エヴァンゲリオン戦記
Chapter 9: 時は流れて
ゼーレによるネルフ占領より三年・・・・
うららかな春の日差しの中、リリスの首都メルクリウスでは盛大なお祭りが開かれていた。人々は歌い、踊り、酒を飲んでこの日を祝っている。
それを王城のバルコニーから眺めている二人の青年達がいた。
一人は銀髪と紅い瞳を持ったリリス人で、その頭には王冠が載っている。王冠は豪華とは言い難いが、持ち主の美しさを十分に引き立てていた。
もう一人はそれと対象的な黒い髪、そして黒い瞳をもった青年である。ただ、彼は紫色の鎧をまとっており、その兜が顔の上半分を覆っている為、どの様な顔をしているかは分からない。
「長かったねぇ、ネオ君。三年・・・・三年もかかってしまった。その間にネルフは滅び、リリスは孤立してしまったよ」
「・・・・・・」
「ネルフは酷い有様だ。税は重く、国民は木の根を食べて飢えをしのいでいるらしい。僕はリリス国民にそんな思いはさせたく無い。ネオ君、これからも僕の片腕として一緒にゼーレと戦ってくれないかい?」
銀髪の青年は、ネオと呼ばれた青年と始めて会った時の様に、彼に手を差し伸べた。
「もちろんだよカヲル君、これからもよろしく」
ネオはにこりと微笑んでカヲルの手を握る。
彼が兜を付けていなければ、男でも赤面してしまいそうな優しい笑顔が見れた事だろう。
「でも、その前にマナと結婚式を挙げなけりゃね」
イタズラ坊主の様な顔をして、カヲルがネオをからかった。
「ど、ど、ど、どうして僕とマナが???」
「だって二人は恋人同士なんじゃないのかい?」
「ち、ちがうよカヲル君、そんなんじゃ無いって」
「え?違うのかい?僕が王位についたらネオ君と結婚式を挙げるって、マナが言っていたよ」
「そ、それはマナが勝手に・・・」
ネオは顔の前で両手をブンブン振って否定した。真っ赤になっているのが、兜の下から出ている顔の下半分だけで分かる。
「どちらにしてもマナとの結婚は延期だねぇ。彼女にはネルフ、いや、国土解放軍の所へ行ってもらわなければならないからね」
「だから違うって言ってるのに・・・って、マナをネルフに送るの?」
カヲルの顔が真剣な物に変わった事にネオは気付いた。
「そうさ。彼女には僕の妹に会って、援軍を送る事を伝えてもらわければならないからね」
カヲルは視線をメルクリウスの市街へと移すと、先ほどの優しい目とはうって変わった真剣な目で、はしゃいでいる町の人々を眺めた。視線をネオから逸らすのは、言いにくい事がある時のカヲルの癖である。もっとも、ネオ以外の前では決して隙などを見せないのだが。
「ネオ君にも分かってるんだろう?僕等には時間が必要だと言う事が・・・。内戦で荒廃してしまった国を立て直し、なおかつゼーレの侵略を塞ぎえる力をつける為の時間が」
「その為の援軍・・・」
「そう、妹には悪いけど、利用させてもらうよ」
ゼーレは過去に、ほぼ手中に収めかけたネルフからゲンドウによって追い出された経験がある。
その為ネルフ占領には慎重になっており、抵抗勢力、つまり国土解放軍が残っている内は、次の目標であるはずのリリスに出兵出来ないのだ。
しかし、だからと言ってリリスには安心している暇など無い。三年に及ぶ戦争によって、食料など生産力は落ち、治安は横行する盗賊団などの為に最悪である。
今の状態ではゼーレに対抗する所か、蟻の様に踏み潰されてしまうだろう。
ネルフへ援軍を送るのは、つまり解放軍の抵抗を少しでも長く続けさせて時間稼ぎをする為で、レイを助けたり、ネルフを解放する為に手を貸す訳では無い。
カオルが眉間に皺を寄せて、苦々しげに言葉を続ける。
「僕はこの国と国民を愛している。国民を守る為には何だってするよ、例えそれが実の妹を捨て石に使う事だとしても・・・・。ネオ君、僕を軽蔑するかい?」
「・・・国王って言うのは、そう言った物だと思う。王って言うのは第一に国民の利益を考えなければならないでしょ?だから、僕は軽蔑なんてしないさ、ううん、むしろ僕はカヲル君を尊敬するよ」
「・・・・ありがとう、ネオ君・・・」
バルコニーから町を見ているカヲルの瞳には、彼の守るべき人達が写っていた。
彼は王として、何を犠牲にしても彼等を守らなければならない。例えそれが肉親を死地に追いやる事でも。
レイをこの国に呼び戻して保護するか、それとも捨て石として使うか迷っていたカヲルは、ネオの言葉で覚悟を決めた。
しばらく町を眺めていたカヲルは、振り返って無表情にネオに告げた。
「さて、そろそろこの戦いに純然たる決着を付けようか。」
「カヲル君・・・」
「何が言いたいのかは分かってるよネオ君。これは僕自信の手でやるつもりさ、でなければ、僕は王としての資格は無い」
カヲルが控えていた兵士に命令すると、一人の男が両腕を引きずられる様にして部屋に連れてこられた。男はうなだれており、怯えているのか、体がカタカタと震えている。
カヲルが話しかけると、肩がビクリと跳ね上がった。
「父上、こんな形でお会いしたくはありませんでした」
「い、命だけは、命だけは助けてくれっ。何でもする、何でもするから」
丁寧な言葉遣いとは正反対の冷たい視線をカヲルに向けられて、かつてリリスの愚王と呼ばれていた男、フランセス二世はカヲルの足にすがりついて来た。
贅沢三昧で太り切ったフランセスの腕がカヲルの足に触れると、彼は露骨に嫌な顔を見せる。
「実の父を殺したりはせぬであろう?その様な人の道に背いた事など・・」
「父上、これ以上僕を失望させないで下さい。貴方と私は至尊の王冠を掛けて戦った、そして貴方は負けたのです。敗者に未来は無いと、お互い分かっていたはず・・・・・・。お覚悟を」
部屋の隅に控えていた持女の一人が、リリス特産の赤ワインの入ったグラスをフランセスの目の前に差し出す。
暗に自殺を進めているのだ。
それを見たフランセスは、周りにいる人間全員が聞こえるほどの大きな音を立てて生つばを飲み込む。 自分は殺されぬと甘い希望を抱いていたフランセスは、カヲルが自分を本気で殺すつもりだと今やっと気付き、軽いめまいと共にどす黒い何かが心にうまれた。
「ひぃぃっ、嫌じゃっ!死ぬのは嫌じゃあぁぁっ!!」
死の恐怖に狂ったフランセスは突然暴れ出し、血走った狂気の目でネオを睨みつける。
「貴様がっ!貴様さえあの時カヲルを助けなければ!!」
隙を突いて彼を押さえつけていた兵士の腰から剣を引き抜くと、荒い呼吸を繰り返しながらネオに襲い掛かった。カヲルを襲えば良いのだが、錯乱したフランセスは自分の運命を大きく変えてしまった青年を襲う事にしたらしい。
三年前、暗殺者の手からカヲルを救ったのは、現在、リリス騎士団長であるムサシ、傭兵隊の隊長であるマナ、弓戦隊の隊長であるケイタ、そしてリリス近衛隊長であるネオの四人であった。
兜の下で嘲笑を浮かべているネオに、緩慢な動きで剣を振り降ろそうとしたフランセスだったが、彼の腕は剣を握ったままボトリと言う音を立てて床に落ちた。
彼の両腕は、横から剣を繰り出したカヲルによって見事に切断されていたのだ。
「うっぎゃあぁぁぁっ!!」
「白豚が・・・・僕の友人に触れる事は許さないよ」
『白豚』とは、肌の白いリリス人に対する差別用語であるが、カヲルは自分の父の様な男にこそふさわしい呼び方であると思う。
激痛にのたうち回って、両腕から出た血をまき散らす父に冷たく告げると、カヲルは手に持っている剣を振り上げた。
「貴方は冷たい人だった。常に自分の事だけを考え、周りの事など気にせずやりたい放題。僕は貴方の血がこの体に流れていると思うと、体中の血を捨てたくなる・・・。最後ぐらいは潔く自分の手で人生に幕を降ろして欲しかったのに、それすら出来ないなんて・・・」
「た、助けてくれ、頼む、カ、カヲ・・グハアァッ!!」
涙と鼻水でグシャグシャになったフランセスの顔に、振り降ろされたカヲルの剣が突き立つ。剣の先が後頭部から突き出し、カヲルは剣から伝わってくる感触に顔をしかめた。
ビクビクと痙攣するフランセスの体を中心に、赤い池が広がって行く。
暫くして、その池に透明な雫がポタポタと加わり始める。
それは、足元に転がっている父の死体を眺めていたカヲルの目から溢れ出した涙であった。
「それでも・・・貴方は僕の父だった・・・・」
うつむいて肩を震わせるカヲルの肩に、ネオが優しく手を置く。
ネオにとって、カヲルの涙を見るのはこれが始めてだった。
十日後、旧ネルフ、シャーウッドの森
シャーウッドの森は、複雑な地形と生い茂った森林とで守られた天然の要塞である。
底なし沼、洞窟、崖などが無数に点在し、一番近くにある町の住人でさえも立ち入ろうとはしない。
過去には対ゼーレ戦争でゲンドウが立て篭っていた事もある。近くの住人でさえも立ち入れない森にゲンドウと彼の部下達が立て篭もれたのは、彼が精密な森の地図を持っていたからだと噂されているが、真実であるかどうかは定かではない。
そんな森の入り口にある大きな岩の上に、一人の女性が腰掛けていた。彼女の目は閉じられており、森から吹いてくる新鮮な空気が頬を撫でている。
少女と呼んでも差し支えない年齢に見える女性は、のどかな風景に不似合いな銀色に輝く甲冑を身に纏っている。
そんな彼女を森から見ている若い男達がいた。ろくな装備をしておらず、鎧にも所々穴が開いている始末だ。きらびやかな女性の鎧とは全く対照的に見える。一見山賊の様に見える彼らだが、山賊の様なぎらついた目はしておらず、顔にはある種の誇りの様な物が見てとれる。
彼等は女性の纏っている鎧の胸当ての部分にグリフォンの紋章が掘ってあるのを確認すると、茂みから出て彼女の方へ近寄って行った。
「貴殿がマナ殿か?」
「ええ、そうです。解放軍の方々ですね?」
近寄って来る気配に以前から気付いていたのか、マナは別に驚きもせずにゆっくりとまぶたを開けて男達に返答する。
「左様、お迎えに参った」
「ではレイ様の所へ案内して下さい」
マナはカヲルの命令で、リリスが国土解放軍への援助をする用意がある事を伝える為にここ、ネルフへとやって来ていた。カヲルに命令された時、派手に一国の王と喧嘩したマナだったが、ネオはカヲルのサポート、ムサシは兵の訓練、ケイタは治安の維持などと忙しく、他に適任者が居なかった為、彼女が来るしか無かったのだ。
マナを送り出す時に見せた、カヲルのニヤついた絆創膏だらけの顔を思い出すと、ふつふつとまた怒りが込み上げてくる。
「マナ殿?」
「え?あ、ああ、ごめんなさい、ちょっとボーっとしてて・・・」
「では、申し訳無いがこれを付けて下さい。」
そう言って一人の解放軍兵士がアイマスクをマナに手渡した。
「これは?」
「私達のアジトの場所は極秘なのです。そこまでの道は誰にも教えられません。ですからそれで目隠しをしたまま、ついて来てもらいます」
「なるほど、分かったわ」
「さあ着きました、もう目隠しを取っても良いですよ、マナ殿」
つまずいてこける事18回、ガケから落ちそうになる事7回、木の枝に頭をぶつける事8回、苦難の道のりをたっぷり二時間ほどかけて歩いた末、ようやく目的地に到達した事を知って、マナは胸を撫で下ろした。
目隠しをとってみると、目の前には木造の建物が立ち並ぶ大きな村があった。村の周りは柵で囲まれていて、やぐらが所々に建っている。
「へ〜、結構大きい村なのね。」
「そうですね、今は一万五千人の兵がここで生活していますから」
「畑や井戸まである・・・・自給自足が可能な様ね」
きっちりと整備された畑を見て、マナは関心してしまった。
「こちらです。」
マナが連れて行かれたのは、町の中心に建っている小さな家だっtた。兵士がノックをしてドアを開ける。
すると、家の中には一人の女性が座っていた。紅の瞳を持ち、蒼銀の髪を腰まで伸ばしたその女性は、その容姿からリリス人であると言う事が分かる。目の覚める様な美人であったが、その顔にはおよそ人間らしい暖かさが感じられない。
「リリスからの使者をお連れしました」
「ご苦労様です。貴方はもう下がってください」
「はっ」
緊張した面持ちで兵士が報告すると、女性が無表情のまま答える。兵士が部屋から出て行くのを見送った後、彼女はマナに視線を移して話しかけてきた。
「私がネルフ国土解放軍の司令官、レイ・イカリです」
「始めまして。私はマナ、マナ・ミスティーアイランド、リリスで傭兵部隊の隊長をやってます。レイ姫の事は、よく噂でお聞きしております」
「で、ご用件の方は?」
にこりと笑い掛けたマナだったが、レイは相変わらず無表情で淡々と話しを進めようとする。話しにくい相手に苦笑しそうになるが、失礼になるので我慢した。
「手短に言いますと、貴方様の兄上、現リリス国王カヲル様は解放軍の援助を申し出ておられます。援軍一万五千、それと食料、武器、防具などを送る用意がこちらにはあります」
今の解放軍にとって、カヲルの申し出は喉から手が出るほど欲しい物である。だが、アルテミスの化身と呼ばれる解放軍司令官の口元に浮かんだのは喜びの笑みでは無く、冷笑と呼ばれる物だった。
「なるほど、兄上は父上よりも聡明であられる様ですね。そして、父上よりも冷たいお方・・・・。私とこのネルフを、ゼーレに対しての防波堤になさろうとしている・・・。さすがは同盟を無視した父上の息子であらせられる」
「そ、それは・・・」
辛辣な言葉より、むしろカヲルの狙いを正確に把握しているレイにマナは驚いた。
「良いのです。そのお話し、ありがたくお受け致します・・・・私はなんとしてもこの国をゼーレから取り戻さなくてはなりませんから」
「シンジ王子の為に・・・・ですか?」
マナはレイの夫、シンジ王子がゼーレとの戦いで戦死したと言う事を聞いていた。
「もう、分かりません。自分が何故戦っているのか、だんだん分からなくなって来ています。あの人が生きていると言う確信も無くなって来たから・・・」
無表情だったレイの顔に、少しだけ悲しみの色が現われた様にマナには見えた。
「マナ殿、あなたは結婚されているのですか?」
「いいえ、まだです。でも、帰国したらすぐにでも式を挙げるつもりです」
「そう・・・。ではその人の為に、絶対に死んでは駄目・・・・残された人が悲しむから」
もしこの場に、複雑に入り組んだ関係と、これまでに起こった全ての事件を理解している者がいたら、苦笑した事であろう。レイが待っている人物と、マナが結婚しようとしている人物は、同一人物なのである。
その後、レイと細かな打ち合わせをした後、マナはまた目隠しをして、解放軍のアジトを後にした。
帰国後も、マナはレイの悲しそうな目が忘れられなかった。そう、彼女は気付いたのだ、たとえ涙が流れていなくとも、レイはいつも泣いているのだと。そして、罪悪感にさいなまれるのであった。
リリス首都、メルクリウスにある酒場
新王の即位式が終わって二週間も経ったと言うのに、酒場では新王の即位を祝う祝宴が続いている。
仕事帰りの男たちから若い男女のカップルまで、皆話しているのは新王の新しい政治であった。愚鈍な父を廃し、流星の様に現われた聡明で若い王に、リリスの国民は期待しているのだ。
そんな賑やかな酒場の隅で、ビールを飲んでいる美女が一人。
かなり飲んでいるのだろう、テーブルに突っ伏し、酒に濁った目ではしゃぐ人々をぼうっと眺めている。
「・・・やっぱり、殿下は亡くなられたのね・・これだけ探しても、手がかり一つ掴めないなんて・・・」
酒臭い息を吐きながら、その女性はボソリとつぶやく。
「ネルフも滅んだし・・・おめおめ解放軍に帰る事も出来ない・・・・。これからどうしよう?」
かつてシルバーファング隊の隊長であった美女、ミサト・カツラギは酷い脱力感を感じていた。
三年・・・。三年もの長い間、彼女はネルフの王太子であるシンジの行方を探し求めていたのだ。
各地を回り、情報を集めて来たミサトだったが、サクレッド山脈に入る前にそれらしき人物がリリスに向かったと言う情報を最後に、その後の足取りがプッツリと途切れてしまった。
始めはその人物がシンジだと信じて疑わなかったミサトだったが、今考えてみると人違いでは無かったのかと思う。もしその人物がシンジなら、何故彼はネルフへと戻らず、リリスへ行かなければならないのか?それに、三年もの長い時間をリリスで過ごす意味が無い。
自分はとんでもない勘違いで、無駄な時間を過ごして来たのでは無いかと思うと、情けなくなって涙が溢れて来た。
「いっそ盗賊にでもなろうかしら・・・・。マスター、お勘定」
のそりと立ち上がると、ふらつきながら酒場の主人に金を払い、よたよたと表に出て行く。外に出て見ると、すっかり日は落ちていた。
大通りに出ると、まだかなり数の人が歩いていて、ふらふらと歩くミサトは危うく通りかかった馬車に轢かれてしまう所だった。
驚いて尻餅をついたまま呆然としてしまった彼女を、通行人達がクスクスと笑う。
恥ずかしさと情けなさで座り込んだままのミサトの前を、馬に乗った騎士の一隊が通り過ぎて行く。その先頭に立って馬に乗っている青年を見て、驚きのあまりミサトの酔いは一気に覚めた。
「で・・・殿下っ!!!!」
紫の鎧に身を包んだ美青年は、幾分大人びた顔つきにはなっていた物の、間違い無くネルフの王太子、シンジであった。
松明で照らされたその母親譲りの甘い顔に、町行く乙女たちは吐息を漏らしている。
「見て、ネオ様よ」
「いつ見ても素敵ね」
「貴方はカヲル様の方が好きだと言っていたのでは無くて?」
「あら、そんな事を言いました?ふふふ」
彼女達が彼の事をネオと呼んでいるのを不思議に思ったミサトだったが、立ち上がるとシンジへと向かって走り出し、なんとか近寄ろうとする。
「殿下!!シンジ殿下っ!!!」
人をかきわけて飛び出してきたミサトを、シンジが率いていた数人の騎士達が腕を掴んで止める。
「女、何者だ?ネオ様の通行を邪魔する事は許さん」
「は、放せっ!殿下っ!お待ちをっ!私です、ミサトでございます!」
いくら酔っていても、さすがは元シルバーファング隊の隊長である。騎士の腕を軽くひねり上げて振りはらうと、ネオの馬の前に出てひざまずく。
「貴方は何者ですか?今の動き・・・、ただ者ではありませんね」
突然現われ、しかも自分が鍛え上げた騎士を、まるで赤子の手をひねる様に振りはらった女性に驚いたネオは、彼女に少し興味を持った。しかも彼女は彼を誰かと勘違いしている様である。
「お忘れでございますか?ミサトでございます、シンジ様」
「悪いけど、聞いたことの無い名前です。多分人違いでしょう」
「そ、そんな・・・・」
「僕の名はネオ。リリス軍で、国王であらせられるカヲル様の補佐をしています」
「で、では、貴方はシンジ様では無いと・・・?」
「残念ながら・・」
それを聞いたミサトは落胆の為に肩を落とした。良く考えてみれば、シンジが異国の国王の補佐などをしているはずが無いのだ。他人の空似であったのである。
一方、ミサトと話していたネオは、なにやらモヤモヤとした物を感じ始めていた。
「一つ尋ねますが、貴方は見たところリリス人ではありませんね?何処から来られたのですか?」
「・・・ネルフです」
「ネルフ!!!!」
ネオの目が驚きで見開かれる。
「そ、それで、そのシンジと言う人は一体誰なのですか?」
「何者かは申し上げられませんが、戦争で行方不明になった、さる高貴な方でございます」
「戦争で行方不明・・・・。で、その戦いとは?」
「三年前にネルフ側の敗北で終わった、セレン平原の戦いです」
「!!!!!!」
「あの、どうかしましたか?」
「い、いや・・・。ミサト殿、と言いましたね?もしよろしければ、これから私と共に城まで来て、もっと詳しくその話しを聞かせてもらえませんか?お力になれるかもしれません」
「本当でございますか?ありがとうございます」
馬から下りて、ひざまずくミサトの手を取って立たせたネオに、周りの騎士たちが驚いた。一人の騎士が馬から下りて、ネオに耳打ちする。
「ネオ様、この様な遊女を城へ入れてよろしいのですか?この女、見たところ酔っておりますぞ」
「良いいんだ。僕はこの女が気に入ったからね」
いつものネオらしく無い言葉に、耳打ちした騎士が目を丸くした。
真面目で努力家、そして傭兵隊の隊長であるマナに頭の上がらないネオは、今までマナ以外の女性に興味がある所など見せた事が無かったのである。そのネオが、美人とは言え、何処の馬の骨とも分からぬ女を城に入れると言うのである。おそらく城の自分の部屋に、と言う事であろう。
「ご冗談を・・・」
「冗談に聞こえる?」
「ま、まさか・・・」
「僕は本気だよ」
そう驚いている騎士に告げてからネオは乗馬し、ミサトを引っぱり上げる様に後ろに乗せた。
城へ到着するまでネオは終始無言で、深刻な顔をして馬を走らせていた。
ゼーレ王国、王都コキュートス
贅沢の限りを尽くして建造された王宮の奥、大理石で出来た王座に一人の老人が座っている。たとえその王宮を建造するのに、万単位の餓死者を出したと聞いても、眉一つ動かさない人物、ゼーレの国王ことキールであった。
「残るは南のリリスと北の数国のみ・・・。リリスを落とせば、このティフリス大陸は私の物だ」
「しかし陛下、いまだネルフの寄生虫どもが抵抗を続けていますが・・・」
恐る恐る、彼の目の前に畏まってひざまずいている男が、自分の意見を控えめに彼の仕える王に伝えると、キールは手にしていたワイングラスを床に叩き付けた。
飛び散ったワインの飛沫が、ひざまずいている男の顔にかかる。
「サキエルとシャムシエルだけでは役不足か・・・ならば、サンダルフォンと兵二万をネルフへと送れ。そして抵抗運動を叩き潰すのだ」
「御意」
顔にかかったワインを拭う事すら忘れて飛び出ていった男を見送ると、キールは持女を呼びつけた。
「キョウコを呼べ。今夜わしの相手をさせる」
「しかしラングレー様とのお約束が・・・・きゃっっ!」
持女が吹っ飛ぶ。キールが殴りつけたのだ。
「わしを誰だと思っている?ゼーレの国王ぞ!この国の全てはわしの物であり、この国ではわしが法律なのだっ!!わしに口答えは許さんっ!!」
「ぐ・・・・は、はい・・・かしこまりました」
口の端から出る血を拭い、フラフラと立ち上がった持女は、キールに一礼すると出て行った。
「くくくくく・・・・そうだ、この国の物は全て私の物・・・誰にも邪魔はさせん・・誰にも、な。くくくくく、ははははは、はーーーっはっはっはーーーー!!」
狂った様な笑い声が、王宮の中にこだまし、王宮を守る騎士達は背筋に冷たい物を感じた。
そう、まるでそれがこれから起こる大戦へのプレリュードであるかの様に・・・。
to be continued