エヴァンゲリオン戦記

Chapter19: 竜虎激突






大陸をほぼ全て手中に収めた軍事大国ゼーレ。
そのゼーレの王であり、独裁者であるキールは荒れていた。
お気に入りの側室の一人が、何者かの手引きによって城から逃げ出したのだ。
激怒した彼は、国王直属の騎士団を呼ぶと、逃げた側室の故郷であるラングレー領を破壊しつくせと命令を出した。
城を出た騎士団は、ラングレー領の人々を女子供も容赦無く皆殺しにし、家々に火を放って全てを焼き尽くした。
キールは逃げた側室、キョウコがそこに潜んでいると思って命令を出したのだが、彼の予想は外れ、キョウコをラングレー領で見つける事は出来なかった。
「おのれキョウコ、草の根を分けても探し出し、ワシから逃げた事を後悔させてやる」
醜く顔を歪めたキールは、自分の前に跪いて震えている騎士に冷たい眼差しを向けた。
「それで、ラングレーの小娘は捕まえたのか?」
キールが質問を投げかけると、騎士は床に頭をこすりつけるようにして土下座した。
「申し訳ありません!!全力で追跡したのですが、逃げるために使ったと思われる抜け穴の出口が塞がれており、逃がしてしまいました!」
城の警備の責任者である騎士は、彼の主の眉がヒクリと動いたのを見て、なんとか生き残る為の言い訳を始めた。
「ですが、捕虜を逃がすのに手を貸したと思われる内通者を見つけ出し、捕らえる事に成功いたしました。ただ今、アスカ卿の行方を聞き出しています」
敵国の捕虜を利用してアスカを逃がした女性を見つけ出した事だけが、この騎士にとって生き残る為の唯一の光明だった。
しかし、その希望も次の瞬間には粉々に砕け散ってしまった。
彼の部下がやってきて、捕らえていた女性が舌を噛み切って自害したと彼に報告したのだ。
「役立たずが!!」
吐き捨てるように言ったキールが指をパチンと鳴らすと、側に控えていた別の騎士が進み出て、警備責任者の腕を引っ張って部屋から引きずり出して行った。
「陛下、どうか、どうか御慈悲をーーー!!」
悲痛な叫びも、重く頑丈に出来た扉が閉ざされると聞こえなくなった。
この後、この警備責任者は首を落とされる事になるのだが、彼は幸運だったと言えるだろう。なぜなら、もし逃げた捕虜がネルフの王子だとキールが知っていたら、簡単には死なせてはもらえなかっただろうから。
「バルディエルに伝令を送れ!ラングレーの小娘が配下の騎士達と接触せぬように目を光らせておけとな。もしラングレーの騎士達が叛乱を起こすような気配を見せたら、皆殺しにしろとも伝えろ」
キールが騎士に命令を与えていると、そこに息を切らした伝令が駆け込んできた。
「申し上げます。リリスの新国王カヲルが挙兵し、国境近くに建設中の砦を攻撃。砦の守備兵および工兵は勇敢に応戦いたしましたが、あえなく全滅いたしました!」
「なんだと!?それでリリス軍の規模は!?」
キールは思わず玉座から腰を浮かせた。
彼はリリスが自分に牙をむくなど思ってもいなかった。まったく予想外の出来事だったのだ。
リリスはほんの少し前に内乱を終えたばかりで、国内は荒廃し、挙兵できるほどの力が残っていたとは思えない。もし挙兵できる程の力があったとしても、まさか超大国であるゼーレに戦争をしかけるなど、正気の沙汰とは思えない。
事実、内乱前のリリスはしっかりした戦力を持ち、ネルフと同盟の動きすら見せていたが、結局はゼーレに屈してネルフを見殺しにしたではないか。
「敵はおよそ十万。占領した砦を拠点とし、さらに北上する動きを見せております」
「おのれ・・・リリスの若造が、このワシに喧嘩を売ると言うか・・・・。マトリエルとアラエルを呼べ!!」
伝令に言いつけると、キールは目を閉じてこれからの事を思案し始めた。
とりあえずリリス軍には二倍ほどの軍勢を送って鎮圧するとして、問題はネルフである。
この時点で、キールはネルフからの一時撤退を考え始めていた。
大陸をほぼ手中に収めたキールだったが、いまだに北方にはゼーレに屈するのを良しとせず、なんとか征服されまいと抵抗している国家がいくつか存在する。
その筆頭がディオクレス公国である。
ディオクレス公国の領土自体はそう大きくは無いのだが、優れた騎士団を持っている。規模は領土と比例して小さいが、やっかいなのはエヴァを所持する騎士が多数存在すると言う事だ。
そのディオクレス公国を中心として、北方の何国かが「北方同盟」なるものを築き上げた。
その北方同盟に対して、キールは二十五万もの大群を常時国境に貼り付けておかねばならなくなってしまった。
この点、ネルフとリリスが潰れればゼーレを止められるのは誰も居ないとカヲルが言っていたのは半分間違っている。
いくらゼーレが軍事大国であるとは言え、北方に二十五万、ネルフに二十万、そして今回のリリスの侵攻に二十万の兵を当てていたのでは、経済的に破綻しかねない。
それに加え、ゼーレが征服した国々にも不穏分子やレジスタンスが多数残っており、これに対しても軍を使わねばならぬ。急速に広がった領土は空洞化しているのだ。
そこでネルフの問題に戻るのだが、キールはネルフから一時的に撤退しても何ら問題は無いと考えていた。
実際にゼーレに攻め込んで来ているリリスは勿論の事、北方同盟を無視する事は出来ない。
しかし、ネルフにはもはや軍事力と呼べる規模の兵力は残っておらず、国内も荒廃しきっている。南方の二国を同時に攻めるより、ネルフを一時的に放棄し、リリスに対して集中的に兵を送る事で一気に潰し、それから再びネルフの征服に乗り出せばよいのである。
考えをまとめたキールは、ネルフに進駐しているサキエルとシャムシエルを呼び戻す事を決めた。
これによって、バルディエルことトウジのネルフ残党狩りの任は解かれる事となる。



好色で短気なキールではあるが、国の舵取りのバランス感覚はしっかりと持ち合わせていた。
時として、彼の内なる残虐性と短気が直結し、今回のラングレー領でのような出来事が起こるが、彼が大陸の覇者としての器量を持ち合わせていると考える人間は多数存在している。でなければ、ゼーレが短期間にこれだけ領土を広げる事は出来なかったであろう。
後世の歴史家達は、キールが統治する架空の大陸と、シンジの統治とを比較したりするが、歴史に「もし」が存在しない以上、彼等の比較は想像の域を出ない。
しかし、彼等の意見で一致しているのは、キールが大陸を征服しても、ゼーレは長くはなかっただろうと言う点だ。
その理由の一つに、キールが世継ぎを定めていなかった点がある。
好色のキールは、何人もの女性に手をつけた。もちろん、その結果として多数の子をもうける事となったのだが、長すぎるキールの在位に業を煮やした王子たちが、幾度となく父であるキールを倒して王位に就こうと叛乱を起こした。
結局、王子達の計画はキールによってことごとく粉砕され、彼等は例外なく処刑されて行ったのだが、これによって気骨のある王子たちが居なくなってしまい、後に残ったのは気の小さな者ばかりとなってしまったのだ。それらに王位を託すわけにはゆかず、キールはまだ世継ぎを決められないでいた。
もし、仮にキールが大陸制覇を成したとしても、彼の死後、跡目争いが起こったのは間違い無いだろう。そうなってしまえば、せっかく統一した大陸も必ずまた割れる事になったはずだと言うのが歴史家たちの見解である。



ネルフとゼーレの国境付近では、今だにトウジの歩兵二万とアスカの騎兵一万が立ち往生していた。
アスカが連れ去られてから、トウジの努力もあって何とか秩序を保っていたラングレー領の騎士達だったが、さすがに一週間が経過すると不穏な動きを見せ始めていた。隊長クラスの騎士達が集まり、なにやら相談事をしているとトウジに報告があったのだ。
「もうそろそろ限界やな。それに、ラングレー領の事が露見するのも時間の問題やろうし・・・」
呟いたトウジの手には、キールからの命令書が握られていた。そこにはキールからの命令に加え、アスカの逃亡や、ラングレー領での出来事が書き込まれている。
もし、この情報が騎兵達に漏れれば、彼等は報復のためにコキュートスに向けて進軍し始めるだろう。そうなってしまったら、命令書にある通り、トウジは自分の配下の歩兵二万をもって彼等を殲滅しなければならない。
数で勝っているとは言え、歩兵と騎兵の戦力の違いは埋められないであろう。という事は、トウジは彼等と相打ち覚悟で戦わねばならぬ。彼には部下に死んで来いと命令する事は出来ない。
加えて、アスカとは男女の差を越えた友だ。出来ればアスカの配下の騎士達とは戦いたくは無かった。
そして彼には戦いたくない理由がもう一つある。
「トウジ、居る?」
控えめな声が天幕の外から聞こえた。
「ああ、ヒカリか。入って来たらええで」
天幕の中へと滑り込むようにして入ってきたのは、一人の少女であった。
ヒカリと呼ばれた少女はトウジを見てニコリと笑うと、木箱で作られた簡易椅子に腰掛けた。
「アスカからの連絡?」
ヒカリがトウジの手の中で握り潰されている手紙を見て、心配そうな顔で尋ねた。
「いや、アスカやない。陛下からの命令や・・」
途中で言葉を止めたトウジは、大きく息を吸い込み、ヒカリの目を真っ直ぐ見ながら続けた。
「なあヒカリ、もしワシとアスカが戦ったら、どっちに味方する?」
トウジの口から出た言葉は、ヒカリの胸に大きな杭となって打ち込まれた。
キールからの命令とトウジの言葉。合わせて考えられる事はただ一つ。
「アスカと・・・戦うの?」
絞り出すように出した声は、天幕に入って来た時の笑顔からは想像も出来ないほどか細かった。
「あいつ、牢を破って逃げ出したらしい。もしここに戻って来たら、ワシはアイツを捕まえなあかん。もしアスカが抵抗するなら・・・・そん時はこの剣で止める!」
大きな手で腰の愛刀を叩くと、主の覚悟に答えるかのように鞘がガシャリと甲高い音を立てた。



「バルディエル様、大変です!!」
トウジの部下が、血相を変えて天幕へと飛び込んで来たのは、翌朝まだ日が昇る前であった。
「なんや!?何があった!?」
「騎兵達が戦闘準備をしています。反乱です!!」
たしかに、騎兵達の天幕がある方向が騒がしい。馬のいななきも聞こえて来る。
「分かった、すぐに行く。部隊長を集めといてくれ」
「はっ!!」
トウジの部下は弾かれたように天幕から飛び出して行った。
「くそっ!」
飛び起きたトウジは、急いで甲冑を着け始める。しかし、焦っているために思ったようにいかない。
と、白い手が伸びて来て彼を手伝い始めた。
「昨日・・・貴方の寝顔を見ながら思ったの・・・・。やっぱり、私は貴方が居ないと生きて行けない。だから、私は貴方について行くわ」
「ホンマにそれでええんか?アスカはお前に裏切られたと思うかもしれんで?」
「大丈夫。アスカなら分かってくれるわ・・・」
「つらい選択を迫ってすまん」
トウジは振り返ると、泣いているヒカリを抱きしめた。
騎兵は恐らくアスカが帰って来たので出発準備をしているのだろう。トウジの兵はすべて歩兵なので、出発されてしまうと足の遅い歩兵では騎兵に追いつく事は出来ない。彼は一刻も早く騎兵部隊の天幕を急襲し、騎兵が馬に乗る前に彼らを無力化せねばならない。いかに騎兵達が速度、そして戦闘力に優れていようとも、馬に乗る前ならば容易く討ち取る事が出来るはずだ。
トウジは天幕から出ると、二十人いる部隊長(ひとりあたり千人を率いている)に状況を伝え、準備出来た部隊から騎兵の天幕へ奇襲をかけるように命令した。
戦力の逐次投入となってしまうが、この場合は時間を置く事で相手の戦力が上がっていってしまうので仕方がない。
「急ぐんや!!先着した部隊は馬を射殺せ!!」
トウジの指揮の下、まず準備の整った二千の歩兵部隊が騎兵部隊の天幕の側に繋がれている馬へ向けて弓矢を放つ。
何頭かの馬に矢が当たり、地響きを立てて倒れる。
しかし、この攻撃は一回で中止せざるをえなくなってしまった。戦闘準備を整え終わった騎兵達が、トウジ達の前に横一列に並んで立ちふさがったのだ。
普段、騎兵はいくつもの部隊に分かれ、突撃の際には部隊ごとに並んで突撃することで連携運動を向上させているのだが、この時ラングレー騎士団は準備が出来た騎士から列に加わって突撃を開始した。
「やっぱ強いわ。こりゃかなりの損害が出るな」
即席の突撃隊にしては完璧なフォーメーションを取っている騎兵を見て、トウジは騎兵達の錬度の高さに舌をまいた。
数々の戦場を渡り歩いたトウジ配下の歩兵達であったが、さすがにランスを構えて突撃してくる騎兵を見て怯えたのか、前進するスピードが下がる。
「野郎ども、ワシについてこい!!」
腰の神剣「ライディーン」を引き抜いたトウジが、先頭を切って突撃した。
ライディーンは剣型エヴァンゲリオンで、刀身の幅が広く、一般的にブロードソードと分類される形をしている。雷が宿る刀身が、夜明け前の闇の中で眩しくスパークしてトウジの顔を時折闇の中に浮かび上がらせる。
「うおおおおおおおぉーーーーーーーーっ!!!」
雄叫びを上げたトウジは、向かって来た騎兵の馬をすれ違いざまに切りつけた。ブンと風を切る音に続いて、ドスンと鈍い音がした。首を失った馬は、そのまま前のめりに倒れこみ、乗っていた騎士が前にすっ飛んで行った。
何人かの部下がランスに体を貫かれて絶命したが、やはり戦列に加わった騎馬が少なかったお陰で難なく第一波を通り抜けられた。本来、ランスが対騎兵用の武器であった事も幸いした。
第二波はまだ完全なラインになっておらず、突撃してくるトウジ達を見て武器をランスから剣に持ち替え始めている。これだけ距離が縮まってしまえば、ランスで突撃するには助走距離が足らないと判断したのだろう。
左右を見てみると、さきほど突破した第一波の騎兵が第二波に加わる為に戦場の外側をトウジ達と同じ方向に向かって進んでいた。
合流されると厄介になるとトウジは考えたが、いかんせん人間の足では馬のスピードには到底勝てない。
騎兵部隊と衝突するまであと少しの所で、前方で待ち構えていた騎兵達に変化が起こった。
戦闘態勢を解き、防衛ラインの真中で左右に別れたのだ。
開いたスペースから一騎の騎兵が進み出た。
ラングレー騎士団特有の赤い鎧に身を包み、蜂蜜色の長髪をなびかせて前に出て来たのは、トウジの友人であり、また彼の恋人であるヒカリの親友、アスカであった。
走る足をゆるめたトウジは、左手を上げて後続の歩兵達に止まるように指示した。
お互いの部下を後ろに残したまま、トウジは徒歩で、そしてアスカは馬に乗ってお互いへの距離を縮めて行く。
数メートルの距離まで近づくと、アスカが馬の首を左側に向けてトウジを見下ろした。右側に馬の首を向けなかったのは、騎馬の左側面が右利きの騎兵にとって弱点になるからである。右の手で剣を握った場合、どうしても左側の敵を攻撃しにくくなってしまう。乱戦になると、よく騎兵は二人一組になってお互いの左側面をカバーするのも、この弱点を克服する為のものだ。
「どうやら見逃してもらえないようね」
「悪いなアスカ。ワシにも立場がある。そやから、ワシはお前とぶつからなあかんのや」
「それなら、私とアンタ。二人で決着をつけましょう」
「同感やな。仮にも少し前までは仲間同士やったんや。殺し合いをさせるのはあんまりや」
このまま正面から二軍がぶつかれば、双方ともに大きな損害になる。
下馬したアスカは、腰の鞘からレーヴァテインを引き抜いた。近距離で抜き放たれた二つのエヴァが、お互いの魔力によって共鳴し、小さく振動を始めた。



離れた場所で二人が対峙するのを見ていたシンジの鎧も、二人を中心に高まって行く魔力に反応してカタカタと音を立て始めた。胸部に埋め込まれているコアも、赤く発光している。
破壊され尽くしたラングレー領を出たアスカとシンジの二人は、急いで国境まで南下し、昨夜ラングレー騎士団の下へ闇に紛れて帰還を果たした。隊長達を集めたアスカがラングレー領で起こった虐殺の様子を彼らに伝えると、悲痛な顔で話を聞いていた隊長達の中には、涙を流す者が何人もいた。
「アスカ様、すぐにコキュートスへ引き返し、キールの首を取りましょう!!」
「そうだそうだ!!」
「許すまじ、暴君キール!!」
拳を握り絞め、怒りで顔を赤くした騎士達は、口々に敵討ちをするべきだとアスカに訴えた。ラングレー領は彼らの故郷であるので、残してきた家族が生存している可能性は、ほぼゼロに等しい。
「皆、落ち着いて」
アスカが静かに言うと、騎士達は静まり返った。
到底落ち着いてなどいられない状況であるが、アスカの声には彼等を押し黙らせるだけの威圧感のような物があったのだ。
「キールの首は必ず取る。でも、今は無理よ」
「では、我々はどうすれば良いのですか? 帰る場所を失い、家族を皆殺しにされ、もうこうなれば無理だと分かっていても首都を目指して進撃するしか無いではありませんか」
騎士団の中で、もっとも年長の騎士が言った。
彼はもっとも熟練した騎士であり、実戦経験も数多いので下の者には尊敬の目を向けられ、アスカからは絶対の信頼をおかれていた。
「私達は、ネルフに亡命するのよ」
「ネルフに・・・・ですか?」
「ネルフに亡命すれば、一万でキールに立ち向かうより確実にアイツを苦しめられるわ」
「しかし、ネルフは我々を信用し、受け入れてくれるでしょうか?」
寝返ったと見せかけて敵と行動を共にし、いざと言う時に内部から攻撃を加えるのは良くある事だ。とてもネルフに信用してもらえるとは思えないと騎士は言った。
「あなた方には、一時的に私の指揮下に入ってもらいます」
「失礼ですが、貴方は?」
横から口を出してきたシンジに、騎士は値踏みするような視線を向けた。
「私はネオ。リリスから派遣された援軍の隊長をやっています」
「彼は信用して大丈夫よ。私が保証するわ」
シンジは前もってアスカに自分が身分を隠して行動している事を伝えてあったので、彼女は口裏を合わしてくれた。彼がアスカに事情を説明したところ、妻であるレイに正体を明かした方が良いと説得されたが、シンジは頑なにネルフを解放するまで正体を明かすつもりは無いと言って、考えを変えなかった。
「アスカ様がそうおっしゃられるなら、私達は何処までもお供いたします」
古参の熟練騎士は完全にはシンジを信用してはいない様だったが、主が信じられると言った以上、彼もまたネオと言う男を信用するしかない。
アスカが命令すると、騎士たちは慌しく出発準備を始めた。



対峙したアスカとトウジは、まったく動こうとしない。
お互いエヴァ同士で戦うのは初めてで、相手の出方をうかがっているのだ。
性格の違いであろうか? やはり先に我慢出来ずに動いたのはアスカであった。
瞬時に間合いを詰めた彼女は、一撃必殺と言って良いほど鋭い突きを繰り出した。しかし、トウジは落ち着いて体を横へずらし、紙一重でこれをかわす。後ろへ下がらなかったのは、エヴァの力を警戒したからだ。
トウジの予想した通り、突き出された剣の切っ先から、火炎が1メートル以上先まで噴出した。あのまま後ろに下がっていれば、火達磨になっていた事だろう。
体勢が崩れたアスカに、今度はトウジが剣撃を繰り出す。
剣を両手で持ったトウジは、全腕力を使って上から剣を振り下ろした。すさまじい速度で振り下ろされた剣がアスカの頭部を襲ったが、彼女はあと顔まで数センチと言う所で受け止める事に成功した。
ぎりぎりの所で受け止めたアスカだったが、あまりの力に膝がガクリと落ちる。純粋な力では、女であるアスカはトウジには敵わない。ましてやトウジは蛮族の出身で、並の男では太刀打ちできないほどの腕力をもっているのだ。
トウジが剣を振り下ろした時に起きた突風で、アスカの足元の埃が舞い上がった。
「くっ!!」
なんとか押し返そうとアスカが力を込めた瞬間、体全体に衝撃が走った。
ライディーンが発光し、彼女に電撃ぶつけたのだ。
「あぐぅっ!!!」
四肢がバラバラにされるような感覚に、思わずアスカが声を上げる。
レイヴァーテインの加護がなければ、ショック死はまぬがれなかっただろう。
アスカは横に転がって逃げると、起き上がって剣を空振りした。すると、剣から赤く光る衝撃波が現れ、トウジに向かって飛んで行った。
「うなれライディーン!!」
衝撃が自分に向かって飛んでくるのを見たトウジが、アスカと同じ様に剣を空振りする。すると、彼の剣からは稲妻のような衝撃波が飛び出し、アスカが出した衝撃はと空中で激突した。
その瞬間、轟音と共に大爆発が起きた。
もうもうと巻き上がった土埃を目掛け、二人は突進を始める。
土煙の中から、三度ほど剣を打ち合わせる音が聞こえたあと、やっと明るくなり始めた空にレーヴァテインが舞った。
クルクルと空中で回転した剣は、重力と言う名の力に引かれて地面と接吻し、鈍い音を立てて突き刺さった。固唾を飲んで見守っていたラングレー騎士団の面々は、地面に突き刺さった剣を見て衝撃を受けた。彼らの主は負けたのだ。
土煙が晴れると、トウジがアスカの喉下に剣を突きつけていた。
「動きが鈍いで。やる気あんのかいな? それとも、お前の実力はこんなもんなんか?」
落胆の表情を浮かべたトウジは、悠然と言い放った。まるで準備運動にもならなかったとでも言いたげな顔である。
「言い訳はしないわ・・・・・。さあ、やりなさい」
「友達の命を奪うのは忍びないけど、妹の為やさかい、かんべんしてや」
「ヒカリにはうまく言っておいてね。泣かせるんじゃないわよ」
「わーっとる。安心せい」
トウジが剣を持つ手を前に進めようとした時、一本の剣が彼の頬をかすめて飛んで行った。
頬に赤い線を走らせたトウジは、彼に剣を投げつけた男に視線を向ける。
「何もんや、お前?」
全員が赤い鎧を着ている中、一人だけ紫の鎧を着ている男がいた。
剣術の達人ともなれば、見ただけで相手の実力は大体分かる。トウジは体中の血が沸き立つような感覚を覚えた。
「僕の名はネオ。今の勝負、公平とは言えない」
「なんやと?」
人一倍、卑怯な事が嫌いなトウジは、今の勝負が公平では無かったと言われ、眉間に皺を寄せた。
「彼女は昨日まで拷問を受けていたんだ。体調は万全じゃない」
紫の鎧を着た男、シンジは地面に突き刺さっていたレーヴァテインを引き抜くと、切っ先をトウジへと向けた。シンジにとって、新たな戦力となりえるラングレー騎士団は喉から手が出るほど欲しかった。ここでアスカがトウジに討たれれば、騎士団は空中分解してしまうだろう。それはなんとしても回避しなければならない。
「僕が彼女の代わりに相手しよう」
シンジが言うと、トウジは二ヤリと笑ってアスカにつきつけていた剣をシンジに向けた。
「ワイの名前はトウジ・ベルフィールドや。お前、なかなか強そうやないか。売られた喧嘩は買うんがワイの性分や。かかってこんかい!」
「では、参る!!」
二人は一瞬で距離を詰めると、斬り合いを始めた。
慣れない武器を使っているためか、シンジの動きは少しぎこちなかったが、それでもトウジに負けぬ速さで剣撃を繰り出す。
一方、トウジは巧みにシンジの剣を避け、受け流し、弾き返す。そして一瞬の隙をついて反撃を繰り出している。
「トウジ卿、ここは我々が通るのを見逃してはくれまいか?」
激しい鍔迫り合いの最中、シンジがトウジに話し掛けた。
「それは出来ん相談や」
一気に押し返されたシンジは、後ろにひっくり返りそうになったが、なんとか転ばずに持ちこたえた。何度も剣を打ち合わせて分かったのだが、トウジの腕力は怪物と呼べるほど凄まじい物だ。そこでシンジは攻撃を受け止める事を避け、受け流すようにした。
シンジがトウジの腕力に驚いたのと同様、トウジもシンジの剣技に驚いていた。どれだけ鋭い剣撃を繰り出しても、簡単に受け流されてしまう。つい先程まで慣れない剣を振っている為にぎこちなかった剣さばきも、今では完璧な物になっている。
二人の戦いは熾烈を極め、両陣営は固唾を飲んで見守っている。シンジに命を救われた形になったアスカも、二人が発する闘気に呑まれて身動き出来ない。
「食らえっ!!」
トウジが衝撃波を飛ばすと、シンジが紙一重で見切って避ける。逆にシンジが飛ばすと、今度はトウジが剣で強引に叩き潰した。
両者の戦闘能力は拮抗し、二人の闘いは永遠に続くかのように見えた。
しかし、次第にトウジが押され始めた。
純粋に二人が剣だけを持って戦っていたなら、もしかすれば闘いは相打ちに終わっていたかもしれない。しかし、今回の闘いでは決定的違いが両者の間にはあった。それは装備の違いである。
トウジは神剣ライディーンを持っていたが、この力はシンジがレーヴァテインを持っている為に相殺されてしまっている。一方、シンジは鎧型エヴァンゲリオンを装備しているので、防御力が高い上に、身体能力もエヴァによって高められていた。
「くそっ!!このままやったらジリ貧や!!」
焦ったトウジは、今までで一番大きな衝撃波をシンジに向けて放った。一直線にシンジに向かって飛んだ衝撃波は、彼に避ける間を与えずにぶつかった。
「やったっ!!」
シンジを中心に爆発が起こったのを見て、トウジは笑みを浮かべた。自分の放った衝撃波で何人もの敵が爆散する所を見ているトウジは、シンジもバラバラになった物と思ったのだ。しかし、彼の笑みは次の瞬間凍りつく事になる。
舞い上がった土煙の中から、剣が突き出され、彼の腹部に突き刺さった。
「ぐっ!!な、何ぃっ!!?」
「悪いね。僕にエヴァでの特殊攻撃は通用しない」
痛みで顔をしかめたトウジの前に、無傷のシンジが立っていた。彼の周りに、朝日を反射させてキラキラと光る壁が見える。
「エ、ATフィールドか・・・・・」
まったく迂闊な事に、この時までトウジはシンジが着ている鎧がエヴァンゲリオンであると気付いて居なかった。彼の持つライディーンはエヴァと共鳴していたが、それはアスカのレーヴァテインと共鳴しているものだと思っていたのだ。
それに加え、シンジが毎回衝撃波の直撃を避けていたので、当たればダメージは確実にあると思い込まされていた。この点、シンジの頭脳プレイの勝利であった。
「卑怯と呼びたければ呼べばいい。本来、真剣勝負とは負ければお終いだ。卑怯であっても勝つ事こそ正義」
リリスの内戦を闘いぬいたシンジは、戦いに理想や倫理の入り込む隙間など無い事を知り尽くしていた。騎士道など、平和ボケした三流騎士のセリフだ。
レーヴァテインが刺さった腹部から、肉の焦げる匂いが立ち上がる。
剣を持つ手に更に力を入れたシンジは、そのままトウジを押し倒そうと彼の右足に自分の右足を絡ませ、左手で彼の顔面を殴りつけた。
しかし、倒れると思ったトウジは倒れず、それどころか反対に剣を握ったままの拳でシンジを殴り返した。
「ええ事を教えたる。蛮族同士の闘いでは、こんなんはかすり傷や」
不敵に笑ってみせたトウジは、信じられない事に自分に刺さった剣の刀身を素手で掴み、シンジの腕を押し返すように引き抜いた。ポッカリと穴のあいた彼の腹部から、大量の血液がこぼれ出た。おそらく、レーヴァテインを掴んだ手も火傷を負っているだろう。
「まだまだワイはやれるで、かかってこいや!!」
「見上げた根性だね」
両者は戦いを再開したが、もはや勝敗は誰の目にも明らかであった。
ライディーンの雷撃はATフィールドによってことごとく防がれ、腹部に負った傷の為に鈍くなった剣ではシンジを傷つける事は出来なかった。反対に、レーヴァテインから放射される炎はトウジの肌を焼き、確実に彼の体力を奪って行く。時を追うごとにトウジの体に切り傷が増え、彼の顔から血の気が失せて行った。
ついに体力が限界に達したのか、トウジは地面に片膝をついてしまう。
「覚悟!!」
それをシンジが見逃すはずは無く、必殺の一撃がトウジの首を狙って振り下ろされ様とした時、一人の女性がトウジとシンジの間に割って入り、トウジを庇うように彼に覆い被さった。
女性を切ってしまう寸前で、剣が止まる。
「ヒカリ、なんで出て来たんや!!危ないから引っ込んどれ!!」
「嫌ぁっ!!私も貴方と一緒に死ぬ!!」
おさげの女性は、泣きながらトウジに縋りついた。
「ワイは死んだり・・・せえへん・・・・せや・・・から、はよう向こうへ・・・」
言い終わる前に、トウジは失血の為に失神してしまった。
「トウジ!!」
倒れた恋人を見て、顔面蒼白になったヒカリが半狂乱で叫ぶ。
そこへ、アスカがやってきた。
何が起こったのか理解出来ないで居るシンジに自分にまかせるように言うと、彼女は倒れているトウジの首筋に指を当てた。
「大丈夫よヒカリ。気絶してるだけだから」
「アスカ・・・・・」
「私はこれからネルフに行くわ。ヒカリは・・・・トウジとゼーレに残るつもりでしょう?」
「ごめん、アスカ。私、彼を愛してるの」
「謝らなくてもいいわ。私は、ヒカリが幸せになってくれるだけで嬉しいから」
優しく笑ったアスカを見て、ヒカリの頬に涙が伝った。
同じ土地で生まれ、共に育って来た二人の間には深い友情がある。その友情より愛情を選択したヒカリは、酷い罪悪感を抱いていた。
アスカに許された事で、ヒカリは涙を堪えきれなくなってしまったのだ。
「ヒカリ、元気でね。いつかまた会いましょう」
「ごめんね・・・・っく・・・ごめっ・・・んね・・」
言葉が続かないヒカリを一度強く抱きしめたアスカは、側でそれを見ていたシンジと共に騎士団の方へと歩き出した。



両陣営は一部始終を見守っていたが、我に返ってみると形勢はラングレー騎士団が圧倒的有利になっていた。
トウジとシンジが戦っている間に、騎兵は戦闘態勢を整え、全員が乗馬していた。
一方、トウジの歩兵部隊は後から後から後続の歩兵が到着し、二万全員が揃ったのは良いが、指揮系統が混乱していたためにきっちりとした戦闘態勢がとれないでいた。
戦闘初期の段階で騎兵の機動力を奪えなかったトウジの失策である。一騎打ちを受け入れた時点で、彼らの負けは確定していた。
騎兵が横一列になって突撃を開始すると、司令官を失った歩兵達は押し合いへし合い、散り散りになって壊走を始めた。
ラングレー騎士団は深追いせず、すぐに進路を南に向けて国境を越えた。




To be continued….


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