エヴァンゲリオン戦記
Chapter 11: 軍師
ゼーレの将軍、サンダルフォンは猛将として近隣諸国に恐れられている男である。
背が低く、どちらかと言えばビア樽の様に見える彼であるが、厚さ2センチ程もある鎧をまとって突撃して来る様は、まるで猪の様である。
彼の愛用のメイスは、数々の名のある武将達の頭をかち割って来た。
その彼が、キールの命令で二万の将兵と共にネルフへと旅立ったのは、ネオがリリスを離れた十日後の事である。
「そうか・・・・サンダルフォンの奴が・・・・」
サンダルフォン出陣の報を受けたサキエルは、内心嫌な奴が来ることになったとため息をついた。確かにサンダルフォンは武勇に秀でているが、いささか頭が弱い。付け加えて、彼の声は頭痛が起こるほど大きいのだ。
食事中に悪い知らせを受けて不機嫌になったサキエルが、ワインを一気飲みした時、息を切らせて一人の騎士が食堂へ飛び込んできた。
「サ、サキエル様!またヤツらが出ました!!」
「で、損害は?」
騎士の方は見ずに、うんざりとした調子で聞く。
「騎士団の詰所が一つ燃やされ、金品と食料を強奪されました。八人が殺害され、怪我人も多数出ています」
「くそったれがっっ!!」
右手に握っていたナイフをテーブルに突き刺すと、今度はワイングラスを床に叩き付ける。高級なクリスタルグラスの破片が、赤い絨毯の上に散らばった。
「お前達は一体何をしてる!?三年もの間、ヤツらの隠れ家さえ見つけ出せないではないかっ!この能無しどもがっ!」
「も、申し訳ありません」
激怒したサキエルは、立ち上がって騎士の側まで行くと、おもむろに騎士の顔を蹴り付けた。
「あの金は俺が本国の陛下へと献上する為に、民衆から絞りとった物だ。その金品を解放軍の屑どもは民衆にバラまく・・・・。そして民衆は解放軍の活躍を誉めたたえる。結局、恨まれるのは俺一人ではないかっっ!!!え〜いっ!いまいましいっ!!」
「ごもっともです」
「ごもっともだと!?馬鹿者っ!そんな事を言っている暇があったら、解放軍の兵士の一人でも捕まえ、拷問にかけてアジトの場所を聞き出さんかっ!」
「は、ははぁっ!!」
今度は脇腹を蹴られた騎士が、よろよろと食堂から出て行った。
解放軍兵士の口が固いのは、サキエルは良く知っていた。この間も、捕まえた兵士を拷問に掛けたのだが、歯を一本づつ抜き、爪を一枚一枚はがし、逆さに吊して鼻に水をそそいでも、口を割らなかった。結局その兵士は拷問中に死亡したのだが、どんなにきつく責めても、今まで一人として口を割った者はいないのだ。
ネルフ国民は、地獄の様な日々を送っている。軍規の乱れたゼーレ軍人は、平気で国民を盗み、犯し、殺す。町の女性を捕まえて道端で犯すなど、日常茶飯事に起こっていた。そしてそれを彼等は当然の権利であると思っているのだ。
長期に渡って占領し、後にゼーレに併合する為には、国民の恨みを買うのは得策では無いとサキエルには分かっているのだが、彼の器量では増長した軍人達を押さえ切れない。結局、国民の恨みは積もり、解放軍の有力な情報を持っている人間がいても、固く口を閉ざしてしまうのだ。
解放軍の兵が良い例である。彼等の結束力は強く、仲間を裏切ろうとする者など一人として居ない。先程も言った様に、拷問をかけても意味が無いのだ。
そして、この三年の間ずっと彼を苦しめてきたのが、解放軍による金品と食料の強奪である。シャーウッドの森にアジトをかまえた解放軍は、ゼーレ軍の詰所や輸送部隊を次々と襲い始めた。金額や食料の量がさほど多くなかった為、最初はそれほど気にしていなかったサキエルであったが、強奪が頻繁に起こり出すとそうも言っていられなくなった。
まさに、塵も積もればなんとやらである。解放軍は何処からとも無く現れ、圧倒的戦力で金品と食料を強奪すると、さっさとトンズラするのである。詰所や輸送部隊にはそれほどの兵はおらず、居ても十人から二十人程度なので、五十人ほどで襲って来る解放軍には歯が立たない。連絡を受けた騎士が現場へと駆けつけても、少数の解放軍は身軽に逃げ出した後なので、到着した場所に残っているのは死体の山と、空の荷台である。
もちろんサキエルも部下にアジトを探させ、軍をシャーウッドへと何回も送ったのだが、入り組んだ地形と、解放軍の見事なゲリラ戦法によってことごとく撃退され、今だにアジトの場所を特定出来ないでいるのだ。
金品と食料を強奪されるだけでも頭が痛いと言うのに、解放軍はご丁寧に奪った物資を国民へとばらまいて行く。奪われた分は民から徴収せねばならず、その恨みだけがサキエルへと帰って来るのだ。
以前、見事な壷を民から税として徴収し、それを国王へのご機嫌取りとして本国に送ろうとした事があった。しかし輸送部隊が解放軍に襲われ、壷は彼等の手に渡ってしまったのだ。歯ぎしりして悔しがったサキエルであったが、翌日、新たに徴収した税を見て驚く事になった。そこには、奪われたはずの壷があるではないか。
解放軍をいつまでも放置して置く訳にはいかない。サキエルは近日中に大軍をシャーウッドへと送る事を決意した。
ネルフへと向けて行軍中のシュトース・ヴィント
「シンジ殿下、どうかなさいましたか?」
先ほどから無口になったネオを心配して、ミサトが気遣いの言葉を投げかける。 シンジから王家の指輪を見せてもらって、大はしゃぎしたのが気に触ったのかと心配になったのだ。
「いえ、なんでも無いです」
一旦言葉を切ったネオは、何かに気付いた様に顔を上げると、ミサトへと視線を向けた。
「その、シンジと呼ぶのは止めていただけませんか?」
彼の声にはいつもの覇気が無く、声もかすれる様に小さな物であった。
ミサトは、はてと首を傾げる。
「何故でございます?」
「僕は・・・・・記憶を取り戻した訳ではありませんし・・・それに、王子と名乗り出るのはもう少し時間が経ってから・・・ネルフを解放してからにしたいと思うのです」
「しかし、レイ様を始め、陛下も、ネルフの将兵も殿下のお帰りを心待ちにしているはずです」
「僕は・・・・僕は一体どう言った顔をして戻れば良いのですか?三年もの間、他国の内乱に荷担し、妻を裏切って他の女と・・・・」
「お気になされまするな。殿下は記憶を失っておられたのです・・・」
「ミサト殿、僕は・・・僕は自分が許せません。だから、責任を取る為に、ネオとしてネルフを救いたい。そうすれば、胸をはって名乗り出る勇気が出る様な気がするんです」
「殿下・・・・。分かりました、お気の済む様になさりませ。私は殿下が何をされようが、黙って付いて行きますゆえ」
「ありがとうございます、ミサト殿」
兜が顔の上半分を覆っているので、ネオがどんな表情をしているのかはミサトには分からなかったが、幾分かは元気になった様なので胸を撫で下ろした。
「しかしミサト殿、僕が何をしても付いてくる、と言うのは止めていただきたい」
「は?しかし、わたくしは殿下に忠誠を誓っておりますので・・・」
自分の忠誠心を拒否された様に感じたミサトは、一瞬であるが不機嫌な顔を見せてしまった。もちろん、一瞬後には元に戻っていたが。
「忠誠心とは、宝石の様な物であると僕は思っています。そしてその宝石は、それを持つにふさわしい者だけが持つべきなのです。つまり、僕がその資格を持たぬ者だと思うなら、いつでも私から離れて良いのです・・・・いや、むしろ離れて頂きたい。そして、僕が道を誤ろうとした時は叱ってやって下さい」
この青年は、なかなか大きな器をもっているとミサトは思う。凡人であれば、忠誠心に酔い、傲慢になるであろう。しかし、シンジは忠誠心が無条件に与えられる物では無いと言うのをすでに理解しているのだ。
人を寄せ付ける、妙なカリスマとでも言うのだろうか?そんな物がシンジには備わっている。そうでなければいくらシンジが武勲を立てても、異国人がここまでリリスの人々の心を掴めるはずがない。そして、その妙なカリスマこそ、カヲルの取り巻き達がもっとも恐れていた物だったのである。
最初はゲンドウの命令でシンジに仕え、そして三年の間探し続けてきた。先程の言葉も、半分は王族へと礼儀とゲンドウの命令が出させた物であったが、この時始めて、騎士としてのミサトの心に、シンジへの興味と忠誠心が根を張り始めた。
すでにサクレッド山脈は目の前に迫り、落日の光が山頂の雪に反射してキラキラとオレンジ色の光を反射している。
あれから何かをじっと考えている様だったミサトが、やっと何かを思い出せたとばかりに、手を一つポンと叩いた。
「ネオ様、ネルフを解放するには、優秀な軍師が必要ではありませんか?」
「軍師?」
「はい。ネオ様がリリスで参謀をなさっていたのは存じておりますが、これからは何分多忙になって来るでしょう。そうすれば、軍略に専念しづらくなって来るはず。わたくし、知略に長けた者を一人存じておりまして、その者がこの近くに住居を構えているのを思い出しました。どうでしょう、その者を登用されてみては?」
確かに、ネオはリリスでは参謀を勤めていたが、それはやはりカヲルとの二人三脚であった。カヲルが政治面を受け持ってくれていたがこそ、ネオは軍事面に専念出来たのである。
ネオは自分の知略が優れているなどどは露ほどにも思っていない。過去三年間、かなり危うい勝利を勝ち取って来たが、自分の戦略が成功して来たのは半ば運が良かったお陰だと言えるだろう。正直、優れた人材は喉から手が出るほど欲しいと考えていたのである。
「それは有難いですね、それでは今日はこのあたりで軍に休憩を取らせ、僕達はその方の所へ行きましょう」
「え、あ、あの、殿・・・ネオ様も来られるのですか?私一人で行こうと考えていたのですが・・・」
「登用させてもらうのだから、僕が出向くのが筋だと思ったんですけど、何か僕が付いて行ってはまずい事があるのですか?」
「あ、いや〜、その〜、ちょっと気難しい、ひねくれ者なので・・はは・・・・ははは・・・」
乾いた笑いを浮かべるミサトを説得し、軍に休息を取る様に命令したネオは、ミサトに案内してもらってサクレッド山脈のふもとにある小屋へとやってきた。
もう大分あたりは暗くなって来ており、ボロい小屋はなにやら陰気で、妖気が漂って来そうに見える。
そんなに大きくない小屋の周りには、なにやら怪しげなカラクリが山積みにされており、中には錆び付いた鎧や剣なども見える。小屋の中からもガタゴトと何やら作業をしている音が聞こえるが、一体何をしているのだろうか?
「ここですか、ミサト殿?」
馬を近くの木に繋いだミサトとネオは、その怪しげな小屋の前に立つと、二人同時にゴクリと生つばを飲み込んだ。
「・・・はい・・・。私が先に入って様子を見てきます」
あまりの怪しさに固まったままのネオを置いて、ミサトは恐る恐る入り口をノックしてみるが、返事は無い。何度かノックしたが、全く返事が無いので引いてみると、鍵が掛かっていなかったのか、簡単に木製のドアは開いた。
ドアの中は真っ暗で、人の気配は全く無い。先ほどまで聞こえていた音も、ぴったりと止んで、中は静寂と闇に支配されている。じっと目をこらして中を覗き込んだミサトは、中に何か光る物があるのに気付いた。
「何かしら・・・・」
すると、光りは全部で六つあるのが分かり、それがこちらに近づいて来ているのも分かった。段々と光りは大きくなって、ミサトのすぐ近くに来た時、彼女はハッとして剣に手をかけた。そう、その六つの光りは彼女を見つめていたのである。
慌てて剣を引き抜こうとしたミサトだったが、いきなり視界が暗転し、生暖かい物が顔にへばりついた。その瞬間、バリバリっと言う音と共に彼女の顔に激痛が走る。
「キャーっ!!なっ、何っっ!!?」
「「「にゃ〜〜ご!」」」
「きゃ〜〜〜〜っ!た、助けて〜〜〜っ!!・・・・・って、『にゃーご』?」
なにやら毛玉の固まりの様な物を、三つも顔にへばりつけて、もがいていたミサトだったが、毛玉の発する声に動きが止まった。
その時、小屋の中から出てきた人陰があった。
「カスパーっ!メルキオールっ!バルタザールっ!止めなさい!」
その人陰の怒鳴り声にビクリとした毛玉は、『にゃーん』と文字通りの猫なで声を出してミサトの顔から離れ、人陰の足元へと行くと、友好の印に自分の匂いをこすり付ける。
尻餅をついたまま呆然としているミサトと、ナイフを懐から引き抜いたは良いが、毛玉がはりついたミサトの顔に投げつける訳にも行かず、凍ったままのネオを交互に見た人陰は、一言だけボソリとつぶやいた。
「無様ね・・・・・・」
ネルフ、首都近くの村
馬車の荷台に、山の様にゼーレの詰所から強奪した戦利品を積んで、解放軍が村へと入って来た。
重い税のお陰でガリガリに痩せ細った住民達が、ワラワラと馬車の周りに集まってくる。
「遅くなってすまない、たらふく食ってくれ」
アオバ・ブルーリーフが、押し寄せた住人にもみくちゃにされながら言うと、住民から歓声が上がった。みんな我先へと荷台へ手を伸ばしては食料を掴んで走り去って行く。早く家の中に隠さないと、ゼーレの兵士に没収されてしまうからだ。
その時、人の群れの中から、まだ幼い女の子が押し合いに負けて弾き出されてしまった。
背中を強く打って顔をしかめるが、気丈にも泣くまいと唇を噛んで耐えている。その女の子を見た一人の解放軍騎士が下馬すると、ひょいと抱き上げた。
「大丈夫?」
「だいじょうぶだもん、わたし、強いから泣かないもん」
「そう、良かったわね」
何が良かったのか甚だ疑問であるが、騎士が兜を脱ぐと、甘い香と共に蒼銀の長髪がこぼれ出る。銀の滝の様な髪を見て、女の子は一瞬痛みを忘れた。
「きれいな髪だね、おねえちゃん」
「・・・・・ありがとう」
ドングリの様な大きな目をした少女の頭を撫でた女騎士は、女の子に笑って見せようとしたが、引きつった様な顔になるだけで、どうしても笑顔が作れなかった。
三年前、彼女に笑顔を教えてくれた人が居なくなってから、また彼女は笑えなくなってしまったのだ。
「どうしたの?何か悲しいの、おねえちゃん?」
悲しげな目をした女騎士に女の子が尋ねるが、彼女は首を振るだけだった。
「貴方のお母さんは?」
ふと保護者はどこに居るのかと女騎士は見回してみたが、何処にもそれらしい人物は見当たらない。
「おかあさんは・・・去年、怖い兵隊さんに乱暴されて死んじゃったの・・・・」
そう言って女の子は悲しげに笑った。
「でもね、わたしは平気よ。だって、おかあさんは何時もわたしを見守ってくれてるって、お父さんが言ってたもの・・・・」
少し誇らしげに言った少女を、おもわず女騎士は抱きしめていた。
国の安全を守るべき彼女達がもっとしっかりしていれば、この様な事は起こらなかったであろう。そう、自分たちにもっと力さえあれば・・・。
「ごめんなさい・・・・ごめんなさい・・・・」
「い、痛いよおねえちゃん・・・」
女騎士の腕と鎧に挟まれた少女が訴えるが、それは余計に女騎士の腕の力を強くしただけだった。
「レイ様、そろそろ出発しないと連絡を受けたゼーレ軍が駆けつけてまいります」
「分かりました。シゲル、この子の親を見つけて、彼等の分の食料を渡して来なさい」
「はい、しかし、お急ぎ下さい」
女の子の父親を探すべく、シゲルが駆けて行くと、レイも女の子を抱いたまま立ち上がった。女の子は打ち所が悪かったらしく、肋骨にヒビでも入ったのか、かなり苦しそうにしている。
「大丈夫?今、お父さんが来るわ」
懐から出した布で額に浮かんだ汗を拭いてやっていると、シゲルが戻ってきた。
「どうしたのです、この子の父親は見つかったのですか?」
一度ちらりと女の子を見てから、シゲルはレイに耳打ちした。
「それが・・・・村の者が言うには、昨日ゼーレ兵に逆らって・・・・惨殺されたそうです・・・」
「な・・・」
「幸いこの子は父親が殺される所は見なかった様で、村人が父親は遠くへ出かけなければならない用事が出来たと言ってあるそうで・・。身寄りの無くなったこの子を引き取る家が見つからなくて、困っていたそうです。食料不足の今、なかなか引き取って良いと言う所は見つからないでしょうね」
「そう・・・・・。では、私が引き取ります」
「!!?」
「村の人には貴方から説明しておきなさい」
熱が出てきたらしく、苦しそうに喘ぐ女の子を抱いたまま、ヒラリと馬にまたがったレイにシゲルが信じられないと言った顔をする。
「レイ様、本気ですか!?」
「私が冗談を言っていると思いますか?さあ、早くしないとゼーレ兵がやってくる・・・行きましょう」
レイには自分のやっている事が自己満足であると十分に分かっていた。この様な子供はネルフに五万といる事であろう。この子を引き取る事で何も出来なかった事への免罪譜を得た様な気分に浸りたいのかもしれない。
自己嫌悪に陥りそうなレイであったが、今は何も考えない事にした。少なくとも、この子が道端でのたれ死ぬと言う事は避けられたのだから・・・・。
「う・・・・ん・・・・」
「気付いた?」
シャーウッドへの帰り道、応急処置を施され、馬車の荷台に寝かされていた女の子が目を覚ました。自分が何処にいるのか理解できず、辺りをキョロキョロと見回す。
「おねえちゃん、ここは何処?」
「私達はシャーウッドの森へ向かっているのよ」
「シャーウッドの森?」
「そう・・・そこで私と一緒に暮らすのよ・・・」
「駄目だよおねえちゃん、だってお父さんを待ってなきゃ駄目だもん」
真直ぐに自分をみつめる少女に、レイの胸がつまった。
一体、どうこの子に説明すれば良いのであろうか?
「・・・お父さんは、ご用事が出来て、長い間帰ってこれないそうなの・・・だから、帰って来るまであなたの事をよろしくって、私に頼んでいったの・・・・」
「え〜?ほんとう?な〜んだ、それなら早く言ってよ、びっくりしたじゃない」
「ごめんなさい」
「これから行く、そのなんたらの森って、面白い所?」
「ええ・・・たくさん遊べる場所があるわ・・・」
「やった〜っ!楽しみだなー」
よほど期待しているのか、目をキラキラとさせた少女は、荷台の周りで馬を進めている騎士達を見回す。
これほど沢山の馬を見たのは始めてなのか、興味津々といった感じで横の馬に触ろうとするが、落ちそうになって横にいたレイに抱きとめられた。 どうやら結構なやんちゃ娘の様である。
「危ないわ・・・・、気を付けなさい」
「は〜い」
子供を持った事の無いレイであったが、母親の気持ちが少しだけ理解出来た様な気になった。もっとも自分がこの先、愛しい人・・・シンジの子供を生む事などありえないのだが。
「あなた・・・名前は何と言うの?」
ふと、まだこの少女の名前を知らない事に気付いたレイが少女に尋ねた。
「私の名前はレビア、レビア・マーベリック。おねえちゃんは?」
「私はレイ・イカリ・・・」
少女はにこりと笑うと、レイに飛びついてきた。
「じゃあ、これからよろしくね、レイねえちゃん。私、レイねえちゃんって良い匂いがするから好き〜」
「良い匂い?」
「うん、お母さんの匂い!」
「・・・・そう・・・。私もよろしくね、レビア」
抱きついたレビアを、レイはそっと優しく抱きしめた。口元に、三年ぶりの微笑を浮かべながら。
レビア・マーベリック。 後にレイを守る四天王の一人、『氷炎の騎士』と呼ばれる事になる少女である。
サクレッド山脈の麓にある怪しい小屋
小屋の中には、なにやら見た事も無い様な道具が散乱し、机の上には毒々しい色をした薬の入ったガラスチューブが並べてある。無機質な部屋の中、ちろちろと燃える暖炉だけが暖かみを感じさせてくれる。
「痛た、痛たたたたっ!もうちょっと優しくしてよ、リツコ」
「贅沢言うなら自分でやりなさい」
黒い鎧を着た女騎士の引っ掻き傷だらけになった顔に、白いローブをまとった金髪の女性が傷薬を塗っている。かなり染みるのか、女騎士は薬を染み込ませた綿が顔に当たる度に顔をしかめて喚いていた。
「あんたねー、猫の躾ぐらいしっかりしなさいよ、まったく」
「あら、躾はちゃんとしてるわよ。怪しい人間にしか襲い掛からないもの」
「あ・た・し・が怪しいと言いたい訳?」
「あら、十二分に怪しいわよ」
「こんな怪しい所に住んでいる人には言われたく無いわねぇー」
にらみ合った二人は、今にもつかみ合いを始めそうである。なまじ二人とも美人なだけに、ものすごい迫力だ。
「あ、あの・・・・」
先ほどから無視された状態のネオが、恐る恐る金髪の女性に声を掛けた。
ネオの方を見た金髪の女性は、何かに気付いた様だ。
「あら、その鎧はエヴァンゲリオンね?」
するといきなりネオに近づいて来て、まじまじと鎧を観察し始めた。何処からともなく物差しを出して、鎧の中央にはめ込まれている赤いコアの直径を計り始める。
「かなり大きいコアね。これなら同じエヴァで無いと傷を付ける事も難しいわ」
「あ、だから、その」
ネオの声を無視して、女性は観察を続ける。
「重量も軽いし、衝撃も吸収出来るタイプだわ。これだけコアが大きいなら、恐らくアブソルート・テラー・フィールド(ATフィールド)も展開出来るはず・・・。これは鎧のエヴァとしては最高レベルの物ね」
彼女の手が鎧の隙間から内側へと入って行った時、ゴスンと言う音と共にミサトの拳が金髪の上に振り降ろされた。
「いったーーーっ、何をするのよミサトッ!!」
「何をするのよはこっちの台詞よ!リツコ、その悪い癖を直しなさいっ
!」
そう、彼女、リツコ・レッドキャッスルの悪い癖は、魔法を帯びた武具や、珍しい兵器などに目が無い事であった。その旺盛な好奇心のお陰で、周りの事が見えなくなってしまうのだ。手が下半身に伸びようとしていたので、ネオは兜に覆われていない口元をヒクつかせながら、直立不動のまま固まってしまっていた。
一悶着あったものの、なんとか喧嘩を始めた二人を止めたネオは、テーブルに二人を座らせて、やっとまともに会話が出来るとほっとした。
「で、どうしてこんな山奥までわざわざ来たの?突然私の顔が見たくなったって訳じゃ無さそうだし」
膝にカスパーを乗せたリツコが憮然としてミサトに尋ねる。バルタザールは暖炉の前で丸くなって欠伸しており、メルキオールは絶妙なバランス感覚でネオの兜の上にちょこんと座っていた。時折、メルキオールの尻尾が目の前に垂れて来るので、ネオが困った顔をして払いのけている。
「貴方に軍師として一緒に私達と来て欲しいの」
「だと思ったわ。でも悪いけど、私はここでエヴァンゲリオンの研究と、発明をしながら静かに暮らしたいの。俗世の事には関わりたく無いのよ」
「勝手ね」
友人の腰が重い事を知っているミサトは、挑発してみる事にした。
そうすれば、油の切れたリツコの口も、少しは滑りやすくなるであろう。もともと友人が、批判されて黙っていられる性格では無いのを、ミサトは熟知していた。
「勝手?」
「そう、勝手よ・・・。貴方もネルフの人々がゼーレの圧政に苦しんでいる事は知っているはず。そして、貴方はそれを変えられるだけの力を持っている。なのにこんな人里離れた場所でくすぶっているのは勝手だと言ったのよ」
「買い被りね」
一言で切って捨てたリツコに、今度はネオが口を開いた。
「僕からもお願いします。どうか、力を貸して下さい」
「で、私が力を貸したとして、見返りは何が貰えるのかしら?お金?それとも領地?」
リツコの目が自分を試している様にネオには見えたので、彼は慎重に言葉を紡ぎ出した。
「もし・・・・もしも貴方が僕に力を貸してくれたとしても、僕は何の見返りも貴方には保証出来ません。僕はネルフの王太子でしたが、今は何も持っていないただの一兵士です」
ネルフの王太子だったとネオが言った時、リツコの黒い眉が一瞬ピクリと動いたが、そのままじっとネオの話しを聞き続ける。
「でも、これだけは言えます・・・この戦いが終わった時、またネルフの人々に笑顔が戻ると・・・・・。僕は・・僕は命を掛けるだけの価値がそれにはあると信じてます」
ネオは決意のこもった真直ぐな目でリツコを見ている。と、いきなりリツコが笑い出した。
「くくっ、あはははははっ!では、王太子殿下は私には何もやる物は無いと?国民の笑顔だけで我慢しろと?」
「それ以外に何が必要です?皆が笑って暮らせるなら、僕はそれだけで良いと思います。確かに、お金や名誉に価値を見い出す人もいるでしょうが、僕はそれだけで十分です。貴方がそれで足りないとおっしゃるなら、僕は貴方を諦めるしかありません」
「甘いわね・・・・。そこに居るミサトの様に、忠誠心や理想だけで従う人間は、この世の中に、ごくわずかしか居ないわ。貴方の考えは理想でしかありません」
冷たく言い放った後、リツコは優しげな微笑を浮かべた。
「でも、私は好きよ、そう言う甘い理想が・・・・・貴方の『情』と私の『理』、そしてミサトの『力』が混じり合えば、以外な相乗効果が現れるかも・・・・」
「じゃ、じゃあリツコ・・・・」
今まで黙って二人の会話を聞いていたミサトが、テーブルに身を乗り出す様にしてリツコに顔を近づけた。
「勘違いしないでね。この山奥じゃ研究する為の材料や、参考にする本などが手に入らないから、旅をしてかき集めるのも良いかと思っただけよ」
「また〜、素直じゃ無いんだから〜、このっ、このっ」
顔を赤くしたリツコを、肘でちょいちょいとつつく。
「ありがとう、リツコ殿。これから、どうぞよろしくお願いします。未熟な僕を、どんどん叱ってやって下さい」
ネオが頭を下げたので、上に乗っていたメルキオールが落っこちてしまった。かなりびっくりしたのか、凄いスピードで小屋の中を走り回る。
それを見て、ひとしきり笑った一同は、今後の事について話し始めた。
まずこれまで何が起こったのかを、三年前にまでさかのぼってリツコに説明た。シンジが記憶を失った事も、どうしてネオが名前を隠しているのかも・・・。
次に現在の状況を出来るだけ正確に伝えると、リツコは膨大な量の地図を引っぱり出して来た。地図にはネルフ全土が書き込まれており、あのシャーウッドの森の正確な地図さえある。その地図を前に、これからの行軍進路、敵の拠点などを確認した。
ネオは正直、リツコの聡明さには驚かされた。彼女の出す案の一つ一つは大きな意味があり、しかも非の打ち所が無いのである。
ミサトいわく、リツコの作戦通りに事を運べば、羊の群れでも一国を取れるらしい。
話し合いは深夜にまでおよび、ネオとミサトが、リツコを連れてシュトース・ヴィントのもとへと帰ったのは、次の日の明け方であった。
to be continued