エヴァンゲリオン戦記

Chapter 12: 迷い







リリスを発ったシュトース・ヴィントは、ゼーレに発見されない様に細心の注意をはらいながら、シャーウッドの森へと行軍していた。
すでに彼等はサクレッド山脈を越えてネルフへと入っており、ちょうどサキエルのいる首都と、彼等の目的地であるシャーウッドの森との中間地点を南下している途中だ。
先頭で馬をすすめているネオの両側に、ミサトと、新たにネオの軍師として加わったリツコが並んでいる。
「どうですかネオ様、何か思い出せませんか?」
ネルフの国土を見て、何か思い出せないかとミサトがネオに尋ねてみるが、彼は静かに首を振るだけだ。
「何も思い出せません」
「そうですか・・・・」
しばらく沈黙が続いたが、それは近寄って来た馬が立てる馬蹄の音で破られた。
さきほど偵察に送った斥候が帰って来たのである。
「報告いたします。どうやら、敵将サキエルは、ネルフの残党狩りの為、五万の兵を率いてシャーウッドの森へと向かったよし。それに加え、ゼーレからは、新たに二万の兵がジオフロントに向けて行軍中だとの情報を得ました」
「大変だわ。早くシャーウッドの森に急がなければ、解放軍が殲滅されてしまう・・。ネオ様、先を急ぎましょう」
報告を聞いて慌てたミサトは、後続の兵に急ぐ様にと命令しようとしたが、リツコに止められた。
「ミサト、兵に方向転換をする様に命令しなさい」
「は?何言ってんのよリツコ、今は一刻も早く解放軍の応援に駆けつけるべき時でしょ?」
「敵は五万、そして解放軍は二万。今まで通り、森に立て篭ってればなんとか防ぎえる数よ。それに、同じ戦場で一緒に戦うのだけが援護ではないわ」
ネオがはっとしてリツコを見る。
「後方遮断・・・・」
「御名答。さすがリリスで参謀をされていただけの事はありますわね。これからシュトース・ヴィントは首都ジオフロントへ向かいます」
ここでシュトース・ヴィントが首都を突く動きを見せれば、解放軍に別動隊が居るなどとは思っても見ないサキエルは、退路を絶たれて挟み撃ちにされる事を心配し、かならず軍を首都へと戻すであろう。結果的に、シャーウッドの森はゼーレの攻撃から救われるのである。
ただ、ネオにはシュトース・ヴィントだけでジオフロントを陥落させるのは無理に思えた。
「リツコ卿、これだけの兵力では首都を落とす事など無理です。付け加えるなら、もし仮に首都を落とす事が可能だとしても、短期で決着をつけなければ、首都の守備兵と、帰ってきたサキエルの軍に挟み撃ちにされてしまいます」
ネオがその作戦の危険性を主張するが、彼の軍師は微笑を浮かべる。
「心配には及びません。何故なら、我々が攻撃するのは首都の城壁にはあらず、ゼーレからネルフへ向かって行軍中の二万の兵だからです」
ミサトがリツコの作戦が理解出来たとばかりに手を打った。
つまり、首都を突くと見せかけて、敵の援軍を叩くと言うのである。
「なるほど、サキエルにさえ私達の存在を伝える事が出来れば、本当に首都を攻撃する事は無い訳ね。そして、まさか攻撃されるとは思っていない二万のゼーレ軍を奇襲してゼーレの兵力を下げる・・。頭良いじゃない、リツコ」
「あのね・・・、私を軍師にしたのは何処の誰だったかしら・・・?とにかく、褒め言葉として受け取っておくわ」
リツコは苦笑してから言葉を続けた。
「サキエルには、私達の存在、進路、そして目的を伝える事が必要よ。もちろん、首都へ向かっていると思わせなければならないわ。それには、首都へ向かう進路に存在するゼーレの詰所を潰して行くのが一番ね」
片目を閉じてウインクして見せたリツコを見て、似合わないから止めろと言いかけたミサトだったが、後で何をされるか分かった物では無いので、無理やりに言葉を飲み込んだ。
「ネオ様、リツコの策通り、ジ・オフロントへ進路を変えてよろしいでしょうか?」
「見事な策だと思います。では、さっさと方向転換しましょう」
こうして、一万五千のシュトース・ヴィントは、首都ジオフロントへと向けて進路を変えたのであった。




シャーウッドの森近辺


シャーウッドの森から少し離れた場所にある村に、五万の兵を率いたサキエルが、ネルフの残党狩りの為に来ていた。
何人かの若い男女を捕まえ、村の広場へと引っぱってくると、次々に首をはねて行く。
泣き叫ぶ者、逃げようと必死にもがく者、恐怖で震える事しか出来ない者、その全員の首をゼーレの兵士達が淡々と落とす。
村の人口のおよそ半数を殺した後、サキエルは声高々に震える村人達に宣言した。
「これはネルフの残党狩りである。やつら解放軍に伝えよ、おとなしく投降しなければ、この村の様な惨劇が、これから毎日起こるとな・・・」
度重なる人的、金銭的損害にごうを煮やしたサキエルは、脅迫と言う手口で解放軍を追い詰める方法を取った。
つまり、お前達が出てこなければ、俺達は何の罪も無い一般市民を虐殺する、と言うのだ。
こちらから相手の場所へと行けないのなら、相手をこちらへ誘き寄せれば良いのである。
この簡単な方法を実行する事を、サキエルはかなり前から考えていた。しかし、それを実行すれば、ネルフ国民の恨みを買い、ネルフをゼーレに吸収するのが困難になると分かっていたので、今まで実行に移す事が出来なかったのだ。
実際には、好き勝手をしているゼーレ兵士に、ネルフ国民の大半がうんざりし、肉親や恋人を奪われたは彼等を恨んですらいるのだが、視野の狭いサキエルにはそれが理解出来ておらず、時間が解決できる問題だと思っていた。
とにかく、サキエルのこの残虐な挑発によって、レイが率いる解放軍はシャーウッドから討って出る以外に道が無くなったのだった。
森の入り口には、毎日に様に生首が捨てられ、国民の憎しみの声は解放軍にまで向けられるようになったからである。いわく、解放軍さえ抵抗しなければ、こんな事にはならなかった・・・と。


もちろん、解放軍もこのサキエルの暴挙を黙って見ている訳には行かない。
親類縁者が目の前で殺されて行くのである。 じっと耐える事など出来ようはずもない。
しかし、立て篭りを始めた当初と比べ、数が増えたと言っても、たかだか二万たらずの兵に何が出来ると言うのだろう。
毎日の様に解放軍の幹部はこれからどうすべきかについて討論を重ねていた。
意見は玉砕覚悟の徹底交戦を主張する者、そして一時的な感情に流されず大局的に物を見て、立て篭りを続けるべきだと主張する者に別れ、討論は平行線をたどっている。
「レイ様、本来われわれ軍隊とは、国民を守る為に存在しているのです。その国民が虐殺されている今、黙って見ているのならば、何の為の軍隊でありましょう。なにとぞ、出陣の命令を!」
徹底交戦派のマコト・ヒューガは、悲痛な表情でレイに語り掛た。
「マコト卿、今出て行っては、長年の苦労が水の泡になってしまう。最終的に国土を解放しなければ、こういった悲劇は何度でも繰り返されるんだ」
シゲル・ブルーリーフが諭す様に隣のマコトに言うが、興奮したマコトは痛烈な言葉で彼に答えた。
「国民がいない国土を解放して、一体何の意味がある!!」
「我々が全滅するのは良い。俺も騎士だからそれだけの覚悟はある。しかし、ゼーレを倒すには、まとまった兵力が絶対不可欠なんだ」
「シゲル卿、卿がそこまで腰抜けとは思わなかったぞ」
「なんだと!」
睨み合った二人の間に、危険な雰囲気が立ちこめ始めた。あと一言で、二人が剣に手を掛けるだろう事は疑いようもない。
「止めんか、二人共!!!」
低く、威圧感のある声に、二人の若い騎士はビクリとして我にかえり、自分達の非礼を同席している解放軍幹部に詫びた。
二人を一喝した男性は、いつもの様にテーブルに両肘をついた姿勢を取ろうとしたが、右腕が無い事を思い出して苦笑した。
「二人の主張はどちらとも正しい。国民を守る為の我々であり、彼等を見殺しにする事は出来ず、かと言ってこれから何十年も続くであろうゼーレの圧政を許す事も出来ない」
片腕の男は、隣に座っている蒼銀の髪を持つ女性に視線を向けた。
「私としては、今は耐え、そして力を溜めてから一気にゼーレを叩出すのが得策だと思う。なんと言っても、私は過去にその方法でゼーレを追い出した。しかし、私は今回の事はレイの判断に任せたいと思う。レイ、お前の意見を聞かせてくれ」
今まで目をつむって幹部達の意見を聞いていたレイが、ゆっくりと目を開ける。
「お義父様、私は後少し待つ事にしたいと思います」
「待つと?」
「はい。リリスは、ゼーレがネルフを完全な支配下に置くことに成功すれば、次は自分の番だと言う事を良く理解しております。ですから先日、彼等の方から援軍の申し出がありました。前回、つまり三年前の決戦時とは違い、今度は必ず彼等は援軍を送って来ることでしょう」
「それで?」
「リリスの援軍がネルフ領へと入ってくれば、必ずゼーレは何らかのアクションを起こすはず・・・。その時こそが、討って出る好機かと」
レイは、その時こそ玉砕覚悟で戦う時だと言っているのである。
三年前の戦いで片腕を無くした男、ゲンドウはゆっくりと頷くと、同席している幹部達を見回した。
「レイがそう決めたなら、何も言う事は無い。皆も、それで良いな?」
ゲンドウの言葉に、その場の全員が頷く。
三年前の戦いで重傷を負ったゲンドウは、床に伏せる事が多くなり、兵権をレイに譲っていた。今ではレイの相談役として、重要な会議の時にだけ出席している。
もしゲンドウが倒れ、死去する様な事になれば、彼に跡継ぎが居ない以上、レイがネルフの王座を継ぐ事になるであろう。その為にゲンドウは、レイに絶対的な力を今の内から与えているのであった。内部で分裂などすれば、それこそゼーレを利するだけである。
その為、レイの言葉は国王のそれと同じ重みを持ち、彼女の決定は絶対となっていた。
もっとも、彼女の責任はそれに比例して重くなり、まだ十七歳の彼女にはかなりの負担となっているのだが、王族としての責任、そしてシンジを待つと言う想いだけが、彼女を支えているのだった。
「マコト卿、今しばし出陣は今暫くお待ちなさい。そして、シゲル卿に詫びなさい。国と民を想う気持ちは、誰もが同じなのですから」
マコトは席から立ち上がると、レイに一礼してから、隣のシゲルに向き直った。
「シゲル卿、悪かった。卿が腰抜けで無い事は、俺が一番知っているはずだったのにな・・・」
「いや、気にしないでくれ。俺も少し興奮しすぎたからな」
騎士見習いの頃よりの友人二人が固く握手を交した時、会議室のドアが開き、一人の解放軍兵士が入って来た。
「無礼者!会議中にいきなり入って来るとは何事か!!」
同席していたコウゾウが席を立ち、いきなり入って来た男を怒鳴りつけた。
しかし、その男はコウゾウを無視すると、レイの隣まで歩いて行き、耳元でなにか囁きかける。
すると、レイが少し驚いた様な顔をした。もっとも、故人となった彼女の夫がこの場にいたなら、彼女は『少し』驚いているのでは無く、『大変』驚いているのだと分かっただろうが。
「それは本当ですか、レオン?」
「はい。幾つも同じ情報が入って来ています。リリスの援軍が、ジオフロントに向かったのは間違い無い物かと思われます」
レイの直属の部下であり、彼女の腹心として知られている男、レオン・フォン・ブラウンは、同席している幹部達の射る様な視線をものともせず、淡々とした口調でレイに答えた。
彼はネルフの貴族の子息で、元からかなりの発言力を持っていたのだが、レイに重用される様になってからと言うもの、その態度の大きさから周りの者の反感を買っていた。
彼の才能は確かな物で信頼出来るのであったが、その弁舌の合間にちらほらと野心が見え隠れしているのが、他の者の彼に対する不信感を煽っていた。
目にあまる彼の行動に、幹部達もみな眉をひそめているのだが、レイは彼を野放しにしたままである。その為、近頃では良からぬ噂が解放軍内部で立ち始めていた。いわく、レオンはレイの愛人であると。
「皆さん、どうやらリリスからの援軍が、我々の為に敵の後方遮断に出るようです。恐らくサキエルは挟み撃ちを嫌がって首都へ撤退を始めるでしょう。私たちは彼等の背後から攻撃を加え事にします。出撃の準備を急いで下さい。よろしいですね、お義父様?」
「反対する理由は何もない、やりたまえ」
ゲンドウが頷いた時、真っ先に立ち上がったのは、マコトとシゲルの二人であった。
「マコト、思う存分暴れるとするか」
「おう、今までの恨み、この機に倍にして返してくれる!」
若く、血気に溢れる二人は、日頃の恨みを晴らさんと強く頷き合う。
彼等はゲンドウとレイに向けて一礼すると、鎧をガシャガシャと鳴らしながら足早に退室して行った。
他の幹部達も退出し、レオンも自分の部隊に準備をさせる為に退室すると、後にはゲンドウ、レイ、そしてコウゾウの三人だけが会議室に残った。
自分の席から立ち上がったレイに、コウゾウが声をかけた。
「レイ姫。あのレオンとか言う若僧の増長、目に余る物がある。何故ほうっておかれるのか、説明して頂きたい」
質問と言うより、詰問と言っていい口調で問いかけられたレイは、彼女より頭一つ背の高いコウゾウを見上げた。
「彼には軍事、そして政治の才能があり、それは我が解放軍に必要な物だと判断したので重用しております。たしかに近頃、すこし増長した所があるとは私も感じておりました。陛下とコウゾウ卿に不快感を与えましたなら、私の監督不足であります。厳重に注意しておきますので、本日の所はお許しを」
レイは真直ぐに自分の目を見るコウゾウから目を反らすと、二人に一礼して退出した。


レイが出て行った後、コウゾウは今度はまだ自分の席に座ったままのゲンドウに語りかけた。
「ゲンドウ、私は良からぬ噂を耳にしたぞ」
「ふっ、あの男がレイの愛人だと言う噂の事か?」
コウゾウは少し驚いた様な顔をした。まさか自室に篭りがちなゲンドウの耳に入っているとは思わなかったからだ。コウゾウとて、つい最近、偶然に兵士が雑談しているのを聞いて知った事だからである。
「知っているのなら話しは早い。もしレイ姫があの若僧を人生の伴侶として選んだなら、解放軍は空中分解するぞ」
レイがネルフの王位を継ぐ事になれば、彼女の再婚相手はネルフの王となる。
人望の無い彼が王になったとして、誰が彼に従うと言うのだろうか?
「あの若僧の目には、汚い野心が見え隠れしておる。おおかた、ネルフの王位を狙ってレイ姫に近づいているのだろう。良いのか、このまま黙っていて?」
「ふっ、埒も無い。あのレイがシンジ以外の男に惚れるとは思えん」
「ああ、もし奴がそのシンジ王子に似ていなければ・・・だろうが」
「問題無い」
とは言った物の、コウゾウの言葉に嫌な予感を覚えるゲンドウであった。



『解放軍の別動部隊、現る』
この知らせに解放軍は喜びに湧いたが、彼等への吉報は、つまりゼーレにとっての凶報である。
特に、サキエルにとって、これは予測のはるか外側の出来事であり、その別動隊が自分達の後方に回っていると言うのは、最初冗談だと思ったほどだ。
「くっ!何処にそんな兵力を隠していたんだ!まさか、我々が到着する前に、森から出ていたと言うのか?」
そう考えれば、度重なる挑発にも森から出て来なかったのが理解出来る。
サキエルは、まさかリリスが援軍を送って来たなどとは、夢にも思わなかったのだ。
シュトース・ヴィントの兵数は一万五千、そして解放軍の兵数もおよそ二万。彼が解放軍全部隊が首都を目指しているのだと錯覚しても、無理は無い事である。
これは、解放軍にとって嬉しい誤算だったと言って良いだろう。なぜなら、この時点でサキエルは、解放軍は北にいて、シャーウッドの森はもぬけの空だと思い込んでいたのだから。
つまり、後方から襲われるとは思って居ないゼーレ軍の無防備な尻に、奇襲して噛みつく事が可能だからである。
サキエルは五万の兵に陣をはらう様に命令すると、シャーウッドの森の包囲を解き、軍を反転させて北へと行軍を始めた。
リツコの策に、まんまと引っかかったのである。




ネルフ首都、ジオフロントより南に25キロの地点



「敵襲だぁーーーーーーーーーっ!!ガッ!!」
叫んだゼーレ兵の首は、一瞬後には胴と離れ、地面と接吻を交していた。
およそ五十人ほどが常時待機しているゼーレの詰所は、今、一万五千の兵に襲撃されていた。
「何故だ!?何故ここに解放軍の大軍がいる!?サキエル様が殲滅に出陣されたはずなのに!」
詰所をあずかる上級騎士は、目の前の光景が信じられず、おろおろとするばかりである。
彼は『解放軍』と言ったが、よく見てみれば、彼等全員が紅い目をしており、装備も異国の物だと気付いた事であろう。もっとも、彼にそんな余裕があったなら、であるが。
まるで津波に飲み込まれる小船の様に、彼の部下たちは次々の敵の攻撃に飲み込まれて行く。
押し寄せた敵は、すでに彼の目の前にも一人立っていた。
「長い間、好き勝手やってくれたわね。私と殿・・・ネオ様が来た以上、あんたらはおしまいよ」
上級騎士は、この漆黒の鎧に身をつつんだ女性を、三年前に見た事があった。
たしか、ネルフのシルバーファングとか言う部隊の隊長だったはず。
そこまで考えた時、彼は胸に焼ける様な激痛を感じ、意識が闇の奥へと落ちて行った。


ミサトは剣を目の前の騎士の胸から引き抜くと、真横になぎはらう様に振って血をはらった。
騎士は彼女の一撃で絶命しており、ドサリと言う音をたてて仰向けに倒れる。
「火を放って、全部焼いてしまいなさい」
命令を受けた騎士達が、松明を投げ入れる。
彼等はネオの命令で、全員髪を黒く染めており、一見した所では、色白なネルフ人にしか見えない。ネオが、出来るだけリリスからの援軍が来たと言うのを、ゼーレに知られない方が良いと判断したからだ。
何も一万五千の騎士全員を使って、詰所にいる五十人の敵を倒す事は無い。ネオは八百人ほどに敵を攻めさせ、自分は少し離れた場所で高みの見物を決め込んでいた。
「ネオ様、これで八つ目でございます。そろそろ、首都を迂回する進路を取った方が良いかと」
ネオの隣で燃え上がる詰所を眺めていたリツコは、もう十分に自分達の存在はアピールされたと、彼女の仕えている若者に告げた。
「そうですね。僕もそう思っていました。第一、これ以上首都に迫れば、首都を守備している十万の兵が出て来るかもしれません」
サキエルは、ジオフロントに十万の兵を残して出陣した。あまり近づくと、彼等が討って出てくるかもしれない。そうなれば、たとえ半分しか出陣しなかったとしても、こちらの三倍以上の敵が襲って来る事になる。
もうすでにサキエルには自分達の存在が伝わっているはずなので、ここで進路変更しても、なんら問題は無い。
ここまで来るまでに、彼等シュトース・ヴィントの騎士達は、八つの詰所を襲い、ゼーレの騎士達を皆殺しにしてきた。移動する時も、街などの近くを通って、ことさら人目につくように移動し、自分達の存在をアピールしてきた。
詰所を襲った時などは、時折わざと一人だけ逃げるのを見逃し、ゼーレに情報が伝わるのを早めた事もある。
「ネオ様、片付きました」
八百の騎士を率いて詰所を襲ったミサトが、意気揚々として帰って来た。
小さな戦いとは言え、ゼーレと戦った事で、彼女の戦士としての血が踊っているのだろう。
「ご苦労様です。これから僕達は首都を迂回する様に進んで、北から進軍して来るゼーレの援軍を叩きます。これからが正念場ですよ、ミサト卿」
ネオの言葉に、ミサトは強く頷いた。




再び、シャーウッドの森



その頃、シャーウッドの森では、反転して北に進軍しはじめたゼーレを見て、追撃の為に出陣の準備が着々と進んでいる。
白銀の鎧をまとい、エヴァンゲリオン『タナトス』を腰の留め金に付けたレイは、シームルグ神の祭壇でひざまづき、戦いを前にしての祈りを捧げていた。
「シームルグ神よ、我らに武運を。そして、一人でも多くの者が、生きて帰れる様に見守っていて下さい」
ギュッと目を閉じて祈る彼女の耳に、パタパタと誰かが駆けて来る音が聞こえてきた。
そんな走り方をするのは、彼女の知り合いには一人しか居ない。口元に微笑を浮かべた彼女は、ゆっくりと振り返って両手を広げると、飛びついてきたレビアを受け止めた。
「お姉ちゃん、戦いに行くの?」
「そうよ」
「じゃあ、私も連れて行って」
「それは駄目よ、だって危ないもの」
レイは少し困った顔で、腕の中の少女をみやった。
「イヤよ、私も行くの。私も行って、お姉ちゃんを守ってあげるの」
「私を?」
「うん!」
誇らしげに笑って見せたレビアは、本気でレイを守ろうと思っている様だ。
「ありがとう。でも、私は大丈夫よ。だから安心して待っててね」
サラサラとしたレビアの髪を撫でると、レイは彼女の額に自分の頬をすり寄せた。
「レイ様、出陣の用意が出来ましてにございます」
いつの間にか傍まで来ていたレオンが、レイに準備が整ったと報告した。
彼の声を聞いたレイは、鼓動が少し早まるのを自覚する。
「分かりました、すぐに皆の所へ行きます。貴方も自分の部隊へ向かいなさい」
「はっ」
一礼して、レオンは駆け戻って行った。
「私、あのオジサン嫌い」
すると、レイの腕の中にいたレビアが、ポソリとつぶやいた。
「どうして、レビア?」
「だって、あのオジサン、時々怖い顔をしてるもの・・・」
ブルブルッと彼女は震えてみせた。
「そうね・・・分かってるわ・・・分かってるのだけれど・・・」
複雑な気持ちを抱きながら、レイはレビアを残し、戦場へと向かって行った。




リリスの首都、メルクリウス



ネルフの解放軍が健在なうちに、出来るだけ国力の増強をしたいリリスでは、戦力の増強が急ピッチで進められていた。
カヲルによる行政の改革は、国政を安定させる事を成功させており、内戦で衰弱した国力は、かなりのスピードで元の状態へと戻りつつある。
首都メルクリウスも、今や軍事産業の好景気で、昔以上の賑わいを取り戻していた。
そんな街の賑わいをよそに、バーゼル城の一部屋では、二人の男が深刻な話しをしていた。
「ムサシ、マナが全然物を食べないんだ・・・どうしよう?」
昔と比べて見違えるほどに逞しくなったケイタが、大きなため息をつく。
「部屋から出ようともしないな・・・」
ムサシもため息をつくと、磨いていた剣に写る、冴えない顔をした自分をみやった。
「ネオが居なくなったのが、そんなにショックだったんだろうか?」
「いや、居なくなっただけでは、あそこまで落ち込んだりしない。おそらく、帰って来る前に何かあったんだろう」
「何かって、なんだろう?」
「俺が知るかっ!」
ムサシにも、一体マナに何があったのかは分からない。マナの部屋に行って、ドア越しに理由を聞いて見た事があったが、中からはすすり泣く声しか聞こえて来なかった。
実の妹だと思っているマナが落ち込んでいるのに、理由も教えてもらえず、ムサシは歯がゆい思いをしていた。
「見てる方が辛くなってくるよ。あんなマナ、ゼーレから逃げ出して来た時以来、見た事が無い」
「そうだな・・・」
「どっちにしても、ちゃんと食事を取らせた方が良いと思うんだけど、手伝ってくれない?」
「無理やりにでも食事をとらせるのか?」
「うん。あのままじゃ、体を壊しちゃうと思うから」
「分かった」
二人は部屋から出ると、マナの部屋へと向かった。

「おいマナ、入るぞ。」
「・・・・・」
返事が無いので、ムサシは勝手にドアを開けて部屋の中へと入る。
快適そうな部屋は、適度に散らかっており、午後の優しい風が窓からすべり込んで来て、カーテンを揺らしている。
中に入った瞬間、女性らしい甘い香がムサシとケイタの鼻に入り、何故か二人は同時に顔を赤くした。
マナはベッドの中で、シーツを頭まで被って横になっている。
「マナ。ちゃんと食べなくちゃ駄目だろうが。体を壊すぞ?」
普段の彼からは想像も出来ないほどの優しい声で、ムサシが言ったが、ベッドの中からはグスングスンと鼻をすする音しか返って来ない。
ケイタが食事の乗ったトレイを、ベッドサイドの小さなテーブルへと置いた。
食欲をそそる香がたちのぼっているが、マナはベッドに潜ったままだ。
「何があったのかは知らない。でも、体を壊さない様に食事だけは食べてよ、マナ」
顔を見合わせたケイタとムサシは、処置無しだと肩をすくめて見せる。
「ほらっ!起きないと無理やりにでも食べさせるぞ!ネオが帰って来た時、痩せこけてるお前を見たら、百年の恋もさめるんじゃないか?」
マナがビクリと震える。
自分の失言に気付いていないムサシの足を、ケイタが思いっきり踏みつけた。
「イテエ!何するんだ、ケイタ!」
振り向いて、ケイタのしかめっつらを見たムサシは、やっと気付いた様で、サッと顔を青くし、ゆっくりとマナの方へ視線を戻す。
「・・・・・って・・」
「ん?何だマナ、俺達に出来る事があったら、言ってみろ」
「出てって!!出てってよーー!!」
ガバッとベッドから上半身を起こしたマナが、泣いていたせいで真っ赤に充血した両目で二人をにらみながら、叫ぶ様に怒鳴りつけた。
「私はネオを裏切った、汚れた女なの!!二人共、私の事なんて構わないで!!」
マナが言い終えた瞬間、パァンと彼女の頬が鳴った。
「マナ・・・・悲しい事を言わないでよ。僕達、血は繋がってなくても、兄妹だろう?それに、何があったのかは知らないけど、僕等はマナが汚れた女だなんて、絶対に思わないよ」
反射的に彼女の頬を叩いてしまったケイタは、ジンジンと痛む手を、もう片方の手でさすりながら、悲しそうにつぶやいた。
ムサシはそんなケイタの肩に片手を置くと、もう一方の手をマナの頭に伸ばし、くしゃくしゃと頭を撫でた。
「ケイタもずいぶんと男らしくなったもんだな。とにかく、一人で抱え込むなよ、マナ」
弟分の成長を喜んだムサシは、マナに向けてぎこちなく微笑んで見せた。
頬を押さえていたマナの目から、涙がポロポロとこぼれ出す。
「ごめん・・・・なさい」
「僕も叩いてごめん・・・。さ、少しでも良いから、食べてよ」
「うん・・・」
涙を拭ったマナは、ケイタの差し出したトレイの上に乗っているスープを、スプーンですくって口の中へ流しこんだ。
「おいしい・・」
やっと食べてくれたマナを見て、ムサシとケイタは嬉しそうだ。
と、いきなりマナの表情が一転した。
彼女は手で口元を押さえると、ベッドから飛び出し、部屋のすみでうずくまると、はげしく嘔吐しはじめた。
「うっ・・・え・・・ゴホッ、ゴホッ!」
「「大丈夫か、マナ!?」」
突然の出来事に男二人は慌ててマナに駆け寄った。
吐き気はすぐに収まったので、マナは背中を撫でてくれている二人に顔を向けた。
「う・・ん、大丈夫。ちょっと吐き気がしただけだから」
そう言った後で、彼女はハッとした。
そして、どこか嬉しそうな、それでいて辛そうな、複雑な表情を浮かべる。
そんな彼女の表情を見て、少なくとも鬼の様に鈍感なムサシよりずっとまともなケイタは、何かに気付いた様で、震える声を出した。
「ま、まさかマナ・・・・」
「そうかもしれない・・・・。わ、私・・・・」
驚きの表情で、マナはそっと自分の腹部に手を置いた。





to be continued


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