真っ青な空の下、小鳥達のさえずりが聞こえる。
彼等は喜びの歌をうたいながら、せっせと巣の材料を集めに勤しんでいた。
これから彼等はここで卵を産み、雛を育ててから北方へと旅立って行くのである。
そんな彼等の歌声が、ピタリと止んだ。
彼等の耳に、遠方から近づく馬蹄の響きが入ったからである。
馬蹄の音は次第に大きくなり、やがてなだらかな丘を下って来る一人の騎兵が彼等の目に入った。
蒼銀の長髪をなびかせて、レイ・イカリが一本の木の横を通りすぎた時、何羽かの鳥が飛び立ったが、あいにく彼女はそんな事に気付ける程の余裕を持ち合わせては居なかった。
長時間、全力で馬を走らせていた為、彼女の顔には疲労が浮かんでいるが、不思議な事に馬は疲れた様子も無く、神速とも言える速さで無人の野を駆け抜けて行く。
レイが胸の辺りを触ると、ヌルリとした感触が伝わって来た。
手が赤く染まったが、しかしそれは彼女の血では無い。彼女の乗っている馬、『スレイプニール』の本当の持ち主の物である。
何度も反転して戻ろうと試みたレイであったが、主人の命令に忠実なスレイプニールは言うことを聞こうとはせず、そのまま走り続けた。
「どうして・・・・どうしてこんな事に・・・・」
血で濡れた手を頬に当て、あえぐ様にしてつぶやいた彼女は、そのまま全速力で連合軍が集結している首都の方向へとスレイプニールを走らせて行った。
エヴァンゲリオン戦記
Chapter 16: 一騎打ち
リリス、首都メルクリウス
「マナ・・・・・、お腹の子はどうするんだ?堕ろすなら、今の内だぞ・・・」
いつになく深刻な顔をしたムサシが、木陰で本のページをめくっていたマナに言った。
彼女は驚いた様な顔をしてムサシを見たあと、頬をふくらませて怒る。
「馬鹿な事は言わないで!この子は、私一人で育てるわ!」
「けどなぁ・・・・・」
マナから事情をすべて聞いていたムサシは、なんと言ったら良いのか迷った。
ネオがネルフの王子だと言う話を聞いた時、彼はものすごく驚いたのだが、もしそれが本当だとすればマナのお腹の子はネルフの王族の血を引いている事になる。
ネルフが国家として復興したなら、世継ぎをめぐって後々紛糾の種となるかもしれない。もしこの子が男子であればなおさらである。
もしネルフが滅んだとしても、復興を志す者たちにとっては、この子は錦の御旗となるであろう。どちらにしても、この子やマナに危険が迫る事になってしまう。
ムサシにとって、マナは妹のような物だ。彼女が危険にさらされるのを黙って見ている事は出来ない。
しかし、本当に嬉しそうにしているマナを見ていると、あまり強くは言えなくなってしまった。
彼女もそれは痛いほど理解しているはずである。彼女が幸せなら、それでも良いのでは無いだろうか?危険が迫れば、自分が守ってやれば良いのである。
そっとお腹に手を当てて微笑む彼女は、すでに母親の顔をしていた。
ムサシがため息をついて、自分の配下の騎士たちを編成する作業に戻ろうとした時、メルクリウスには珍しい突風が吹き、マナの麦わら帽子を飛ばした。
「あっ」
慌てて手を伸ばしたマナだったが、帽子は風に乗って遠くへ飛ばされてしまう。
「ここで待ってろ、俺が取って来てやる」
彼女の体を案じたムサシが、やれやれと言った感じで帽子を追いかけて行く。彼の頬が少し赤くなっているのは、自分が身重の妻を気遣う夫の様に思えたからだ。
しかし、はたから見ていれば、その光景は彼の想像その物であった。
「ほら、今度は飛ばされない様に気をつけろ」
マナに帽子を手渡したムサシは、まだ夏の終わりだと言うのに、ひどく冷たい風を感じ、がっしりとした体をブルブルっと震わせた。
「マナ、今日はちょっと冷えるぞ、中へ入った方が良いんじゃ・・ない・・・・・」
彼の妹が彼を見ていないのに気付いた彼は、彼女の視線をたどって空を見上げ、その瞬間おどろきに言葉を最後まで続けられなかった。
ひらひらと空から舞い落ちて来る物・・・・それは雪であった。
「おいおいマジかよ。まだ秋にもなってないんだぜ?」
マナが手を伸ばし、雪の結晶を手の平にのせた。
あまりにも繊細なそれは、彼女の手に乗った瞬間、はかなく溶けて消えた。
「奇麗・・・・・」
「確かに奇麗だが、こう寒くちゃたまらん!って、何泣いてるんだ、マナ?」
妹の頬に光る物を見つけて、ムサシが心配そうな声を掛ける。
「あれ?あれれ?何で涙が出るんだろ?」
手の甲でゴシゴシと涙を拭う。
『・・・ナ、・・・・・マ・・・ナ・・・』
「・・・・・・・・・・ネオ?」
誰かに名前を呼ばれた様な気がしたマナは、空を見てつぶやいた。
「ん?何言ってるんだ?」
「う、ううん、何でもない。なんだかネオの声が聞こえた様な気がして・・・」
「そうか・・・・・・。さあ、冷えるから城の中に入るぞ」
自分のマントをマナに掛けてやったムサシは、彼女の肩を抱きながら王城へと歩き出した。
「あなたのパパは・・・・大丈夫だよね・・・・」
何故か胸騒ぎを覚えたマナは、不安を振り払う様に自分の腹部に手を当てた。
ネルフ北部
ここで少し時間を遡ってみよう。
護衛の騎士を十人ほど引きつれたネオとレイは、連合軍の下を離れて兵を集めるのに奔走していた。彼等は大きめの村や街を回り、ネルフの解放が近い事を知らせ、住人に武器を持って立ち上がる様に説得していたのだ。
今までの解放軍の活動はネルフの南半分に限定されており、北半分の国民はその存在は知っていた物の、本当に解放軍がゼーレに対抗しうる力を持っているとは思っていなかったのである。
解放軍の活動が南半分に限定された理由は、やはり首都のゼーレ本隊の存在が大きかった。下手に北に進みすぎると、補足されて袋の鼠になってしまう可能性があったからだ。
解放軍の戦いを実際に自分の目で見てきた南半分の国民は、自主的に決起して参戦して来た者たちが多かったのだが、北半分は皆無と言って良かった。
その為、解放軍の指導者であり、亡きシンジ王子の妻であるレイが、自ら説得に回っていたのである。
一方、ネオも兵を集める為わずかな手勢を率いて村々を解放し、義勇軍を募っていた。
リツコ達は首都を包囲して敵軍を封じ込め、ネオとレイが兵を集める。これはリツコの策である。
しかし、リツコ達が稼げる時間はほんのわずかであり、三日後にはレイとネオは帰還する予定であった。
「ん?あれは・・・・」
シュトース・ヴィントの中でも特に腕の立つ騎士を五人引きつれて馬を走らせていたネオは、同じ方向に向かって進む幾つかの騎影を、少し離れた丘の上に見つけた。
本隊と離れて三日間、彼等の前に立ち塞がる敵は皆無であったが、最後の最後で敵に補足されてしまったのかとネオは緊張した。
しかし、相手の顔がなんとか見える距離まで近づくと、ネオの緊張が解けた。
その変わり、違った意味で緊張しはじめる。
「あれはレイ姫・・・・・・・」
とんだ偶然もあった物である。
どうやら、任務を終えて帰還途中のレイと出くわしてしまったらしい。
連合軍の下を離れた時は、別々の方向に向かったのだが、まさか帰り道で一緒になろうとは思いもよらなかった。
どうやらレイもネオ達に気付いたらしく、彼女の部下達と共に彼等に馬を近づけ、並べて走り出す。
「ネオ殿、奇遇でございますね」
「はい・・・・・」
ネオがぶっきらぼうに答えると、レイの形の良い眉がピクリと動いた。
レイにしてみれば、これはネオとじっくりと話が出来る絶好の機会である。
と言うのも、ネオは明らかにレイを避けており、しかもレイとて多忙の身なので、なかなか二人でじっくりと話をする機会が今まで無かったのだ。シンジの事について聞きたい事が山ほどあったし、もしや彼がシンジなのではと言う疑念も抱いている。
ぶっきらぼうに答えられれば、眉の一つも動かしたくなるであろう。
一方、ネオにしてみれば、あまりレイと話しているとボロが出てしまいそうなので、出来るだけ喋りたく無かった。先ほどから嫌な汗が体中から噴き出している。
「何人ほど?」
普段は寡黙なはずのレイが、なんとかネオと会話をしようと話題を探してみるが、やはり軍事の話題しか無い。
「わたくしは4000人ほど・・・。今頃は連合軍と合流している事でしょう」
「そう・・・・・」
そこで会話が跡絶えてしまう。
レイの質問は、他人が聞いても恐らく意味が伝わらなかったであろう。
何人ほどの義勇軍を集められたかとレイは聞いたのだが、その意味をしっかりと理解したネオは、さすがに記憶を失っていてもシンジであった。
しかし、思いのほか鈍いレイは、その事に気付かない。
ネオがちらりとレイを見てみると、彼女は前を向ながら頭を少し傾けてみたり、眉間に皺を寄せてみたりしている。どうやら次の話題を出そうと試行錯誤している様だ。
その仕草が思いのほか可愛く見え、ネオはしばし彼女に見とれてしまった。
その時、なにやら決心した様にコクコクと一人で頷いたレイが、ネオに向かって切り出した。
「あの夜・・・。どうして私と踊ったの?」
あの夜とは、シュトース・ヴィントが解放軍の危機を救った日の夜である。
月光に照らされながら一人で踊るレイを見たネオは、彼女の手を取って共に踊ったのであった。
まさかその事を聞かれるとは思ってもみなかったネオは、少し狼狽しつつもゆっくりと答えた。
「それは・・・・。あの夜は月の光りに魅了され、埒も無い事をしでかしてしまいました。ご無礼たてつかまつり、誠に申し訳ございません。忘れて頂けると幸いでございます」
うまく誤魔化せた事にほっとしたが、ネオは生きた心地がしなかった。
しかしレイはめげずに次の質問を繰り出す。この時、彼女は今までの人生で一番積極的であっただろう。
「貴方は本当に、シンジ殿下なのでは無いのですか?」
「それは以前お答えしたはず・・・・・」
「では、貴方がシンジ殿下を殺めたと言うのは、どういう意味なのですか?」
彼女の声に熱がこもり出す。
「それは空耳でございましょう。その様な事を申した記憶はございません」
感情が高まっていたとは言え、あの時不用意につぶやいた言葉をネオは後悔していた。
これはもう、知らぬ存ぜぬで通すしか無い。
「では・・・・・貴方と・・・貴方と一緒にいる時のこの安心感は・・・何故なの?」
「・・・・・・・・」
レイの切なそうな表情に、ネオの心が揺れる。
いっそ正体を明かそうか・・・そんな思いすら沸き上がって来た。
「いつか・・・・いつかきっとお答えいたします。ですが、今はその時では無い」
「私は三年待ったわ・・・・。まだ・・・待たなくては駄目なの・・?」
三年の間、彼女は夫の帰りを待って戦い続けた。やっと有力な情報が掴めそうなのに、ネオはまだその時では無いと言う。
これは彼女にとっては、とうてい受け入れられない答えであった。
「・・・兜をとって!」
ついに来てしまったかとネオは兜の下で顔をしかめた。
ミサトには一目でシンジだと分かったのだ、レイが彼の顔を見ればすぐにバレてしまう。
まだ彼女に名乗り出るほどの勇気が自分には無い。
「お戯れを・・・・」
「本気よ」
「・・・・・」
何とかはぐらかそうとするが、どうやら見逃してもらえそうにも無い。
言うべきか、言わざるべきか。
黙り込んでしまったネオを見て、レイは一層疑念を深めた。
そんな二人のやり取りを、後ろに続く部下たちが固唾を飲んで見守っている。
「ぼ・・・僕は・・・」
手綱を握り締めたネオが口を開きかけた時、それは起こった。
レイの乗馬の首筋に、一本の矢が突き立ったのである。
致命的な一撃に、馬は前につんのめって倒れ込んだ。ネオがとっさにレイの腕を掴んでいなければ、彼女とて無事ではすまなかったであろう。
「敵かっ!!?」
レイをスレイプニールの上に引き上げたネオは、前方に信じられない光景を見た。
今まで死角となっていたのだが、丘を越えた場所に何万と言う兵が行軍していたのである。
これはサキエルの援軍としてやってきたアスカとバルディエルの軍だったのだが、ネオが知るよしもない。
どうやら早くから彼等は補足されていた様で、彼等の後方からも敵兵が押し寄せてくる。
後ろに回り込まれたのだ。
「ちぃっっっ!!迂闊だった!!」
こちらの手勢はわずか十人ほど。前方を突破するのは不可能である。
後方から迫って来る敵は少ないとは言え、それでもこちらの百倍は軽く越えているのだ。まさに絶対絶命である。
ここで二人共死ねば、連合軍は空中分解してしまう。なんとしても死ぬ訳には行かない。
ネオの決断は早かった。
「後方を何とか突破するぞ!」
馬を反転させたネオは、レイを彼の後ろへ座らせると後方から迫る敵へと向けて馬を走らせた。
敵は完璧な集団行動を取っており、今まで彼等が相手にしてきたゼーレ兵とは明らかに違う。
腰に回されたレイの腕に、力がこもるのをネオは感じた。
「突破出来るとは思えないわ」
彼の背中に頬を押し付けたレイが、諦めにも似た声でつぶやいた。
「やっぱりオナゴを殺すのは出来ん」
遥か彼方を走っていた馬を弓で射た蛮族の王子は、部下を率いて前進し始めた。
わずか十名ほどの敵に全軍を動かす事は無いと考えた彼は、本隊から千人ほどの騎兵を連れてネオ達を追う。
彼の手勢はすべて歩兵だったので、この千騎は真紅の将軍から借り受けた兵だ。
蛮族の王子の動きと呼応する様に、ネオ達の後方へと回り込んだ騎兵が、まるで鷹が獲物を狙って翼を広げる様にして横に広がり、彼等の退路を断たんとする。
この騎兵隊を指揮していたのは、まるで蜂蜜に黄金を溶かし込んだような髪の色を持つ女騎士であった。彼女は真紅の鎧に身をつつんでおり、彼女の指揮する騎兵たちも同じ鎧をつけている。
こちらへ向かって来るネオを見て、真紅の将軍は舌なめずりをした。
「大勢で取り囲むなんて卑怯だけど、士気の向上させるにはもってこいね」
もう敵は完全に包囲されており、逃げる事は不可能である。
そのまま押し潰そうとした彼女の目に、紫の鎧の騎士が入った。
「あれは・・・・、まさか・・・・でもどうして彼がここに?」
紫色の鎧など、めったにある物では無い。
彼女は噂で聞いたリリスの騎士の事を思い出した。
彼はどこからともなく現われ、劣勢にあったリリスの王子を助け、彼を王位につける事に成功したと言う。
剣技は達人の域に達し、用兵家としてもかなりの能力をもっているらしい。
人の噂と言うのは誇張されて行く物である。紫の騎士が噂どうりの人物であるとは限らない。しかし、彼女にとって彼の能力など今はどうでも良い事であった。何故なら、もっと重大な疑問が沸いてきたからだ。
すなわち、何故リリスで重鎮にまでのし上がった彼が、ネルフに居るのか?
暗愚と正反対に位置する彼女の頭脳が、めまぐるしく活動を始めた。
サンダルフォンは、何処からとも無く現われた敵に殲滅され、虫けらほどの戦力しか持ってはいなかった解放軍が、首都を包囲していると言う・・・・。
そして紫の騎士が現われたと言う事を考えた時、すべての出来事が一つの事実を浮き彫りにした。つまり、リリスが解放軍を援助していたのだ!!
そうこうしている内に包囲網は縮まって行き、戦闘がはじまった。
敵は死兵となって包囲を突破しようとしているが、包囲網には隙が無く、何人かが味方によって切り倒された。全員が相当な剣の使い手であるようだが、四方から襲われてはひとたまりもない。
一瞬で終わると思われた戦いだが、銀の閃光が走ったかと思うと、彼女の配下の騎士達が何人か落馬した。
「あれは・・・・エヴァ?」
真紅の騎士の目が大きく見開かれる。
そして彼女の部下たちにも動揺が走った。
エヴァンゲリオンと言えば、あの伝説の魔神たちすらなぎ倒した神器である。普通の武器で戦うのは、自殺行為に等しい。
彼等を率いる真紅の騎士が使用し、目の前で何人もの敵が灰にされて行った所を目のあたりにしている彼等は、その恐ろしさを十分に理解していた。
なんとか近寄らずに倒そうと矢を射かける騎士もいたが、紫の騎士に届く前にオレンジ色の光に阻まれてしまう。
紫の騎士と、その後ろの女騎士は、お互いの死角を補いながら突き進んで行く。
血飛沫が舞い、絶叫が響き始めた。
敵は彼等二人を中心にして小規模な陣すら組み始め、エヴァを見て逃げ腰になった味方を突き崩して行く。
「目には目を・・・エヴァにはエヴァで対抗よ!!」
次々と味方が斬り倒されて行くのを見た真紅の騎士は、自ら敵と剣を交えるべく馬を進めた。
「もっと密集しろ!クリス、後ろから来るぞ!!」
剣を振り回しながら、ネオの的確な指示が飛ぶ。
彼の後ろではレイがエヴァンゲリオン『タナトス』で真空波を放ち、離れた敵を倒して行く。
しかし彼等の奮戦も空しく、また一人、また一人と仲間は減って行き、百を数える内に、残っているのはネオとレイだけになってしまった。
「まだ死ねないっ!まだ死ぬ訳には行かないんだっ!!」
自分の命に代えても後ろにいる少女を守ろうと思っていたネオだったが、どうやら無理そうである。彼とてリリスの内乱で、何度も絶対絶命のピンチを経験して来たが、二人対二千人では桁が違いすぎる。
彼の視界の隅で、敵騎兵が槍を突き出すのが見えた。どうやら狙いは後ろに座っているレイの様だ。とっさに体をひねったネオは、スレイプニールを回転させ、レイと槍との間に体をすべり込ませた。
ズブリと言う鈍い衝撃の後、体中を突き抜ける激痛が走り、ネオは顔をしかめた。
槍は見事に彼の腹部に突き刺さっていた。
エヴァが衝撃をあるていど吸収していてくれなければ、背中まで突き抜けたであろう。
「くふぅっ!!」
剣で槍を切り払い、彼の左から剣で切りつけようとしていた敵騎士を叩き切る。
激痛にめまいがするが、ここで剣を振るうのを止めてしまえば待っているのは死だけである。
「ネオ卿!」
ネオが負傷したのに気付いたレイが声をかけるが、彼女も自分の身を守るのに精一杯で何も出来ない。
「し、心配しないで下さい」
なんとか答えたネオの前に、一人の女騎士がたちはだかった。
それと共に、彼等を包囲していた騎士たちが後退し、ネオ、レイ、そして女騎士のまわりは円形に空間が出来た。
馬を止めたネオに、女騎士が語りかける。
「リリスの騎士が、どうしてネルフに居るのかしら?」
「な、何の事だかさっぱり・・・・」
「とぼけないで!貴方たちがネルフを援助したと言う事は、ゼーレに対する敵対行為よ。ゼーレと戦争する覚悟があるの!?」
女騎士の蒼い目が、ネオを睨みつける。何故かネオはこの目に見覚えがあった。
ただ、いつ何処で会ったのかは思い出せなかったが・・・。
「さてね・・・・・。で、僕たちを殺すのかい?」
「そうね、貴方はかなり私の部下を殺してくれたわ」
彼の後ろに乗っているレイを見て、女騎士はこの紫の騎士がリリスから来たと確信した。
何故なら、レイが典型的なリリス人の容姿、つまり紅の目と蒼銀の髪を持っていたからだ。
彼女はこの時、レイが解放軍の司令官だとは思ってもいなかった。
「私と一騎討ちしなさい」
エヴァンゲリオン『レーヴァテイン』を抜いた彼女は、自分の口から出た言葉に驚いていた。間近で見たネオの剣技に、騎士としての血が騒ぎ、彼女の口を動かしたのだ。
それに、部下を殺された仇討ちをしたいと思ったのも事実である。
「待ってくれ。一騎討ちに異存は無いけど、一つ頼みを聞いてくれないか?」
「何?」
「彼女を・・・・・彼女を見逃してやって欲しい。それだけだ」
真紅の女騎士は、ちらりとネオの後ろに乗っているレイに目を向けた。
彼の要求を聞いてやる必要など無かったが、すでにネオと剣を交える事にしか興味が無くなった彼女は、きまぐれに雑兵の一人くらい逃してやっても良いと思った。
「ふっ、良いわ。雑兵一人ぐらいね」
「感謝する」
ネオは痙攣しだした腹部の筋肉を叱咤しながら、ゆっくりとスレイプニールから降りた。
「スレイプニール・・・・彼女を無事に逃がして差し上げろ。」
ブルルと鼻を鳴らしたスレイプニールは、彼の主人に頬を寄せる。別れの時だと言うのが分かっているようだ。
「私も残るわ」
そう言ってスレイプニールから降りたレイを見て、ネオは困った表情を浮かべる。
敵はまだ彼女がレイだとは気付いていないようなので、別れを惜しむ恋人の様に彼女を抱きしめると、彼はレイの耳元でつぶやく。
「姫・・・・、貴方は生きなければなりません。シンジ王子が生きていたら、彼も同じ事を望むでしょう。貴方は逃れて生きて下さい」
きつく抱きしめられたレイは、形の良い目を見開いて驚いたが、体が自然に動き、彼の背中に腕を回して自分も彼を強く抱きしめていた。
「貴方には伝えなければならない事が沢山あります。もし・・・・もしまた会えたなら、必ず・・・・・・」
ネオは名残惜しそうにレイから体を離すと、彼女をスレイプニールに乗せた。
「また・・・・会えるかしら?」
「ええ、きっと・・・・」
そう言って笑って見せたネオだったが、痛みのせいでぎこちない笑顔になってしまった。
「こんな時、どんな顔をすれば良いのか分からないわ」
「笑えば良いと思うよ」
レイがはっと息を飲んだ。
そして、三年前にそうした様に、優しくそっと笑って見せた。
その笑顔の美しさに心を奪われそうになったネオは、ひどい頭痛を感じた。
彼にはそれが、腹部の傷の為なのか、それとももっと他の理由があるのかは分からなかったが、もう時間が無い。
「さあ行け、スレイプニール」
ネオがわき腹を軽く叩くと、スレイプニールは悲しくいなないた後、全力疾走を始めた。
「ごめん・・・・・・そしてさようなら」
つぶやいたネオは、レイに背を向けて真紅の騎士と向き合う。
うっとうしくなっていた兜を脱ぎ捨てると、失血で蒼白になった顔が出てきた。
青白くなり、生気の感じられなくなった顔は、まるで有名な芸術家が造った彫像の様に見える。
小さくなって行くネオの背中を見て、レイは自分が泣いているのに気付いた。
「何故?何故涙が出るの?」
後ろ向きなので顔は見えなかったが、兜を脱いだネオの黒髪を見て、レイの中で何かが弾けた。
重なったのだ。三年前にジオフロントの正門をくぐって行った夫の姿と。
「い・・・・や・・・・いやぁああーーーーーっっ!!殿下ぁーーーーーーーっっ!!」
彼女が叫んだ時、もうかなり遠ざかってしまったネオが振り向き、あの頃見せてくれた笑顔を彼女に向けてくれた様に思えた。
ネオはリリス流の、そして真紅の騎士はゼーレ流の一騎討ちの礼をして構えをとる。
「僕の名はネオ」
「私はゼーレの将軍、アスカ・ラングレー」
「「いざ、尋常に勝負!」」
同時に相手に向かって駆け出した二人は、間合いに入ると同時に剣撃を繰り出した。
アスカの『レーヴァテイン』が炎を放ち、それをネオのエヴァが不可視の壁でかき消す。
人間ばなれした速度で攻防が繰り広げられ、剣と剣がぶつかり火花が飛ぶ。
か細い腕には似合わない力強い剣撃に、腹部の傷から血が噴き出し、ネオはぐらついた。
それでも気力で痛みをこらえたネオは、がら空きになったアスカの腹部に横蹴りを入れる。
「つ、強い・・・・」
アスカは、わずかながら焦りを感じていた。
ネオは深手を負っていると言うのに、それをまったく感じさせない戦い方をしている。
ともすれば、気を抜いた瞬間に負けてしまいそうだ。
下からすくい上げる様にして飛んで来た剣撃を、ネオは上半身だけを反らして避ける。
もうすでに彼の足は動かなくなって来ていたのだ。
その後も何合か打ち合った二人だったが、勝負は一向につかない。周りのラングレー家の騎士たちは、信じられないと言った顔で二人を見ている。彼等の主人がここまで苦戦しているのを見たのは始めてであったのだ。
しかし遂に均衡が崩れる時が来た。ネオが失血のためによろめいたのだ。
この隙を見逃す事なく、アスカが容赦の無い一撃をネオの肩へと叩き込む。
その鋭い斬撃は、ネオの肩を切り裂き、胸部にまで達すると思われたが、振り下ろした瞬間にネオが前に出た為、剣はきっ先では無く鍔に近い部分が当たり、鎧にめり込むだけに止まった。
傷は付いたであろうが、致命傷と呼ぶには、ほど遠いだろう。
「し、しまっ・・・・・」
慌てて離れようとしたアスカの視界が反転する。
ネオが足をからめて彼女を地面へと叩き付けたのだ。
「くはっ!」
したたかに背中を打ち付けたアスカは、一瞬息が止まった。なんとか起き上がろうとしたが、ネオが彼女の上でマウントポジションを取っているので動けない。
首に冷たい感触を感じたアスカは、もがくのを止めた。ネオの剣が突きつけられていたのだ。
「ま、負けたの・・・・・・アタシが・・・・?」
彼女には信じられなかった。
ラングレー家を継ぐ為に、毎日のように血反吐を吐くような訓練をつんできた彼女が負ける事など、あってはならないのだ。
しかも、ネオは負傷していたのである。
彼の腹部から流れ出る血液が、アスカの鎧を、より一層鮮やかに塗装して行く。
「何やってるの?早く殺しなさい!」
なかなか突き出されない剣に、アスカは憤りを覚えて怒鳴った。
一騎討ちで敗北したのだ。生き恥をさらすより、いっその事殺して欲しかった。
「僕には、出来ないよ」
「アンタ馬鹿ぁ!?戦場に男も女も無いでしょうが!!さあ、さっさと殺しなさい!!」
「違うよ・・・・。女だからじゃ無い。さっき、レイを逃がしてくれた・・・だから」
途切れ途切れにネオは言った後、意識を失ってアスカの上に覆い被さるようにして倒れた。
ネオの体を押し退けて起き上がった彼女は、安否を気づかって駆けよって来た配下の騎士にネオを手当する様に命令すると、馬にまたがって本隊のいる場所へと戻っていった。
「完敗ね・・・・・・」
馬上でつぶやいた彼女の声は、誰にも聞かれる事は無かった。
to be continued