサシン部隊をなめない事ね」
女はサキエルの後ろから現われると、サキエルの喉元にファルシオンをつきつけた。
鋭い剣先を鎖骨の上あたりに感じて、サキエルはゴクリと喉を鳴らす。
「くっっ、シャムシエル卿、卿には感謝している」
「分かれば良いのよ、分かればね」
満足そうな顔をして、シャムシエルはファルシオンを鞘に戻した。
「私達はこの先のセントアルマ砦を偵察に行ってくるわ。もし良かったら、砦の守備兵を貴方の来る前に皆殺しにして上げるわよ」
「い、いや、結構だ。我らが到着するまで情報収集だけ御願いする」
「あら残念。まだ殺し足りないからウズウズして堪らないのよ」
そう言ったシャムシエルの妖絶な顔を見て、サキエルは身震いがした。




ネルフ首都、セントラ城。


「あ、レイ。後ちょっとで終わるから、いつもの場所で待っててよ」
「はい、殿下」
民事裁判の勉強をしていた王太子シンジは、開けっ放しの扉の前に立っているレイを見つけて言った。
ネルフの優れた職人が作った時計を見てみると、彼女との約束の時間はとっくに過ぎている。
おそらくレイは、いつまでも来ないシンジを心配して、彼の部屋までやってきたのだろう。
結局あの晩二人は、朝日が昇るまで色々話をしていた。
昔の出来事や、これからの事を夢中になって話している内に、太陽が昇っていたのだ。
翌日、寝不足のシンジは周りの人間からあらぬ誤解を受けることになってしまったが・・・。
結婚式から二か月、まだ少しぎこち無いが、レイはシンジにだけは心を開いてくれる様になった。


レイは噴水の縁に腰掛けて、水に写った自分の顔を眺めていた。
水面に写る自分の顔は、結婚前とくらべて明らかに柔らかくなっている。
以前は努力しなければ出てこなかった笑顔も、夫の側にいれば自然に出てくるようになった。
心が温かい。
口元に微笑を浮かべたレイは、水面を人差し指でつついてみる。
いくつもの小さな波が、彼女の顔と青空をかき消した。そして揺らめきが収まった時、彼女の顔の隣には不思議そうな顔を浮かべる少年の顔があった。
「どうしたの?」
じっと水面をみつめている妻を不思議に思ったシンジが言った。
「いいえ、何でもないわ」
「そう。じゃ、行こうか?」
「ええ」
シンジが微笑んで手を出すと、レイはその手を取って立上がった。
緑の沢山ある小さな村で育ったシンジにとって、緑の無い城は時として息がつまりそうになる事がある。
だから暇な時は、緑のある中庭をいつも一人で散歩していたのだが、結婚してからはレイを誘って一緒に散歩するようになった。
レイもこの散歩が気に入った様で、たまに自分からシンジを誘いに来る時もある。
噴水のある広場からアーチを二つほどくぐって進むと、中庭に出てきた。
辺りには何本もの木が植えてあり、花壇には様々な花が咲き乱れている。
城の中庭と言ってもかなりの広さだ。
これは篭城の際に、食用や色々必要な物を置ける様になっているからだ。
「今日も良い天気だね」
「ええ、洗濯物が良く乾くって侍女達が喜んでいたわ」
「明日も良い天気だと良いね」
などと、まるで老夫婦の様な会話をしていると、向こうから黒髪をなびかせて走って来る女性が見えた。
「あれ?ミサトさんだ。あんなに慌てて一体どうしたんだろう?」
「殿下!一大事でございます。ゼーレとの国境近くのロークサズ砦が、何者かによって夜間に奇襲を受けました」
ミサトはシンジの所まで走って来ると、レイに一礼した後、シンジ向かって言った。
「何だって??一体誰が??」
「ゼーレね」
シンジの横でレイがつぶやいた。
この場にシンジの教師が居たなら、きっと頭を抱えた事だろう。
ロークサズ砦はゼーレとの国境にある。ならば、奇襲したのはゼーレ以外に考えられない。
「恐らくは。しかし、まだはっきりと分かった訳ではございません。陛下は早くも出兵準備を始められました。殿下もご出陣の準備を」
「え? 僕も出陣するんですか?」
「はい、陛下のご命令でございます」
「分かりました、すぐに行きます」
少し考えた後、シンジは答えた。
「私は準備がありますので、また後ほど」
そう言うと、ミサトは来た時の様に走り去って行った。

「レイ、ごめん、僕は行かなくちゃいけない」
そう言って私室に向かおうとしたシンジの腕を、レイが掴んだ。
「?どうしたの??」
「・・・・・・・」」
「レイ?」
「・・・・っては駄目」
「え?」
「行っては駄目」
「どうして?」
「何か、嫌な予感がするの。とても、とても嫌な予感が」
レイはうつむきながら言った。
「レイ、心配してくれて有難う。でも、僕は行くよ。いや、行かなければならないんだ」
「どうして? 貴方は王太子よ。戦いは将軍や騎士達にまかせて置けば良いわ」
「そうかも知れない。でも、僕は王太子だからこそ戦うんだ。僕にはこの国の人達の生活を守る義務がある」
まだ何かを言おうと、口を開いたレイだったが、シンジの目に固い決意を見て、何を言っても無駄だと諦めた。
「分かったわ。でも、一つだけ約束して下さい。必ず生きて帰って来ると」
「うん。必ず生きて帰って来る。約束するよ。」
シンジはそう言うと、出陣準備をする為に走って行った。


セントラ城の作戦会議室には、ひっきり無しに伝令が駆けこんで来て状況を報告している。
「申し上げます、先ほどロークサズ砦に続きセントアルマ砦も敵の手に落ちたとの報告がありました。生き残った者の報告では、敵の数はおよそ五万」
その報告で会議室はざわめいた。
「十五年ぶりだな、ゲンドウ」
ゲンドウの隣に立っていた宰相のコウゾウがつぶやいた。
「ああ、間違い無い。ゼーレだ」
ゲンドウは、机に肘をついて顔の前で組んでいた指をほどくと立ち上がった。
「ゼーレが新たに兵力を投入して来る前に、まずセントアルマ砦を落とした五万の敵を叩く! コウゾウ卿、ただちにこちらが投入出来る兵力はどれ位だ?」
「あと二、三日もすれば、周辺都市から集める騎士たちも含めて七万騎が出撃可能でございます。 ただ、今すぐ出陣と言う事になれば、セントラ城からだけの兵と言う事になり、出撃可能な兵は四万になってしまいます。」
「よし、四万もあれば十分だ。 私自ら兵を率いて、すぐに出陣する。 ミサト卿は居るか?」
「はっ!ここに」
ミサトは名指しで呼ばれた事に緊張しながら、ゲンドウの前に進み出た。
「今回の戦にはシンジも連れて行く。卿にはシルバーファング隊を率いてシンジの護衛をしてもらう。いいな?」
「はっ、かしこまりました。しかし陛下、シンジ殿下は今だ十四才であらせられます。初陣にはまだ少し早い気がするのでございますが」
本来、王族の初陣を護衛する役目は大変名誉な事である。
しかし、十四才のシンジを戦場に出すのは危険すぎる、とミサトは思ったのだ。
「ふっ、問題無い。 私は十三の時に初陣した。とにかく、卿にはシンジの護衛をまかせる」
「はっ、一命にかえましても」


その頃シンジの私室では、すでに戦争は始まっていた。
「いた、いたたたたた。ジーナさん、そんなに締めたら痛いですよ」
シンジは鎧の着方を知らないので、ジーナに手伝ってもらっていた。
「殿下! これしきの事で何ですか! 仮にも殿下はネルフの王太子であらせられるのですよ。さあ、今度は左の方でございます」
と、シンジが少しでも文句を言おう物なら、『仮にも・・・』が出て来るのでシンジは半ばうんざりしていた。
それにしても、一体その細い腕の何処にそんな力があるのかと言う位、ジーナは鎧をきつく締めるのだ。 シンジは鎧で身を守る前に、ジーナに締め殺されるかもしれないと思ったが、口には出さなかった。
「さ、終わりましたよ、殿下。」
シンジは、まだ体全体を包む鎧は重すぎて着れないので、鉄で覆われているのは胸と肩当てだけだ。 後は皮で出来ていて、十四才のシンジでも身動きが取れる様になっている。
腰の留め金に剣を付けて、空色のマントを付けると、シンジは兜を抱えて部屋を出た。


「殿下、準備はお済みでしょうか?」
ミサトが、壁にもたれながら部屋の外で待っていたが、シンジが部屋から出て来るのを見て、姿勢を正して言った。
「ええ、終わりました。 でも、僕は戦場で何をしたら良いんでしょうか? 始めての戦いなので、一体何をしたら良いか分からなくて」
「殿下は何もご心配されなくても結構でございます。 殿下は後方で、ネルフ騎士団の戦いを見ていてくださるだけでよろしいのです」
「でも、僕は戦わなくても良いんですか? 父は、初陣でゼーレの名のある武将を倒したと聞きました」
シンジは、ジーナから父の初陣での武勇伝を聞かされていたので、自分も前に出て戦う物だとばかり思っていた。
「殿下、人にはそれぞれの役目と言う物があります。騎士達は前に出て敵を倒し、将軍達がその騎士達を近くで指揮し、そして王や王太子は後方でその将軍達を指揮するのです。陛下の場合、国をゼーレから取り返すために、少数の味方だけで戦われたので、どうしても陛下自ら戦わなければならなかったのです。大体、王や王太子が戦わ無ければならない状況自体が異常なのです。ですから殿下は後方で陛下と共に私達を指揮してくだされば良ろしいのです」
「分かりました。でも、正直怖いです。手や足がさっきから震えっぱなしで」
そう言うとシンジはミサトに震える手を見せた。
「ご心配無く、殿下。私とシルバーファングが殿下をお守りさせていただきます」
ミサトはシンジの手を握って微笑んだ。
「ありがとう、ミサトさん」
暖かな手を感じると、何故か心が落ち着いて、手の震えが小さくなった様にシンジには思えた。
「さあ殿下、シルバーファング隊が外で殿下をお待ちしております」
ミサトはそう言うと、握っていた手をはなして歩き出した。


二か月前に結婚式が行われた広場は、兵馬に埋め尽くされていた。 騎士達の持つランスがまるで林の様に立ち並んでいる。
ロークサズ砦と、セントアルマ砦の守備隊が皆殺しにあったと聞いたネルフ騎士たちは、胸の内に復讐の炎を燃やしながら、黙々と出陣の準備を続けていた。
シンジはミサトに案内されて、シルバーファング隊が待機している場所まで歩いて行った。
シルバーファング隊は二千人から成る遊撃部隊で、戦場を独自の判断で自由に駆け回る独立部隊である。
すでに出撃準備はととのっており、全騎乗馬した状態でシンジを迎えた。
「シルバーファング隊、王太子殿下に敬礼!!」
ミサトがそう大声で言うと、二千人の騎士達が一斉にネルフ式敬礼をした。
シンジも教えてもらった通りに敬礼をすると、一人の騎士が引いて来た立派な馬に乗馬した。
隣を見てみると、ミサトがまるで体重が無いかのような軽い身のこなしで乗馬した所だった。
あたりを見回して見たが、ゲンドウの姿は見えなかった。 せめて一言でも出陣前に声を掛けて欲しかったシンジだが、ゲンドウは忙しいのだ、と自分に言い聞かせた。
準備の出来た騎士団から先に城から出て行っているようで、騎士達が次々に城から出て行っている。 恐らくゲンドウは、町を一旦出た後で軍を再編成するつもりなのだろう。
ミサトの横に馬を並べたシンジは、その後ろにシルバーファング隊を引き連れ、城門に向かって馬を進めた。
ふと城門をくぐる前、シンジが城をふりかえってみると、バルコニーの一つに青い髪が揺れているのが見えた。
「行って来るよ、レイ」
シンジはそうつぶやくと、王太子らしい金細工が施された兜をかぶって、城門をくぐって行った。


「お気を付けて、殿下。そして、必ず帰って来て下さい」
バルコニーでつぶやいたレイの声は、強い風にかき消されて、誰の耳にも届く事は無かった。






to be continued


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