エヴァンゲリオン戦記
Chapter 14: 月夜の舞踏会
レイの率いる解放軍が、ゼーレ軍の後方より奇襲を掛けたのは、シュトース・ヴィントがサンダルフォン軍を壊滅させた三日後の早朝の事であった。
「シルバーファング隊、突撃しなさい!!」
白馬にまたがったレイは、まず解放軍の中で最強の部隊、シルバーファング隊を敵の側面に当て、そちらへ敵が対応して陣を組み始めた時、自ら全軍を率いて、敵に向かって斜めから突撃を開始した。
こうする事によって、出来るだけ敵の後方護衛部隊を引き付け、その間に本隊が敵の弱点である軽装備の兵や、輸送部隊を襲うのだ。
敵へ斜めに向かって進んで行くのも、この進み方が弓で攻撃された時に一番損害が少ない進み方であるからである。
本来ならば、漆黒の鎧をまとった女騎士がシルバーファング隊の指揮をとっているはずであったが、三年前から当時の副隊長であったマコト・ヒューガが指揮をとっていた。
もっとも、彼はまだ自分の事を隊長代理であると公言しており、三年前にネルフから追放された女騎士の事を待ち続けているのだが。
マコトに率いられたシルバーファングは完璧に彼等に与えられた役割を果たし、ゼーレの重装備兵を見事に引き付けた。
その結果、丸裸にされた輸送部隊に、レイの本隊が噛みつく。
まずは弓兵の援護射撃を受けながら、騎兵が突撃を開始する。
まだ奇襲を受けた動揺から抜け出せないままの敵輸送隊に、彼等は容赦無くランスを突き刺して行った。
ランスを捨てた彼等は腰の剣を抜き放ち、慌てふためく敵兵を右に左に斬り捨てる。
そこへ遅れて到着した歩兵が加わり、あっと言う間に乱戦に突入した。
重装備部隊が、補給部隊や弓兵などの軽装備の兵を助けようとするが、背を向ければ目の前のシルバーファングに斬られてしまう為、助けに行けない。
あれよあれよと言う間に、戦いが始まっておよそ十分ほどで、ゼーレ側は千単位の損害を出した。
パニックに陥ったのはサキエルであった。首都へ向かっていたはずの敵が、後方から奇襲を掛けて来たのである。サンダルフォン同様、一瞬の間思考の海で溺れていたが、隣に居た部下に名を呼ばれ意識を地上へと戻すと、次々と指示を飛ばし始めた。
目の前の現実を素直に受け入れなければ、味方の損害は時間と共に増大する。
彼には指揮官として、なさねばならない事がある。その為、自失している時間など無いのだ。
冷静さを取り戻したサキエルは、戦況を分析し始めた。
見た所、解放軍は数においてゼーレ軍の半分に満たない。と言う事は、消耗戦になればこちらが有利になると言う事である。
解放軍の殲滅を第一に考えるなら、この際、味方の損害は無視するべきだ。
奇襲で後方の部隊が手痛い損害を受けたが、解放軍がゲリラ戦を捨てて正面からぶつかって来た以上、これはサキエルにとって彼等を一気に潰す千載一遇のチャンスであった。
「慌てるな!包囲殲滅せよ!!」
半分は自分自身へと向けた言葉であったが、彼の忠実な部下達は左右にV字型に広がり、解放軍を包み込む様に動き始めた。
一人一殺。個人レベルの強さでは劣るゼーレ軍に取れる最高の策であった。
包み込んで解放軍の戦力を少しずつでも削って行ければ、数で勝る自軍は必ず勝てる。
サキエルは自らも剣を抜き放ち、最前線へと馬を進めて行った。
「レイ様、敵は私達を包囲するつもりです!!いかがいたしましょう?」
レイの隣で槍をふるっていたシゲル・ブルーリーフが、左右へと広がり始めた敵を見て焦った顔でレイに報告する。
エヴァンゲリオンの一つ『タナトス』を振るって、向かって来た敵騎兵をまとめて三人斬り倒したレイが、迫り来る左右の敵軍を鋭い視線で見た。
「いけない・・・・包囲されれば負けてしまう・・・・。全軍、敵の左翼に攻撃を集中しなさい!!」
広がった事により薄くなった敵の左翼を叩く事にしたレイは、まず弓で右翼の足を止め、その隙に全軍で左翼へと突撃を開始した。
解放軍の前面に騎兵が並び、ランスを構えて突撃する。この突撃部隊を指揮していたのはレオンであった。中央で指揮を取る彼にシンジの面影が重なり、レイはせつなさを感じて胸を押さえた。
死なないで欲しい。そう心の何処かで願っている自分に、憤りを感じてしまう。指揮官として、私情は捨てるべきだ。それに、自分の心はシンジの為だけに存在して良い物なのだから・・・。
レイが束の間の心理的葛藤を続けている内に、レオンの率いる突撃部隊は敵の前面に到達し、ランスで次々と敵騎兵を突き落として行く。
その後ろから重装備歩兵が槍を構えながら突撃すると、ゼーレ軍はジリジリと後退を始めた。
「シルバーファング、一気に押し潰しなさい!!」
レイの命令で敵の中央部隊を押さえていたシルバーファング隊が、反転して左翼に襲い掛かった。これにより、解放軍全体が左翼のゼーレ軍に攻撃を集中した事になる。
数を頼って互角の戦いをしていたゼーレ軍であったが、極地的に戦力が逆転した左翼は、熾烈な攻撃に耐えられず、どんどん後退し始めた。
逆に、左翼へ敵が攻撃を集中した為、負担の軽くなったゼーレ軍の中央部隊と右翼は、左翼が後退するのと同じペースで前進し始める。
ここに、なんとも奇妙な光景が生まれた。戦場が時計回りに回り始めたのである。
解放軍に押された左翼が後退し、右翼が解放軍を後方から追掛ける。中央部隊は陣形を崩す訳には行かず、V字の軸となってクルクルと回転するだけであった。
こうして決定的な戦況の変化が無いまま、四時間と言う時間が流れた。
四時間後・・・
サキエルは、目の前に広がる光景に満足していた。
しばらくは最前線で剣を振るっていた彼であったが、今は後方に下がって全軍の指揮に専念している。とは言っても、四時間前から戦況に変化が無い以上、じっと戦場を眺めているだけなのであるが・・・。
彼の目の前では、追い立てられて痩せ細った左翼を解放軍が今だに追掛け、それを後ろから右翼が追掛けている。彼はすでに何度回転したのかを数えるのを止めていた。
数が少ない分、解放軍にとってこれはジリ貧と言って良い。この状態がこのまま続けば、負けるのは解放軍であるはずだ。
「ようし・・・・このままだ・・・これで勝てる」
そう彼がつぶやいた時、変化は起こった。
勝利の女神はそう簡単に彼に微笑みかけてはくれなかったのだ。
解放軍が左翼に突撃を掛けた時、前面に展開していたのは重装備の兵であった。
これを後方から弓兵などの軽装備兵が援護していたのだが、重装備兵と言うのはその重量ゆえ、足が遅い。
四時間も追掛けっこをしていれば、後方の軽装備兵と場所が入れ替わってしまうのは仕方が無い事であった。その為、今では重装備兵が後方に、そして軽装備兵が前方で敵を剣を交えていた。
本来ならば、軽装備兵が前面に出て戦うなどと言うのは戦術的に愚の骨頂であったが、この場合、追掛けているゼーレ軍が後退しつつ戦っているので、さしたる問題では無かった。むろん、彼等が後退を止めて反撃に出れば、解放軍は手痛い打撃を受けたであろうが、痩せ細ってしまった彼等にはそれは無理な話しである。
こうして解放軍の重装備部隊は、全て後方へと下がってしまっていたのだが、これこそ、レイが待っていた瞬間であった。
「全軍、その場で180度回転!!これより敵の右翼に攻撃を仕掛けます!!」
蒼銀の長髪を持つ解放軍の女神が馬上で命令を下すと、解放軍は一旦歩みを止めてから180度回転した。
これによって、今まで前方に展開していた軽装備兵が後方に。そして後方に展開していた重装備兵が前方へと、一瞬にして位置が逆転し、解放軍は一瞬にして再編成を終えた。
そして重装備兵が、彼等を追い掛けていた敵の右翼へ向けて攻撃を始める。
ゼーレの右翼も、解放軍と同じく軽装備兵と重装備兵が居たので、解放軍と同様、足の早い軽装備兵が前面に展開していた。この為、解放軍の重装備兵とゼーレの軽装備兵が戦う事になり、彼等はまるで草を刈り取るかの様に討ち取られ始めた。
反対に、解放軍に追われていた左翼は、解放軍の後方に突撃がかけられない程弱っており、重装備兵が後方から襲って来ても、解放軍の軽装備部隊で十分に防げた。
あっと言うまに崩壊し始めた右翼を見て、サキエルは自分の計算が根底から崩壊して行くのを感じた。
弱ってしまった左翼は別として、中央部隊とほぼ同兵力である右翼を見捨てる訳には行かない。このまま中央部隊が黙って見ていれば、極地的に兵力を逆転された右翼は、敵に飲み込まれてしまうであろう。
「くっ、おのれ解放軍め!味な真似をしてくれるわっ!!全軍、敵に向けて突撃しろ!!一人も逃さず殺しつくせ!!」
中央部隊が前進し始めると、陣形が崩れた為、一時的に指揮系統に混乱が起こり、その隙をまた解放軍に突かれ、新たに損害を出してしまった。
しかし、右翼が壊滅する事に比べれば、その損害など軽微な物である。
ゼーレ軍が陣を解いてがむしゃらに突撃を開始した事により、数で劣る解放軍は陣形を保つのが困難になってくる。
数分後には両軍とも入り乱れての大乱戦に突入していた。
戦場とは汚い物である。
肉片が飛び散り、ぶちまけられた脳が血で真っ赤に染まった大地をピンク色で装飾する。
断末魔の叫びがそこかしこで上がり、負傷した者達は憎悪の声を上げながら崩れ落ちて行く。戦死者たちの体からは死臭が立ちのぼり、生者からはアドレナリンの匂が立ち上る。
恐怖に怯えた者は失禁し、泣き出す者さえ居る。新兵ならばなおさらの事だ。
その全てが混じり合い、この世の地獄が出現する。
戦場と言う物は、時として人間の肉体ばかりでなく、精神すら壊す時があるくらいだ。
その地獄の中に、一輪の花が咲いていた。
白銀の鎧に身をつつんだ女騎士は、すでに馬を無くしており、徒歩で敵と剣を交えている。普段ならば護衛の騎士たちが傍に付いているはずなのだが、この乱戦の中ではぐれてしまったのか、彼女は一人であった。
次々と襲いかかって来る敵兵を切り倒し、近くで戦っている味方を叱咤する。
すでに疲労は限界に達しており、エヴァンゲリオンを使っての特殊攻撃も出来ない状態だ。
重い鎧に体は悲鳴を上げており、汗の不快感と重なって、脱ぎ捨てたい衝動に駆られる。
「はぁ、はぁ、はぁ・・・・」
また一人の敵を切り倒した彼女が、肩で荒い息をついていると、解放軍騎士が近寄って来た。
「レイ様、もはやここまででございます。再起の為、脱出いたしましょう」
「何を言うのです。味方を捨てては行けません。脱出する時は、皆一緒です」
レイがゆっくりと首を振る。
「この乱戦の中では、組織的な撤退は無理でございます。お味方の事はお諦め下さい」
「なりません。私が居なくなれば、全軍の士気は落ち、総崩れとなるでしょう。だから・・・・駄目」
「レイ様さえ健在ならば、解放軍はまた再起出来ます。なにとぞ、なにとぞ脱出を!!」
「何度言っても無駄です。私はここに残ります」
すがりつく騎士を置いて、レイは新たに襲いかかって来た敵兵と剣を交え始めた。
「うああぁーーーーーーっ!!」
奇声を上げてタナトスを振り下ろすと、ゼーレ歩兵は剣で受け止めようとした。
しかし、タナトスが青白い魔法の光りを放つと、ゼーレ歩兵の剣ま真っ二つに折れ、次の瞬間にはタナトスが兜を割って頭を叩き割っていた。
飛び散る血飛沫を写すレイの目に、狂気じみた光りが浮かび始める。
この時、彼女は冷静さを失っていたのかもしれない。もう自分は十分に戦ったと、諦めにも似た気持ちに支配されていたのだ。
そしてそれが昨夜感じた孤独感が引き金になっていると、彼女自身、気付いて居なかった。
「あなた・・・・もうすぐそちらへ行きます・・・・」
悲壮な想いを胸に、レイは死に場所を探して戦場を彷徨い始めた。
ゼーレ軍の将軍であるサキエルも、すでに徒歩になっており、何人かの護衛に守られながら剣を振るっていた。
辺りを見回して、深いため息をつく。
開戦時には敵の倍以上いた味方は、今では敵より少し多い程度になっていた。
だが、解放軍を壊滅させると言う当初の目的は達成したも同然である。
もはやこれ以上のどんでん返しが無い事を祈りながら、サキエルが次の獲物を物色していると、一人の解放軍騎士と目が合った。
「シームルグ神よ、感謝いたします」
レイはネルフの民が信仰している神に感謝すると、手に持っていたタナトスを握り締めた。
先ほどの疲労が嘘の様に体が軽く感じられる。彼女の中の憎悪が疲労を上回ったのだ。
彼女の視線の先に立っていたのは、夫の憎き仇、サキエルであった。
「私は解放軍司令官、レイ・イカリ!!いざ、参る!!」
サキエルへ向けて走り始めた彼女を遮るように、サキエルの護衛の兵が立ちはだかった。その数、12人。
「行かせるかっ!!」
「飛んで火に入る夏の虫とはこの事だ!返り討ちにしてくれる!!」
彼等は剣をレイに向けると、一斉に襲いかかって来た。
「ま、まて!気をつけろ!そいつはエヴァを持ってるぞ!!」
レイの手にある冷気を放つ剣を見て、サキエルが部下を止めるが、頭に血が昇った彼等は気付く事なくレイに向けて駆け寄って行った。
「タナトス、力を解放しなさいっ!」
剣に向かってレイが語り掛けると、タナトスは怪しく光り出した。
そして彼女が近づいてきたサキエルの護衛に向けてタナトスを振るうと、空気を切り裂く音がして、閃光が横一文字に飛び、彼等の体を突き抜けた。
「グハァッッ!!」
「ギャアアッッ!!」
「ぐおぉっっ!!」
12人の騎士達は、自分の身に何が起こったのか理解出来ないまま地面に崩れ落ち、自分が作った血の池の中で絶命した。
タナトスの放った真空波が、彼等の体を真っ二つに切り裂いたのだ。
一瞬で12人もの敵兵を斬り倒してみせたレイも、ガクリと地面に膝をついた。今の攻撃でかなり体力を消耗したらしい。
それでもガクガクと震える足を無理やり立たせ、彼女は一歩一歩サキエルに向かって進み出す。まさに執念であった。
最初はレイがエヴァを持っているので警戒していたサキエルだったが、レイの疲労が限界である事を見て取ると、剣を構えてレイに向かって来た。
「ふっ、ずいぶんと疲労している様だな。安心しろ、すぐに楽にしてやる」
さすが将軍だけあって、サキエルの繰り出した剣撃は隙が無く、並のスピードでは無かった。一撃目はなんとかタナトスで受け止めたレイであったが、二撃目は避け切れず、左上腕部がザックリと切れてしまう。
「ううっ!!」
たまらず後ずさったレイに、サキエルは容赦無く三撃目を加えようと剣を突き出す。
これも避け切れないと感じたレイは、目をきつく閉じて激痛に耐えようとした。
その時、彼女の前に誰かが飛び出し、サキエルの突き出した剣を身をもって受け止めた。
「ぐぅっっっ!!」
「あ、貴方はさっきの・・・・」
レイを庇ったのは、先ほどレイに戦場からの脱出を進言した騎士であった。
彼は腹部に刺さった剣を手で握り締め、サキエルの次の攻撃を封じている。
「レ、レイ様・・・・お逃げ下さい。貴方様さえ無事ならば、解放軍はきっと再起できます」
「何を言うのです。この男は、殿下の仇・・・見逃す訳にはまいりません」
「で、殿下はレイ様が生きて幸せになる事を願ってらっしゃるはず・・・ぐっ・・ですから、どうぞここはお引きになって再起の時をお待ち下さいませ。拙者、この一命を投げうってお願い奉りまする」
苦悶の表情で懇願する騎士に、レイの心が動いた。
そうなのだ、死んでしまっては何にもならない。
生きて、そして幸せになる事こそシンジは望むであろう。
彼の所へ今行けば、きっと彼は困った様な顔をして自分を叱るはず。
レイは逃げて生き延びる事にした。
「忠義ご苦労です。遺言を。」
「む、娘をおたのみします・・・・」
「心得ました」
レイは彼に背を向けると、よろよろと逃げ出した。
彼女をサキエルが追掛けようとするが、剣は目の前の騎士の腹に刺さったままなので、追掛ける事が出来ない。剣はその辺に落ちているのを拾えば良いと思い直したサキエルは、突き刺さったままの剣を放し、レイを追おうとした。
「い・・・行かせるかぁっっ!!」
騎士が雄叫びを上げると、サキエルにしがみつく。信じられない様な力でしがみついて来るので、サキエルは腰から短剣を抜き放つと、騎士の背中に突き立てた。
丁度背中から心臓を突いたので、一瞬にして騎士の動きが止る。
「アリシア・・・・ご、ごめん・・・父さん・・帰れそうに・・な・い・・」
崩れ落ちた騎士は、意識が急速に遠のく中、彼のたった一人の家族である娘の名を呼んでいた。
自分の心臓の音がやけに大きく聞こえる。
レイは後ろから追ってくる敵兵から何とか逃れようとするが、疲労の為うまく走る事が出来ない。まだ17歳の少女を、今まさに死神がその手で掴もうとしていた。
転んでは起き、起きては転び、必死に逃げようとするレイを、ゼーレ兵が追う。
しかし50メートルほど走った後、ついに力尽きたレイは、倒れて動かなくなってしまった。彼女を追っていたゼーレ兵は、追っている相手が女、しかも絶世の美女である事に気付き、厭らしい笑みを浮かべながらレイの傍まで寄って来た。
「く、ここまでね・・・・辱めを受けるくらいなら・・・」
捕虜となった女性がどうなるかは知っていた。特にゼーレ軍に捕まれば、想像を絶する様な凌辱に耐えなければならないであろう。
短剣を引き抜いて喉に当てようとしたレイの手を、ゼーレの兵士が踏みつける。
「おっと、まだ死んでもらっちゃあ困るぜ。俺たちを楽しませてくれよ、へへへ」
レイの口の中に、一人のゼーレ兵が指をつっこんで来た。おそらく舌を噛んで自殺するのを止める為であろう。
「う、うぐぐ・・・」
三人の兵士に押さえつけられたレイは、動く事もかなわず、鎧を剥ぎ取られ、衣服を破り捨てやれる。一人の手が彼女の真っ白な素肌に触れた瞬間、彼女は口の中の指を噛んで、最後の抵抗をした。
「痛ぇっっっ!!このアマ、何しやがるっ!」
驚いた男が口から指を引き抜いた瞬間、レイは愛しい男の名を呼んでいた。
「シンジ様ぁーーーーーーーーーっっっ!!」
その瞬間、奇蹟が起こった。
彼女を押さえつけていた男の内、一人の首が吹っ飛び、一人の首に矢が突き刺さり、そして最後の一人の胸が槍で突かれたのだ。
「遅くなって済まない」
朦朧とした意識の中、若い男の声が聞こえ、何かを被せられた後、体が宙に浮く感じがした。どこか懐かしい匂の中、レイの意識は闇へと落ちて行った。
この乱戦の中、一番始めに異変に気付いたのは、シルバーファングの副隊長、マコト・ヒューガであった。
シルバーファングはこの戦場の中、唯一組織的に動いている部隊であり、数は半数に減ってしまったとは言え、彼等の進行を阻める者など居なかった。
彼等はその時、全軍の司令官であるレイを探して、戦場を駆け回っていた。乱戦に突入した時、はぐれてしまったのだ。
「くそっ、レイ様は何処だ!?」
馬上で苛立たしげに辺りを見回したマコトは、戦場に向かって新たな騎兵団が近づいて来るのを発見した。
「な!?敵の増援かっ!?」
見た所、ざっと二万はいそうな騎兵を見て、マコトの背筋に冷たい物が走った。
しかし、その騎兵団の先頭に立って馬を走らせている女騎士を見て、彼は思わず歓喜の声を上げた。
「あれはっ!!ミサト隊長っ!!!!」
みるみる騎士団は近づいて来て、シルバーファング隊の横を通り抜けて行く。
まだこの騎士団が味方か敵かが理解出来ていない解放軍は困惑したが、彼等がゼーレ兵だけを攻撃しているのを見て、ようやく味方だと安堵の息をつく。
マコトに気付いたミサトが、軽く手にした剣を振って見せた。
「か、帰って来て頂けたんですね、隊長・・・」
感極まったマコトは、目に涙を浮かべて剣を振り返した。
シュトース・ヴィントはサンダルフォン軍を蹴散らした後、一日休息を取り、強行軍で南下して来たのである。
リツコの策では、北上して来るサキエルを迎かえ撃つはずだったのだが、この日の早朝、斥候が解放軍とサキエル軍が戦闘を開始したと伝えて来たのだ。
解放軍からサキエル軍に戦いを挑む事があっても、非常に可能性が低いことだと思っていたリツコは、緻密に練った対サキエル軍の策を捨て、急いで戦場に駆けつけたのである。
「まったく、早まった事をしてくれたわね。これじゃあ、サキエルに勝った後の戦略と政略を練り直さなければならないわ」
などとブツブツ愚痴る軍師を見て、ネオなどは苦笑してしまった物だ。
とにもかくにも、戦場の到着した彼等は、瞬く間にゼーレ軍を蹴散らして行った。
元々個人レベルでの強さに劣るゼーレ軍に、組織的に攻撃を加えればひとたまりも無い。
彼等はあちこちで追い立てられ、蹴散らされ、粉砕されて行った。
戦況を逆転されたゼーレ軍は総崩れとなり、負走し始めた。混乱はしている物の、サキエルの命令でなんとか秩序を保ちながら逃げて行く。
皮肉な事に、この時やっとサキエルは解放軍が『二つ』存在した事に気付いたのだった。
サンダルフォンが戦死した事を今だに知らぬ彼は、なぜ解放軍が一気に前後から襲って来なかったのかを不思議に思ったのだが、負走する自軍をまとめるため、あまり深くは考えられなかった。
無様に負走するゼーレ軍を、シュトース・ヴィントは追わなかった。
彼等もここまでの強行軍で疲れ切っており、追撃を掛けるほどの余力も無かったし、まずは傷ついた解放軍の救助をしなければならないからだ。
ゼーレ軍が去った後、シュトース・ヴィントはまだ生きている生存者を探して馬を走らせ、負傷者を軍医達の天幕へと運んで行く。
手術の為の天幕の周りには、負傷した兵士たちが並べられ、より重傷を負っている者から先に天幕へと運ばれて行く。ただし、明らかに助かりそうに無い者には、治療は施されず、戦友達の手によって安楽死させられていた。
惨いようであるが、軍医の数が限られている以上、助かる者だけ助けるのは仕方の無い事である。
天幕の隣で、あまりの損害の大きさにため息をついていたマコトの肩を、後ろから近づいたミサトが叩いた。
「マコト卿、元気を出しなさい」
「た、隊長・・・。申し訳ありません、今日の戦いで隊長からお預かりしていたシルバーファングの半数を戦死させてしまいました」
下唇を噛んでうつむくマコトに、ミサトは優しく微笑みかけた。
「あなたは良くやってくれたわ。感謝してる。戦死したシルバーファング隊員も、本望なはずよ」
ミサトも気休めにしかならないと理解をしていても、言わずにはいられなかった。
目の前の青年は、放っておけば責任を取ると言って自害しかねない。
「ありがとうございます・・・」
幾分気が楽になったマコトは、一つ重大な事に気付いて顔を上げた。
「ミサト隊長、貴方が帰って来られたと言う事は、シンジ殿下を見つけられたのですか?」
マコトの質問に、少しの間の後、ゆっくりとミサトは答えた。
「・・・いいえ、見つけられなかったわ」
「そ、そうですか・・・」
それを知れば、レイがどれだけ悲しむかと考えたマコトは言葉を無くし、二人の間に沈黙が流れる。
マコトが再び口を開きかけた時、一人の騎兵が天幕へと近寄って来た。
彼は紫の鎧をまとい、その腕の中ではマコトの良く知る女性が、青色のマントに包まれて寝息を立てている。
「ネオ様」
ミサトが彼の傍へと歩いて行く。
ネオはミサトに馬から降りるのを手伝ってもらい、レイを抱き抱えたままマコトの前までやってきた。
「ゼーレ兵に襲われている所を助けた。主の危機に卿は何をしておられた?」
冷たい声でマコトを叱責する。
「も、申し訳無い」
相手が何者かもしらないマコトであったが、紫の騎士から立ち上る殺気の様な物に押されて、自然と口から謝罪の言葉が出てきた。
「まあ良い。怪我をされている様なので、治療して差し上げてくれ。それから、今度こんな失態を犯す様な事があれば、俺がお前を斬り殺す」
紫の騎士は腕の中のレイをマコトに渡すと、背を向けて歩き去って行った。
何故かレイを渡す時、彼が名残惜しそうにしている様に見えたのは、マコトの錯覚であったのだろうか?
「ミ、ミサト隊長、あの騎士は?」
隣に悲しそうな顔をして立っているミサトに、マコトは一人言の様に前を向いたまま尋ねた。
「あの方は・・・ネオ様・・・。援軍として来たシュトース・ヴィントの隊長・・。そして、私が今仕えている方よ」
そう言い残して、ミサトはネオを追って駆けて行った。
「ネオ様、どうしてあの方がレイ様だとお分かりになったのですか?」
ネオに追い付いたミサトが、先ほどのマコトとの会話で不思議に思った事を尋ねて見た。
「彼女が・・・・彼女が僕の名を呼んだんです・・・」
「・・・・・」
「ミサト卿、僕は・・・僕は許してもらえるのでしょうか?いえ、たとえ彼女が許してくれたとしても、僕は自分を許す事が出来ないと思います」
妻は、三年もの間、自分の事を想い続け、そして自分の為に戦い続けていてくれた。
しかし、自分はその間なにをしていたのだろうか?
彼女を腕に抱いた時、心の片隅で何か熱い物を感じた。そして、以前はよくあった頭痛も。どうやら何かを感じてはいる様なのだが、彼女の顔を見ても何も思い出せなかった。
その事が、彼女の想いを冒涜している様に感じ、自分がとても深い罪を犯している様に感じたのだ。
「ネオ様・・・・」
兜の下の目が、すがる様にミサトを見る。三年前、彼がジ・オフロントへやって来た時も、こんな目をしていた事を思い出す。
やはり記憶を失っていても、シンジはシンジなのだとミサトは思った。
「お気になさるな・・・とは申しません。しかし、我々にはなさねばならぬ事があります。今はその事だけをお考えなされる様に」
今は悩んでいる時では無い、とミサトは言っているのだ。確かにそうだとネオは思う。
このネルフをゼーレの手から解放して始めて、彼には悩む権利が与えられるのだから。
「ありがとう、ミサト卿」
自分の成すべきことを見い出したネオは、悩む事をとりあえず止めた。
世の中には、時間が解決してくれる事も確かに存在するのだ。
軍の再編をする為、ネオとミサトはシュトース・ヴィントの元へと帰って行った。
解放軍陣地、深夜
「殿下ぁっっ!!」
叫んで飛び起きた途端、レイは左腕に痛みを感じて顔をしかめた。
どうやら彼女は天幕の中で寝ていたようで、隣には彼女を看病していた侍女が寝息を立てている。よほど疲れているのか、レイの叫び声を聞いても寝たままだ。
「私・・・・まだ生きてる・・・」
つぶやいたレイは、自分の毛布の上に掛けられている青いマントに気付いた。
たぐり寄せてみると、どこか懐かしい香がする。
ふらふらと立ち上がったレイは、そのマントを胸に抱きしめたまま、天幕の外へと出て行った。
すでに見張りの者を除いて、兵士達は眠りについているのか、辺りにはまったく人気が無い。辺りに立ち並ぶ天幕の数がかなり少ないのを見て、今日の戦いではかなりの損害が出たのだとレイは理解した。
自分が生きていると言う事は、どうやら解放軍は勝利する事が出来たようだ。
空を見上げてみると、満天の星が彼女を見下ろしている。
自分がひどくちっぽけな存在に感じた彼女は、小さな丘を見つけると登って行った。
丘を登り切ると、手足を伸ばして寝転がってみる。湿った草の匂を嗅ぐと、はっきりと自分が生きている事が実感出来た。
今夜は満月で、辺りは月光に照らされ、まるで昼の様に明るい。
蛍が飛び交い、丘の上は幻想的な光景を生みだしている。
「また生き残ってしまいました。貴方に会うのはまだ先になりそうです」
月に向かって囁いたが、返事は返ってこない。
しばらく気持ち良さそうに月光を浴びていた彼女であったが、ゆっくりと起き上がった。そして、まるで彼女の前に誰かが居るかの様に優雅に一礼すると、ゆっくりとステップを踏みながらダンスを始めた。
貴族の社会に詳しい者なら、それが社交会、それも恋人同士で踊られるダンスだと分かったであろう。
彼女はそれを一人で踊っている。
見えない恋人を想いながら・・・・・。
目を閉じると、そこには変わらぬ笑みを浮かべているシンジが居る。
せつなくて、せつなくて、涙を流し始めた彼女の手を、ふいに誰かが握った。
「!!?」
目を開けてみると、そこには仮面で顔の上半分を隠した男が立っていた。
「その踊りを一人で踊るのは悲しすぎるよ」
男は微笑むと、レイに合わせてステップを踏み出す。
驚いたレイであったが、男が自分に危害を加える気が無い事を悟ると、恐る恐る彼の手を握り返した。
何故か抵抗感なしに指を絡ませ合わせる。まるでそれが当然の事であるように。
二人は月のライトに照らされ、虫たちの奏でる音楽に合わせて踊る。
蛍たちが彼等の周りを舞い、まるで神話に出て来る神々の舞踏会のようだ。
レイはうっとりとした表情で男の腰に手を回した。男もガラス細工でも扱う様に優しくレイの手を握り返し、彼女をリードして行く。
仮面の男がステップを踏み出すと、まるでそのタイミングを知っていたかのようにレイが後ろへと下がる。
月明かりに照らされて出来た影が、時には寄り添い、時には離れて丘の上を舞い踊る。
最後のステップを踏み終わった後、二人はお互いを抱きしめ合っていた。
レイは男の腕の中で安心しきっている自分に戸惑い、男もまた彼女を放したくないと思っている自分に戸惑っていた。
「そろそろ行かなくちゃ」
しばらくお互いの体から離れようとしなかった二人だが、男が名残惜しそうにしているレイの肩を両手で押し離した。
その声に、レイは今日彼女を助けてくれたのが彼だと気付く。
「貴方は・・・貴方が私を助けてくれたの?」
仮面の男は黙って頷いた。
「じゃあ、これは貴方のマントでしょ?」
レイが肩に掛けていたマントを掴んで、男に渡そうとした。しかし、男はレイが差し出したマントを押し戻す。
「それは・・・。君が持っていてくれないかな?」
「どうして?」
「なんとなく・・・かな?」
寂しそうに笑った彼を見て、レイの鼓動が早くなる。
仮面で半分隠されているとは言え、この笑顔、何処かで見た事がる。
まさか・・・・・。
「ま、待って」
背を向けて歩き去ろうとした男を、レイは呼び止めていた。
男は振り返ろうとはせず、その場で立ち止まる。
「あ、貴方は・・・・貴方はもしかして・・・シンジ殿下なの?」
シンジの名が出た瞬間、男の肩がビクリと震えた様に見えたのは、レイの錯覚だったのだろうか?
少しの間の後、男は答えた。
「いや、人違いだよ。僕の名はネオ・・・リリスの将軍さ」
「で、でも・・」
「彼は・・・・シンジ・イカリは僕が殺した」
「!!?」
レイは、歩き去って行くネオの背を、ただ見送る事しか出来なかった。
to be continued