『ネオ皇帝が皇帝になりえた最大の理由は、彼自身が優秀な執政者であり、軍略家であった事以上に、優秀な部下を何人も得られた為である。周知の通り、彼の部下には女性が多く、神聖ネルフ帝国は女性達の手によって造られたと言っても過言では無い。もう一つ特筆すべき点と言えば、ネオ皇帝の正妻、そして側室の全員が建国の為に戦ったと言う事である。彼女達は戦友であり、そして同じ男を愛したと言う連帯感の様な物があった為、まさに鉄の結束で建国に貢献したのである』

ケンスケ・アイダ著 『福音戦記』より抜粋






エヴァンゲリオン戦記

Chapter 15: 人質








解放軍とゼーレ軍が衝突した翌日、激戦のあった戦場に遺棄されていた敵兵の数はおよそ二万体ほどで、解放軍側の数は九千ほどであった。
ゼーレ側の損害率は4割、そして解放軍側の損害率は6割にも達している。
先日の戦いが、どれほど凄まじかったかが、それだけを見ても分かるだろう。
実際、解放軍側の兵は、傷を負って居ない者は一人としておらず、司令官であるレイも、腕に切り傷を受けてベッドの上だ。
解放軍でまともに動ける兵は三千に満たず、最強であるはずのシルバーファング隊でさえ、生き残った千の内、動けるのは五百ほどであった。


シュトース・ヴィントの天幕の中では、一人の女性が頭を抱えてブツブツと一人言をつぶやいている。
「やはり一気にゼーレを潰すしか無いわ。時間を与えれば、すぐに彼等は戦力を回復してしまう・・・。ならば、一気に城を包囲して・・・・それから・・・・で・・・。とするとネオ様には・・・・してもらわなければならないわね・・・」
地図を前に、金髪の軍師は、ああでも無い、こうでも無いと頭をかきむしりながら悩んでいた。はたから見ていると、いくら彼女が美人の部類に入ると言っても、かなり不気味だ。
居並ぶ解放軍の面々は、そんな彼女を見て顔を引きつらせている。
さすがにシュトース・ヴィント側の人間は慣れているのか、平然と、あるいは意識的に無視していた。
自分の世界へと旅立ってしまったリツコを無視して、ネオが立ち上がった。
彼はいつもの鎧を着ておらず、したがって兜もかぶっては居ない。しかし、顔を見られるのはまずいので、顔の上半分を隠せる仮面を付けている。
居並ぶ解放軍幹部の中、一人の紅の視線が痛かったが、彼はそれを無視して話し始めた。
「まずは自己紹介から始めたいと思います。私はリリス軍の部隊、シュトース・ヴィントの隊長、ネオです。そこでブツブツ言ってるのが、私の軍師であるリツコ卿。そして私の隣に座っているのがミサト卿です。ミサト卿の事をご存じの方も多いと思いますが、彼女はネルフを追放されている身なので、今は私の部下として同席しています」
かなりひどい紹介のされようをしたリツコは、一瞬ちらりとネオに抗議の視線を向けたが、また地図に視線を戻してブツブツとつぶやき出した。
「さて、今回の戦いで、我々連合軍は手痛い損害を出してしまいました。あなた方、解放軍は戦力が三分の一にまで落ち、両軍合わせて三万にも満たない数です。状況はかなり厳しいと言ってよいでしょう。今日、皆さんに集まってもらったのは、今後の我々の方針を決める為であります。皆さんの意見をお聞かせ頂けるでしょうか?」
ネオが一礼して席に座ると、まずレオンが立ち上がった。
「ネオ卿、ここにはネルフの王族もいらっしゃいます。仮面を付けて素顔を隠すとは、無礼ではございませんかな?」
どうやら、彼は先ほどからネオの方ばかり見ているレイが気に触った様で、多少の危機感と共に、ライバルとなりかねないネオに先制攻撃を加えた。
「名乗りもせずに発言する、卿の方が無礼ではござりませんか?」
ネオの隣に座っていたミサトが、冷たい声でレオンに答えた。
彼女は内心苦笑していた。ネルフの王族、その正統な血を受け継いでいるのは仮面を付けたネオ一人だけなのだから、レオンの言葉は滑稽極まりない。
「ほほう、これはミサト卿、お久しゅうございまするな。シンジ殿下をお見つけ出来ず、よくおめおめと戻ってこられたものです。しかも、今は大恩あるネルフ王家では無く、リリス王家に仕えてらっしゃるとは・・・。いやはや、まことに騎士の鏡でござりまするな」
辛辣なレオンの言葉に、ミサトは沈黙をもって答えた。
しかし、彼女の目には危険な光りがちらつき始めている。彼女の左に座っているネオが、彼女の剣の鞘を押さえていなければ、実力で彼の舌を切り落とそうとしていたかも知れない。
「レオン卿、無礼なのは卿の方だ」
尊敬している元上官を侮辱されたマコトが、怒りで顔を赤く染めて立ち上がった。
普段、傍若無人な振るまいをしているレオンの事を嫌っていた彼は、ミサトを馬鹿にされて黙っている事が出来なかったのだ。
「ふっ・・・。隊長が隊長なら、副隊長も副隊長か・・・」
「ど、どう言う意味だっ!!」
鼻で笑ったレオンを見て激怒したマコトが、剣に手をかけた。
天幕の中に、危険な空気が漂い始める。
「しばし待たれよ」
その空気を、ネオの落ち着いた声が吹き飛ばした。
「仲間同士でいがみあっては、敵を利するだけです。私の顔には醜い火傷の痕があり、正視しがたい物なので、こうして仮面を付けておりまする。無礼、お許しいただけるとありがたい」
ネオが頭を下げた事によって、その場は一応の落ち着きを取り戻した。
ただ、マコトは怒りがおさまらず、ずっとレオンを睨みつけたままだった。
「さて、当方の損害状況でありますが・・・・」
タイミングを見計らったシゲルが、立ち上がって解放軍の損害状況を報告し始める。
ネオを始めとするシュトース・ヴィントの面々が真剣な顔つきになり、解放軍の面々は損害状況、そして戦死者リストをシゲルが読み上げている間中、悲痛な表情を浮かべていた。


シゲルが損害の報告している間、レイはじっとネオを見つめていた。
彼女はまだ傷が癒えてはいなかったが、ネルフの今後を左右するこの軍議に出ない訳には行かなかったのだ。
自分に最低限の言葉しか投げかけて来ないネオを見ていると、昨夜の事が夢の中の出来事だった様に思えてくる。
レオンと一緒に居る時はドキドキとしてしまうのだが、ネオを見ていると何故か安心してしまう。説明するのは困難だが、何故だか彼の前だと自然な自分でいられる様な気がするのだ。
シュトース・ヴィントが到着した事により、彼女の重責が少し軽減された為かもしれないが、彼女は今、長く帰っていなかった家に帰って来た様な心地よさを感じていた。
しかし、彼女にはどうしても気になってしまう事があった。それは、ネオがあの夜つぶやいた言葉である。
彼は、自分がシンジを殺したと言った。これは一体どう言う意味なのだろうか?
言葉通りだとすれば、ネオはシンジの仇だと言う事になる。
しかし、リリスから騎士が、どうやってネルフのセレン平原で戦ったシンジを殺せると言うのだろうか?
疑問が疑問を呼び、考えれば考えるほど分からなくなって来る。
もしやネオがシンジなのではと考えもしたが、もしそうならば、シンジが自分の元へ帰って来ない訳が無い。リリスで騎士をやっている必要性が無いのである。
しかし、なぜこんなに彼の事が気になるのか。揺れる心を、彼女はもてあましていた。
「・・・ま・・・・レ・さま・・・レイ様!!」
ボーっと物思いに耽っていたレイは、自分が呼ばれている事にやっと気付き、はっとして周りを見回した。
どうやら軍議の結果、敗走したゼーレ軍を追うべきだと言う意見と、またシャーウッドの森に篭って持久戦に持ち込むべきだと言う意見とに分かれ、レイに裁断を任せる事になったらしい。
「レイ様、戦力に劣る我々には、やはり今一度シャーウッドに戻り、篭城するしか無いと私には思われます」
レオンが力強く主張すると、不本意ながら彼と同じ意見を持つ者達は頷いた。
このレオンの主張に、一番辛辣な反応をしたのはリツコであった。
「用兵のなんたるかも知らない様な騎士が側近で、よく今まで解放軍は持ちこたえられた物ね」
ミサトをあげつらったレオンに、本気で彼女は怒っていたのだ。
鼻で笑ったリツコを、レオンは凄い目で睨みつけた。
「リツコ卿、それはちと口が過ぎませんかな?」
「あら、私は事実を口にしただけよ」
「ほほう、では、シュトース・ヴィントの軍師殿は、いかなる理由でゼーレ軍を追うとおっしゃるのかな?」
挑戦的なレオンの口調も、この英明なネオの軍師には何の効果も無く、彼女は淡々とレオンの主張の穴を指摘して行く。
「まず一つ目に、卿はシュトース・ヴィントが皆騎兵である事を失念しておられる。騎兵に入り組んだ森の中で戦えと仰せか?しかも、私達はシャーウッドの森の地理に、ゼーレ軍と同じくらい明るく無いのですよ?これでは、地の理が無いと言うどころか、自ら死地に向かう様な物よ。二つ目に、戦力の増加がこれ以上望めない私達に比べ、ゼーレは援軍を送る余裕がまだまだあります。つまり、このままシャーウッドに篭ったままだと、あっと言う間にゼーレの戦力は増強され、首都を落とす事は今以上に困難・・・いえ、不可能になってしまうわ。だから、戦力が増強される前に、首都を落とさなければならない」
「しかし、絶対的戦力の差はどうすると言われる?」
自分の主張をコケにされたレオンが、なんとか反撃を試みる。
「それは、ここを使うしか無いでしょうね」
そう言ってリツコは、自分の頭を人差し指でつついて見せた。
「ふっ、馬鹿馬鹿しい。卿こそ、用兵のなんたるかが分かっていないのでは?本来、戦略の第一歩は、敵より多くの兵を揃える事にある。つまり、最初から我々には篭城と言う手しか残されていないのですよ」
「これは異な事を申されますな。篭城とは、本来援軍を待つ為の戦法。我々シュトース・ヴィントが到着した以上、もう援軍が来る事は無いのです。と言う事は、篭城には何の意味も無い」
「しかし・・・」
何とか反撃しようと口を開きかけたレオンを、レイが手を上げて制する。
「ネオ卿、卿の意見をお聞きしたいのですが」
じっと軍議の成り行きを見守っていたネオに、レイが尋ねた。
「私は軍師を信用しております。彼女に任せておけば、間違いは無いはずですから」
ゆっくりと落ち着いた声で言ったネオに、レオンが無能者めがと言いたげな蔑んだ視線を送った。それを感じたネオが、レオンに視線を移して彼に語り掛けた。
「人には程度の差はあれ、優れた点と劣った点があります。私より優れた点を持っている彼女を信用するのは、当然では無いでしょうか?」
そう言ったネオの隣でフフンと自慢気に胸を反らしたリツコを見て、ミサトが苦笑する。
ネオはレイに視線を戻すと、今度は彼女に話しかけた。
「解放軍の皆さんがシャーウッドの森へと帰ると言うのであれば、私達は止めません。しかし、もし帰られるのならば、我々は別行動を取らせて頂きます」
キッパリと言い切ったネオに、居並ぶ解放軍の面々がざわめいた。
レイはしばし考え込んでいたが、顔を上げると、真正面からネオを見た。
「分かりました。我々もシュトース・ヴィントと行動を共にしましょう」
これに解放軍側の何人かが抗議の声を上げようとしたが、レイが発言を続けたので不発に終わってしまった。
「これで方針は決まりました。これより解放軍は、全力でゼーレ主力を攻撃します。では解散」
それだけ言うと、彼女は立ち上がり、天幕から出て行ってしまった。
最高責任者が決定を下し、そして去った後では抗議は出来ず、レオンを始めとする反対派は決定に従うしか無くなってしまった。
こうして解放軍、シュトース・ヴィントの両軍は十分な休息を取った後、首都を目指して進軍を始めたのである。





ゼーレ王国、王都コキュートス



国の文化レベルを調べようとするなら、まず町を見てみるのが一番である。
衛生管理が出来ているかそうで無いかで、大体の事は分かってしまう。
そう考えて見ると、ゼーレの文化レベルと言うのは、かなり低いと言わざるを得ないであろう。
家畜が辺りを走り回り、舗装されていない歩道は、雨が降れば泥沼の様になってしまう。
街の通りに異臭が漂っているのは、この街の住人達が排泄物を窓から外に投げ出して処理しているからである。
伝染病が蔓延していないのが不思議なほど汚れた街であった。
ネルフやリリスでは、排泄物を回収して回る仕事があり、彼等は国から高額の収入を得て生活している。回収した排泄物を農家に売って、副収入を得られる事から、以外に人気がある仕事だったりする。
税金で得られる国家予算のほとんどを軍事につぎ込んでいるゼーレでは、この様なシステムは無かった。その為、街は汚れ放題である。
その汚れた街の中を、一人の騎士が歩いていた。
騎士は赤く塗装された鎧を着ており、腰には見事な装飾が施された剣を下げている。
少し赤みがかった長髪を揺らして、アスカ・ラングレーは街の中央にそびえ立つ王城を見上げた。
「まるで魔王の城ね」
この地方では、青空がみられる事はめったに無い。
灰色の空をバックにそびえ立つゼーレの王城は、彼女の目には邪悪な物にしか見えなかった。


入城した彼女は、無駄としか思えない広さの部屋に跪いていた。
彼女の隣にはもう一人、不服そうな顔をしながら跪いている男がいる。
豹の様にしなやかな筋肉を持ち、たくましそうな顔つきをしたこの男の事を、よくアスカは知っていた。
何故ならこの男は、自分にとって唯一の親友である女性の、恋の相手だからである。
「よく来たな、バルディエル、そしてラングレー。」
すでに老人と言って良いゼーレの支配者、キールが部屋に入って来ると、金銀で装飾された玉座に腰掛けた。
彼の後ろからは、一昔前は『ゼーレの薔薇』と呼ばれていたキョウコ・ツェッペリン(ラングレー家とは縁が切れたので、ツェッペリン姓に戻った)と、まだ幼さを残した少女が付いてきて、彼の両側に立った。
キョウコはアスカを、少女はバルディエルと呼ばれた男を、それぞれ悲痛な表情で見つめている。
「二人共、いまいましいネルフの残党共の手によって、サンダルフォンが殺されたのは知っておるな?」
「「ははっ」」
サンダルフォンの死は、戦いのあった十日後にはゼーレに報告が届いていた。
もちろん、将軍である二人の耳にも入っていたのだが、二人共、内心ネルフに拍手を贈りこそすれ、悲しんだりなどは決してしなかった。
何故なら、二人ともゼーレに人質を取られており、サンダルフォンに至っては、もともとゼーレと敵対していたのだ。そんな二人に幕僚の死を悲しめと言っても、無理なはなしである。
「今日、ここへお前達を呼んだのは他でも無い。戦死したサンダルフォンに代わり、ネルフを平定してもらいたいのだ」
アスカには、隣で唾を飲む音がするのが聞こえた。
バルディエルは、昨日やっとゼーレの西部で起きた反乱を鎮圧して帰って来たばかりなのだ、無理も無かろう。
「お言葉ですが陛下、ワイの配下の兵は皆疲れてます。今すぐの出兵は無理です」
バルディエルの必死の懇願も、キールの冷たい視線に弾かれてしまった。
「無理だと?そう申したのかバルディエルよ?予の命令が聞けぬと?」
キールは隣に立っている少女の腕を掴むと、引っぱって抱き寄せた。
「聞いたかフユカ?おぬしの兄は、お前の命がどうなっても良いらしいぞ?」
クスクスと笑いながら、腕の中で小刻みに震える少女の頬に、皺の多い顔を擦り付ける。
身を刺す様な殺気がバルディエルの体から立ち上り始め、彼の筋肉がピクピクと痙攣し始めているのが、隣のアスカには良く見えた。
もとはと言えば、バルディエルは蛮族の王子であった。しかし、その国もゼーレに滅ぼされてしまい、妹を人質に取られた彼は憎きゼーレの手足として働いているのだ。
たった一人残った肉親の事を、バルディエルがどれだけ大切に思っているかを知っているアスカは、自分とある意味よく似た境遇の彼に、同情を禁じ得なかった。
当時ゼーレは、この様な手をよく使って、敵の将軍や王族を服従させ、自分たちの為に戦わせていた。
「行ってくれるな、バルディエル?」
フユカの首を片手で掴んだキールが、もう一度冷たい視線でバルディエルを見ると、彼は力無くうなだれ、小さく『かしこまりました、陛下』と消え入りそうな声で返事した。
こらえ切れぬ物が込み上げて来たが、バルディエルはかろうじて理性でそれを押さえ込んだ。
「おぬしはどうじゃ、ラングレー?母思いのおぬしの事じゃ、喜んで遠征に出てくれようの?」
ちらりとキョウコに目を向けてから、キールはアスカに視線を戻した。
キールの言わんとしている事が分かっているアスカには、ただ一つしか選択が残されては居なかった。
「はっ!必ずや、陛下の怨敵であるネルフの残党どもをせん滅し、凱旋してみせましょう」
多少の皮肉を込めて、うやうやしく一礼したアスカは、母の顔を見ようとはせず、キールに背を向けて退出して行った。その後に続いて、バルディエルも一礼すると、妹に一瞬だけ優しげな目を向け、足早に出て行った。


城を出たアスカは、大きな伸びをして緊張で固くなった筋肉をほぐした。
この城へ来る度に、何年か年をとってしまう様に感じるのは気のせいであろうか?
もしや本当にこの魔城が精気を吸っているのでは無いであろうかと本気で考えている自分に苦笑した彼女は、バルディエルがこちらに向かって歩いて来るのに気付いた。
「よう、ラングレー」
軽く手を上げてみせた彼は、無邪気で子供っぽい笑いを浮かべてアスカの前までやって来た。
「とんだ災難ね、トウジ」
「ホンマやで。キールの魂胆は見え透いとるが、従わん訳には行かんからのう」
バルディエルと言う名はキールが付けた名前で、彼の蛮族での名はトウジ・ベルフィールドと言った。
国王から賜わった名を使わないと言うのは不敬罪に値する事なのだが、あえてアスカは彼の事をトウジと呼び、またトウジもそれを当然の事の様に受け答えしている。
彼自身、バルディエルと言う名前が好きでは無かった。むろん、自分の一族を皆殺しにした人間に付けられた名前を好きになれる人間など、めったに居ないであろうが。
「ラングレーが裏切れば、ワシが妹を護る為にラングレーを倒す。逆にワシが裏切れば、ラングレーが母親を護る為にワシを倒す・・・・。お互いに監視させて、裏切らんようにさせるとは、腹黒い狸の考えそうなこっちゃの」
「声が大きいわよ」
「かまへん、かまへん。まだワシに利用価値がある内は、殺される事は無いはずやからな」
カラカラと笑って見せたトウジに、アスカはため息をついた。
「せやけど・・・」
急に真顔になったトウジが、真剣ではあるが、どこか申し訳なさそうな目でアスカを見る。
「もしもラングレーが裏切った時は・・・・ワシは本気でお前と戦うで。妹だけは、なんとしても護らなあかへんのや」
「それは私も一緒よ。アンタが裏切ったら、私も容赦はしないわ」
しばらくお互いを見つめ合っていた二人だったが、突然トウジはおどけた表情に戻り、腰にぶらさげた剣を叩いてカシャリと音を立てて見せた。
「まあ、ワシの『ライディーン』と、ラングレーの『レーヴァテイン』、どっちが強いか試す事にならん様に祈っとるわ」
またカラカラと笑い出したトウジを見て、アスカは人の悪い表情を作った。
「そうね、止めた方が良いわ。だって、あんたもヒカリのご飯が食べられなくなってしまうものね」
アスカがからかうと、蛮族の王子は頬を赤く染めて、あらぬ方向に視線を泳がせた。
「ヒ、ヒ、ヒ、ヒカリは関係無いやろが」
「はははははっ!!良かったわねトウジ、彼女と一緒に遠征できて」
アスカが遠征するとなれば、彼女の側近にして親友である少女が付いて来ない訳が無い。
ますます顔を赤くした青年を思う存分からかった後、真紅の騎士は愛馬に乗って自らが治める領地へと帰って行った。出兵の準備をする為である。
「さてと、ワシもそろそろ帰ろか」
自分も乗馬したバルディエルは、妹が閉じ込められている城を振り返ってつぶやいた。
「フユカ、兄ちゃんは行ってくるで。必ず帰って来て、何時かはそこから助け出してやるさかいな」



アスカの率いるラングレー家の騎士団一万と、バルディエル率いる歩兵団二万がネルフへと出発したのは、それから三日後の事である。





リリスの首都、メルクリウス



内戦の傷も癒え始め、活気を取り戻し始めたメルクリウスでは、ゼーレとの戦いに備えるべく、毎日の様に激しい軍事訓練が行われ、鍛冶屋では急ピッチで武器防具が生産されていた。
これによる経済効果は大きく、街は好景気に沸いていた。


「陛下、吉報でございまする。ネオ卿率いるシュトース・ヴィントが、ゼーレの軍二万を破り、敵将サンダルフォンを討ち取ったよし」
執務室で書類にサインをしていたカヲルに、側近が報告した。
「本当かい?」
「はい。それだけではございませぬ。シュトース・ヴィントは、その後解放軍と協力し、サキエル率いる五万の軍を蹴散らしたそうでございます」
「さすがネオ君だねぇ」
いつもの奇麗な笑顔を浮かべたカヲルは、よっこらせと年寄りくさい掛け声を上げて、座っていた椅子から立ち上がった。
「さてと、そろそろ僕達も動くべき時が来たね。このネオ君の勝利で、ゼーレの目はネルフに釘付けとなるだろうから、その内に僕等は漁夫の利と行こうか」
カオルは側近にムサシ、ケイタ、マナ、そして主だったリリスの諸将を呼び集める様に命じると、いつも考え事をする時にしているように、窓の外の街を眺め出した。


数分後、カヲルの前にはケイタ、ムサシ、そして主だった諸将が並んでいた。
彼等の顔を見回していたカヲルだったが、ふとマナが居ない事に気付いて、ムサシに視線だけで尋ねる。
「傭兵隊長は体調を崩しておりまして、軍議には出席出来ない状態でございます」
視線を空中に泳がせながら答えたムサシにカヲルは首を傾げたが、彼女が居なくては進まない話で無い以上、問題は無いであろうと意識をこれから始まる軍議に戻した。
「ネオ卿がネルフで勝利を収めた今、ゼーレの目はネルフに釘付けになってるはず。これは、我々リリスにとって必要な時間が得られたと言う事以上に、ゼーレに一泡ふかせる絶好の機会だ。ゼーレはネルフを潰せば、すぐにリリスに攻めかかって来るだろう。ならば座して後手に回る前に、討って出て先手を取ろうと思う」
諸将の表情が引き締まった物へと変わって行く。カヲルは、あの超巨大王国と化したゼーレに喧嘩を売ろうと言うのであるから、当然と言えば当然だ。
「知っての通り、すでにゼーレは国境付近にリリスを攻める為の前線基地を築き始めている。これはかなり大規模な物で、完成してしまえば落とすのは困難だ。だから、今叩いておく必要がある」
地図を机の上に広げたカヲルは、敵の前線基地の位置にペンで印をつけ、それとは別にメルクリウスから一本の線を引いて、その印と首都を繋いだ。
「出陣は半月後。行軍の進路はここに書いた通りだ。そして、前線基地に奇襲を掛けるのは新月の夜、夜陰にまぎれて実行する。何か質問は?」
カヲルが諸将を見渡すと、一人の将軍、ムサシが手を上げた。
「おそれながら国王陛下、戦を仕掛けるには大義名分が必要でございます。今回の戦、何をもって大義となされまするか?」
いくら国境付近に前線基地を築いていようと、ゼーレはまだ戦いを挑んで来ては居ない。
ゼーレに侵攻するなら、何か大義が無いと一方的な侵略戦争になってしまい、外交的にまずいのだ。多少無理がある理由であっても、大義名分があるに越した事は無い。
またこれは、戦う兵士達の士気にも大きく影響してくるので、絶対不可欠と言えるかもしれない。
「ゼーレに侵略され、植民地、または吸収されてしまった国々の解放が我々の大義名分である」
普段はいつも微笑んでいる彼だったが、この時、完全な真顔になった彼は、諸将の顔を順番に見ながら言った。
「これは国家の存亡を賭けた戦いだ。皆、心して戦いに挑んで欲しい」
諸将はカヲルに向けて最敬礼すると、慌ただしく部屋から出て行く。
リリスが動かせる戦力全てを動員すると、その数は10万を越える。これだけの兵を動かすのに、準備する時間は半月しか無いのだ。ゆっくりとしている暇は無い。
こうして、リリスも国家の存亡を掛け、ゼーレを攻める為の準備を始めたのであった。




ネルフの首都、ジオフロント


命からがら首都へ帰って来たサキエルを待っていたのは、サンダルフォンが戦死したと言う知らせであった。
五万の兵を率いて出陣した彼であったが、無事生還できた者は半数ほどしかおらず、援軍としてやって来たサンダルフォンの二万の兵が全滅した事によって、合わせて四万五千の兵を失った事になる。
サキエルは解放軍が四万近くの兵力を持っていたのにも驚いたが、それ以上に彼等がほとんど損害を出さずにサンダルフォン軍に対して一方的な勝利を収めたのに驚いた。
神ならぬ身のサキエルは、まさかリリス軍が髪を黒く染めて、解放軍の援軍として戦ったなどとは夢にも思わなかったのだ。ましてや、その援軍を指揮していたのが、現リリス国王であるカヲルを補佐し、彼が王位を得るのを手伝っていたネオであり、また彼が天才的軍師であるリツコ・レッドキャッスルを配下に置いていたなど、知るよしも無かった。
だがしかし、ジオフロントにはまだ十万の兵が待機している。これは解放軍の四倍であり、ゼーレの有利は以前として揺らいでは居ない。
再編成を終えたら、すぐにでも出陣して解放軍の息の根を止めてやろうと思っていたサキエルだったが、城に到着して四日後、部下から信じられない様な報告を受けた。
「サキエル様!!か、解放軍が・・・解放軍がジオフロントを包囲しておりまする!!」
「馬鹿な。やつらに我々を包囲出来る程の戦力は無いはずだ!」
部屋に転がり込んできた兵士の言葉が信じられず、サキエルは急いでバルコニーに出た。
女性とお楽しみの最中であった為、彼は全裸であったが、彼の頭からは服の事など吹っ飛んでしまっていた。残された女性は、兵士が居るのでベッドから出る事も出来ず、顔を赤く染めてシーツを頭からかぶる。
バルコニーから外を見てみると、確かにジ・オフロントの街を包囲する様に、大軍が陣をしいていた。少なく見ても五万は居るだろう。
「ど、何処からこんな大軍が・・・・・」
唖然としたサキエルはしばしのあいだ自失していたが、はっとして部屋に駆け戻り、服を来て外へ飛び出す。
突然現われた解放軍に城の中は大騒ぎで、武官たちが忙しなく走り回っている。
サキエルは走り回っていた兵士を一人つかまえ、城門を閉じる様に命令すると、自分は部下たちを集めるべく会議室へと向かって行った。


この時、ジオフロントを包囲した解放軍を指揮していたのは二人の女性であった。
一人は髪を金髪に染めたシュトース・ヴィントの天才軍師で、もう一人は漆黒の鎧に身を包んだ女騎士である。
彼女たちの後ろには五万の連合軍が並び、攻城戦を準備を手際良くこなしていた。ただ、彼等はカタパルトの様な攻城兵器は一切用意していない。なぜなら、攻城兵器を使えば必ずネルフの国民に被害が出てしまうからだ。その為、彼等は遠巻きに城を包囲しているだけである。
「さて、貴方ならどう攻める、ミサト?」
「あのねぇ、それって軍師が聞く質問じゃ無いわよ」
女騎士は、困った顔で言い返した。
「あら、参考までにと思っただけよ。貴方の意見を聞かせて」
「う〜ん、そうねぇ。外から攻めても落ちる事は無いでしょうし・・・やはり、内側からね」
ミサトの答えに、リツコはニヤリと笑って見せた。彼女は自分の親友が凡将で無かった事が、なんとなく嬉しかったのだ。
「ふふふ、貴方も軍師になれるかもね」
「どう言う事?」
「包囲する前に、百人ほどジオフロントに送り込んでおいたわ。城と言う物は、外からの攻撃に強くとも、内からの攻撃にはひどく脆い物よ。私たちが攻撃を始めたら、城壁の内側で送り込んだ兵が『ネルフが解放される時が来た、皆、武器を持って侵略者を叩き出せ』って叫ぶ手はずになってるの」
ゼーレによって、ネルフ国民は地獄の様な三年間を送って来た。蓄積されて来た怒りと憎悪は、すでに頂点に達しているはずだ。彼等を解放するべく連合軍がジ・オフロントを包囲していると知れば、後は一押しで堤防は決壊する。いくら一般市民と言えども、ジオフロントを占領しているゼーレ軍の何十倍も居るのだから、彼等が決起さえしてくれれば、内と外からゼーレ軍は攻められる事になり、城は簡単に落ちるはずだ。
ゼーレ軍に対する怒りと憎悪。これがリツコの切り札であった。
三万に満たなかった連合軍が、短期間に五万にまで膨れ上った理由がここにある。
実は、リツコはサキエルを敗退せしめた後、部下を使ってその事実をネルフ全域に大々的に宣伝して回ったのだ。
この知らせを聞いて、多くの野に下っていた騎士達が舞い戻り、一般市民からも義勇軍として何人もが参戦した。サンダルフォン軍を全滅させたと言う事も、人々に参戦を決意させるのに役立った。
リツコは自軍の勝利をうまく利用し、戦力を増大させる事に成功したのである。
この大軍をリツコとミサトに任せたネオとレイは、今も兵を集める為に各地を奔走している。
レオンを始めとする解放軍の幹部達は、ネルフを追放されたミサトと、よそ者であるリツコが指揮を取るのに不服だったが、レイが出発する前に彼女達に絶対に従う様にと、きつく命令していたので、渋々ながら彼女達の言う通りに動いていた。
「うまく行けば、なんとか落とせそうね」
ミサトが誰に言うでも無くつぶやいた。
城を攻めるのと守るのでは、後者の方が絶対的に有利である。さらにゼーレは数の上でも連合軍の倍であり、一見、彼等が負ける理由は無い様に思える。
しかし、ミサトはゼーレ軍が額面通りの戦力を持っているとは思ってはいなかった。
何故なら、今まで彼等は勝ち続けており、勝利の美酒に酔い慣れた彼等は、死力を尽くして戦おうと言う気が無いはずだからである。付け加えるなら、すでに三年も異郷で過ごしてきたゼーレ兵にしてみれば、そろそろ帰郷したいと言う想いが高くなって来ており、敵に勝つより生きて無事に故郷に帰りたいと思う者が多く居た。
反対に、連合軍の方はもう後が無い。ここで勝たなければ、彼等はおしまいなのである。これに加えて、義勇軍として参戦した者の多くはゼーレに憎しみを抱いており、家族をゼーレに殺された者達などは命すら惜しまないであろう。
つまり、士気の高さが桁違いなのだ。
もう一つ、ゼーレ軍には致命的な欠点がある。それは、彼等が敵と共に城に立て篭っていると言う事だ。
先も言った様に、虐待されていた市民達が立ち上がれば、城門は簡単に開かれる事になるであろう。もちろん、市民にも沢山の犠牲者が出るであろうが、『血を流すのを厭う者は、血を流す事を厭わない者によって征服される』と言われている様に、自由を勝ち取る為には戦わなければならないのだ。
しかし、ミサトはそれが正しい事であり、市民は決起して自由を手に入れるべきだとは思っていなかった。
本来ならばそれは軍隊の責任であり、一般市民に流血を強いてしまう軍属の者達は、責めを負わなければならないからだ。
むろん、そんな事はリツコにも分かっていたのだが、全知全能の神では無い彼女は、こうするしか勝つ事は出来ないと結論を出したのだ。そして、それが後世でどのような評価を受けようとも、甘んじて受け入れようと覚悟していた。


そうこうしている内にも、連合軍の後方からは続々と義勇軍や、日和見を決め込んでいた辺境の諸候たちが配下の騎士達を連れて続々と到着している。
この戦いでゼーレをネルフから追い出して見せると、固く心に誓うミサトだった。
しかしこの時、彼女はシンジとレイの身に歴史を揺るがす大事件が起ころうとは、夢にも思っていなかった。



to be continued


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