夢にまで見た瞬間

ずっと待ち続けていた瞬間

玉座に腰掛けている愛しい人

やっと再会できた嬉しさに、鼓動が高鳴る

涙で歪む世界の中に、彼は確かに存在していた

けど・・・・・・・・・・・

なぜ?

なぜ貴方は私に冷たい目を向けるの?

愛しているのに

どうして?

どうして?





エヴァンゲリオン戦記

Chapter: 21
暗殺者




ネルフ首都ジオフロントにあるセントラ城。
戦勝ムードで明るい雰囲気の謁見の間に、一人の男が入って来た。
黒髪と意志の強そうな瞳、そして線の細い顔立ちは美男子と言って差し支えがない。
室内にいた連合軍の幹部達は、一部の者を除いて彼に訝しげな視線を投げつける。
連合軍の幹部だけしか立ち入りが許されていない謁見の間に、部外者が入ってきたのだから、彼らの困惑は当たり前と言えば当たり前の物であった。
男は王座まで続いている赤いビロードの上を直進し、三段ある階段を上って行く。
「ま、待て」
男が王座に腰掛けようとするのを見て、さすがに驚いたシゲルが王座に近寄ろうとするが、すぐ側に立っていたミサトに止められた。
横に伸ばされた手を押しのけて進もうとするが、彼女は女性と思えない腕力で押し返し、シゲルは一歩も先へと進む事が出来ない。
「な、何をしているのですミサト卿、狼藉者が・・・」
ミサトはシゲルに答えず、玉座の近くまで進み出ると跪いた。
それはとても自然な動きで、彼女はかすかに微笑んですらいた。
「な・・・・?」
困惑する一同をよそに、リツコもミサトの横まで進み出ると、ミサトに並んで跪く。
そして最後にアスカが進み出て、リツコの隣に跪いた。
この時点で、状況が飲み込めていなかった幹部達の何人かは、王座に座っている男が着ている鎧に見覚えがある事に気付いた。
特徴のある紫色の鎧。
確か、リリス軍の司令官が纏っていた物ではなかっただろうか。
「シンジ殿下、この度の勝利、おめでとうございます」
堂々と王座に腰掛けた男に向けて、わざと大声でリツコが祝いの言葉をかけた。
「な???」
「シンジ殿下だと!??」
「殿下は三年前にお亡くなりになったはず・・・」
謁見の間は騒然となった。
ネルフ王位の正当なる継承者である王太子シンジは、三年前の戦いで帰らぬ人となった。
もちろん、一部の人間は彼が生存している可能性がある事を知っていたが、公式な発表では彼は死んだ事になっているのだ。
驚くのも無理は無いだろう。
「今回の勝利は皆が力を貸してくれたお陰だ。ありがたく思う」
玉座でシンジは軽く頭を下げて見せてから、ざわめく室内を見渡した。
「さて、国土解放軍・・・・・いや、ネルフ軍の諸君は困惑しているようなので、これまでの経緯を説明したいと思う。気付いている者も居ると思うが、私はネオと言う偽名を使ってゼーレと戦っていた。なぜなら、三年前の初陣で私は記憶を失い、自分が王太子だとつい最近まで知ることが無かったからだ」
記憶喪失と言う言葉に、また室内は騒然とする。
なるほど、言われてみれば王太子に似てはいる。しかし、似ているだけの偽者かもしれない。
ネルフ幹部達は懐疑的な視線を、王座に座る男に向けた。
その視線を感じてか、シンジは苦笑して右手を皆に見えるように掲げてみせた。
「卿らが私の事を疑うのも無理は無い。しかし、私が本物の王太子であると言う証拠はある。この王家の紋章が刻まれた指輪がそうだ」
彼の指に輝くのは、まぎれもなくネルフ王家の者のみが持っている紋章入りの指輪であった。
「皆の者、王太子殿下の御前である。控えよ」
ミサトが跪いたまま、呆然と立ち尽くす幹部達に向かって言った。
状況が理解出来た者達から順にその場に跪く。
「三年もの間、私はすべてを忘れて異国の地でのうのうと暮らして来た。国民を守るべき王族でありながら、たとえ記憶喪失であったとは言え万死に値する。自決も考えたが、正当な王位継承者が居なくなるのは国にさらなる混乱を呼ぶ。だから私はこれから精一杯、国と国民の為に尽くすことで贖罪してゆくつもりだ。皆の中には、まだ納得が出来ていない者も居るとおもうが、どうか、この国の為に私に力を貸してほしい。この通りだ」
シンジは深く頭を下げた。
決意に満ちた彼の目を見て、王太子が偽者では無いかと疑っていたネルフ幹部達の心境に変化が現れた。
シンジの目は野心に濁った者の目では無い。
そう、彼らが嫌悪していたレオン・フォン・ブラウンとは全く正反対の真っ直ぐな目をしていた。
シンと静まり返った謁見の間に、扉が開かれる音が響いた。
空いた扉から、一人の女性が謁見の間へと入ってくる。
室内にいた全員の目がそちらへと向けられた。
この緊張と混乱をごちゃ混ぜにした不思議な雰囲気を振り払ってくれそうな人物の登場に、室内にいた大半の人間が期待の篭った目を彼女に向ける。
「レイ・・・・・・」
玉座のシンジがつぶやくのと、蒼銀の髪の美女が夢遊病者のように王座に向かってフラフラと歩き始めたのは同時であった。
シンジが偽者かもしれないと疑っていた幹部達は、解放軍の司令官であり、王太子の妻である女性の行動を、固唾をのんで見守っている。
短い時間であったが、夫婦として王太子と時間を過ごしたレイならば、シンジが本物であるか否かが分かるに違いない。


レイは走り出したい気持ちを押さえ、一歩一歩、ゆっくりと玉座に向かって歩いて行く。
これから生まれ変わるネルフの重鎮達の前で、王太子妃である自分がはしたない行動を取って、夫に恥をかかせる訳には行かないのだ。
下手をすれば、夫の威厳を傷つけてしまうかもしれない。
ミサト達が跪いている場所まで来ると、彼女達は左右に移動してレイに道をあけた。
「御久しゅうございます、殿下」
目の前に居るのは、三年もの月日を越えて待ちつづけた愛しい夫。
まだ少年の頃の優しい面影を残しつつ、彼は精悍さを感じさせる立派な青年へと成長していた。
レイは夫の顔を見つめたが、涙が溢れて良く見えない。
「ほ、本当に、良くご無事で・・・・」
三年間、帰って来た夫に掛ける言葉は色々と考えていたが、彼女に言えたのはこれだけであった。
嗚咽を上げ始めた姫を見て、辺りではもらい泣きを始める者たちが出だした。
一方、感極まって泣き始めたレイとは対照的に、シンジの心は冷めていた。
いや、冷めていたと言うのは間違いであろう。
なぜなら、彼の心には冷たくどす黒い嫉妬と言う名の炎が宿っていたのだから。
目の前の妻は、三年前とくらべてまるで別人であった。
三年前の少女が蕾だとすれば、現在の彼女は開花した百合の花のようだ。
短かった蒼銀の髪は腰まで伸び、体の曲線はもう大人のそれであったし、幼さが残っていた顔は夜の月を連想させる美姫の物へと成長していた。
彼女の涙で濡れた瞳で見つめられれば、大抵の男は腰砕けになるであろう。
だが、それらはすでに自分の物では無く、だれか別の人間の物なのだ。
彼女はその男にどのような笑顔で微笑むのであろうか?
彼女はその男にどのような言葉を囁くのだろうか?
彼女はその男にどのような仕草をみせるのだろうか?
そして、どのようにその男を誘うのであろうか?
考えれば考えるほど、自分の顔から表情が消えて行くのがシンジには感じられた。
身勝手な男だと自分でも思う。
自分には嫉妬する権利など無いのだから。
自嘲気味に笑ったシンジは、目の前の形だけの妻に向かって口を開いた。
「レイ、苦労を掛けた」
「いいえ殿下、わたくしは殿下がご無事でお戻りになられただけで・・・・」
「すまない」
「で、殿下・・・・?」
この時、レイは初めてシンジが自分を見る冷ややかな視線に気付いた。
彼の顔に、再会の喜びは浮かんでは居なかった。
ただ、冷たく自分を見下ろす瞳があるだけ。
「そなたも疲れたであろう。今日はもう部屋に下がって休みなさい。三年前と同じ部屋を用意してある」
それからシンジはもうレイには見向きもせず、解放軍やシュトース・ヴィントの幹部達に次々と指示を出して行く。
話の流れから、どうやらシンジが本物らしいと結論づけた幹部達は、彼の指示に従って慌しく動き始めた。
「シゲル卿、シャーウッドの森へ使者を送り、父上に勝利の報告を。それから、出来るだけ早くジオフロントに戻って来ていただけるようにお願いしてくれ」
「はっ!」
威勢よく敬礼したシゲルは、部下数人と共に部屋から出て行った。
「マコト卿は街の見回りを頼む。まだゼーレ兵の生き残りがうろついているかもしれん」
「かしこまりました」
シゲルと同じ様に敬礼したマコトが、ちらりとミサトに視線を向けてから退室する。
「アスカ卿、王太子の権限でそなたの亡命を認める。これからしばらくはミサト卿の下で新たなゼーレ軍の侵攻に対する警戒と、軍の再編成に勤めてくれ」
「ありがたき幸せです。部下共々、粉骨砕身ネルフの為に働かせていただきます」
亡命が認められ、ほっとしたアスカは、これから始まるであろうゼーレとの対決に心を躍らせた。
「リツコ卿は父上とコウゾウ卿が到着するまでに、破綻しかけの経済の再建と、ネルフ復興の為の草案を作成しておいてくれ。これはかなり骨の折れる仕事だが、頼りにしている」
「おまかせを」
自信に満ち満ちた一言を返したリツコは、すでに頭の中で固まりつつある復興案を本格的に練る為にスキップを始めそうな足取りで出て行った。
「ミサト卿はアスカ卿と一緒に軍の再編成とゼーレへの警戒に当たってほしい。せっかく首都を取り戻したのに、また取り返されましたでは笑い話にならんからな」
「はっ!!」
まるで教科書のような綺麗な敬礼をしたミサトは、アスカをつれて部屋を出てゆく。
途中、立ち尽くしているレイに気遣わしげな視線を向けるが、夫婦の、ましてや主君の問題に口を出すわけにも行かず、そのまま二人を残して部屋から出て行った。


「どうした?」
シンジに声を掛けられたレイが気付くと、謁見の間には彼女ら二人だけしか残っていなかった。
シンジはレイの前に立っており、右手の人差し指でレイの形の良い顎をついと持ち上げた。
しっとりと滑らかな肌の感触を、シンジは指先に感じた。
三年の間にシンジの身長はレイを追い抜かしており、彼女より頭一つ分高くなっている。
「あ」と声を上げたレイを無視して、シンジは彼女の唇を凝視した。
「唇に血が滲んでいるぞ、どこかにぶつけたか?」
「こ・・・これは・・・」
よほどきつく擦ったのか、レイの唇には血が滲んでいた。
レオンに唇を奪われたなど、レイには言えるはずがない。
言いよどみ、目をそらしたレイに、シンジは決定的な証拠を突きつけられたように感じ、鼻で笑うと彼女の顎を持ち上げていた指を放した。
イライラして、自分の言葉使いが荒くなって行くのが分かる。
以前のシンジはこんな喋り方などしなかったはずだ。
「さあ、早く部屋に行って休め。君の相手をしているほど俺は暇では無い」
自分でも驚くほどに冷たい言葉がスラスラと口から出てゆく。
レイの顔が悲しみに歪むが、それすら演技だと思うと怒りすら感じる。
「殿下、なぜ・・・・」
「三年間、君を放っておいたのは悪かったと思っている。この国の為に戦っていてくれたのにも感謝する。けど、今は君の顔を見たくないんだ」
「そんな・・・私は・・・殿下をお慕いして・・。あなたをずっと・・・」
「もう演技はたくさんだ!!君が出て行かないのなら俺が出てゆく!!」
シンジは怒鳴ると足早に部屋から出て行ってしまった。
残されたレイはその場に崩れ落ち、大声を上げて泣き始めた。
自分が想っていたほどに、夫は自分を想っていてくれなかったのだろうか。
それとも、自分になにか問題があるのだろうか。
理不尽とも言えるシンジの態度に怒りもせず、ただただレイは泣き続けた。


部屋を出た所で立ち止まったシンジは、レイの泣き声を聞いていた。
自分がいなくなっても演技を続けるレイに疑問を感じたからだ。
彼女の泣き声はあまりに物悲しく、演技だとはとても思えない。
謁見の間に戻ろうかと足を踏み出したシンジの脳裏に、男と部屋へと入って行くレイの姿がフラッシュバックする。
拳を握り締めたシンジは、踵を返して三年前に自分の部屋だった場所へと歩き始めた。



暗闇の中、うごめく幾つかの人影があった。
彼らに気配は無く、声さえ上げなければ人に気付かれる事はまず無いだろう。
「やつらは今、城を取り返して油断している。今夜、行動を起す」
人影の一つが口を開いた。
ひどく小さな声であったが、周りの人影らには十分な音量であったらしく、全員が一様に頷いた。
「私はミサト・カツラギを討つ。お前達は他の幹部達を狙いなさい。リリス軍の司令官はエレボス、あなたが殺るのよ」
「はい」
華奢な体つきをした影の一つが、鈴をならしたようにリンとした声で答えた。
エレボスとは古代の言葉で「暗黒」と言う意味を持つ。
どうやら、この影の名前のようである。
「エレボス、あなたは私直々に稽古をつけ、私の部下の中では一番の使い手・・・。仕損じては駄目よ」
「はい。この命に代えても、敵の首を掻き切ってごらんに入れます」
感情の感じられない声で答えたエレボスは、周囲の闇に溶け込んで行く。
他の影達も、気配を殺して闇に溶けて行った。
「ミサト・カツラギ。いつぞやの屈辱、思い知らせてやる」
そして、最後の影が闇へと溶けた。




ゼーレ領内、リリスとの国境から北へ数キロの地点


カヲルが率いるリリス軍の士気は、天を突き破らんばかりであった。
ジオフロントが解放される数日前、ゼーレ領へと雪崩れ込んだ彼らは砦を構築中であったゼーレ軍を文字通り粉砕したのだ。
新月の夜陰に紛れての攻撃は、敵を大混乱に陥れた。
まさかリリスから侵攻があるとは思ってもいなかった四千のゼーレ軍は、瞬く間に殲滅され、全滅してしまった。
ゼーレ軍のほとんどが要塞構築の為の工兵であった事も理由の一つだが、完成間近の砦は一日と持たずに陥落したのだ。
ケイタの配下となり、捨石として一番危険な場所を攻めた傭兵隊にも大した損害は出ず、全軍の被害は極めて軽微であった。
この完全とも言える勝利に、十万のリリス軍は酔っていた。
「引き返す!?正気か??」
眉毛をハの字にして、ムサシは驚いた。
圧倒的勝利の直後に彼の主君の口から出た言葉は、彼の期待していた言葉とはかけ離れた物であったのだ。
一緒にいた他の将軍達も彼と同様に驚いているのか、唖然としている。
「僕はいたって正気さ」
さらりと言ってのけた国王は、額にかかった前髪を優雅な手つきで払いのけた。
リリスのご婦人方が見れば、熱い吐息を漏らしたであろうその仕草も、居並ぶ将軍達には何の感銘も与えはしなかった。
「思ったよりも敵が少なかった」
カヲルは残念そうに言った。
彼の予想では、構築中の砦にはもっと大勢の敵兵が待ち構えているはずであった。
少なくとも3万はいるであろうと考えられていた敵兵は、わずか4千足らず。
国境に貼り付けておく戦力にしては少なすぎる。
考えられる理由として、三つの可能性がある。
まず一つ目は、ゼーレがリリスを過小評価して安心しきっていたという可能性。
二つ目は、国境に配置されていたゼーレ兵を、何らかの理由で移動せねばならなかったと言う可能性。
三つ目は、何かの罠だと言う可能性。
それら三つの可能性の中で一番可能性が高いのが、最後の罠の可能性である。
もし罠だった場合、北上したリリス軍は手痛い打撃を受ける事になるだろう。
そうなってしまえば北上するなど不可能になり、下手をすると逆にゼーレに攻め入られる事になる。
動員出来るだけ全員を集めてゼーレへと侵攻したリリス軍は、もうこれ以上の戦力の増強は不可能だ。
すると、大打撃を受けたリリス軍に逆に攻め入って来たゼーレ軍を止めるだけの力は無い。
これから北上するのは、かなりリスクが高い。
当初の砦を破壊すると言う目標は達成されたのだから、ここは引き返すのが上策である。
贅沢を言えば、もう少しゼーレ軍の戦力を削っておきたかった。
理由を説明すると、将軍達は理解してくれたらしく、撤退命令を配下の将兵へと伝える為に散っていった。
しかし、いつの時代、どこの国にでも、分からず屋と言う人種はいるものである。
「納得できん」
鼻息荒くカヲルに詰め寄ったのは、ムサシであった。
もちろん、他の将軍達が居なくなったのを確かめてからである。
さすがに主君の胸倉を掴んでいる所を見られるのはまずい。
「錬度も士気も高く、装備はゼーレの雑魚よりよっぽど立派。ちょっとやそっとくらいの罠なんて食い破って見せる」
顔にかかるムサシの鼻息に嫌な顔をしたカヲルは、大きなため息をついてみせた。
「本音を言えば、僕も戦いたいのさ。リリス人の強さをゼーレの奴等に見せ付けてやりたい。でも、僕の立場がそれを許さない。国民を危険にさらす訳には行かないんだよ。分かってくれないかい」
ムサシが渋々と言った感じでカヲルから手を放す。
「一度リリスへ帰り、今度はネルフと連携してゼーレと戦う」
カヲルは、鋭い視線を紅蓮の炎の中で崩れ落ちる砦の向こう側へと向けた。
そう、ゼーレの首都、コキュートスの方向へと。




ネルフの首都ジオフロント


ジオフロントの街は、まだ解放の興奮が冷めないのか、深夜になっても騒がしかった。
繁華街の方からは、酔っ払いの歌声なども聞こえてくる。
一方、街とは対照的にセントラ城は静寂に包まれていた。
寝ずに警戒に警備に当たっている2000人を残し、後は皆自分にあてがわれた部屋で睡眠を取っている。
殆どの者達は昼間の戦いで消耗しつくし、泥の様に眠っているはずだ。
静まり返った城を見上げながら、ミサトは欠伸をひとつした。
それにつられたのか、隣に立っていたアスカも形の良い口を大きく開けて欠伸する。
「ミサト、交代は何時に来るの?」
「確か夜明け前だったはずだけど」
「はぁ、柔らかいベッドが恋しいわね」
軍の再編の為に一日一緒に居た二人は、かなり打ち解けていた。
細かい事を気にしない、姉御肌のミサトが気に入ったアスカは、自分の事をファーストネームで呼ぶ事を許し、また自分も彼女をファーストネームで呼んでいた。
ミサトが夜の警備をシンジに買って出た時も、アスカは自らその補佐に志願した。
積極的に働いて、シンジとネルフ軍の信頼を得ると言う打算もあるが、志願した理由の大半はミサトと一緒にいると楽しかったからだ。
ラングレー家の後継ぎとして常に気を張っていたアスカは、気さくなミサトと話していると肩の力が抜けるような気がする。
アスカがもう一つ欠伸をしようと口を開き掛けた時、鋭く風を切る音がした。
ミサトとアスカは同時に抜刀すると、飛んで来た矢を払い落とす。
「ミサト!!」
「わーってるわよ!!」
背中を合わせて剣を構える二人を囲むようにして、複数の影が現れた。
「アサシン!?」
「気をつけてミサト!この黒装束、見覚えがあるわ。確か、シャムシエル配下の暗殺者よ!」
彼らの実力を知っているアスカは、ゴクリと喉を鳴らす。
ゼーレに抵抗した数々の優れた人間達が、シャムシエルとその部下達によって暗殺されている。
「あら、誰かと思えばラングレー家のご令嬢じゃない」
闇から現れた影の一つが、危険な光りを宿した瞳で二人を睨みつけた。
彼女は両手に持っていた二つの塊を二人に投げつける。
二人から少し離れた場所に落ちたそれは、鈍い音を立てならが少し転がって止まった。
苦痛に歪められた表情を浮かべたままの生首が、剣を構えた二人を虚ろな目で見上げる。
「この辺りの見張りは全員始末したわ。残っているのは貴方たち二人だけ・・・・ふふふ」
「あ・・・アンタは・・・」
ミサトは、女アサシンに見覚えがあった。
三年前、自分とシンジが休んでいた天幕を襲った暗殺者の女だ。
「あら、覚えていてくれたみたいね。あの時の借り、返しに来させてもらったわ。ついでだから、そっちの裏切り者の小娘も始末させてもらうわね」
「始末するですって!?面白い、やってみなさいよ!!」
小娘呼ばわりされて怒ったアスカの手の中で、レーヴァテインが炎を上げた。
その光りで、アサシン達の姿が闇の中から浮き上がった。その数、6人。
闘争心を剥き出したアスカを鼻で笑うと、シャムシエルは部下に合図を送った。
それと同時に、アサシン達はファルシオンを構えてアスカとミサトに襲い掛かる。
彼らはヒットアンドアウェイの要領で、スピードを生かした攻撃を仕掛け、また離れてゆく。
アスカがレーヴァテインの火炎で威嚇するが、素早い彼らはいとも簡単にそれらを避けてしまう。アスカが炎を放つ度に、辺りは昼間のように明るくなった。
これだけの騒ぎを起してまだ誰も駆けつけて来ない所を見ると、シャムシエルの言葉通り、この辺りの警備兵はすべて彼らによって倒されてしまったのであろう。
と言う事は、彼女等は孤立無援でアサシン達と戦わなければならない。
しかも、彼らが自分達を殺すには、猛毒の塗られたファルシオンの一かすりだけで良いのだ。
「フェアじゃ無いっての」
背中ごしのミサトの言葉に、アスカは心の中で大きく頷いた。
アサシン達は、並の剣士ならば一瞬で瞬殺されてしまうような波状攻撃を掛けてくる。
しかし、彼等が相手にしているのは並の剣士とは程遠い腕をもった女性達であった。
いままで一度も一緒に戦った事が無いはずなのに、アスカとミサトの呼吸は気持ち悪いぐらいピッタリと合っていた。
常にお互いの死角をカバーし、一人がフェイントを掛けた後にもう一人が攻撃を加える。
圧倒的に有利なはずのアサシン達は、一人、また一人と二人に切り倒されて行った。
「やるじゃない、アスカ」
「当たり前よ」
不敵に二人が笑い合った時、何かがアスカの足に絡まった。
「!!??」
アスカの足に絡まったそれは、彼女の足を勢い良く引っ張り、アスカは仰向けに倒れてしまった。
あっけにとられたアスカ目掛けてアサシンが一人飛び掛る。
しかし、毒の刃がアスカに届く直前で、ミサトが飛び込んで来たアサシンを斬り殺す。
だが、その隙を突いて何かがミサトの背中に叩きつけられた。
「ぐぅっ!!」
その衝撃で、ミサトがよろめいたが、倒れはしなかった。
二人がヒュンヒュンと不気味な音がする方向を見てみると、シャムシエルが両手に持った鞭を振り回していた。
彼女が持っているのは動物の調教などに使われる物とは違い、戦争で鞭使いが使う物だ。
その威力は凶悪で、鎧を着ていない場所に当たると肉は弾け飛ぶ。
先程ミサトが切り倒したアサシンがシャムシエル最後の部下だったらしいが、彼女は余裕の笑みを浮かべながら鞭を振り回していた。
まるで生き物のように変則的に動く鞭は、一種の結界になってシャムシエルを護っており、下手に近づこう物なら大怪我をする事になるだろう。
幸い、先程ミサトに当たった一撃は鎧の上だったらしく、ミサトに怪我は無いようだ。
「ふはははははは、死ねぇっ!!」
狂ったように笑うシャムシエルは、ミサトに集中して攻撃を掛け始めた。
幾多の戦いを乗り越えて来たミサトも、この攻撃には手も足の出ず、逃げ回るだけだ。
「どうしたのミサト・カツラギ?無様に逃げ回ってないで、攻撃してきてみなさいな」
勝ち誇ったシャムシエルは、更に攻撃のスピードを上げた。
巧みに攻撃をかわしているものの、さすがに縦横無尽に動き回る鞭のすべてを避ける事はできず、何度か鞭が体に触れるが、そこはさすがミサト、すべて鎧に当てている。
もし一対一の戦いであれば、攻撃出来ずに防戦一方のミサトは負けていただろう。
彼女のスタミナとて無限では無いのだ。
しかし、この時、この場所にはアスカが居る。そう、遠距離攻撃が可能な神剣エヴァンゲリオンを持つ少女が。
「イケェェェェッ!!」
アスカが炎の塊をシャムシエルに向けて飛ばすと、シャムシエルはそれを受け止める事が出来ないので横へ飛んで回避した。
回避している間、鞭の動きが乱れ、一瞬だけ隙が出来るのを二人は見逃さなかった。
目で合図を送ったアスカが、もう一度炎をシャムシエルに向けて放った。
それと同時にミサトが突進する。
「覚悟っ!!」
鞭の結界が乱れた一瞬を突いて、ミサトがシャムシエルに肉薄した。
「くっ!!」
しかし、シャムシエルもミサトが突っ込んで来るのを予想していたのか、ミサトと距離を取る為に逆の方向に移動しようとする。
が、彼女が移動しようとした方向には、シャムシエルの行動を予測していたアスカが待ち構えていた。
アスカに気を取られている間に、ミサトはもう剣撃の届く場所まで来ていた。
シャムシエルの目が大きく見開かれた瞬間、彼女の褐色の肌にミサトの剣が突き立った。
「ぎゃああああああーーーーーーっ!!」
耳を塞ぎたくなるような絶叫をシャムシエルは上げた。
絶叫に一瞬遅れて、今度は炎の神剣レーヴァテインがシャムシエルを背中からバッサリを切り裂く。
今度は声を上げる事なく、シャムシエルはその場に崩れ落ちた。
「ハア、ハア、や、やったわね・・・」
息も絶え絶えの二人だったが、ミサトが何かを思い出したように走りだした。
「ちょ、ちょっと何処に行くのよミサト!!」
いきなり城へ向けて走りだしたミサトにアスカは驚いた。
「まだ残党が残っているかもしれないから、周囲の警戒を頼むわ!私はシンジ殿下が心配だから城の中へ行ってくる!!」
そう言ったきり、振り返る事なく走って行ってしまったミサトを見送ったアスカは、大きな溜息をついた後に見回りを始めた。




ここで少し時間を遡る。
シンジが休憩を取るために自室へと辿り着いたのは、真夜中過ぎであった。
事後処理に終われ、今の今まで走り回っていたのだ。
鎧を脱ぎ、疲れきった体をベッドへと投げ出す。
しかし、体が睡眠を要求しているのとは裏腹に、頭はさえてしまって寝付けない。
目を閉じると、レイの泣き顔が浮かんで来る。
苛立つ気持ちを押さえ、無理にでも寝ようときつく目を閉じてみても、眠気はなかなか訪れなかった。
眠れない自分に苛立ったシンジは、薄く目を開いた。
明かりが無い部屋は闇に閉ざされ、目が慣れて来ても何も見える物は無い。
それに気付いたのは偶然だった。
窓を開けていない部屋の僅かな空気の揺れ。
寝ていたなら、決して気付けなかったであろう。
それを感じた瞬間、シンジは素早く横へと転がり、枕下に置いてあった剣を掴むと飛び起きた。
枕が引き裂かれたのか、暗闇に羽毛が舞っている。
「何者だっ!!」
部屋の中を見回すが、暗闇の中に何も見つける事が出来ない。
「くそっ!!」
シンジは咄嗟に窓に掛かっていたカーテンを引きずり下ろした。
留め金が弾け飛び、カーテンが床に落ちる。
窓から月の光が部屋の中へと差し込んだ。
浮かび上がったのは、黒い影。
「アサシンかっ!!」
影は素早く動くと、両手に持った小ぶりのファルシオンでシンジを攻撃し始めた。
アサシン(暗殺者)の持つ武器には大抵の場合猛毒が塗られている。
熊や像などを狩る時に使うような毒ならば、かするだけでも致命傷になってしまうだろう。
冷や汗で背中がじっとりと濡れるのを感じながら、シンジは鞘に入ったままの剣で素早い攻撃を受け流す。
剣を抜いて応戦したいのだが、相手は相当の使い手であるらしく、彼のその時間を与えない。
ファルシオンが月光を反射してキラリキラリと光る。
それだけを頼りに、シンジは鞘を振って攻撃をしのいでいた。
しかし、相手は暗闇の中でも全てが見えているらしく、下からシンジの持っている鞘を蹴り上げた。
シンジの手を離れた鞘は、そのまま部屋の反対側へと弾き飛ばされる。
武器を失ったシンジは、咄嗟になにか近くに武器になりそうな物が無いかと探すが、
勝機と感じたアサシンが、右手にもったファルシオンをシンジの腹部へ向けて突き出した。
シンジは間一髪でそれをかわす。
服は破れてしまったが、切られてはいない。
すると、アサシンは体を逆時計回りに回転させると、シンジに背を向けた状態から、左手で逆手に持ったファルシオンを後ろへ突き出すようにして同じ場所を狙って突いて来た。
何人もの人間をこの技で屠って来たのか、黒頭巾の下でアサシンは微笑んだ。
完璧なタイミングで突き出されたファルシオンは、間違いなく相手を捕らえるはずだった。
だが、神と言う存在がもし本当に存在するならば、彼はこの時たしかにシンジに味方した。
なんと、最初の一撃をかわした時にバランスを崩したシンジは、部屋に置いてあった椅子の足につまずいて、そのまま仰向けに転んでいたのだ。
空を切ったファルシオンを、転んだままの状態でシンジが蹴り上げた。
「う・・・」
ちょうと手首の辺りに蹴りが入ったのか、アサシンは握っていたファルシオンを落してしまう。
左手の武器を失ったアサシンは、右手のファルシオンを逆手に持ち替えると、床に転がったシンジに飛び掛った。
ファルシオンが胸に突き刺さる寸前でアサシンの腕を掴んで止める事に成功したシンジは、アサシンの腕力がことのほか弱い事に驚いた。
馬乗りになったアサシンを、ブリッジを作る反動で後方へ投げ飛ばすと、腹筋を使ってすばやく飛び起き、振り向きざまにアサシンの手を蹴り付ける。
今回もどうやら手首にうまく当たったらしく、アサシンは最後の武器を失った。
しかし、アサシンはまだ諦めていないらしく、立ち上がるとシンジの即頭部を狙ってハイキックを繰り出して来た。
恐ろしいほど切れの良いそれを、シンジの腕がブロックした。
やはり重さが足りないが、スピードのあるそれが急所に当たれば、一発で昏倒してしまうかもしれない。
どうやら、このアサシンは素手での戦いにも慣れているようだ。
見事な体術でシンジを攻撃してくる。
「くそっ!!」
苦し紛れにシンジの繰り出したパンチを腕ごとからめとり、間接を決めると同時に勢いを利用して後ろへと投げ飛ばす。
「ぐうっ!!」
テーブルの上に背中から落ちたシンジは、一瞬息が止まる。
シンジの下敷きになったテーブルは、その衝撃に耐えられずに粉々になってしまった。
剣の腕ならばかなりの自信のあるシンジだったが、素手での戦いとなると勝手が違う。
しかし、先程のパンチはアサシンの額をかすめていたようで、頭巾が破れてアサシンの素顔が現れていた。
「お・・・女???」
頭巾の中にしまい込まれていた闇と同じ漆黒の黒髪が、ハラリと彼女の背中を滑って腰に届いた。
何処か憂いを帯びた瞳と、口元の黒子が印象的な女性がそこに立っていた。
咳き込みながらシンジが起き上がると、まるでそれを待ち構えていたように女が駆け寄って来てシンジの顔面めがけてパンチを繰り出した。
避けられない、そう感じたシンジはあえて前進し、女の拳を顔面で受け止めた。
意識が飛びそうになるが、ヒットポイントがずれた為になんとか昏倒する事を免れたシンジは、そのまま突進して女に体当たりした。
「きゃっ!!」
男の体格には勝てなかったのか、シンジのタックルをまともに受けた女は、初めて女性らしい声を上げて壁まで弾き飛ばされる。
頭でも打ったのか、そのままぐったりと崩れ落ちると動かなくなった。
「はあぁっ、はあっ、はあっ」
静寂の戻った部屋に、シンジの荒い息だけが響く。
動かなくなった女を見て安心したシンジは、その場に座り込んでしまった。
その時、部屋の扉が激しく叩かれた。
「殿下!殿下!!ご無事ですか!?」
どうやら扉を叩いているのはミサトの様だ。
「ミサト卿、私は大丈夫だ」
扉を開けると、焦った顔をしたミサトが立っていた。
「アサシンが現れました。現れた敵はすべて倒しましたが、殿下も狙われる可能性があります」
「ああ、それならもう来た」
「え?」
「部屋の中でのびてる」
シンジが部屋の中を指差す。
めちゃくちゃになった室内を見て、ミサトはシンジの身に何が起こったのかが分かったようだ。
「よくご無事で・・・。殿下の危機に参上が遅れてしまい、誠に申し訳ありませんでした」
「気にしなくていい。それより、こちらの損害は?」
「はっ、見回りの兵士たち40人ほどが死亡しました。シゲル卿やマコト卿等も襲われましたが、幸い怪我はありません」
どうやらネルフの幹部達は全員無事だったようだ。
リツコが怪我をしたようだが、騒ぎに気付いて飛び起きた時にベッドから落ちて出来た打撲なので、心配する必要は無いらしい。なんとも間抜けである。
「レイは?レイに怪我は無かったか?」
この城にはレイがいる事を思い出したシンジは、ミサトの肩を掴んで揺する。
「レ、レイ様は無事です。暗殺者が部屋に現れた時に、引き取られた子供達の部屋へ行かれておりまして、それで難を逃れられたようです」
よほど強くシンジに肩を掴まれたのか、ミサトは顔をしかめた。
レイが無事と聞いてほっとしたシンジは、ミサトに事後処理を任せると、部屋の中へと戻った。


明かりを灯すと、グチャグチャになった室内が現れた。
「ふぅ、片付けが大変だ・・・・」
アサシンに目を向けてみると、彼女はまだ意識が回復していないのか、倒れた時のままで壁に寄りかかっていた。
「殺す・・・・・ことは出来ないよ・・・やっぱり」
溜息をついたのは、自分の甘さにうんざりしたからだ。
シンジはアサシンを抱き上げると、自分の寝台の上に横にした。
赤くなりながら、アサシンがもう武器を持っていない事を確認すると、部屋を片付け始めた。
誰かを呼べば良いのだが、こんな真夜中に呼びつける事はしたくない。
それに、彼女を見張る為に起きていなければならない。
時間潰しには丁度良いと、惨憺たる風景になってしまった部屋を人の住める場所に戻す為に片付ける。
一段楽した所で、横になっているアサシンの状態を見る為にベッドに近寄った。
近くで見てみると、女性は整った顔立ちをしている事が分かった。
歳はシンジと同じくらいだろうか。まだ少し幼さを残している。
不思議な魅力を持った女性である。レイの清らかさとは正反対の、色香のような物を漂わせている。
恐らく、彼女の口元の黒子がそれを強調しているのであろう。
体をシーツで包んだシンジは、彼女がよく見える位置に椅子を置くと、そこに腰掛けて彼女の意識が回復するのを待つ事にした。
だが、体は予想以上に先程の戦闘で疲労していたらしく、強烈な眠気が彼を襲い、しばらくするとシンジは寝息を立て初めていた。


夜明けまであと少しと言う時間になって、ベッドに横になっていた女性が起き上がった。
椅子に座ったままで寝息を立てているシンジを見つけると、獲物を狙う猫を思わせる動きで彼へと近寄って行く。
どうやらシンジは完全に寝入っているようである。
彼女なら、一瞬で首の骨をへし折る事が可能だ。
しかし、シンジに伸びた手は、空中で止まった。
しばらく動かなかった女性は、小さく息を吐くと、気配を消して部屋から出て行った。


これがシンジと、彼の第二子を産む事になる女性、エレボスことマユミ・ヤマギシとの出会いであった。




To be continued……



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