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エヴァンゲリオン戦記

Chapter 5:忘却





「マナー、もう戦い終わっちゃってるよー」
「そんな事分かってるわよ!! いちいち文句言わないと気が済まないの? まったく」
「見たところネルフは負けた様だな」
三人の少年少女の前には、血塗られた平原が広がっていた。
そこらじゅうに死体が転がっている。
戦いが終わってまだ時間があまり経っていないのか、まだあちらこちらから呻き声が上がっているのが聞こえる。
「ふー。これじゃネルフも駄目かもしれないなー。かと言ってゼーレに雇われるって言うのは絶対にごめんだし・・・・。いっそリリスにでも行くか? ネルフの次は多分あそこが狙われるだろうからな」
ガッシリした体格の、褐色の肌をした少年がつぶやくと、弓を持った気の弱そうなもう一人の少年が言った。
「でもムサシ、まだネルフが負けると決まった訳じゃ・・・・」
「ケイタ、もうちょっと考えて見ろ。噂じゃゼーレは二十万もの兵を出したんだぞ。ネルフがいくら頑張ったって動員出来る兵はせいぜい十万、多くて十二万だ。戦略的に見ても不利なのに、今日は戦術的な敗北をしたんだ。士気は下がり、寝返る奴も出てくるかもしれん」
「でも、ネルフ王は十五年前にもゼーレの撃退に成功してるよ」
「デモもストライキも無い! とにかくリリスに向かうぞ・・・・・ってマナは何処へ行ったんだ?」
ムサシとケイタが辺りを見回して見ると、ちょっと癖のある赤毛の少女が、一つの死体の前にしゃがみこんでいた。
「おいマナ、何やってるんだ? こんな所とは早くおさらばしてリリスに行くぞ」
ムサシが返事をしないマナの側によって肩に手を置くと、マナが振り返って言った。
「ムサシ!! この人まだ生きてるよ!!」




「なんで俺があんな奴を担いで一日中歩かにゃならんのだ」
セレン平原から十五キロほど離れた小さな村の宿で、ムサシの文句は延々と続いている。 無視をきめこんでいるマナは良いが、それが出来ないケイタは胃が痛くなって来た。
死体だと思っていた人間が実は生きていて、しかも少年兵だと気付いたマナは、矢の突き刺さっていた右肩の応急処置をした後、ムサシに担がせてここまで運んで来たのだ。
小さな部屋の、一つしか無い寝台の上では整った顔立ちの少年が規則正しい寝息を立てている。
「で、俺達は一体何処で寝るんだ??」
長い道のりを人を担いで歩いて来たお陰で、彼の足なガタガタになっている。
痛む足をさすりながら、素朴な疑問を口にしたムサシだったが、マナが床を指差しているのを見て頬をひくつかせた。
「なんで俺が床で寝て、そんな何処の馬の骨とも分からん奴がベッドで寝れるんだ!?」
「貧乏だから。それに彼は怪我人なのよ。ムサシには良心って物が無いの?」
マナはいつも何かを拾ってくる。 ネコ、イヌ、そして今回は人間だ。 拾って来るのはいいが、世話をするのはいつもムサシとケイタだった。 文句の一つも言いたくなるのは当り前だろう。
「まあまあ、ムサシもそんなに怒らないで。人助けだと思って我慢しようよ」
「うるさいケイタ、大体・・・・」
いつもの様に、仲裁に入ろうとしたケイタに言い返そうとしたムサシは、ベッドの上の少年を見て言葉を途中で止めた。
彼が上半身を起こしていたからだ。
「う、うう。こ、ここは何処?」
まだ意識がはっきりしないのか、少しぼーっとした表情で少年が尋ねた。
「い、痛たたた。この傷は?」
「あ、気が付いたの? 横になってなきゃ駄目よ、傷口がまだ塞がってないんだから。それに体中痣だらけなのよ」
駆け寄ったマナが、少年を支えてベッドに戻す。
「き、君達は誰?」
「命の恩人さ」
ムサシが嫌味たっぷりの声で言った。
「もう、ムサシはちょっと黙ってて。あのね、貴方が戦場で倒れていたのを見つけて此処まで運んだの。私の名前はマナ。あっちの少しひょろっとしてるのがケイタ、そんでもってあそこでぶちぶち言ってるバカの名前がムサシよ。三人で傭兵やってるの。貴方の名前は?」
マナが優しい声で少年に聞いた。
「そうですか、手当してくれて有難う。僕の名前は・・・・、僕の・・・・、あれっ? 僕の名前はなんだったっけ?」




その頃、セントラ城へネルフ軍の敗北を伝えるために早馬で駆けつけた伝令が到着した。
彼は休まずジオフロントまで来たので、倒れてしまいそうなほど疲労していたが、気力を振り絞って城を守っていたワーファー将軍に会い、ゲンドウの無事と彼からの指令を伝えた。
そして彼は今、王太子妃であるレイの前にひざまづいていた。
「私に会いに来たと言う事は、殿下に何かあったのですね?」
なかなか話し出そうとしない彼を見て、レイは落ち着いた声で聞いた。
「はっ、殿下は・・・・・、殿下は行方不明でございます」
「行方不明とは、どう言う事です? もう少し詳しく話しなさい」
「殿下は、シルバー・ファング隊に守られて出陣されましたが、乱戦の中で離れ離れになってしまい、そのまま帰ってこられなかったとの事です」
「それで、生存の可能性は?」
「大変申し上げにくいのですが、恐らく・・・・」
伝令の話を聞いて、レイの側にいた何人かの侍女達がすすり泣きを始める。
「ご苦労でした。もう下がりなさい」
「はっ」
伝令はさして落ち込んだ様子の無いレイを見て、不思議に思いながら退室した。
「貴方達も下がりなさい」
侍女達にもそう言って退室させると、一人になったレイは窓から夜空の月を見上げた。
夏と言っても夜はそれなりに冷える。 冷たい風が彼女の涙で濡れた頬を撫でて行く。
皆の前では気丈に振る舞っていたレイだったが、月を見上げたとたんに涙がこぼれ出た。
何故自分は泣き叫んででも夫を止めなかったのか。
嫌な予感はしていたが、その予感が現実の物となることで、レイの胸に耐え切れない程の後悔が押し寄せる。
たった二ヶ月であったが、レイの中でシンジはかげがえのない存在になっていた。
「感じます、貴方の心・・・。生きておられるのですね・・・」
いつも一緒にいると約束してくれた彼が、自分の前から消えるはずがない。
それはレイの盲信であったのかもしれない。 しかし、そう信じていなければ、彼女には絶えられない現実であった。
「殿下、私は信じています。貴方が必ず生きて帰って来ると。だから、それまで私がお義父さまと一緒に、この国を守って見せます」
レイは涙を拭って自室に戻ると、一振りの剣を寝台の下から取り出し、鞘から抜き放った。
古代文字が彫ってある細身の刀身からは、冷気のような光が放出されていて、一目で強い魔力を秘めているのが分かる。
「タナトス、私に力を貸して」
レイの言葉に反応したのか、刀身が淡い輝きを放った。




あの戦いから三日経って、なんとか怪我をしていた少年もふらつきながらも立って歩けるようになった。
「どう? 何か思い出せた?」
大きな木の下で休んでいた少年に、出発準備を整えたマナが聞いた。
「駄目みたいだ。自分の名前も思い出せない。僕は何か持ってなかったの?」
「ごめんなさい。此処へ運ぶ時、邪魔になるから服以外は全部捨てて来たの」
「そう。まいったな・・・・・・」
「私達はこれからリリスへ向かうわ。ネルフに雇ってもらいに行くつもりだったけど、勝ち目があまりなさそうだから・・・・って、ごめんなさい、貴方はネルフ兵だったわね」
「良いよ、気にしなくて。どうせ何も覚えて無いんだし・・・。君達はもう行くんだね。何もお礼が出来ないけど、絶対にこの恩は忘れないよ、ありがとう」
少年の吸い込まれそうな笑顔を見て、マナの鼓動は高鳴った。
「で、ね、その、君はやっぱりネルフ軍に戻るの?」
「まだ分からないよ。ネルフの兵士だって言われても全然実感は無いし」
「じゃ、じゃあ私達と一緒にリリスへ行かない?」
マナは少年に顔を近づけると、顔を真っ赤にしながら少年の手を握った。
「こんな言い方は卑怯かもしれないけど、結構あなたを助けるのにお金かかったの。宿代やら医者代やら色々ね。だから、私達に手を貸してくれない? ネルフの兵士だったんなら剣もそこそこ使えるはずだし」
少年は少し考えていたが、開いたり閉じたりさせていた右手を握り締めると、マナの目を真っ直ぐ見つめて言った。
「分かった。何が出来るか分からないけど、僕に出来る事なら御手伝いさせてもらうよ。君達は命の恩人だからね」
「本当!!? やったーー!!」
マナは満面の笑顔を浮かべると、少年に飛びついた。
「いたたたた、痛いよ」
痛さに顔をしかめたが、マナの髪の香りと、やわらかな胸の感触のおかげで顔の筋肉が緩み、複雑な表情になってしまった。
しかし、その表情もすぐに凍り付いた。 二本の剣が少年の顔の前に突きつけられたのだ。
「貴様ーーーーーっ、俺の妹に手を出すとは不届き千万!! 成敗してくれる!!」
ムサシが鬼の様な顔で少年を睨みつけていた。
「わわわっ!! ちっ、違うよこれは!」
「やめてよムサシ、せっかく仲間が増えたんだから」
マナが顔だけムサシに向けて言った。 相変わらず少年に抱きついたままである。
「な、仲間?? もしかしてこの厄病神を一緒に連れていくのか?」
「そうよ。何か文句ある?」
「いや、無い。マナの好きにすればいいさ」
ムサシは両手に持った二本の剣を鞘に戻すと、引きつった顔で後ずさった。
少年からはマナの顔が見えなかったので、なぜムサシが簡単に納得したのかは分からなかった。


「それじゃ、あらためて自己紹介するね。私の名前はマナ・ミスティーアイランドよ。マナって呼んでね。歳は十五才、スリーサイズは秘密よっ!」
立ち上がった少年に抱きついたまま、最後にウインク付きでマナが言った。
「僕の名前はケイタ・アザリー。ケイタでいいよ、これからよろしくね」
ケイタは手を出すと少年と握手した。
「俺の名前はムサシ・リー・ストラスバーグだ。俺の事はムサシ様と呼べ。それから、一つ言っておくが、妹に手を出したら殺すからな」
ムサシが憮然とした顔で言うと、マナの腕を引っぱって少年から引き離す。
「え? キミとマナさんは兄妹なの?」
名字が違う事に気付いた少年が聞いた。
「あのね、私たち三人は孤児だったの。けど、同じ人に引き取られてずっと一緒に暮らしてきたから、私たちは家族なのよ」
「そうなんだ。ごめんね、変な事聞いちゃって」
「ううん、気にしないで。私たちは不幸だなんて思った事なんて一度も無いから」
マナはニコニコしながら言った。
「でも、貴方の名前が分からないのは困ったわね。なんて呼べば良いかしら?」
少し顔を傾けながら、顎に人差し指を当てて考えている。
「ふん! そんな奴の名前は、厄病神で十分だ」
横からムサシが口をはさむ。
「それは少し酷いんじゃないかな?」
ケイタがムサシの隣で苦笑する。
「ムサシは黙ってて!!」
マナはそう言うと思いっきりムサシの足を踏みつけた。
「あふぎゃあ!!」
カエルが踏み潰された様な声を上げて、ムサシが手で足を押さえながら、辺りを飛び跳ね回る。 涙目になっているので、かなり痛いのだろう。
「考えたんだけど、何もかも忘れて新しい人生をって意味で、ネオって言う名前はどうかしら?」
後ろで飛び跳ねているムサシを無視して、マナが自信たっぷりの顔で言った。
「良い名前だね。でも、僕にはちょっと立派すぎる名前だと思うんだけど・・・・」
「決定っ!! 貴方の名前は今からネオよ」
強引に名前を決められてしまった少年だったが、本当の名前が思い出せない以上、仮の名前が無いと色々困るので、彼は何も言わなかった。
「じゃあ、リリスへ向けて出発ーーーーっ!!」
マナがネオの腕を抱きかかえる様にして引っぱって行く。


「惚れたね」
ネオに抱きつくようにして歩いているマナを見て、ケイタがつぶやいた。
「何だと!? 男嫌いのマナに限ってそんなはずは無い!」
「男嫌い、って言うのはムサシの勝手な妄想だろ。あんなに明るいマナを見たのは久しぶりだよ」
「まあ、な・・・・・・」
はしゃいでいる妹を見て、ゼーレから命からがら逃げ出して来た時の事を思い出す。
「マナが元気になって本当に良かったよ。ネオのお陰だね」
「む・・・・・、それとこれとは話が別だ。俺はマナの交際を認めんぞ」
「ムサシが認めなくても、マナは全然気にしないと思うけど」
「何? 一体それはどう言う意味かな、ケイタ君??」
指でケイタの両頬をつまむと、左右へ引っぱった。
「いふぁふぁふぁふぁ、いふぁいよムサフィ」
こうしてこの賑やかな一行は、リリスへ向けて出発したのだった。





セレン平原で敗北したネルフ軍は、十キロほど南下してアイアス城に入城していた。
敗北し、王太子を失ったネルフ軍だったが、ゲンドウのカリスマと王太子を殺したゼーレへの憎しみで、以前より士気は高くなっていた。
アイアス城へは、ネルフ各地から続々と諸候が兵を率いて馳せ参じ、ネルフ軍は十万の数に膨れ上がった。
この城を落とされると、首都ジ・オフロントまで軍事的拠点は一つも無い。 ネルフ軍にとってこの城は、最終防衛ラインなのだ。


アイアス城の謁見の間では、仮の王座に座っているゲンドウの前に、ミサトが悲壮な表情で跪いていた。。
「ミサト卿、何か弁明はあるかね?」
ゲンドウの横に立っているコウゾウが、冷たい声で言った。
「いえ、ございません。全て私の責任でございます。王太子殿下の護衛という大任を仰せつかりながら、私一人おめおめと生き残りました事、深く深くお詫び申し上げます。部下に落度はございませんので、どうか私一人の命で償わせて頂きたく存じます」
「愚か者っ!! 卿一人の命で償えると思っているのか!!? たった一人の御世継ぎをネルフは失ったのだぞ!!」
一緒に謁見の間にいたオズマ将軍が一歩前へ進み出ると怒鳴った。 ミサトは悲痛な表情でうつむいている。
「オズマ卿、卿には少し黙っていてもらおうか。」
「はっ、出すぎた真似をしてしまい、申し訳ありません。」
コウゾウに言われると、オズマ将軍は感情的になった自分を恥じて赤面した。
「王太子を守り切れなかった卿の罪は重い。しかし、卿には見事な指揮によって敵の重包囲下にあった右翼を救った功績がある。よって本来ならば死罪だが、卿からシルバーファング隊の指揮権を剥奪し、ネルフから追放するにとどめる。卿の部下の指揮は、卿の副官であるマコト卿が引き継ぐ事とする。以上」
今まで沈黙を保っていたゲンドウが初めて口を開いた。
コウゾウが剣を抜いてミサトに近寄ると、ミサトの鎧の胸当てに付いていたネルフ軍の紋章を剣で弾き飛ばした。
死罪を申しつけられると思っていたミサトは、以外そうな顔をしてゲンドウを見た。
「どうした? 早く荷物をまとめて出て行け」
ゲンドウが告げると、ミサトは立ち上がって一礼し、謁見の間を後にした。


ミサトが謁見の間を出ると、副官だったマコトが待っていた。
マコトは酷く落ち込んだ表情をしたミサトを見て、彼女が彼の敬愛するシルバーファング隊の隊長だとは信じられなかった。
「隊長、お話があります」
「私はもう隊長じゃ無いわよ」
「いいえ、貴方は私にとってはいつまでも隊長です。さっ、此処ではまずい話なので中庭の方へ行きましょう」


「で、私に話って何?」
マコトに中庭に連れて来られたミサトは、木で出来たベンチに腰掛けた。
辺りはもう暗くなっており、夏の虫の鳴き声があちらこちらから聞こえてくる。
「これは私がコウゾウ卿から直々に隊長へ伝えるように承った命令なのですが、隊長には城から出て王太子殿下を探しに行く様に、との事です」
「殿下を? 殿下は生きていらっしゃるの!?」
ミサトはベンチから立つと、マコトの胸ぐらを掴んで聞いた。
「い、いえ、それは分かりません。しかし、殿下が殺される所を見た者もおりません。ですから、優秀な隊長に軍から離れて殿下の生死を確かめるように命令されたんだと思います」
いきなり胸ぐらを掴まれてびっくりしたマコトだったが、ミサトの死んだ魚のようだった目に輝きが戻って来たのを見て嬉しくなった。
「でも、殿下が生きている可能性があるなら、どうしてもっと沢山の人間を使って探さないのかしら?」
「多分ゼーレに気付かれ無い為だと思います。我が軍の放った密偵が、明らかにシンジ殿下では無い者の首を、行軍しているゼーレ軍の先頭に吊しているのを確認しています。どうやら彼等は別人をシンジ殿下だと思い込んでいるようです。もし、シンジ殿下が生きておられた場合、無事に保護するまでは生きている事をゼーレに知られるのは大変危険です。ですから秘密裏にミサト隊長に行ってもらいたいのでしょう」
ミサトはその話しを聞いて納得した。 もし、シンジがまだあの戦場近くにいて、捜索隊を出したネルフを見たゼーレがシンジ生存に気付いたなら、シンジはゼーレ軍の格好の餌食になるだろう。
「そう、そうよね。まだ殿下がお亡くなりになった証拠は無いわ。私が必ず見つけ出して見せる。そうと決まれば善は急げよ。シルバーファング隊は貴方に任せたわ、貴方なら必ずやって行ける、自信を持って指揮なさい。じゃあ、私は行くわ」
そう言い終わると、ミサトは荷物をまとめる為に自分の部屋へ向けて走って行った。
「隊長もお気をつけて!! 殿下が見つかる事を祈ってますよ!!」
小さくなって行くミサトの背中へ向けて励ましの言葉を投げかける。
マコトは思った・・・・・やはり彼の敬愛する隊長には自信に満ちた表情が一番良く似合う、と。






to be continued


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