エヴァンゲリオン戦記

Chapter 13: 殺戮平野







灰色の空の下、ネオことシンジ・イカリが率いるシュトース・ヴィントは、南下して来た敵軍の背後を突くべく行軍していた。
北上して来た彼等は、本来ならば正面から敵と遭遇するはずなのだが、軍師であるリツコの策を取り入れて、一日ゆっくりと休んで南下して来る敵軍をやりすごし、位置が逆転した敵軍を追う様に南下を始めたのだ。
むろん、リツコが敵に自軍の位置を知られる様なミスを犯すはずもなく、敵は弱点である補給部隊を最後尾に配置したまま、行軍を続けていた。
実は一日待ったのには、もう一つの理由があるのだが、それは後々分かる事である。


冷たい雫を頬に感じ、ネオはどんよりとした雨雲を見上げた。
「降って来た・・・・・・よし!」
会心の笑みを浮かべ、後方で馬を進める彼の軍師へと振り返る。
「リツコ殿、良いですね?」
「時間ぴったりね。行きましょう、ネオ様」
微笑を浮かべたリツコは、隣で馬を進めるミサトに目配せした。
ミサトは力強く頷くと、後方の騎兵に進軍速度を早める様に合図を送った。
彼女の指示を受けたシュトース・ヴィントは、進軍速度を早めながら、陣形を行軍の為の縦列陣形から、突撃の為の密集陣形へと変えて行く。
一糸乱れぬその動きを見れば、どれだけ彼等の訓練度が高いかが分かるであろう。
リリスの内乱で鍛え上げられた彼等は、戦闘が近い事を肌で感じ取り、獰猛な肉食獣の様な殺気を漂わせ始めていた。
陣形を変え終わった時、小降りだった雨は、肌を叩きつける様な強い物へと変わっていた。



「敵襲ーーーーーーーーーーーーーっっっっ!!!」
サンダルフォンが悲痛な味方の叫びを聞いたのは、雨が激しく降り始めた正午過ぎの事であった。
「敵?敵だと?一体どこの軍だ?」
後ろを振り返って見ると、自軍と同じ程の数の騎兵が、今まさに後方の補給部隊に食らいつかんとしている所であった。
彼等ゼーレ軍に刃向かう者と言えば、解放軍を除いて他には無いであろう。
詰所を襲う解放軍の報告は、ジオフロントの味方軍から受けていたが、どうして首都を飛び越して我々を襲って来たのであろうか? 彼等にとって、首都奪回こそが最も重要な事であるはずなのに。
あまり頭の強いと言えないサンダルフォンは混乱したが、この戦い最初の犠牲者となった補給部隊の兵士の首が飛ぶのを見て、武人としての本能が彼に行動を起こさせた。
「陣形を組み直せ!!補給部隊を守るんだ!!第三部隊から第五部隊までは、敵の正面に展開して敵の突撃を阻止しろ!第二、第六部隊は弓で援護!残りは俺に続けぇーーーーっっ!!」
不意を突かれたとは言え、彼等とて大陸を制覇する為に戦い続けて来た勇者達である。
またたく間に陣形を組み直し、損害が致命傷となる前に敵軍の突撃をなんとか防いだ。
「横一列!!良いか、密集して行けよ。突撃ぃーーーーーっっ!!」
隊列を組んだサンダルフォンは、馬上でランスを水平に構えると、味方と横一列に並んで突撃を開始した。
地響きが始まり、はね上げられた泥が馬を黒く染めて行く。
突然、ゴオッッと雨がさらに激しさを増した様な音がした後、サンダルフォンと並んで突撃していた騎士達の何人かが落馬した。敵が馬上から一斉に弓を放ったのだ。
落馬した味方に構わず、突撃を続けたサンダルフォンは一人の敵騎兵へと狙いを定めると、ランスをすれちがい様に相手の胸へと叩き込んだ。敵の背中まで突き抜けた彼のランスは、あまりの衝撃に途中でバキリと言う音を立てて折れてしまった。
もんどりうった敵騎兵は、ランスの先を胸に立てたまま、雨でぬかるんだ地面へと落ちて行く。
武器を失ったサンダルフォンは、腰につるしてあったメイスを掴んで次の獲物を探し始めたが、ここで敵の動きが自軍と比べて異様に素早い事に気付いた。
自軍も敵軍も、全員が騎兵であったが、何故か敵の方が身軽に動いているのである。
サンダルフォンは身軽に動く敵を見て、ある事に気付いた。
装備が違ったのである。
敵は全員が皮の鎧などだけを着こんだ軽装備であった。
全身を覆う鉄の鎧を装備している自軍と比べ、重量に決定的な差がある。
そこまで考えた時、彼は背中に冷たい物が走るのを感じた。なぜなら、今は雨が降っており、地面がぬかるんでいて、馬が自由に走り回れない上に消耗が激しいであろうからだ。
すでに地面は馬蹄によって踏み荒され、まるで泥沼の中で戦っている様になっていた。
周りを見てみると、すでに自軍の騎兵は敵騎兵に翻弄され始めている。


刻々と自軍が有利になって行くのを眺めていたネオは、自ら二千の兵を率いて、敵の側面に回り込もうとしていた。
身軽な彼等は、重鈍なゼーレ軍の周りを駆け回って翻弄し、疲れて動けなくなった馬の上の騎兵を狙って倒して行く。
昨日、正面からの対決を考えていたネオに、リツコはこう言ったものだ。
「数ではこちらが劣っている以上、損害を最小に抑えて勝つ為には、味方に有利な条件下で戦うしか道はありません。幸い、こちらは敵の位置と進軍速度についての情報を握っています。ですから、その情報から何処でどの様に戦うのが有利であるかを考えましょう」
リツコはネオの前に地図を広げると、予想される敵の進路、地形の特徴などを書き込み、さらに天候なども考慮に入れて繊密な作戦を練り上げた。
空の雲の形、そして風の向きと強さなどから天気が崩れる事を予想したリツコは、降った雨が流れ込みやすい場所を戦いの場に選んだのだ。
一日待った理由がここにあった。雨が降るのを待っていたのである。
騎兵の利点はその機動力にある。この利点を自ら殺す意味が分からず、首を傾げたネオに、リツコはすまし顔でこう言った。
「私達が遅くなるのが嫌ならば、遅くならない様にすれば良いのです」
かくしてシュトース・ヴィントの騎士たちは、一部の騎士を除いて全員が鉄の鎧を脱ぎ、皮の鎧を着て戦いに望んだのだ。
こうすれば、自らの機動力を落とす事無く、敵の機動力を落とす事が出来る。防御力は落ちてしまうが、敵の剣撃が届かなければ問題は無い。
唯一の心配事と言えば、敵の飛び道具、つまり弓による遠隔攻撃であったが、敵が皆騎兵である以上、馬上からの射撃は少ないと分かっていた。
その結果、彼等は今まさに大勝利を収めようとしている。


サンダルフォンは勇戦していたが、すでに彼の馬は疲労の限界に近づいているらしく、ときおり立ち止まっては空しくいなないている。
そんな彼を見つめる二人の女性たちが、血みどろの戦いが繰り広げられている後方に居た。
「敵の指揮官は、まるでビア樽みたいね。ミサト、好みなんじゃ無い?」
雨で顔にへばりついた金髪を払い除けながら、ネオの軍師は隣のビールが大好きな女騎士に語り掛けた。
「冗談言わないでよリツコ、私の好みはもっとスマートでハンサムな男よ」
「リョウちゃんみたいな?」
「そうそう・・・・ってリツコッ!!」
赤くなったミサトを見て、リツコはお腹が痛くなるほど笑った。
しかし、ネオが敵軍の側面に回ったのを見ると、即座にいつもの冷静な表情に戻り、同じく真剣な表情に戻ったミサトに目で合図を送る。
「出番よ、ミサト」
「わーってるわよ」
いつもの漆黒の鎧を着たミサトは、腰に差してある剣を引き抜くと、戦いに参加していない千人の騎兵と共に、慎重に突撃のタイミングを待つ。
彼女の目の前では、今まさにネオが敵軍の側面に噛みつこうとしていた。


一糸乱れぬ集団行動を取るネオと彼の率いる騎士達は、一番手薄な側面を探し当てて一気に突入していった。
防御力の低い彼等にとって、スピードが命である。
ネオを先頭に、スピードを緩める事なく敵を二つに分断して行く。
あらかじめネオは騎士達に今回とる戦法を教えてあった。彼の率いる騎士達は、彼の命令を忠実に実行し、敵を切りつけずに敵の馬を切って行く。
切りつけられた馬は、半狂乱になって暴れ出し、前足を高く上げて騎手を振り落とす。
馬の背と言うのは想像するよりずっと高い所にあって、落ちれば大怪我してしまう。しかも重い鉄の塊を着こんでいれば尚更だ。
振り落とされたゼーレ騎士達は、なんとか起き上がろうともがくが、鎧のすき間から泥水が入り込み、じたばたと暴れている所を馬に踏み潰される。
馬にとっては迷惑千万な話ではあるが、これはかなり有効な戦術であった。
「よし!突破できるぞ!!」
紫の鎧を着たネオが、目の前が開けて来たのを見て声を上げた。
彼に向かって何本かの矢が飛んで来るが、鎧が赤く発光すると、あらぬ方向へと弾き飛ばされて行く。
彼の着ているエヴァンゲリオンが、主の危機を感知してATフィールドを展開したのだ。
今戦っているシュトース・ヴィントの中で彼だけが鎧を着ていたが、これはエヴァンゲリオンの重量が皮製の鎧とさほど変わらないからである。
未知の魔法金属で出来たエヴァは、信じられないほど軽く、しかも強度は地上に存在するどんな金属よりも高い。
エヴァンゲリオンはコアに意思を持っているとも言われ、そのコアが主人を守る為に不可視の壁を展開する。これがATフィールドである。
遥か昔、『魔神』達との戦いのおり、ATフィールドは彼等の強力な魔法も防いだと言われているが、魔法が失われて久しい現在では、その能力が備わっているかどうかを試す事は出来ない。
ネオは自ら後続の騎士達の盾となって進路を切り開き、味方の損害を出来るだけ減らしていたのだ。彼は後方でふんぞり返って観戦しているだけの指揮官では無かった。こう言った所が、人を引き付けている魅力なのだが、本人は無意識でこれをやってのけていた。
ネオが前に立ち塞がる最後の敵騎兵を、すれ違い様に切り倒した時、二千の騎兵はゼーレ軍を二つに分断する事に成功していた。
全騎が突破に成功すると、彼等は反転して塞がりかけたゼーレ軍の傷口へ向けて、また突撃を開始する。
「再突入するぞ!続けぇっ!!」
ネオはいつもの弱々しそうな仮面を脱ぎ捨て、『戦士』の顔で部下に命令を下す。
戦闘の時だけは、言葉使いも変わっていると言う事を、この青年は気付いているのだろうか?


「行くわよ、リツコ。私から離れないようにね」
「そうさせてもらうわ。あなたの隣ほど安全な場所は無いでしょうからね。ちゃんと守ってよ」
さすがの天才軍師も、剣を使う事にかけては、からっきしであった。天は二物を与えずとは良く言った物である。
ミサトの率いる千騎が、彼女の合図で前進を始めた。
軍を二つに分断されたゼーレ軍は、慌てふためき、なんとか態勢を立て直そうとするが、サンダルフォンが最前列に居るため、命令が後方まで届くのには時間が掛かる。
このタイムラグが、致命的となった。
分断されたゼーレ軍の前方部隊に、ミサトが率いる千騎が襲い掛かったのである。
彼女の部隊は鎧を脱いでおらず、フル装備のままであったが、後方でずっと待機していた為、疲労した馬を操るゼーレ軍とは決定的な差があった。
ランスを構えて突撃すると、避ける事もままならない不幸なゼーレ騎士達が、次々と餌食となって落馬して行く。
たちまち乱戦へと突入し、ミサトは剣を振るって敵を切り倒し始めた。その傍らでは、リツコが弓矢で彼女の援護をしている。
血飛沫が舞い上がり、辺りにはアドレナリンと血液の混じり合った戦場特有の匂が漂い始めている。
「ゼーレの犬コロども!尻尾を巻いて国に帰りなさい!!」
ミサトが挑発すると、何人かの敵が彼女に向かって斬り掛かって来た。最初の一人は、ミサトの隣にいたリツコの矢を首に受けて落馬し、二人目は擦れ違い様にミサトの剣で腕を切断され、あまりの激痛に悲鳴を上げながら落馬した。
ミサトは左手で握っていた手綱を放すと、背中に結び付けてあったもう一本の剣を引き抜た。そして驚いた事に、新たにこちらに向かってきた二人の敵を同時に相手する。
左から襲ってきた敵の剣撃を左の剣で受け止め、右からの攻撃を右の剣で滑らせる様にして受け流す。四本の剣と剣がぶつかり合い、火花が飛び散った。
ミサトの剣さばきは見事と言うしか無く、まるで剣舞を踊っている様に見える。
両方の敵と四合ほど打ち合わせた後、彼女は鋭い視線を右側の敵に向けて、素早く剣を突き出した。
ズブリと確かな手応えを彼女は感じ、右側の敵は鎧の隙間から腹部を深々と刺されて喀血した。
素早く突き刺した剣を引き抜いたミサトは、今度は左側の敵と正面から向き合い、二本の剣で素早い剣撃を繰り返す。二人がかりでも倒せなかった相手を、一人で倒せる訳も無く、一人になったゼーレ騎士は、いとも簡単に彼女に切り捨てられてしまった。
さすがに女だてらに一部隊の隊長になっただけの事はあり、ミサトは鬼神のように敵をなぎ倒し、前進して行く。
彼女に続くシュトース・ヴィントの騎士達も大したもので、敵一人に対して味方二人で相手をして確実に相手を仕留めて行く。内戦のおり、生き抜いて勝利を掴む為に何でもやって来た彼等にとって、騎士道などと言った物は失笑を誘う以外の何物でも無かったのである。
むろん、個人レベルの彼等の戦闘力は、ゼーレ兵を大きく上回っていたので、一対一でも決して劣ってなどいなかった。


かくして、ゼーレ軍は確実にその数を減らし始め、背を向けて逃げ出す敵も出始めた。
『勝てる』と確信したミサトの前に、その時、一人の敵が立ちはだかった。
「俺はサンダルフォン。ゼーレの将軍だ。貴様は敵の司令官か?」
丸々とした体形、そして腹に響く様な太い声。
返り血を浴びて体を真っ赤に染めた男は、別名『ビア樽』と呼ばれているゼーレの将軍、サンダルフォンであった。
返り血に少し白い物が混ざっているのは、彼がメイスでカチ割って来たシュトース・ヴィントの騎士達の脳であろうか?
「残念、私は司令官じゃ無いわ。どちらにしても、アンタごときにネオ様の手を煩わせる事も無いから、私が相手してあげる」
「小娘が、糞生意気な事をぬかしよって!後悔させてやるぞ!!」
サンダルフォンは吠えると、メイスを振り上げて襲いかかって来た。
「うるぉぉらぁーーーーーーーっっ!!」
もはや人間とは思えない雄叫びをサンサルフォンは上げ、全身の筋肉を使ってミサトにメイスを叩き付ける。
「くっ、なんて馬鹿力なの・・・」
猪の突進を連想させる攻撃を、彼女は両手の剣を交差させて受け止めたミサトであったが、純粋な力ではサンダルフォンの方が大きく勝っていたので、じりじりと押され出す。
「死ねぇーーーーっ!!」
もう一度剣を振りかぶったサンダルフォンは、持てる全ての力を込めて、上から叩き降ろす様にメイスを振り降ろした。
とても片手では防げないと思ったミサトは、片方の剣を捨て、もう片方の剣を両手にもって受け止めようとした。しかし、メイスと剣がぶつかって火花を飛ばした瞬間、ミサトの剣はキーーーーンッと甲高い音を立てて、途中から折れてしまった。
いくら丈夫な剣とは言え、鉄の塊を叩き付けられては、ひとたまりもない。
「ミサトッ!!」
武器を無くした親友を見てリツコは真っ青になり、サンダルフォンは勝利を確信したが、女騎士は諦めてなどいなかった。
彼女は止めを刺そうと剣を再び振り上げたサンダルフォンの懐に馬を寄せて飛び込むと、半ばで折れた剣を握ったまま、彼の顔に痛烈な拳打をあびせたのだ。
サンダルフォンの頬はザックリと切れ、血飛沫がミサトの顔に掛かる。
「グハァッッッッ!!」
たまらず馬上でサンダルフォンがのけ反るが、その一瞬後にはメイスをミサトに振り下ろしていた。
しかし、自分の血飛沫が目に入ったのか、狙いが定まらず空振りしてしまう。
「ミサト殿っ!」
近くにいたシュトース・ヴィントの騎士が、武器を失ったミサトに自分の剣を投げてよこした。
それを上に手を伸ばしてキャッチしたミサトは、そのまま下へと振り下ろしてサンダルフォンの頭を切りつける。
しかし、その斬撃は分厚い兜に阻まれ、火花を散らして弾かれてしまった。
鉄の塊で殴りつけられたのだから、常人であれば気絶してもおかしくない衝撃がサンダルフォンを襲ったはずであるが、彼は何事も無かったかのように兜の下からそのギラギラと殺気の篭った目でミサトを睨みつけ、果敢にメイスを振り回す。
その獣のような目に、さすがのミサトも戦慄を感じたのか、少し彼から距離をとって剣を構えなおした。
数瞬の間、馬上で睨み合った後、両者は雌雄を決すべく再び距離をつめ、お互い持てる力を全てを使って武器を振り下ろした。
メイスと剣がぶつかり合い、再びミサトの剣が折れる。
しかし、彼女はこれを計算に入れていたらしく、即座に折れた剣から手を離して体勢を整えると、自分の足首に手を伸ばす。
一方、先程の一撃で決着が付くと半ば確信していたサンダルフォンは、崩れた体勢を立て直すのにミサトより時間が掛かってしまった。
そのタイムラグを利用し、ミサトは足首に隠し込んであった短剣を抜き放ち、鉄板の様なサンダルフォンの鎧の隙間に突き込んだ。
短剣から手を放す前に、致命傷になるよう、刺したままの刃をグルリと回転させる事を忘れない。
「力だけで勝負するなんて、愚の骨頂よ」
ミサトが口の端に意地の悪い笑みを浮かべた。
「小娘がぁっ!!」
内臓をグチャグチャに短剣でかき回された為、大量の血液を口から吐いたサンダルフォンは、それでもその驚異的な精神力でメイスを振り回し出した。
警戒していたとは言え、まさか彼がまだメイスを振るえると思っても見なかったミサトは、驚きながらも上半身だけを反らして避けた。
「さっさと死になさい!」
上半身を反らしたままのミサトは、馬上から落ちない様にバランスを取りながら、片方の足を上げて、サンダルフォンの腹部に刺さったままの短剣を蹴りつけた。
「ガ・・・・ア・・・ブゥ・・」
ビクリと体を痙攣させたサンダルフォンは、更に大量の血を口から吹き出すと、メイスを振り上げたままの姿勢で永遠に落馬した。
近隣諸国に恐れられたゼーレの猛将は、こうしてあっけなくミサトによって倒されたのであった。


「敵将サンダルフォン、ミサト・カツラギが討ち取ったり!!」
ミサトが声高らかに叫ぶと、ゼーレ軍に動揺が走った。
背を向けて逃げ出す者が続出し、敵に囲まれながらも奮戦していた騎士たちも、戦意を失って降伏する者が出てくる。
それでも抵抗する者には容赦無く攻撃が加えられ、彼等の戦死者リストに新たに加えられて行った。
「追え!一人も逃すな!!」
敵の分断された後方部隊と戦っていたネオが命令すると、シュトース・ヴィントは逃げ惑うゼーレ軍の後方から襲いかかって行く。
背を向けて全速力で逃げるゼーレ騎士に矢を射掛け、剣で切りつけ、槍で突き刺す。
もはやそれは戦闘と呼べる物では無く、一方的な虐殺であった。
戦場のあちこちで断末魔の叫びが上がり、泥の中では負傷した者達がうめき声を上げている。


「勝ったわね」
自軍に追いかけ回されているゼーレ軍を眺めて、ミサトがつぶやいた。
敵の方が戦力は上だったと言うのに、これだけの大勝利を収められたのは、ひとえにリツコの作戦が完璧な物であったからだ。
親友の頭の良さは知っていたつもりだが、それでもやはり驚きを覚えてしまう。
戦場に倒れているのは、ほとんどが敵兵である。これほど一方的な戦いは、ネルフ史上始まって以来であろう。




シュトース・ヴィント側の損害は、負傷者1430名、死者458名。
サンダルフォン側の損害は、負傷者8103名、死者は将軍であったサンダルフォンを含めて、7755名であった。
事実上、ゼーレから送られた二万の援軍はここに壊滅した。





ジオフロントから、南へ35キロの地点



大急ぎで首都へと向かっている五万のサキエル軍の後ろに、レイの率いる二万の国土解放軍が追っていた。
足の軽い解放軍は、すでにサキエル軍のすぐ後ろまで迫っている。
しかし、強行軍でここまで来た為、すぐに戦う事は出来ない。そう考えたレイは一晩ゆっくりと兵を休める事にした。
平原には無数の天幕が立ち並び、中では兵士が最後になるかもしれぬ睡眠を堪能していた。むろん、眠れぬ夜を過ごしている者も居るだろうが。
空は分厚い雲に覆われており、星々の輝きは見ることは出来ない。晴れていたなら、吸い込まれそうに広い夜空に数え切れないぐらいの星々が輝いていたはずだ。
緊張して眠れないレイは無償に月が見たくなって天幕の外へと出てみたが、この様な天気で月が見えるはずも無く、少しがっかりして草原に腰を下ろした。
自分は何故こんなに月が好きなのであろうかと、自分自身に問いかけてみる。
月をイメージして思い出すのは、今はもう居ない夫の笑顔であった。
笑顔を思い出させてくれた人、そして心を暖かくしてくれた人。
彼のあの柔らかな笑顔は、幾年経っても色あせる事なく彼女を縛り付けている。
そう、甘く切ない鎖で。
恐らく自分は、月の下で語り合った夜の思い出を胸に、死ぬまで彼の事を想い続けているのだろう。
夫にはもう二度と会えないかもしれない。そう考えると胸が苦しく、鼻の奥がツンと痛くなる。
「これは、涙・・・・・・私、泣いてるの?」
ポタポタと落ちるそれを手で受け止めて、彼女は寂しさに耐え切れず自分の体を抱きしめた。


しばらく泣いて気持ちを落ち着けたレイは、自分の天幕に戻ろうと立ち上がった時、こちらに向かって来る足音に気付いた。
「誰?」
近づいて来た人陰は、レイの前までやって来ると、うやうやしく跪いた。
「レオンでございます、レイ様」
近づいて来た男、レオン・フォン・ブラウンはレイの手を取ると、そっと彼女の手に口づけする。
「何用です?」
「決戦を前に、レイ様に会いたく思い、こうして参上つかまつりました」
並の女性ならばトロけてしまそうな甘い視線でレイを見上げる。
「この様な時間に私を尋ねてくるとは、無礼でしょう」
「無礼は承知の上でございます。この胸の高鳴りを静める事が出来ず、一目だけでもと思ってやってまいりました。レイ様も、私の気持ちはご存じのはず・・・」
レオンは立ち上がると、レイの手を握ったまま顔を近づけて来る。
お互いの吐息が感じられるほどに近づいた彼は、口をレイの耳元に寄せて囁いた。
「レイ様、どうか、どうか私に一夜だけの夢をお与え下さい。その夢が叶うなら、私は死をもいといません」
レイとてレオンが何を言っているのかは分かる。理性はこの男が危険だと警告を発していた。彼は権力が欲しいだけだと、彼女の理性は言っている。
それに、シンジ以外の男など、近寄られても鳥肌が立つだけである。
しかし、このレオンと言う男はあまりにシンジに似ていた。彼の微笑みは、シンジのそれを思いだ出させ、鼓動が理性とは裏腹に、どんどん早くなって行くのを彼女は感じた。
レオンの吐息を首筋に感じ、彼女の理性が溶けて行く。
彼の手が背中に回され、グッと抱き寄せられたが、彼女はすでに抗う事は出来なくなっていた。
レイを抱き寄せたレオンの顔に、勝利を確信して醜く歪んだ笑いを浮かんだのは、彼女には見えなかった。
「さあ、天幕の中へ参りましょう」
優しい声でレオンが囁き、唇を合わせようとする。
あと少し、あと少しで唇が重なると言う所で、空の分厚い雲の切れ間から月が見えた。
あの夜と同じ満月を見たレイの紅の瞳に、理性の光りが瞬時に戻った。
「お止めなさい、レオン!!」
口づけを交そうとしていたレオンを突き飛ばしたレイは、尻餅をついた彼をキッと睨みつけた。
「今夜の事は無かった事にして上げます。今度このような無礼な真似をしたら、その時は切り捨てますから、覚悟しておきなさい」
呆然としているレオンを置いて、彼女は足早に自分の天幕へと入って行く。
レイの姿が天幕の内側へと消えた後、残されたレオンは立ち上がると、ため息をついた。
「ふう、今日はちょっと焦りすぎたな・・・・。しかし手応えは十分だ。ゆっくり攻めてゆけば、かならず落とせる。ふふふ・・・」
厭らしく笑いながら、レオンも明日の決戦を生き残る為に必要な睡眠を取りに、自分の天幕へと戻って行った。


レイは天幕に入ると、簡易ベッドにうつ伏せに倒れ込んだ。
まだ心臓はドキドキと高鳴っており、火照った顔に冷たいシーツの感触が気持ち良い。
あの時、雲の切れ間から月が顔を見せなかったら、今頃どうなっていただろうか?
次にまた同じ事があったなら、自分は彼を拒む事が出来ないかもしれない。
ベッドの上で途方に暮れていたレイであったが、全ては明日の戦いに勝ってからだと思い直し、無理にでも睡眠を取ろうと目を閉じた。





ジオフロント



サンダルフォン軍の敗残兵が、命からがら首都へ到着したのは、彼等が敗北した翌日の事であった。
無事にここまでたどり着けたのは、二万いた彼等の内のたった1000名ほどで、残りの兵は戦死するか、捕虜となってしまった。首都へたどり着くまでにも、傷が元で何人もの仲間たちが死んで行った。
彼等は今だに敗北したと言う事実が理解出来ず、まるで狐にでも化かされた様な顔で城へ入って来た。あまりに一方的な負け方に、ショック状態に陥っていたのだ。
ジオフロントで留守番していたゼーレ兵士達も、まさか彼等サンダルフォン軍が敵に襲われたとは最初は分からず、サキエル軍が敗北して帰って来たと勘違いして大騒ぎする者も居た。


生き残った騎士達の中で、最も階級が上の騎士が、サキエルと共にネルフへ侵攻したもう一人の将軍の前に跪いていた。
「リヒターと申したな?サンダルフォンの軍が壊滅したと言うのは本当か?」
褐色の肌をシルクの布で包んだ女将軍は、今にも気絶して倒れそうな騎士に問いかけた。
「はい、シャムシエル様。無防備な後方から襲いかかられ、サンダルフォン将軍と配下の騎士達の勇戦むなしく、敗れましてにございます」
「敵は何者だ?解放軍か?」
「恐らくは」
南の詰所を襲いつつ、首都へと向けて進軍して来ているはずの解放軍が、北のサンダルフォン軍を襲ったのだ。まさに神出鬼没としか言いようが無い。
そのトリッキーな動きに、ゼーレ軍は翻弄されつつあった。
「で、サンダルフォンは?」
「敵将、ミサト・カツラギに一騎討ちのすえ、討ち取られましてにございます」
その時の事を思い出して、きつく下唇を噛んだ騎士の言葉に、シャムシエルは驚きを覚えた。
別にサンダルフォンが死んだのには一向に驚きはしなかったのだが、彼女が驚いたのは誰が彼を討ち取ったかであった。
「ミサト・カツラギと申したか?」
「はい。あの・・・それが何か?」
「いや、何でも無い。ご苦労であった。ゆっくりと休んで傷を癒すがよい」
本来ならば敗戦の責任を取らせて殺してしまうはずであったが、機嫌の良くなったシャムシエルは見逃してやる事にした。
騎士が部屋から出て行くと、シャムシエルは笑い声を上げ始めた。
「ふふふふふっ、ふはははははっ!!!やっと出てきたか、ミサト!!私は待ちくたびれてしまったぞ!!早くここへ来い!私が殺して、1センチごとに切り刻んでやる!!」
シャムシエルの配下の者は、シンジとミサトが消えてから、ずっと二人を探し続けていた。彼女としては、屈辱的な敗北を味わされた事が我慢出来ず、三年の間、ミサトを見つけようとやっきになっていたのだ。
そのミサトが、彼女の前に再び姿を現わしたのである。
シャムシエルは歓喜に震えた。
今日まではサキエルに全てを任せ、ミサトを探す事以外は何もしてこなかった彼女であったが、ミサトが出て来たとなれば話しは別である。
しばらく着用していなかった黒装束に身をつつむ為、彼女は笑い声を上げならが自室へと向かって行った。





to be continued


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