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エヴァンゲリオン戦記

Chapter 10: 裏切り






リリスの首都メルクリウス、その中心に建つバーゼル城では、今日もムサシによってリリス騎士団の猛特訓が行われていた。
ゼーレとの戦いが迫っている今、軍の再編がやっと終わり、新しく入った新兵達を一から鍛え直している所である。
ムサシの実戦さながらの訓練は過酷であり、死人は出た事が無い物の、一日に一人は重傷を負ってしまう。
城の広場には、剣を打ち合わせる音と、そして気合いの声が絶え間無しに響いている。
真面目に取り組んでいる者が大半を占める中、何人かは休憩と言う名目で噂話しに花を咲かせていた。
「おい聞いたか?ネオ様が女を部屋に連れ込んだってよ」
「本当にあの人が?」
「ああ。なんでもよ、街で拾ってきた美人らしいぜ」
「あっちゃ〜。マナさん(鬼)の居ない内にってか?」
「まあ、結婚前の冒険って所か、もしくは初夜の為の下調べ・・・」
「こりゃあ、マナさんが帰って来たときが見物だ・・・グハァッ!!」
下品な笑いを浮かべていた騎士の横面に、何者かが拳を叩き込んだ。
「な、何しやがるっ!!」
殴られた騎士が振り向いたが、自分が誰に殴られたのかを知って真っ青になった。なんと、彼を殴ったのはリリス軍の騎士団長、ムサシ・リー・ストラルバーグだったのだ。
190を越える身長が、怒りの為にプルプルと震えている。
「「き、き、き、き、騎士団長っ!!」」
「お前達・・・面白い話しをしていたな・・・。」
「「も、申し訳ありませんっっっ!!」」
飛び上がって直立不動の体制を取ると、ムサシに向けて敬礼する。訓練をサボっていたのだ、厳罰は必至である。しかも、団長の最愛の妹、マナについての話題である、ただでは済まないであろう。
「「二度とこの様な事はいたしませんので、どうかお許しを!」」
「話しの続きを聞かせろ・・・」
「「は?」」
「だから話しの続きを聞かせろと言ってるんだ。詳しくな・・」
「「は、はぁ・・・・」」




バーゼル城、ネオの部屋


近衛隊長であるネオの部屋は、カオルの寝室に一番近い場所にあり、万が一の時にいち早く駆けつけられる様になっている。
高級士官であるネオが最初にこの部屋をあてがわれた時、家具などは全て高級品であったが、今はネオによって質素な物へと取り替えられていた。
ただでさえ異国の人間だと言う事で肩身が狭いのに、いらぬ嫉妬を招く様な暮らしは慎むべきだとネオは言っているが、本音はと言うと、高級な物に囲まれているのが息苦しいだけなのだ。それにカヲルと共に軍と民衆から絶大な支持を受けているネオなら、度を越した贅沢さえしなければ、信頼を失ったり嫉妬されたりする事は無いであろう。
そんなネオの部屋の質素なベッドの上には、一人の美女が可愛い寝息を立てていた。
「殿下ぁ〜」
幸せそうに口元を歪ませると、甘い声で寝言を言う。
すでに日は高く上っているのだが、一向に起きそうも無い。
この部屋の持ち主はと言うと、窓辺の椅子に腰掛けて、ぼうっと晴れた空を眺めている。
いつもなら軍務に追われている時間だが、真面目なはずの彼は今日は無断欠勤を決め込んでいた。
リリスの近衛隊長ネオは、昨夜ミサトから聞いた話しがあまりにショッキング過ぎて、まだ放心状態なのである。
「どうして・・・・・忘れたんだろう・・・?それに、僕に・・・僕に妻がいたなんて・・・」
青空を飛ぶ鳥を眺めながら、ネオは昨夜の会話を思い出していた。


昨夜、城へ帰った後、ネオはミサトを自分の部屋へと招き入れた。
しっかりと扉を閉じると、ミサトに椅子に座る様にすすめ、自分も彼女と向き合う様にして腰掛けた。
「ミサト殿と申しましたね、貴女は一体何者なのです?貴女の身のこなし、ただ者では無いと思いましたが・・・」
「私は・・・ネルフのシルバーファング隊の隊長でした」
「そのシルバーファング隊の隊長が何故リリスへ?」
「正確には、もう隊長ではありません。ここへ来た理由は先ほども申しましたが、さる高貴な方を探しているのです」
「ここの防音は信頼出来ます。よければその方がどの様な方なのか、お教え願えませんか?」
ミサトは暫く何かを考えていたが、ネオの目を真直ぐに見つめると、キッパリと言い切った。
「ネルフの王位継承者、シンジ・イカリ殿下です」
それを聞いたネオの目が大きく見開かれた。
嫌な予感が的中してしまったのだ。 ネルフのシルバーファングと言えば、百戦練磨の勇者達が集まったネルフの遊撃隊であったと聞いた事がある。 そして、その前隊長は女性で、王子を守れなかった為に国から追放されたと言う事も。
「しかし、彼は三年前の戦争で・・・戦死したと・・・。現にゼーレはシンジ王子の物と思われる首を保持していたと聞きます」
「『思われる』です。あの首は私の部下の物でした。恐らく機転を利かせた部下が、シンジ王子の兜をかぶって囮になったのでしょう。そして私は、王子に似た少年がリリスに向かったと言う情報を得ています」
「そ・・・・そんな・・・・・」
蒼白になったシンジを見たミサトは、やはりシンジに似ているこの青年が、シンジの様に思えて仕方が無かった。
「ネオ殿・・・・貴方は本当にシンジ様ではないのですか?」
「・・・・・・・・・・・・ミサト殿・・・・・実は・・・私には三年以上前の記憶が無いのです・・・・・・・・そして・・・私はセレン平原で傷ついて倒れていた所を助けられた・・・・・・」
「!!!!!」
「しかし、僕がシンジ王子だと決まった訳ではありません。だから・・・だから僕は一度ネルフに行こうと思います・・・本当の自分を探しに・・・」


その後、明け方までミサトと話をしていたネオだったが、どうもまだ自分が本当にネルフの王太子であると言う事が信じられない。
ミサトに『シンジ』と呼ばれても違和感を感じるだけだし、王太子であるかもしれないと言うのも全て状況証拠による物だけで、なんら物的証拠がある訳ではないのだ。
しかし、どちらにせよネオは前から一度ネルフに帰ろうと考えていた。自分の過去を知りたいと思っていたし、なによりシンジはネルフ軍の一員だったのだから。
ミサトと話していて気付いたのだが、もし自分が王太子であった場合、自分は既婚者である。そして自分の妻と言うのは、自分が仕えているリリス国王カヲルの妹、レイ姫なのだ。
「何なんだよ、一体・・・・・」
考えなければいけない事が多すぎて頭痛がしてくる。ネオがグチャグチャと髪をかき回した時、ドカンと言うもの凄い音を立ててドアが開いた。 
それと同時に、ビィィィーーーンと言う音を立てて、飛んで来た槍がネオの足元に付き刺さった。
「ネオォォォォォォーーーーーーーーー!!殺すっ!殺してやるぅぅぅぅーーーっ!!」
「う、うわわわあぁーーーっ!な、なんだよムサシ、危ないじゃないかっ!?」
「貴様ぁーーーっ!マナだけでは飽きたらず、他の女性にまでその毒牙を向けるとは、見下げ果てた奴。このムサシ様が成敗してくれるわっっ!!」
部屋に乱入して来た暴漢、もといムサシは腰に吊した二本の剣を引き抜くと、ネオに向かって突進して来た。
「わ、わ、ちょ、ちょっと待ってよムサシ!!」
「問答無用っ!!」
ネオの頭をかち割る為、剣を振り下ろそうとしたムサシであったが、腹部に強い衝撃を受けて後ろへ吹っ飛ばされた。
「グハッ!」
拳を突き出したままの態勢で、倒れたムサシを冷たい視線で見下ろしたのは、ベッドから素早く飛び出して来たミサトであった。
「ミ、ミサト殿っ!」
「シンジ様は下がっていて下さい。暴漢は私が始末させて頂きます」
ミサトはネオの足元に突き刺さったままの槍を引き抜くと、ムサシへと向ける。
不意の攻撃に、うかつにも倒れてしまったムサシであったが、さすがはリリスの騎士団長である、一瞬後には軽装備とは言え鎧を付けたまま、腹筋だけを使って飛び起きていた。
「女、お前は何者だ?」
虚を突かれたとは言え、女に遅れを取った彼のプライドが傷ついたのか、腹の底から響く様な低い声でムサシが尋ねた。
両者の間に、ピリピリとした空気が張り詰めて行く。
「人の名前を尋ねるなら、まず先に自分が名乗るべきよ、坊や」
不敵に答えたミサトの言葉の最後の部分に、ムサシはピクリと眉を動かす。
「俺はムサシ・リー・ストラルバーグ・・・リリス騎士団長だ」
「私はミサト・カツラギ。元ネルフ軍の騎士よ」
両者の緊張が最高まで高まった時、ネオが二人の間に飛び込んで来た。
「待って、二人共!ムサシ!ミサト殿っ!」
「シンジ様、危のうございます、下がっていてくださいませ」
「ネオッ!そこをどけっ!」
ネオは、当初の目的を忘れてミサトに敵意を向けるムサシに苦笑してしまった。
「ミサト殿、彼は暴漢ではありません、僕の友人です。ちょっと屈折していますが、これが彼のコミュニケーションの取り方なんです。それからムサシ、彼女は僕の客だよ、ちょっと頭を冷やしてよ」
ネオの言葉で、張り詰めていた空気が、穏やかさを少しずつ取り戻し始めた。
ミサトは構えていた槍を下ろすと、ネオの前にひざまずく。
「シンジ様、申し訳ありませんでした」
「あ、いや、その・・・」
恥ずかしそうに頬を染めて見上げるミサトに、おろおろとするネオを見たムサシが、再び当初の目的を思い出したのか、ネオに近づいて行くと彼の首を締め上げ始めた。
「おいっ!これは一体どう言う事だっ!?説明しろ!?」
「く、苦しい・・・・」
妹の婚約者(?)の部屋で、見知らぬ美女が一晩明かしたのだ。別にネオが何処の誰と寝ようとムサシには気にならないが、目に入れても痛くない程のかわいい妹が泣くとなれば、話は別である。
ネオは首を締められている為に説明どころでは無いのだが、なかなか答えないネオに苛立ったムサシは、更に手に力を入れ始めた。 
ネオの顔が青白く、そしてそれから紫色に変わって来た時、ひざまづいていたミサトが立ち上がって、不意にムサシの腕を掴んだ。
「ムサシ殿と申されましたね。これ以上はお止め下さい」
殺気を込めた視線を向けられたムサシは、渋々ネオの首から手を放した。
「プハーーーーッ!ぜー、ぜー、ぜー、ム、ムサシッ!僕を殺す気!?」
「うるさいっ!お前だけがこんな美人と・・うらやまし・・・じゃ無い!マナの事は一体どうするつもりだネオッ!!」
「ちょ、ちょっと落ち着いてよムサシ・・・・。それから、ミサト殿は少し外へ出ていて頂けませんか?」
「かしこまりました、シンジ様」
ミサトは、今にもネオに噛みつかんばかりのムサシが心配なのか、部屋から外に出るまでの短い距離を歩く間に、何度も振り返りながら外へ出て行った。


「で?言い訳を聞かせてもらおうか」
ドカリと部屋の椅子に腰掛けたムサシが、鋭い目つきでネオを見つめている。
「まずは、あの女性の事から説明しようか・・・・。彼女は、元僕の部下だったらしい。それで僕を尋ねてリリスまで来たそうだよ」
「何言ってる、リリス近衛隊に彼女の様な騎士は居なかったはずだ」
なにを白々しい嘘を、とムサシが鼻で笑った。
「ムサシ・・・僕は『僕を尋ねてリリスまで来た』と言ったはずだよ」
「!!!!」
ネオの言葉にはっとする。
「じゃ、じゃあ、彼女はネルフから来たってのか?」
間抜けなムサシに、ネオは深いため息を一つついて、左手で顔を覆った。
「あのねムサシ・・・・彼女がさっき自分の事を、元ネルフの騎士だって言ってたじゃないか・・・」
「ぐ・・・・。と、とにかく、彼女が来たのは、お前をネルフへ連れ戻しにか?」
「うん・・・・そうなんだ・・・。昨日の晩は一晩中、僕の過去について彼女から話しを聞いていたんだ・・・だから、ムサシの想像してる様な事は無かったよ」
「で?」
「え?」
「だから、お前はネルフに帰るのかって聞いてるんだよっ!」
「・・・・・・うん・・・一度帰ろうと思ってる・・」
今度はムサシがため息をついた。
「お前、分かってるのか?お前はもう、リリス軍にとって無くてはならん人材なんだぞ。この国を立て直すのにも、ゼーレと戦うのにもだ。・・・・それでも行くって言うのか?」
「・・・・うん」
苦しげに言葉を紡ぎ出したネオに、ムサシは彼らしく無い戸惑いの表情を見せた。
ネオは、自分がネルフの王子であるかもしれないと言うのは、秘密にしておく事に決めていた。特にマナの事を考えると、自分に妻がいたなどと言える訳が無い。
「何か深い理由がありそうだな・・・・まあ良いさ、好きにしろ。お前一人居なくなった所で、このムサシ様が居るかぎりリリスは安泰だ。さ、とっとと出て行きな」
そう行ってムサシは手をヒラヒラと振る。
「ムサシ・・・・ここ僕の部屋なんだけど・・・」
「・・・む・・・・」



カヲルの執務室


ネオが入室した時、カヲルは机の上に山と積まれた書類と格闘している所であった。
王と言っても、ただふんぞり返っていれば良いと言う訳でもない。特にカヲルの様な大きな改革を押し進めようとしている王ならば特にである。
そんな訳で黙々と作業をこなしていたカヲルは、ネオが入室して来たのに気付いて書類からネオへと視線を移した。
「ん?どうしたんだいネオ君?」
「カヲル君、僕をネルフへ送る援軍の司令官に任命してくれない?」
「いきなりだねぇ〜。で、どうしてまた援軍の司令官になりたいんだい?」
「詳しい事はまだ言えない。けど、時が来たら必ず・・・・」
ネオは今までカヲルに秘密にしていた事など何もなかった。カヲルはそんなネオに絶対の信頼を置いていたし、そのネオが言えないと言っている事をほじくり返そうとも思わない。しかし、ただならぬネオの雰囲気から、何かを感じ取った様だ。
「しかし、今リリスから君が離れるのは僕にとって非常に痛手なのは分かるだろう?今で無ければならないのかい?」
ネオは決意を込めた瞳で、力強く頷いた。そんなネオに、カヲルは深いため息をつく。
「ふう・・・・分かったよ。本当はマナを送ろうと思っていたんだけど・・・ネオ君、君に援軍の司令官を任せる。」
やれやれと言ったふうに肩をすくめて見せる。カヲルには、ネオの頑固さが十分に分かっていたのだ。
いつも周りに流されるままに生きているかに見えるネオだが、以外にこうと決めたら譲らない頑固な一面がある。以前カヲルがフランシス軍の陣へ夜襲攻撃を掛けようとした時、ネオ一人だけが反対した事があった。明らかに罠であると主張し、自分の意見が取り入れられない場合は、その場で自害すると言い出したのだ。短刀を首に当てるネオに驚いたカヲルは夜襲を中止したのだが、夜が明けて敵陣を見てみた所、全くの無人で、しかも無数の罠が仕掛けられているのが発見された。もしそこへ夜襲を掛けに突入していたなら、多大な損害が味方に出ていた事であろう。 
「ありがとうカヲル君。じゃあ、さっそく出発するよ」
きびすを返して退室しようとしたネオを、カヲルが呼び止めた。
「マナが帰るまで待たないのかい?」
ネオの顔にわずかな動揺が走る。
「うん・・・・・」
「わかった・・・・彼女には僕から説明しておくよ・・・。それから、短くても半年は解放軍を潰さない様に頑張ってくれないかい?」
「心得たよ、カヲル君。少なくとも半年、いや、一年はこのネオの名にかけても」
「さすがは僕の右腕だねぇ、頼もしいよ」
うんうんとカヲルはうなずいているが、ネオの心中は複雑であった。
自分が本当に王太子であった場合は、リリスへと帰っては来れまい。ならば、これがカヲルとの永久の別れになるかもしれないのだ。
と、カヲルは急に真剣な顔をして、ネオに手を差し出した。
「???」
「覚えているかいネオ君、僕と君が始めて会った時を?あの時から今まで、君は僕の為に命を掛けて働いてくれた・・・。参謀として、戦友として、そして親友として。僕は君に何の恩返しもしていない・・・・ただ・・・君が僕の元を離れる事を心苦しく思っているなら、僕に出来る事は、君を何も言わずに送り出す事だけだよ・・・・」
「カ、カヲル君・・・・」
戦友として、親友として、ネオとカヲルはお互いの事を誰よりも分かり合っていた。
カヲルにとって、ネオが何を考え、何故悩んでいたかなどは分からない。しかし、別れの時が来たと言う事だけは分かっていた。そう、ネオがネルフへ行くと言った瞬間から。
「何かあったら僕を尋ねてくれば良い。さあ、さようならだ」
「ごめん、カヲル君。今まで・・・・今まで本当にありがとう」
「気をつけてね、ネオ君」
「うん、カヲル君も」
がっちりと握手をかわした後、ネオはカヲルに一礼して部屋から出て行った。



ネオが出て行った後、またしばらく書類と格闘していたカヲルだったが、ふと手を止めて窓の外に広がるメルクリウスの街に目を移した。
「ネオ君・・・・・・君は気付いていたかい、君が僕の地位を脅かすほどの人気と支持をリリス国民から受けていたのを?」
事実上、リリスのナンバーツーであるネオは、その数々の武勲、そしてそれを鼻にかけたりしない人格などが好まれ、国民から絶大な人気を得ていた。
異国人であるネオが、王であるカヲルと人気を二分するに至った時、異国人を嫌う数多くのリリス軍人、そして文官などが強い危機感を抱いた。いわく、力をつけすぎたナンバーツーは危険である、と。
もちろんカヲルは彼等に耳など貸さなかったし、彼自信もネオが謀反を起こすなどと露ほども思ってはいない。しかし、日に日に強まるネオ批判に頭を抱えていたのも事実であった。
椅子から立ち上がったカヲルは、美の神々の祝福を受けたその美しい顔に寂しそうな表情を浮かべ、ネオと一緒に戦った三年間に思いを馳せる。
「虎が野に放たれた・・・・次にあいまみえる時は敵同士か?それとも味方か?どちらにせよ、君とは戦いたく無い・・・・。出来ることなら、また肩を並べて戦いたいもんだねぇ」
唇に微笑をたたえ、カヲルは不敵に笑って見せた。




ゼーレ、ラングレー領


戦争をするのには膨大な量の食料が必要である。単純に、兵士一人が一日に三食したとして、二万の兵を百日の養う為には六百万食が必要なのだ。
キールが大陸制覇に乗り出してから、日に日に税は重くなり、農民達は日々食うや食わずの生活を送っていた。
この日もラングレー領の農民は、キールの命令でやってきた騎士に、新たにネルフ残党征伐の為の兵糧を要求された。
「こ、これは来年の春に畑に蒔く種です!これを持って行かれたら来年わしらはどうすれば良いのですかっっっ!!」
「ええ〜〜い!うるさいっ!これはキール陛下直々のご命令だっ!さっさと渡さんか!」
「これだけは、これだけはご勘弁をっ!」
すがりつく農民を足蹴にした騎士は、農家の納屋から運び出した袋を馬車の荷台へと積み込んだ。農民は腕が折れたのか、うずくまって腕を押さえている。その隣では、彼の妻がさめざめと涙を流して騎士を睨んでいた。
「鬼っ!!」
「ふんっ!恨むならネルフの残党を恨むんだな。やつらのせいで出兵する羽目になっちまったんだ」
そんな視線を平気で受け流し、馬を進ませようとした騎士は、前方からこちらに向かってくる赤い鎧をまとった騎士の一団に気付いた。
「ふんっ、領主様のお出ましか・・・ご苦労なこって・・・」


長い赤みがかった金髪を揺らして、こちらにやってきた碧眼の女性は、馬上からちらりとうずくまる農民に目を向けると、ラングレー領の若き領主アスカ・ラングレーは腰の神剣『レーヴァテイン』を抜いて、先ほど農民に暴行を加えた騎士に向けた。
「貴様・・・なぜ農民に危害を加えた?」
「これはこれはラングレー様・・・。なに、陛下の命令に従わない愚かな愚民をこらしめておった所です」
「命令?」
「おや、ご存じでは無いのですか?新たに出兵する為の兵糧を集めよとの仰せです」
サンダルフォンがネルフへと出兵すると言うのは聞いていたが、新たに税を収めよとの命令は聞いていなかったアスカは眉をひそめた。
「新たな税を?馬鹿な・・・これ以上の徴収は無理だと言うのは分かっているはず・・」
「無理でも何でも、命令は命令・・・・この食料は持って行かせてもらいます」
馬を進めようとした騎士を、アスカが剣を突き出して止めた。
「ラングレー殿、一体これはどう言う事ですか?私を邪魔すると言う事は、陛下を邪魔すると言う事ですよ?」
騎士はいやらしい笑いを浮かべる。
「まあもっとも、ラングレー『お嬢様』の母君は、陛下のお気に入りですから、多少無茶をされても母君に庇ってもらえるでしょうが・・・・ククク」
キョウコ・ツェッペリンと言えば、ゼーレに知らない者は居ない程の美女である。 
二十年ほど前、才女としても知られていた彼女の心を射止めたのは、ゼーレ貴族の名門、ラングレー家の子息であるアレク・ラングレーであった。
三年後にはアスカが生まれ、ラングレー家は幸せの絶頂であったが、ある日キールがキョウコをよこせと要求して来た。キョウコは嫌がったが、王家からの要求を断われるはずも無く、アレクは涙ながらにキョウコを王に献上したのだ。
結局は妻より家を取ったのである。 しかし、この件についてアレクを責めるのは酷と言う物である。ラングレー家は名門らしく多数の家臣をもっており、彼らを路頭に迷わす事は出来なかったのである。仮にキョウコを渡すのを是とせず反乱を起こしたとしても、謀反人を討てとキールが命令すれば、たちまち討ち滅ぼされていたはずである。家臣の中には反旗を翻そうとアレクに進言した者もいたが、結局アレクはキョウコを差し出した。
そのアレクも跡継ぎの男子を残さないまま戦死し、今はアスカがラングレー家を継いでいた。普通、ゼーレでは女子が家を継ぐ事は出来ないが、キールの特別の計らいで、特別にアスカがラングレー家を継ぐ事が許されていた。
徴発に来た騎士はこの事でアスカをあげつらったのである。
「貴様ぁ〜〜〜っ!」
アスカの後ろに控えていたラングレー家の騎士達が、顔を真っ赤にして手を剣にかけた。
それを手を上げて制すると、アスカは不敵な表情を作って辛辣な言葉を騎士へと投げかけた。
「力無き者の遠吠えなど聞こえぬ・・・。私は卿に問うたのだ、なぜ私の民を傷つけたのか、と。返答しだいによっては、覚悟なされよ」
アスカの放ち出した殺気に呼応する様に、『レーヴァテイン』の先からチロチロと炎が噴き出し始めた。
「力無き者だと?おのれぇ〜、言わせておけば!!俺が力無き者かどうか、その身に思い知らせてくれるわ!」
激怒した騎士は、剣を抜き放つと有無を言わさぬ鋭い一撃をアスカへ向けて繰り出した。
しかし彼の斬撃はいとも簡単に受け止められ、返す一撃で剣を弾き飛ばされてしまう。
アスカと共に居た騎士達は、男がアスカに向けて剣を抜いた時点で傍観者を決め込んでいた。何故なら、これほど結果の見えた戦いなど緊張しても始まらないからである。
彼等の仕えている女騎士は、そんじょそこらの男では太刀打ち出来ない剣の腕を持っている。その上、彼女は神剣(エヴァンゲリオン)を装備しているのだ。一対一の戦いで遅れを取る事などある訳がない。
彼等の予想通り、二撃目で相手の騎士は馬上から落とされていた。
「お、おのれ、覚えておれ!陛下の命令を妨害した事、必ず後悔させてやる!!」
「何時でも来られよ、『お嬢様』にも勝てぬ負け犬殿」
無様に落馬した騎士は、それを聞いて怒りで真っ赤になりながら走り去り、アスカの部下達はいい気味だと爆笑を始めた。


ひとしきり笑った後、アスカは下馬すると腕を抱えている農民を自ら手当し始めた。
「りょ、領主様、もったいのうございます」
「すまぬ・・・・私がお前達を守ってやらねばならないのに・・・」
「そのお言葉だけで十分でございます」
近頃、こう言った事件がよく起こる。軍規の乱れたゼーレ軍では、騎士による農民への暴行があいついでいた。アスカは彼女自身が領内を巡回して、その様な輩を警戒していたが、やはり目が行き届かない時がある。
特に国王キールの直属騎士達の横暴は目にあまり、時折こうやって貴族直属の領地にまで手を伸ばしてくる。
その為、キールに不満を持つ貴族や領主達も多いが、絶対的な軍事力によって押さえつけられてしまうのだ。
「さ、これで良い」
治療が終わると、アスカは部下の騎士達に馬車に積まれた穀物を農民の納屋に返してやる様に命じ、困った事があればいつでも彼女を尋ねてくる様に言うと、自分の屋敷へ向けて帰って行った。


「キール陛下は何を考えてるの?国民があってこその国だと言うのに・・・・・」
独り言をつぶやいたアスカに、隣で馬に乗っていた若い騎士が話しかけてきた。
「ラングレー様、民の暮らし、見るに耐えませぬ。いっその事、乱を起こしてみては?ラングレー様が立ち上がれば、心ある者達は必ずや後に続きましょうぞ」
「馬鹿者!!めったな事を口にするなっ!反逆罪で死刑になりたいの!?」
キールは秘密警察と呼べる密偵を国土全域に放ち、領主達の言動を監視している。迂闊な事を言えば、反逆者討伐の為の軍が即座に送り込まれる事になる。
「しかしっ!民は塗炭の苦しみを味わっておりまする!」
「うるさいっ!黙れと言うのが分からないの!?私だって・・・・私だってそんな事は分かってる・・・・」
アスカは大陸を統一国家にすると言うキールの考えにはむしろ賛成なのである。小国家が乱立していた場合、小さな衝突を幾度となく繰り返し、その度に民は苦しむであろう。そうしない為には、大陸を一つにまとめてしまえば良いのである。
ただ、キールにその器量があるかはまた別である。今のところ、キールが大陸統一をなしとげた後に善政を行うとは思えない。
しかし、だからと言って反旗を翻す訳には行かないのも事実だ。キールの下には、彼の側室となったアスカの母がいる。
正直な所、人質同然の母をアスカは見捨てられないのであった。
「私だって・・・・分かっている・・・・」
苦しそうなアスカを見て、若い騎士はそれ以上何も言えなくなってしまった。




リリス、バーゼル城の正門近く


紫の鎧を身にまとい、愛馬の『スレイプニール』にまたがったネオが広場へと出てくると、ネオ直属の一万五千の騎士団『シュトース・ヴィント』が一斉に敬礼する。
美しく、すでにこの若さで数々の武勲をたてて来たネオは、カヲルについでリリス軍では絶大な人気がある。彼の直属の騎士団ともなれば、なおさらだ。
彼の隣には、黒い鎧を着たミサトも居る。紫がかった長髪を風になびかせる彼女は、あっと言う間に騎士達を魅了していった。
「みんな知っている様に、これから同盟国ネルフの救援へと向かう。これはネルフだけで無く、リリスへ敵を攻め入らせない為の出兵である。心して敵を倒し、祖国への忠誠を示せ!」
ネオが声高らかに檄を飛ばすと、『シュトース・ヴィント』は歓声を上げ、列を作って正門から出て行く。
町を通り抜ける間、民衆から応援の言葉や、武運を祈る声などが投げかけられ、騎士達の士気はいやがおうにも上がって行った。


隊列の先頭で馬を進めるネオがふと馬上から町を見てみると、見覚えのある顔を見つけた。
ある意味、今一番会いたく無いと思っていた人物・・・・・マナだ。
「マ、マナ・・・・」
「ネオ、何処へ行くの?」
馬に近寄って来たマナが、ネオを見上げる様にして尋ねる。
「ネルフへ・・・」
「戻ってこないつもりね・・・」
「ど、どうしてそれを・・・?」
「お願いネオ!!私とこの国で暮らして!!ネルフへなんか帰らないでっ!!」
突然泣き出したマナは、馬に乗っているネオの足にしがみついた。
「マナ・・・ごめん。理由は言えないけど、僕は行かなければならないんだ」
「どうしてっ!?あなたが王子だからっ!?そんなの国が無くなったら関係無いじゃないっ!!ねぇっ、お願い、私と一緒にこの国で暮らそう!!」
マナが激情にまかせて叫んだ言葉の中に、ネオは無視出来ぬ言葉が含まれているのに気付いた。何故、彼女は彼が『王子』であると知っているのか?そして、何故ネオが帰ってこないと思ったのであろうか?
「僕が・・・・僕が王子だと誰から聞いたの・・・・マナ・・・?」
はっとしたマナは、自分がとんでも無い事を言ってしまったと気付いた。
「そ、それは・・・・」
「僕が王子であると言う事は、僕とミサト殿しか知らぬはず・・・・それを何故マナが知ってるの!?」
「・・・・・・・・」
動揺して声が出せないマナを見て、ネオの顔が蒼白になって行く。
「知って・・・たんだ・・・知っていて、今まで黙っていたんだね、マナ!!」
「ち、違うわネオ!私はただ・・・・・貴方が倒れていた時、貴方の指輪を見て・・・・ネルフ王家の紋章が付いていたけど・・・・まさか本当に王子だなんて思ってなかったの・・・けど・・・あなたはこうやってネルフへ行こうとしてる・・・・だから、だから今あなたが本当に王子だって確信したのよっ!!」
マナは懐から小さな袋を取り出すと、その中から銀杏の葉の彫刻の施された指輪を出した。あの日、瀕死のシンジの指にはめられていた指輪である。
最初はその紋章をもっている事に、どう言う意味があるのかマナには分からなかった。しかし、それが何なのかが分かり、またネオに恋している自分に気付いた時、返そうとしても返せなかったのである。返せばネオがネルフへと帰ってしまいそうな気がしたから。
信じたく無かったのかもしれない。レイに会った時も、月の女神の様に美しい女性がネオの妻であるかもしれないと思うだけで、胸が張り裂けそうであった。
「酷いよ・・・・マナ。そんなのって無いよ・・・・」
「ごめんなさい、ネオ・・・。騙すつもりなんて無かったの・・・」
真っ青になったネオが、震える手でマナから指輪を受け取る。
「ネオ・・・、私と一緒に居て・・・貴方が居ないと、私駄目になっちゃう・・」
マナはその全身をガタガタと震わせながら、涙でグシャグシャになった顔でネオに懇願するが、ネオは目に涙を溜めながら首を横に振った。
「あ、愛してるって・・・愛してるって言って抱いてくれたのは嘘なの?結婚しようって言ってくれたのは嘘なの?ねえ、ネオ!!」
「嘘じゃないっ!!僕は君を愛してるさっ!!でも、でも・・・・僕を裏切ったのは君だっ!!」
今まで見たことも無い鋭いネオの目に、マナはビクリとし、自分の罪を痛感する。
すると、見る見る間にネオの顔は無表情になり、まるでそう、あのネルフの姫君の様な目をして馬上からマナを見下ろした。
「君の知っているネオは、たった今死んだ・・・・・僕は・・・・シンジだ・・・」
「・・・ネオ・・・・」
「さようなら・・・もう会う事も無いだろう・・・・」
指輪を握り締めたネオは、マナを一瞥してから再び馬を進め始めた。
「待ってネオ、私を置いていかないでーーーーっ!!」
腰が抜けたような状態になり、立って彼を追う事の出来ないマナに背を向けて、ネオは遠ざかって行った。


「ネオォーーーーーーーーーーーーーっっ!!」
マナの悲痛な叫び声は、シュトース・ヴィントを見送る民衆の声援にかき消されて行った。





to be continued


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