エヴァンゲリオン戦記

Chapter 4:激戦






ネルフ北方、セントアルマ砦から南に10キロあたりに位置するセレン平原。
真夏の青空の下、電光石火の進軍を続けて来たサキエルの率いる五万の軍は、天幕をはって丸二日動かなかった。
「どうして進軍を続けないのかしら、サキエル卿?」
イライラした声を隠そうともせず、シャムシエルがサキエルの天幕に入って来た。
「シャムシエルか。 私にも色々考えがあるのだよ」
作戦を立てる為に、携帯式の机の上にネルフ王国の地図を置いて眺めていたサキエルは、うっとうしそうに答えた。
「一体、平原のど真ん中に陣を構えるのに、どんな考えがあるのかしら? 貴方もネルフの騎兵の強さは知っているでしょう? 敵に有利な地形で戦う事になるわよ」
「陛下が私にあたえた指令は、国境付近の砦を潰し、本隊到着までの時間を稼ぐ事だ。むやみに敵国の奥深く進軍しても補給が続かん。実際、ここまで早く進軍出来たのは、足の遅い補給部隊を最低限の数しか連れて来なかったお陰だ」
サキエルは椅子から立ち上がると、シャムシエルの横を通りすぎて天幕の外に出た。 シャムシエルも後について行く。
外に出たサキエルの顔を夏の日差しが襲う。
「先ほど敵に有利だと言っていたが、この地形は我々にとっても有利な地形だ。平地での騎兵戦なら互角以上に戦える自信がある」
三十を越えたばかりの精悍な顔に、自信の表情を浮かべてサキエルは言った。
「先ほど偵察に出た者が、四万のネルフ軍をここから南に20キロあたりの所で発見した。恐らく決戦は明日になるだろう」
「本隊は後どれくらいでこちらに着くの?」
「後、三日と言ったところだそうだ。国境はすでに越えている」
「そう。それは良かったわ、味方が貴方一人だけだと心細かったのよ」
シャムシエルはそう言うとカラカラと笑った。 ロークサズ砦で、人殺しを楽しんでいた人物とは思えない様な、いたずら娘の笑顔だった。




ゼーレ軍の陣から、さらに南へ20キロあたりを、ゲンドウの率いるネルフ軍は北に向けて進軍していた。
「陛下、偵察の者が戻ってまいりました。どうやら敵軍は、ここから北に20キロに天幕をはって休息を取っているようでございます」
一人の親衛隊の騎士が、ゲンドウの所へ報告に来た。
ネルフの親衛隊は『インモータル・コープス(不死隊)』と呼ばれており、ネルフ最強の精鋭部隊である。 
ネルフでは、インモータル・コープスが纏っている緑のマントを着る事が、騎士達の憧れであり、そして最高の名誉なのだ。
「よし、全軍にここで休息をとるように伝えろ。 明日の戦いに備えて十分体を休めるようにな」
「はっ。 かしこまりました」
そう返事すると、親衛隊の騎士は離れていった。
「コウゾウ、何故ゼーレは砦を落とした後、動かなかったと思う?」
ゲンドウは隣に馬を並べているコウゾウに聞いた。
「ふむ、ゼーレの指揮官がよほどの阿呆か、それで無ければ罠だろう。ネルフの騎兵と、平原で正面からぶつかろうとするような阿呆は、この大陸にはいないだろうからな」
「しかし、平野で一体どんな罠が仕掛けられると言うのだ?」
「さあ、それは俺に聞かれても困る。明日はこのまま正面から戦うか?それとも様子を少しの間見てみるか?」
「奴らが先発隊だとしたら、必ずゼーレ本土から本隊が来るはずだ。出来るだけ早く先発隊を潰して置きたい。案外、何か罠があると見せかけて、時間を稼ぐのが奴らの目的かもしれんな」
「うむ、とりあえず明日は一戦交えて見るか」
「ああ、兵の士気も高い。小手先の罠など食い破れるはずだ、問題無い」
真っ赤な夕日がゲンドウの横顔を照らし始めていた。




自分の天幕の中で休もうとしたシンジは、中に入って来たミサトを見てびっくりした。
「ミ、ミ、ミ、ミサトさんもここで寝るんですか!?」
なんとミサトは下着姿で入って来たのだ。
「はい、そうでございます。殿下の御身をお守りするのが私の使命ですので」
そう言うと、ミサトはシンジの隣に横になるり、枕元に剣を置いて目をつぶってしまった。
「ミ、ミサトさん。 困りますよ、御願いですから他の天幕に行って下さい」
「殿下、レイ様には内緒にしておきますのでご安心を」
ミサトが片目だけ開けてつぶやいた。
「そう言う問題じゃありません!!」
「冗談でございます、殿下。夜襲などあった時の為の用心ですので御心配無く」
「だから、何の心配ですか!」
その後も、何度も説得を試みたシンジだったが、ミサトは一向に出て行こうとはしなかった。
こうしてシンジの努力もむなしく、ミサトはシンジの天幕で一晩過ごす事になったのだ。
暫くは隣のミサトが気になって眠れなかったが、なれない緊張感の中での行軍は十四才のシンジの体に負担を掛けていたらしく、しばらくすると静かな二つの寝息だけが天幕の中を支配するようになった。


月が丁度、ネルフ軍の天幕を真上からその優しい光で照らし始めた頃、夜陰に紛れて動く幾つもの陰があった。
かなりの早さで移動しているはずなのに、彼等は全く音を立てていない。
「ふふふ、獲物が沢山いるわ。出来るだけ身分の高そうな奴らの天幕を狙うのよ、いいわね?」
シャムシエルが囁くと、彼女の部下達は闇に紛れてあたりの天幕へと近づいて行った。
「さて、私も血が見たくなって来たわ。どれにしようかしら?よりどりみどりね」
シャムシエルも一つの天幕に向かって走り出した。
見張りの兵が二人、たき火の前で談笑しているのが見える。 どうやら、この天幕を守っているらしい。
部下が二人、見張りの後ろの闇から現われ、喉を切り裂いたのを確認すると、シャムシエルは天幕の中に忍び込んだ。
暗闇の中でも良く見える彼女の瞳には、横になって休んでいる二人の女と男が見えた。
明日は戦いがあるのに女を連れ込むとは余裕ね、と下着姿の女を見たシャムシエルは思った。
ゆっくりと男の方に近づくと、音を立てずに腰のファルシオンを抜き、声を立てられない様に男の口に手を当てようとしたシャムシエルは、横からの殺気を感じて後ろに飛び退いた。
「なっ?」
前を見てみると、ほんの一瞬前まで彼女がいた空間に、剣が突き出されていた。
「アサシンよ!!」
天幕の中にシンジ以外の気配を感じたミサトは、剣を掴むと起き上がりざま人影に向かって剣を突き出すと叫んだ。
「ちっ、こいつも護衛だったか…、しくじったわ!!」
気配を消していたにも拘わらず、いとも簡単に気付かれてしまったシャムシエルのプライドは、したたかに傷つけられた。
後ろへ飛び退いたシャムシエルに向かって、ミサトの剣が頭を狙って上から振り下ろされた。
その剣撃をシャムシエルはファルシオンで受け流し、逆にミサトの左腕に目掛けて水平に薙ぎ払った。
しかし、ミサトは素早い動きで後ろへ下がって避けると、長い剣の長所を生かすために間合いを取った。
外からは、ミサトの声に気付いた兵士たちが駆け付けて来る音が聞こえる。 シンジも飛び起きて手に護身用の短剣を持ち、隙の無い構えを取っている。
男が少年だった事にいささか驚いたシャムシエルだったが、もたもたしていると逃げ道が閉ざされてしまう事に気付いて天幕の一部を切り裂くと、そこから外に逃げ出した。
「待て!逃がさないわよ!!」
シンジにそこから動かない様に言った後、シャムシエルの後を追ってミサトも外へ飛びだた。
夜の闇に剣を打ち合わせる音と共に火花が飛び散る。
しつこく追って来るミサトと剣を交えたシャムシエルだったが、ミサトの実力が想像以上に高く、今の自分では太刀打ち出来ない事に気付いた。
紙一重でミサトの剣撃を受け流して行くが、体のあちこちには幾つもの切り傷がすでに出来ている。
「くうっ、つ、強い!」
「王太子殿下の御命を狙うとは……、絶対に許さないわ!!」
「な、何? 王太子ですって? そうか、あの少年が……。」
追い詰められたシャムシエルに止めを刺そうとしたミサトだったが、シャムシエルの部下のアサシンが切りつけて来たので断念せざるをえなかった。
勇敢にもシャムシエルを助けようとしたアサシンの男を冥土へ送った後、また追いかけようとしたミサトだったが、すでにシャムシエルの姿は消えている。
仕方無く天幕へ戻ろうとしたミサトの耳に、夜の闇の中から響く声が聞こえた。
「今日の所は私の負けよ。けれど、何時か貴方と貴方の大切な王太子の首を取ってあげるわ。楽しみにしておきなさい」


ミサトがネルフの陣地に戻ると、シルバーファング隊の騎士達が駆け寄って来た。
「隊長、ご無事でなによりです。」
「まあね。で、こちらの被害は?」
「見張りの兵士が五人と寝ている所を襲われた奴が三人やられました。後、致命傷は受けなかった者が八人います。しかし、刃に毒が塗ってあったらしく、意識不明の重体です」
「やってくれたわね・・・・」
そう言って顔をしかめたミサトは、周りの騎士達が皆顔を赤くしているのに気付き、急いで天幕の一つへ飛び込んだ。
そう、彼女は下着姿だったのだ。



次の朝、シンジは彼の父、ゲンドウの天幕に呼ばれた。
軍議の最中だったのか、ゲンドウは将軍達と一緒に折り畳み式の机に置いた地図を見ていた。
「僕に何か用なの、父さん?」
「ああ。 一つ言っておく事があったのでな・・・・。 戦場ではミサト卿から離れず、足手まといにならない用に気を付けろ。お前は王太子だ、お前一人の命だと思うな。良いな?」
昨晩アサシンに襲われたシンジの事を心配して呼び出してくれたのかも、と言うシンジの期待は見事に破られた。
「う、うん。 分かったよ。 出来るだけ足手まといにならないように気を付けるよ」
「それだけだ。下がって良いぞ」
それだけ言うとゲンドウはまた将軍達と話し始めた。
肩を落としながら天幕の外へ出て行くシンジを見て、ゲンドウの隣に座っていたコウゾウは深いため息を漏らした。
「全く・・・・・、正直に心配だったと言えば良い物を。しょうがない奴だな」



その日の正午、遂にゲンドウ率いるネルフ軍四万と、サキエル率いるゼーレ軍五万は、セレン平原で遭遇した。
ゼーレ軍は前面に槍を持った歩兵を並べて、その後ろに騎兵を待機させている。
騎士の持つランスより短い歩兵の槍では、騎馬の突撃を防げないはずである。 そう考えて見ると、このゼーレ軍の配置が奇妙に見えるのだが、一向に動く様子が無い。
動かないゼーレ軍を不思議に思いながら、ゲンドウの号令で、ネルフ軍は密集縦陣で全軍突撃を始めた。
中央にゲンドウ直属の一万五千の騎兵団と三千のインモータル・コープス、左翼にケプラー将軍とオズマ将軍の率いる一万の騎兵団、そして右翼にテーリップ将軍の率いる一万の騎士団とミサトの率いる二千のシルバーファング隊、合わせて五万の騎兵の突撃である。
馬蹄の響きが大地をゆるがした。
シンジは始めての戦場の空気に圧倒されていた。 手綱を持つ手が、ぶるぶると震えているのを感じる。 
まわりには完全武装したシルバーファング隊の騎士達が、シンジを死守するために壁をつくっており、ミサトはシンジの隣で突撃中も細かな指示をあたりに飛ばしている。
ネルフ軍の先頭集団はゼーレ兵士を突き殺す為に、装備しているランスを水平に構えている。
「抜刀!!」
ミサトが号令をかけて抜刀すると、ランスを装備していないシルバーファング隊の騎士達が抜刀した。
シンジも皆に少し遅れて抜刀したが、震えが全身に伝染した様に、体中が震え出した。
武者震いなどでは無く、剣術稽古では味わえない、殺気の漂う本物の戦場に彼は恐怖していたのだ。

ネルフ軍とゼーレ軍の間の距離はみるみる縮まり、後ほんの四十メートルで両軍が衝突しようとした時、ゼーレ軍に始めて動きがあった。
前面の歩兵たちが、持っていた短い槍を捨ててしゃがむと、足元に隠してあった長槍を持ち上げ、突撃してくるネルフ騎兵に向けて構えた。 平原を覆う、背の高い草の中に隠してあったのだ。
長槍と言っても、その長さは普通の槍の三倍はありそうだ。ゼーレ兵は、ほとんど後ろに反り返るようにしてその槍を構えている。
ランスよりその長槍は長く、しかも歩兵が肩と肩を並べて密集して構えているので、そこに騎馬が飛び込むのは自殺行為と言える。 しかし、全力疾走している騎兵は簡単には止まれない。
やられるのが分かっていても、そのまま突撃するしか無いのだ。
数瞬の後、無数の絶叫と馬のいななきがセレン平原に響いた。
騎兵のランスがゼーレの歩兵達をつらぬく前に、歩兵達の長槍が突撃してきた騎兵達を突き落とし、馬を突き刺した。
そこへ後続の騎兵がつっこみ、下に転がってもがき苦しんでいる人馬に足を取られ、折り重なるように倒れて行く。 倒れた馬の下敷きになったり蹴られたりした者や、自らの武器で傷ついた者がそこらじゅうで絶叫を上げる。 重装備の騎兵が落馬すれば、それだけで首を折ったりして致命傷になる事が多い。
実にランスを構えて突撃した騎兵の八割、二千騎を一瞬の内にネルフ軍は失ったのだ。
呆然としているネルフ軍へ向けて、歩兵の後ろで待機していたゼーレ騎兵がランスを構えて突撃を始めた。
あまりの事に混乱したネルフ軍を簡単に突き崩して行く。
長槍を捨てた歩兵達も剣を持って突撃を始めた。 あっと言う間に乱戦へと突入し、辺りには怒号と絶叫、そして剣と剣を打ち合わせる音が響き始めた。
テーリップなどのネルフの将軍達は、なんとか混乱した軍を立て直そうとしてあちこちへ指示を飛ばしている。
「殿下、ここは後方へ一旦さがった方が良いようです」
混戦の中、すぐそこまで敵兵が迫っているのを見てミサトが隣のシンジに言った。
「ええ、ミサトさんの判断におまかせします」
そう返事を返したシンジの前にいた騎士が矢を受けて、仰向けに落馬する。
「ちっ、皆、後退するわよ!!」
ミサトの命令でなんとか秩序を保ちながら後退し始めたシルバーファング隊だったが、運の悪い事にゼーレ軍の攻撃が、彼等がいる右翼に集中し始めた。
勢いに乗ったゼーレ軍の苛烈な攻撃がシルバーファング隊を襲った。


「まずいぞゲンドウ。立て直しの遅かった右翼に攻撃が集中している」
押されて、防戦一方の右翼を見てコウゾウが言った。
「ああ、そのかわり敵の一角に隙が出来た。そこを突けば形勢は逆転出来る」
「ほうっておいて良いのか? 右翼にはシンジ君がいるんだぞ」
「これしきの事で死ぬような軟弱者はいらん。本当に俺の息子なら切り抜けられるはずだ」
そう言ったゲンドウは、自らインモータル・コープスと共にゼーレ軍の隙へ目がけて突撃を始めた。


最初の内は、罠の成功の勢いに乗って押していたゼーレ軍だったが、右翼に攻撃を集中しようとして出来た隙を見事に突かれ、今では互角どころか少しずつジリジリと押され始めていた。
一人一人のネルフ騎兵の戦闘力が自軍の兵と比べて桁違いなのだ。 さすがに大陸一と言われるだけの事はある。 最初に罠が成功していなかったら、もっと早くゼーレの敗北と言う形で戦いは終わっていただろう。
「くそっ!! やはりネルフの騎兵は強い」
サキエルは押され始めた自軍を見て一人つぶやいた。
「このままでは負けてしまう・・・・。 どうしたら良い物か・・・・」
だがサキエルの心配は、彼の部下によってもたらされた報告を聞いて吹き飛んだ。
「サキエル様!!援軍です!!本隊が到着しました!!」
サキエルの目が、降って湧いた幸運の驚きで見開かれた。
「よし、この戦は勝ったぞ!! 全軍突撃!! 奴らの右翼に攻撃を集中しろ!!」


「陛下! 敵の本隊が到着したようでございます。ここは一旦退却し、後日あらためて再戦されるべきと存じます」
親衛隊長のベルガーがゲンドウに馬をよせてきた。彼の息は荒く、剣は真っ赤に染まり、鎧にも返り血がいたる所に付着している。
「ちっ!! 敵の本隊が到着したか。 お前の言う通り退くしか無いな。全軍退却!!」
ようやく掴みかけた勝利を目の前にして、ゲンドウは退却を決意した。
ゼーレ本隊が到着したので、戦力の差が一気に大きくなったのだ。 見た所ゼーレの本隊は軽く十五万はいそうだ。
いくらネルフ軍が強くても、一度に一人で五人以上の人間は相手できない。
「陛下、お待ちを。我が軍の右翼が敵の重包囲下にあります。今退却すると、彼等を見捨てる事になります」
退却しようとしたゲンドウを、コウゾウの副官のアズマーンが止めた。
「彼等の為に、全軍を危険にさらす訳にはいかん。コウゾウ、退却の指示を出せ」
「しかし陛下、右翼には王太子殿下が・・・・」
「しつこいぞアズマーン。 退却だ」
「はっ」
まだ納得出来ない様子のアズマーンに変わって、コウゾウが退却の命令を送った。
命令は包囲下におかれている右翼を除いて全軍に伝わり、波が引くようにネルフ軍は退却を開始した。
右翼は見捨てられたのである。


ミサトには自分とシルバーファング隊の置かれた状況が正確に把握出来ていた。
圧倒的な戦力差が出来た今、一刻も早く戦場から離脱せねばならない。 しかし、彼女らは敵の重包囲下にあって、容易に突破出来そうにも無い。 正に絶対絶命である。
シンジの周りを守っていた騎士達も、かなり減っている。 彼等は文字通り身を呈してシンジを守ったのだ。 
ミサトの所にテーリップ将軍の戦死の報が届いたのは、ネルフ本隊の退却が始まってすぐだった。
「将軍が……。分かりました、今からテーリップ将軍の指揮下にあった兵は私の指揮下に入ります。この死地から抜け出る方法は唯一つ、一点突破しかありません。私が見たところ、左後方が一番包囲が薄くなっているので、そこへ突撃します。いいですね?」
ミサトはテーリップ将軍の副官にそう告げると、一点突破の命令を出した。
追い詰められた人間は凄い力を出す。 死兵となった右翼は、ミサトの指揮の下、すさまじい勢いで一点突破を試みた。
シンジの左肩に一本の矢がつき立ったのは、包囲が崩れて一点突破が成功したかに見えたその時だった。
「うぐっ!!」
突然の激痛に呻いたシンジだったが、どうにか手綱は放さなかった。
かなりの出血があるようで、だんだん左腕の感覚が鈍くなり、手綱を持つ手に力が入らない。
「殿下!!」
周りの騎士達が気付いて叫んだが、指揮に集中しているミサトは気付かない。
シンジは激痛をこらえてミサトについて行こうとするが、少しずつミサトの馬との距離が開いて行く。 シンジを守っている騎士達が、シンジを守るために馬のスピードを落として一点突破に成功した先頭集団から離れた。
「僕は大丈夫です、先に行って下さい」
「いいえ、殿下を置いて先へは行けません。我らは命に代えても殿下をお守りするのが使命でございます」
そう言っている間にも、どんどんミサトとの距離が離れてゆき、後ろからはゼーレの騎兵が迫って来るのが見える。
必死に逃げようとするシンジ達だったが、一人、また一人と周りの騎士達が敵の矢や剣で倒されて行く。
「殿下、兜を拝借いたします。」
最後に残った一人の若い騎士はそう言うと、シンジの兜を取って自分がかぶった。
「殿下、必ず生き残って良き王とおなり下さい」
微笑みながらそう言った騎士は馬を止め、迫って来る敵兵に向かって剣を向けた。
「私はネルフの王太子である!! 手柄を立てたい者はかかって来るがよい!!」



シンジは馬を走らせながら泣いていた。 あの騎士の微笑みが胸をえぐる。 
もう左腕の感覚も無い。 漠然と死を感じ始めた時、馬に敵の矢が当たり、シンジは落馬した。
全身に激痛が走り、意識の手綱を手放しそうになるが、自分を逃がす為に犠牲になった騎士達の命を無駄にする事は出来ない。
なんとか立ち上がり、逃げようとするが、体が言う事を聞いてくれなかった。
薄れ行く意識の中、シンジは月光に照らされたレイの微笑みを思い出していた。
「レイ、ごめん、君との約束を守れそうに無いよ。ごめん・・・・・」




セレン平原に遺棄されたネルフ兵の死者八千。
ゼーレ軍の死者一万四千。
ネルフ軍の退却により、セレン平原の戦いはゼーレ軍の勝利に終わった。






to be continued


戻る