エヴァンゲリオン戦記

Chapter 7:邂逅







ネルフ歴46年
アイアス城の一室


ドンッ!!
「何故だっ!?何故リリスは援軍を送って来ない!?再三の援軍要請も無視されている様だ・・・。奴らは裏切ったのか!?」
樫の木で造られた円卓を拳で殴って、ネルフ軍の活火山と兵士達に陰口を叩かれているオズマ将軍が、いつもの様に噴火した。
「落ち着けオズマ卿。卿が騒いだ所で援軍が沸いて出る訳では無い」
円卓にいつものポーズで座っているゲンドウが冷ややかに言った。
「恐れながら陛下、この城が敵の包囲下に置かれてから既に一週間になります。リリスの援軍が来ない以上、篭城を続けるのは無意味です。しかも狡猾なゼーレ軍どもは、辺りの村から集めて来たネルフ国民を城の外で見せしめとして殺しています。援軍が来ない以上、城から打って出るべきでは?」
十五万の兵で城を包囲したゼーレ軍は、城の中の兵士達を挑発するために城の外で捕まえて来た村人達の首を切って落としたり、セレン平原の戦いで捕虜となった騎士を拷問にかけたりしていた。守るべき人々の断末魔の叫びや、戦友の悲鳴を一週間も聞かされ続けているネルフ騎士達の忍耐は限界に達していた。
「今はとにかく少しでも時間を稼がなければならん」
「お言葉ですが陛下、騎士達の我慢は限界に達しております」
「敵の策に乗ってどうする?ゼーレ軍の弱点は補給だ。十五万と言う大軍の腹を満たすには大量の食料が必要なはずだ、だから少しでも時間を稼いで敵が焦って攻城戦をしかけて来るのを待たねばならん。包囲される前に城から出したシルバーファング隊と、二千の騎士達が敵の補給線をゲリラ戦法で脅かせば必ず効果があらわれる。」
「しかし・・・・」
「くどいぞオズマ卿」
「は・・・・」
普通、城を攻撃して落城させるには敵の四倍の兵力が必要だと言われている。 しかも落城に成功したとしても、かなりの損害を覚悟しなければならない。 戦力の劣るネルフ軍は、篭城する事によって戦力を補っているが、心理的な攻撃にかなりまいっていた。
しぶしぶ口を閉じたオズマは、なにやら外が騒がしくなっている事に気付いた。金属を打ち合わせる音も聞こえる。
「敵襲か!?陛下、防戦指揮に行ってまいります、失礼」
壁に立てかけてある剣をひっ掴むと、オズマはゲンドウに一礼して慌ただしく部屋から出て行った。
「遂に我慢比べに勝ったらしいな」
「ああ」
部屋に残った王とその腹心は、多くは語り合わなかった。


城壁の上に立ったオズマ将軍は、眼下の光景に思わず息を飲んだ。
ゼーレ軍が、その圧倒的な兵力をもってアイアス城へ猛攻撃を掛けていたのだ。
攻城兵器を使い、ゼーレの兵士が城門を打ち破ろうとしている。壁にも梯子をいくつもかけてよじ登り始めていた。何人かのゼーレ兵は城壁の上まで上がるのに成功し、ネルフの騎士達と切り合っている。
城壁の上からは石や煮えた油などを落とし、矢を射ているが、ゼーレの兵士たちはひるむ事無くよじ登って来る。
「時間を稼げ!!時間を稼げばリリスの援軍が必ずやってくる!!」
自分ではありえないと分かっていながら、兵士達を鼓舞するために、その小さな希望にすがるしか無い自分にオズマ将軍は苦笑した。





蒼銀の髪、赤い瞳を持った人々が行き交う、リリスの首都メルクリウス。


メルクリウスは赤レンガの建物が建ち並ぶ歴史のある町だ。緑も多く、町の街道沿いには大きな木が植えてある。
「痛、痛たた。」
この町に入った時から、ネオは頭痛と吐き気を催していた。町行く人の赤い瞳を見る度に、頭が割れそうに痛むのだ。
「大丈夫、ネオ?」
隣を歩いているマナが心配そうな声を掛けてくるが、シンジは眉間に皺を寄せてうつむいたまま歩いている。
「マナ、ほっとけ。何か拾い食いでもしたんだろうさ」
「もうっ!何でムサシはそんなに口が悪いの?信じられない!」
「はいはい、二人共喧嘩は止めてね。もう城に着いたよ」
険悪な空気を振り払う様に、ケイタが二人の間に割って入って前方を指差す。 彼が指差した先には、リリスの王城であるマルドゥック城が建っていた。


「傭兵?今はそれどころじゃ無い。それにおまえ等みたいな子供が傭兵だって?笑わせるな」
門番に傭兵として雇ってもらう為に来たと言ったところ、鼻で笑われて文字通り門前払いを食らってしまった。
「何だと〜〜〜っ!若いと思ってなめるなよ!おい、おっさん!俺と勝負しろ!!」
門番につかみ掛かろうとするムサシを、ケイタとマナがはがいじめにして止める。
「ああ、分かった分かった、後十年したら帰ってきな」
馬鹿には付き合ってられんと言った様子で、門番は手をヒラヒラと振って見せた。
「てんめーーーっ!!ぶっ殺してやる!!」
額に血管を浮かべたムサシにずるずると二人が引きずられ始めた。
「あほムサシッ!ちょっと落ち着いて〜〜〜っ!!」
「そうだよムサシ、もめごとはまずいよ」
「マナッ!ケイタッ!はなせっ!!俺は自分より弱い相手に馬鹿にされるのは耐えられんっっっ!!」
あと少しで門番につかみ掛かりそうになったが、いきなりビュン、ゴスッッ、と言う鈍い音がして、ムサシの体からいきなり力が抜け、うつ伏せに倒れ込んだ。意識を失ったのか、手足がピクピクと痙攣している。
マナが後ろを振り返ると、剣の鞘を持ったネオが立っていた。どうやらムサシは、剣の入ったままの鞘で後ろから頭を殴られたらしい。
「頭が痛いんだ。ちょっと静かにしててよ」
「ネ、ネオ・・・。過激な事をするようになったね・・・」
ぼそぼそと不機嫌そうな顔でつぶやいたネオを見て、マナが顔を引きつらせた。
「でもマナの方がいつももっと酷い事をしてる様な気が・・・」
「何か言った、ケイタ?」
「い、いや、何も・・・」


とりあえず一旦出直す事にした一行は、町の宿に宿泊する事にした。倒れたムサシは、マナに道の端に捨てられそうになったが、見かねたネオが背負って歩いた。
懐が寂しいので格安の宿を見つけたが、今にも崩れそうなボロイ宿だった。
しかも町の中心からはかなり離れており、少し寂しい感じの場所に建っている。いつお化けが出てもおかしくない雰囲気だ。
いくら安いからと言ってこんな所に泊まるのは嫌だとマナは主張したが、宿の主人が近くに温泉があると言ったのを聞いて、ここでなければ嫌だと180度態度を変えた。地元の人間しか知らない場所だそうで、入ると肌がツルツルになるらしい。
「ね、ここにしよう」
「さっきまで絶対嫌だって言ってたくせに・・・」
「気にしない、気にしない」
ネオとケイタの視線に汗を流しながら、マナは宿の中へ入って行く。
その時、ゴスッッと言う音と共に不意にネオの視界は暗転した。


「痛、いたたた」
ネオが目を開けると、ボロイ天井が目に入った。
「知らない、天井だ・・・」
どうやらシンジはベッドの上に寝かされている様で、体を起こそうとしたら、頭が割れそうなくらい酷い頭痛がした。頭に手を伸ばしてみると、かなり大きなたんこぶが出来ている。
「どうして僕は寝てるんだ???」
部屋を見回して見ても、マナ、ケイタ、そしてムサシの姿は無い。ネオがベッドの上で考え込んでいると、ドアが開いて三人が入って来た。
「あら、気が付いた?心配したのよ、だって全然目を覚まさないから。頭は痛む?」
「いや、まだ痛いよ。それより何で僕は倒れちゃったの?」
「ムサシが後ろからネオの頭を殴ったのよ。でも大丈夫、私が制裁を加えておいたから」
マナの後ろを見てみると、顔を饅頭の様にふくらましたムサシと、苦笑を浮かべているケイタが居た。 
ムサシは城門の前で気絶したが、気が付いてすぐに目の前にあったネオの頭を力一杯殴った。ムサシにとって、それは単なる仕返しに過ぎなかったのだが、マナの目にはそう写らず、顔の形が変形するまでビンタされたのだ。
「ははは・・・、でも、ちょっとやり過ぎじゃ無いかな?」
うらめしそうに、こちらを見ているムサシに同情したシンジだが、マナは眉をつり上げて怒り出した。
「それだけじゃ無いわ、私が温泉でくつろいでたら、この阿呆ムサシが覗いたのよ!」
そう言われてみると、彼女達の髪は湿っている。それにムサシを除いた二人は、なんだかさっぱりした顔をしている。
「温泉に入って来たの?」
「え?あ、うん。とっても気持ち良かったわ。ネオも入って来たら?」
「うん、そうさせてもらうよ」
痛む頭を押さえながら、ネオはベッドから降りて部屋から出た。ムサシの横を通る時に睨まれたが、マナの制裁がよほど恐ろしい物だったのか、何もしてこなかった。


宿の主人に温泉の場所を聞いたネオは、タオルを片手に夜道を歩き出した。 辺りは暗く、遠くでオオカミの遠吠えが聞こえる。宿から五分ほど歩くと、かなり大きな温泉が現われた。温泉から立ち上る湯煙で、温泉のむこう岸は見えない。
てっとり早く服を脱ぎ捨てると、温泉の温度を手で確かめてから入る。湯の温度はぬるすぎず、熱すぎずで丁度良く、長旅で疲れた体が癒されて行く。ネオはあまりの気持ち良さに、思わず「ういぃ〜っ」とオヤジ臭い声を上げた。 見上げれば、吸い込まれそうな満天の星空が広がっている。
ふと、この温泉はどれくらい広いのかと思ったネオは、温泉の反対側まで歩いて行く事にした。少し前に進んで行くと、水面に何かオレンジ色の物体が浮かんでいるのが見えた。しかし湯煙であまり良く見えず、もう少し近寄ってみると、それが何か丸い物体だと言う事が分かった。
「野性のサルかな?」
宿の主人が、獣もよく入りに来ると言っていたのを思いだしたネオは、どんな動物が入っているのか興味が湧いてもっと近寄ってみた。するとその物体が回転して、こちらを見たのだ、その藍い瞳で。
「キ、キ、キ」
「うん?やっぱりサルかな?」
「キャ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!」
「うわあっ!」
「変態!!エッチ!痴漢!!もう、信じらんないっ!!」
こちらを見て大声を上げたのは、ネオと同じくらいの年齢の人間だった。それだけなら大声を上げる必要は無い、だが彼女は女の子だったのだ。
「ゴ、ゴメンッ!!覗くつもりは無かったんだ」
「問答無用!!」
彼女は湯の中から立ち上がると、近くにあった岩を持ち上げてネオに向かって投げようとした。
「ちょっ、ちょっと待ってよ、そんなの投げられたら死んじゃうよ」
「死んねぇ〜〜〜っ」
ネオに岩を投げようと振りかぶった女の子は、ネオが目を大きく見開いて鼻から鼻血を流し始めているのに気付いた。
「キ、キャーーーッ!!何見てんのよ!!あっち向きなさい!!」
全裸でネオの前に立っている事に気付いた女の子は、岩を投げ捨てると腕で体を隠しながら湯の中に戻った。
「か、髪と同じ色だ・・・」
多感な年ごろの少年は、意味不明の言葉を残して本日二度目の気絶を経験した。後ろ向けに倒れた彼の周りのお湯は、鼻血で赤く染まって行く。
「ちょ、ちょっとあんた大丈夫??」
遠くなって行く意識の中で、少年は少女の心配そうな声を聞いた様な気がした。


ぺちぺちと頬を叩かれて目を開けてみると、心配そうに自分を覗き込んでいる女の子の顔が見えた。彼女は、空の様に藍い瞳、高貴さが感じられる炎の様な色の髪、そして神話の中に出てくる女神の様な美しい顔を持っていた。吐息が感じられそうな距離で彼女の顔を見たネオは、頬が熱くなるのを感じた。
「うん、大丈夫だと思う」
女の子はすでに服を着ており、ネオは温泉の横にある岩場に仰向けに寝かされていた。彼の体にはタオルが掛けてある。
「全く・・・、あんたを此処まで運ぶの大変だったんだから」
「ご、ごめん」
「で?アンタは一体何者なの?」
「え?」
「アンタバカァ?あたしはアンタの名前を聞いてるのよ」
「あ、僕の名前はネオ。でも、本当の名前は分からないんだ」
「は?どう言う意味?」
「記憶喪失らしいんだ。昔の事は何も覚えて無い」
「ああ、そう言う事ね」
「で、君は?」
「わ、私?私は・・・えーっと、その、アスカ、アスカ・ソウリュウよ」
何故か落ち着きの無くなったアスカと言う少女を不思議に思ったが、マナ達が心配しているかも知れないと気付いたネオは、宿へ帰る事にした。
「友達が待ってると思うから、僕は宿へ帰るね。その、覗いちゃって本当にごめん。 それから、介抱してくれてありがとうアスカさん」
「どうでも良いけど、帰るんだったら服を着てからにしてよね」
「え?あ、ああーーっ!」
急いで置いてあった服を着ると、ネオは顔を真っ赤にして来た道を戻ろうとした。
「じゃ、さようなら」
「待ちなさいよ」
「え?」
「アンタには責任をとってもらうわよ」
「へ?責任?」
「そうよ。私、あんな事になってちゃってもうお嫁に行けないじゃない」
「え?え?え?」
「それにアタシのファーストキスを上げたんだから、責任を取ってもらわないとね」
「ファ、ファーストキスゥ?」
実は、アスカは気絶して溺れかけていたネオを温泉から引き上げて人口呼吸を施したのだ。もっとも、ネオは気絶していた訳で、彼女が何を言っているのか分からない。
「プ、ププププ、アハハハハハハッ」
「???」
オロオロするネオを見て、アスカはお腹を抱えて笑い出した。
「アハハハッ、冗談よ冗談。アンタの間抜けな顔ったら・・プクククク」
「ひ、酷いよ、からかうなんて」
アスカにからかわれたと気付いたネオは、情けない顔をして脱力した。
「久しぶりに楽しい時間を過ごせたわ、ありがとう。さて、私も行かなきゃ。また会えると良いわね」
「う、うん。さよならアスカさん」
「アスカ、で良いわよ。私もアンタの事はネオって呼ぶから。じゃあねネオ」
ネオとは反対側へと歩いて行くアスカを見送ってから、ネオも来た道を戻って行った。


後年、アスカが冗談でネオに言った言葉が少し違う形で現実の物となるのだが、彼等はこの時、それを知るよしも無かった。




温泉から少し離れた場所に、見事な毛並みと筋肉を持った馬が繋いであった。 その馬の隣には、他に三頭の馬が繋いである。
馬達の向こう側には、たき火を囲んで三人の男女が座っていたが、その中の一人がアスカが温泉から帰って来たのに気付いて話し掛けて来た。
「ラングレー様、なにか温泉の方が騒がしかった様でございますが、何かありましたか?」
「なんでも無いわ。さあ、今夜中にメルクリウスに入って、リリス国王には明日の早朝に会うわよ」
「はっ。しかし、これがうまく行けば、ネルフに続いてリリスも我らの手に・・・」
「リリスを甘く見るのは危険よ。確かに国王とその取り巻き達は無能だけど、この国には切れ者の王子がいるわ。甘く見ていると大怪我をするわよ」
「しかし、その王子さえ封じ込んでしまえば、リリスは簡単に落ちましょう」
「そうね・・・・」
喜ぶべき事なのであろうが、アスカはそれを素直に喜べない。ネルフ、そしてリリスへ侵攻する前に滅ぼした二つの国の現状を見て来た彼女は、自分のやっている、あるいはやろうとしている事が本当に正しい事なのか、分からなくなっていた。
考え込んでいるアスカの側へ、一人の少女が近づいて来た。
アスカほどではないが、十分に美少女と言える顔立ちを持ったこの少女は、アスカの幼馴染で無二の親友でもある。
「アスカ・・・。さ、行きましょう?」
「ええ、ヒカリ」
顔には出したつもりは無かったのに、彼女の親友は簡単にそれを見破って、彼女の肩を優しく抱きしめてくれた。ヒカリにはかなわない、と思う。
ヒカリから彼女の愛剣、『レーヴァテイン』を受け取ると、彼女の馬に乗って夜道を駆け出しす。後ろからヒカリや他の仲間たちもついて来る。
彼女の剣も、エヴァンゲリオンと呼ばれる神剣の一つで、アスカはこれを戦死した父から譲り受けていた。別名、炎の剣と呼ばれるその剣は、一薙ぎで三十人の兵士を焼き殺した事もある恐ろしい剣である。
真っ暗な道を、四騎の陰はリリスの首都メルクリウスへと向かって駆けて行った。






to be continued


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