星花騎士団。
それは、帝国軍のマスコット的存在として女性のみで編成された騎士団である。
男尊女卑の風潮が高かった大陸において、女性の地位を高める為に皇帝が編成したとされているが、真偽は定かではない。
決して戦闘力が高いとは言えなかった彼女らが、いかに勇敢に戦い、そして散って行ったかは、大陸に住む人間なら子供でも知っている。
今なお、吟遊詩人達の歌う彼女らの物語に涙する者は後を絶たない。
エヴァンゲリオン戦記
Chapter 22: 四天王
戦後処理、それはある意味戦闘そのものよりも難しい。
処理せねばならぬ事も多種多様で、中には頭を抱えたくなるような問題も沸いて来る。
その一つの例が遺体の処理である。
ジオフロントには十万体以上の遺体が転がっており、これをそのまま放置しておく訳には行かない。なぜなら、遺体が腐敗し出すと疫病が蔓延する可能性があるからだ。
いや、それ以前に死体がゴロゴロと転がっている街で暮らしたいと考える酔狂な人間はいないであろう。
こうして遺体の回収は最優先事項として処理される事となり、約四千人が遺体の撤去に従事する事となった。
彼等は遺体を荷車に限界まで積み上げ、街から出て数百メートル離れた場所で降ろす。
そこには巨大な穴が掘られてあり、ある程度遺体が溜まると油を注いで火を点けるのである。
何十個もある穴からは、人を焼いた煙が立ち上がり、夏の青空へと昇って行く。
煙の匂いに耐えかねて、何人もの兵士たちがそこかしこで嘔吐していた。
敵であるゼーレ兵の遺体は彼等の故郷へと帰してやる事は出来ず、このように処理されたが、ネルフの戦死者は手厚くジオフロント内の墓地へと埋葬された。
国教であるシームルグ教会の神父達は、次から次へと舞い込む葬儀の依頼にてんてこ舞いで、罰当たりな話ではあるが、祈りの言葉を短縮して時間を短縮せねばならなかった。
遺体を撤去した後にも仕事は残っている。血痕や血溜まりの洗浄である。
これには大量の水が必要で、その調達には市民の協力を呼びかけた。
このような問題が山のように持ち込まれる王城は、蜂の巣をつついたような状態になっていた。
執務室の中は書類が散乱し、伝令が並んで自分が報告する番を待っている状態であった。
もちろん、国王不在の間の責任者は王太子であるシンジであり、彼は鬼神のような働きでこれらの問題を処理して行った。
シンジの傍らには彼の知恵袋であるリツコが張り付いており、彼に的確なアドバイスとしている。
「戦闘で破壊された囲いから家畜が逃げて困っているですって??そんな事は後にしなさい」
市民からの訴えを報告しに来た兵士は、リツコの剣幕に首をすくめた。
確かに他にも成すべき事は山のようにある。このような些事に一々答えている余裕は無いのだ。
すごすごと退室しかけた兵士を、シンジが呼び止めた。
「シゲル卿の配下の兵士に手が空いている者が何人か居るはずだ、彼等を連れて行け」
「殿下、まだまだ人手は必要です、彼等を送るのには無理があるとおもうのですが」
「リツコ卿、農民にとって家畜は財産なのだ。国民の安全と財産を護るのが私の仕事で、財産を失いそうな国民が助けを求めている。それを無視する事は出来ない」
リツコは驚いたような顔をした後、深々とシンジに一礼した。
「何をしている、早く言って家畜を集めてやれ。頼んだぞ」
ぼうっと突っ立っていた兵士にシンジが声をかけると、兵士は鎧をガチャリと鳴らして敬礼してから執務室を飛び出して行った。
余談であるが、この時の農民が後に商売を始めて大富豪となり、ネルフの財政をバックアップする事になるのだが、これはまだ先の話である。
マコトにジオフロント内の残党狩りを命じたシンジであったが、マコトからの報告によるとジオフロント内の残党はごく少数だったようで全て捕縛したとの事であった。
そのほとんどが市民からの情報で、彼等が駆けつけた時には市民からの暴行によって半死半生の状態だったらしい。
これを聞いたシンジは、私刑の禁止を市民に伝えるようにマコトに命じた。
この命令のお陰で、ゼーレに尻尾を振っていたネルフ人の多くが命を拾う事となる。
ゼーレ兵に協力的だった人間へのリンチが、街のいたるところで始まっていたのである。
ゼーレ兵と商売をしていた店は焼き討ちされ、ゼーレ兵と交際していた女性は頭の髪を剃り上げられて街を引きずりまわされていたのだ。
妊婦が殺害されたとの報告を受けた時は、シンジはさすがに衝撃を受けた。
人の心にある闇の部分を見せ付けられたような気がして、陰鬱な気分になる。
結局、私刑禁止の命令を破った市民数人が逮捕されて、ようやく街から狂気が消え去った。
「安心いたしました」
リツコが切り出したのは、午前の激務を終えて昼食を摂っている時であった。
交代で食事を摂る事にしたので、今はシンジとリツコの二人きりである。
「安心?」
「はい、正直に申しますと、シンジ殿下がここまで政務に慣れていらっしゃるとは思っていなかったので・・・・」
リツコは目の前に並べられた皿に、優雅な手つきでフォークを伸ばし、一国の重鎮が口にするにはいささか質素な料理を口に運ぶ。
ジオフロントは内陸部に位置するので、魚介類を目にする事は少ない。今彼等が食しているのもカボチャのスープとパン、小さな鹿肉のステーキ一切れとサラダだけである。
「さすがに内戦を三年もやっていると、嫌でも身につく。それに父上が帰還されるまでは、重要な決定は出来ないから、処理しているのも急を要する事だけだ」
リリス風の料理と比べて、ネルフ風の料理は少し味が濃い。
リリスよりも気温の高いネルフでは、塩分が汗で流れてしまうために食事で補う必要があるからだ。
三年ぶりに食べるネルフ料理はとても美味で、やはり自分は生粋のネルフ人なのだとシンジは感じた。
「言葉使いがお変わりになられましたね」
「変だろうか?」
「いいえ、今の話し方のほうが指導者としては好ましいです。弱気な話し方では人は引っ張って行けません」
どうやらリツコはカボチャのスープがお気に入りのようで、先程からそればかりを一心不乱にスプーンで口に運んでいる。
一心不乱にスープを飲んでいたリツコだったが、不意に手を止めた。
「今、ふと思い出したのですが、先程の家畜の件、わたくし感服いたしました」
細かい所まで国民の為を思って動いてこそ、民から慕われる国王となれるのだとリツコは言った。
もちろん、やりすぎは毒にしかならない。しかし、物事を大局的に見て無理が無い程度の事であれば、国王は進んで国民の要望に答えなければならないのだ。
特権意識に凝り固まった王族や貴族は、国民は自分達の為に働いていると考えている者が多いが、これは大きな間違いである。
国民あってこその国であり、国あってこその国王なのである。
したがって、王は国民の為に働かねば王たる資格は無いのだ。
リツコが思うに、シンジにはそういった特権意識がまるで無い。
恐らく、今まで王族らしい暮らしをした事が無いのがその原因だと考えられるが、これはシンジにとって幸運な事だったとリツコは思った。
彼は人を見下す事が無いのである。
先程の一件も、頭ごなしに命令するのでは無く、部下に物事を頼んでいる。
たった一言「頼んだぞ」と言葉の終わりに付けるだけで、命令された方はかなり気分が良くなるはずだ。
命令された兵士がしばらく茫然と立っていたのは、恐らく彼から見て雲の上の身分である王族の人間から「お願い」されて驚いたからであろう。
こう言った人当たりの良さは、シンジの財産と言って良い。
意識せず、自然体でこうやって人と接して行けるなら、彼は必ず皆から慕われる王となるであろう。
しかし、シンジはジオフロントに帰還してからと言うもの、自らの評判を落すような行為をしている。
リツコ息苦しさを感じながらも、なんとか口を開いた。
「殿下、どうして妃殿下とお会いになられないのです?」
食事を続けていたシンジの手がピタリと止まった。
「リツコ卿、これは夫婦の問題だ。口出しは止めてくれ」
「お言葉ですが殿下、今の状態では王太子妃殿下の協力なしに事をスムーズに進める事は出来ません。それに、あからさまに妃殿下を避けたりすれば、妃殿下を慕う者達の反感を買う恐れもあります」
シンジは今、ネルフで孤立している状態であった。
レイがネルフの主となる事に反発していた少数の人間を除いて、ほとんどのネルフの軍人はレイを慕っている。いや、崇拝していると言っても良い。
彼等にしてみれば、三年間もの苦難の時間を共に過ごして来たレイの方が、突然あらわれた正統な王位継承者よりもずっと自分達の指導者として従いやすいだろう。
表面的に恭しくシンジに従っていても、心の中では不服に感じている人間も多いはずだ。
彼等にしてみれば、一番美味しい所だけをシンジに取られたようなものなのだから。
そんな状況下でレイに冷たく接すれば、よけいな反感を買う恐れがある。
シンジも恐らく気付いているはずなのに、どうして表面的にだけでもレイと付き合えないのかがリツコには理解出来ない。
もちろん、夫婦の関係に口を出すつもりは無いし、政略結婚が多い王族の夫婦の関係が冷え切っている事も珍しくは無い。
しかし、シンジは意識的にレイとの関係を断ち切ろうとしているようにリツコには感じられた。
逆に考えると、シンジはレイに拘っているのではないだろうか?
レイに拘っているからこそ、表層的な付き合いも出来ず、ネルフの家臣達に反感を買っても何も出来ない。
二人の間に何があったのかは分からないが、シンジの軍師として、彼がネルフで孤立するのは避けなければならない。
「殿下、せめて表面的にだけでも夫婦として妃殿下に接してください。これは、シンジ殿下の軍師としての言葉です」
「善処はする」
それ以降、軍師とその主君は言葉を交わす事なく食事を終わらせた。
善処するとリツコに言ってはみたものの、シンジは途方に暮れていた。
冷静になって考えてみると、レイに新しい恋人がいても不思議では無いのだ。
三年間、ずっと苦難の時を過ごして来た彼女が、誰か支えになってくれる人間を見つけ、恋に落ちる可能性は大きい。
その誰かの事を考えると、体中の血が逆流しているのではないかと思えるほどに嫉妬で苦しくなるが、それは自分本位なエゴではないかとシンジは自分の心に問い掛けた。
レイはシンジの持ち物では無く、一人の人間なのである。
自分の思い通りに行かないといって、押さえつけたり、ましてや冷たく当たったりする権利などシンジには無いのだ。
三年と時を経た今なお、レイの事を愛しく感じ、共に生きて行こうと感じたあの夜の気持ちは変わらない。
相手の事を思いやり、幸せにしてやるのが本当の愛ならば、自分は何をすべきなのだろうか。
軍師の言う通り、このままレイを避けつづければ、家臣の間に不信感が募る事であろう。
誰だって、自分が慕う人間が辛い仕打ちを受けていれば、腹が立つのだから。
だからと言って、彼女と表面的な夫婦としてこれから過ごして行くのはシンジには出来ない事であった。
誰か別の人間を想っている人と夫婦を続けるなど、自分があまりに惨めに思えるのだ。
それ以前に、レイを縛り付けてしまう事になるだろう。
彼女は王太子妃であるゆえに、想い人と添い遂げる事も出来ず、不幸な毎日を送る事になってしまう。
レイには幸せになってもらいたい。
ならば、彼女を自由にしてやらなければ。
シンジは自分の誤解に気付きもせず、最悪の方向へと思考を走らせようとしていた。
シンジが執務室で戦後処理に追われている頃、王太子妃であるレイは城の中庭へと散歩に来ていた。
戦後処理を手伝おうとシンジの執務室へと顔を出してみたが、扉の前の警備兵に追い返されてしまったのだ。
「なにか殿下のお手伝いが出来ないかと思ったのですが・・・」
「申し訳ありません、妃殿下」
申し訳なさそうな顔はするものの、警備兵は彼女を中へ入れてはくれなかった。
そう言う訳で、思い出深い噴水がある中庭に来てみたレイだったが、自分が引き取った子供達が水遊びしているのを見つけて、頬を綻ばせた。
一番活発に動いているのは、一番初めに引き取ったレビア・マーベリックである。長い金髪をサラサラと風に揺らしながら、噴水の中を走り回って他の子供達に水を掛けている。
彼女こそ、後の四天王の筆頭騎士であり、後世に涙ながらに伝えられる悲劇の「星花騎士団」の団長、「氷炎の騎士」と呼ばれる事になる少女である。
噴水の淵に腰を掛け、足の先だけを水に浸けている少女はアリシア・クレオンテ。黒髪を短く切りそろえた彼女は、落ち込んでいるように見える。それもそのはずで、彼女はつい先日、唯一の肉親である父の戦死を伝えられたのだ。王太子妃殿下を護っての名誉の戦死らしいが、少女には関係の無い事だった。そんな名誉より、彼女にとって父が側にいてくれる事のほうが遥かに大切だったのだから。
後に四天王の一人、「闇夜の乙女」と呼ばれる事になる少女である。
そんなアリシアの腕に抱かれて、キャッキャッと笑い声を上げながら水を掛け合う二人の少女を見ているのはセト・ワルトラウテ。
彼は三年前にゼーレがジオフロントを占領した時、ゼーレ兵に乱暴された女性から生まれた子供である。占領下のジオフロントで世間の目は母子に冷たく、精神を病んでしまった彼の母は、皮肉な事にジオフロント解放の前日に自害していた。
この時、彼はまだ二歳半。
後にレイを母と慕って四天王の一員となり、「沈黙の鷹」と呼ばれる事になる少年である。
セトの視線の先で、レビアに負けるかと水を掛け返しているのはローザ・アムネリス。
彼女も戦争孤児であり、両親が殺されてから、俗に言うストリートチルドレンとして盗みやひったくりなどをして生きてきた少女である。前日に、死体から金目の物を盗もうとしているのをレイが見つけ、城に連れてきたのだ。その時は性別も分からない汚らしい薄汚れた子供であったが、風呂に入れて新しい服を着せてみると、かわいらしい少女だと分かった。
後に四天王の一人となり、最年少のセトと結婚する事となる少女である。
過酷な状況下で育ったローザは言葉使いが荒く、それはレイの努力の甲斐も無く、成人しても直りはしなかった。
「セト、あたいと結婚しな」
と、ロマンチックさの欠片も無いプロポーズの言葉を、セトは無言で頷いただけで承諾したと言う逸話が残っている。
ローザと七歳年下のセトは、ネルフ帝国の名物夫婦となるのだが、これはまだまだ先の話。
水遊びに勤しむ四人にレイが近づいて行くと、気付いた子供達が彼女に手を振ってきた。
「お姉ちゃん!!」
「妃殿下・・・」
「マーマー」
「あっ、姫さん」
四人が四通りの呼び方でレイを呼ぶ。
「そんなにずぶ濡れになったら風邪を引くわ。さ、部屋に戻って着替えてきなさい」
優しく言ったレイだったが、レビアとローザはまだ遊び足りないらしく、まだ遊ぶのだと言って頬を膨らませた。
すでにアリシアはセトをつれて部屋に引き返そうとしている。
彼女はレイと知り合ってまだ日が浅く、しかも厳格な父に育てられた事もあって、非常に聞き分けが良い
「聞き分けの無い子には、お仕置きが必要ね」
そう言ったレイにいち早く反応したのはレビアであった。
彼女はレイが子供の躾に非常に厳しい事を、一番良く知っている人間である。
以前、レイに「お仕置き」されてからと言うもの、彼女は微笑みながら「お仕置き」と口にしたレイには絶対に逆らわないようにしていた。
「今すぐ部屋にもどります、戻りたい、戻らせてください」
パニックになったレビアは、いそいそと部屋に掛け戻って行った。
彼女と一緒に膨れていたローザも、レビアのあまりの慌てように何かを感じたのか、彼女と一緒に部屋へと戻って行った。この辺りの勘の良さは、さすがと言えるかもしれない。
子供達が去り、静かになった中庭で、レイはゆっくりと噴水の淵へ腰を掛けた。
水面に自分の顔を写し、深い溜息をつく。
「殿下・・・・。・・・私は・・・寂しい・・・・」
シンジに会いたいが、今レイが行けば、政務の邪魔になってしまう。
レイは自分の心の弱さに唇を噛んだ。結局、理由を付けて逃げているだけなのだ。
『嬉しければ、笑うんだよ』
あの夜の誓いを覚えているか、それだけが聞きたい。
しかし、彼が覚えていなかったら?
その時、自分はどうなってしまうのだろうか?
それが怖くて、強引に彼に会う事ができなかった。
彼の冷たい瞳が、彼女に何かを暗示しているように感じられるのだ。
ふと視線を感じたレイは、中庭を見下ろす城の窓へと目を向けた。
しかし、そこには誰も居ない。
「ふう・・・」
形の整った唇から、また一つ溜息を漏らすと、レイは立ち上がって子供達の部屋へと向かった。
放っておくと、濡れた服を着たままで遊んでいるかもしれない。
風邪を引いては大変だ。
一番落ち着いてしっかり者のアリシアが一緒に居るから大丈夫だろうが、問題児二人とオマケの幼児一人が相手では、かなりてこずっている事だろう。
レイは孤児である彼等を引き取る事で助けたが、実際は彼女が助けられてばかりだ。
辛い時や悲しい時、彼等の笑顔を見ていると、とても癒される。
彼等の笑顔を思い浮かべたレイは、中庭から見える狭い空を見上げた。
空は青く、雲一つ無い。
レイの心に、何か沸々と湧き上がって来る物があった。
「殿下、私はずっとあなた様のお側に。たとえ殿下が嫌がられても、離れません。そして、たとえ殿下のお心が私に無くとも、かならず取り戻してごらんにいれます」
先程まで沈んでいた気分が嘘のように消えうせ、目の前が開かれたようにレイには感じられた。
三年間、彼女は待っている事しか出来なかった。
しかし今、シンジは彼女の手が届く場所にいるのだ。すこし我侭になってみても良いのではないか。
長期戦にもつれこみそうだが、彼女には自信があった。なぜなら、彼女は三年間も待てたのだから。
そんなレイを見ていた男がいた。
彼女が城を見上げた時、咄嗟に隠れたが、彼自身なぜ自分が隠れたのかいまいち理解できていない。
「あれぇ?ネオ・・じゃ無くなったんだっけ?シンジ、こんな所で何してるの?」
窓際の壁に張り付いていたシンジを見つけて、アスカが喋りかけてきた。
先に辺りに人が居ないのは確認済みだったので、砕けた喋り方で自分の主君となった青年と話す。
昨夜は寝ずに城の警備に当たっていたので、朝からずっと寝ていたのか、まだ眠そうな目をした彼女は、シンジが何を見ていたのかが気になって窓の外に目をやった。
ちょうどレイが背を向けて歩いて行く所を見て目を細めた彼女はシンジに向き直る。
「なんで自分の奥さん見るのにコソコソしてるの?」
「別に・・・・・」
「昨日も思ったんだけど、アンタ達ってうまく行ってないの?」
「放っておいてくれ」
シンジは少し拗ねたようにそっぽを向いた。
「かーっ、情け無いわね。男ならガツンと行きなさいよ、ガツンと」
何をガツンと行けば言いのかは理解に苦しむところだが、なんとなく彼女が自分を心配してくれているのがシンジには分かった。
「まったく、私が仕えている男なんだから、しっかりしてくれないと困るのよ。とにかく、ウジウジ悩んでないで、一度奥さんとちゃんと話しなさいよ。じゃ、私はミサトに呼び出されてるから行くわ」
アスカはシンジに背を向けると、スタスタと歩いて行ってしまった。
「アスカ、ありがとう」
感謝の声に、アスカは背を向けたまま片手を上げて答えた。
アスカを見送ったシンジは、短い休憩時間を終わりにすると、また自分の執務室へと帰って行った。
夕日が西の空を茜色へと染め始めた頃、セントラ城の広場にシュトース・ヴィントの面々が集められた。
リリスの国力が回復するまで国土解放軍に協力し、時間稼ぎをするのが彼等に与えられた任務であったが、彼等と国土解放軍の連戦連勝により首都を開放出来た今、彼等がこの地に留まる理由は無い。
彼等は集められた理由を理解しているのか、緊張した面持ちで彼等の隊長が現れるのを待っていた。
しばらくすると、ネルフの王太子となった彼等の隊長が、疲れた顔をして城から出て来た。
シュトース・ヴィントはリリス式敬礼でシンジを迎える。
彼等の前に立って、リリス式の敬礼で答えたシンジは、自分が育てた歴戦の勇士達を暫く眺めていたが、直立不動の体制で自分を見つめる彼等に、シンジはゆっくりと話し出す。
「皆も分かっていると思うが、我々・・・いや、諸君らシュトース・ヴィントの任務は達成された。明日、諸君等にはリリスに帰還してもらう事になる。本国へ帰り、リリス国王に今後の指示を仰げ。これはシュトース・ヴィント隊長としての私からの最後の命令だ」
シンジはもう一度、今度はネルフ式の敬礼をした。
「諸君らの協力無しにはジオフロントの解放は達成出来なかっただろう。感謝する。もう知っているとは思うが、私はネルフの王太子だ。身分を偽っていた事は本当に申し訳無く思っている。しかし諸君らと苦難を共にした三年間は真実だ。私は、諸君らと一緒に戦えた事を誇りに思う。ありがとう、そして諸君らの健闘を祈・・・・」
「我等が主君、シンジ殿下に敬礼!!」
シンジの言葉が終わる前に、部隊の最前列にいた一人が大声を上げてネルフ式の敬礼をした。
それに倣って、シュトース・ヴィントの全員が敬礼する。
彼等は揃って剣を抜き放つと、それを目の前の地面に突き刺し、跪いて頭を垂れた。
これは大陸全土で共通の騎士の礼で、絶対の忠誠を誓う時に行う物である。
「お、お前たち・・・・・」
この瞬間、シュトース・ヴィントの騎士達は祖国を捨てたのであった。
「お前たち、何をしているのか分かっているのか?王太子の私に忠誠を誓うと言う事は、ネルフに仕えると言う事だ。祖国からは裏切り者と呼ばれ、ネルフでは余所者と呼ばれて肩身の狭い思いをする事になるんだぞ!」
「もとより承知」
先程大声を上げた騎士、キース・アルナルタが答えた。
彼はリリスでシンジに剣の才能を見出され、騎士に取り立てられた。
シンジ個人への忠誠心が非常に高い子飼いの騎士の一人である。
そして、シュトース・ヴィント自体が、多かれ少なかれシンジに恩がある人間ばかりが集まった騎士団なのだ。
「殿下は三年間、我等と共にリリスの為に戦ってくださいました。反乱が成功した今、若き国王の下、民の生活は潤い、皆この世の春を謳歌しております。これは大きな恩にございます。今ネルフは首都が解放されたと言え、まだまだ危険な状態です。殿下へ恩返しする為にも、我々は帰る訳には行かないのです。どうか、我々を殿下の手足としてお使いください。皆で相談し、全員がネルフに留まる・・・いえ、亡命する事を決意いたしました。どうか、私達をネルフに置いて下さいますよう」
キースは地面に頭をこすりつけてシンジに懇願した。
「・・・・・・・・」
シンジが言葉につまっていると、別の騎士が顔を上げた。
「隊長!!・・・じゃなかった、殿下!!キースは難しい事を言ってますが、簡単に言うと、俺たちゃ殿下以外の人の下で戦う気はないって事でさぁ。幸い、家族がリリスにいる人間は少ないし、結婚している人間は皆無と言っていい。リリスに未練があるやつぁ先にリリスに帰しました。ここに居る全員、殿下と一緒に居たいと思っている野郎ばかりですぜ」
巨漢の騎士、ウェイン・レウトルドは厭らしい笑みを浮かべると、後ろを振り返った。
「それに結婚するなら、美人のネルフ人の方がいいし・・・。なぁ、みんな!?」
これにはその場にいた全員が爆笑した。
「ウェイン、お前はそういう事しか言えんのか?」
キースだけは、あきれ顔でやれやれと溜息をついている。
「てな訳で殿下、俺達をここに置いてくだせぇ」
「・・・・・本当に良いんだな?」
「もちろんです」
キースが答えた。
「俺はネルフの王太子として、お前達を特別扱いする事はできない。いや、反対にお前達に辛く当たらねばならない。肩身の狭い思いをする事になるぞ」
「覚悟の上ですって」
真面目な顔になったウェインが答えた。
「・・・・・・・分かった。お前達の亡命を認めよう」
キースとウェインを中心に、大歓声が起こった。
「ありがとう、皆・・・・・」
知らず知らずの内に、シンジは涙を流していた。
シュトース・ヴィントの騎士達は、初めて見るシンジの涙に驚き、何人かはつられて涙を流し始める。
「ネルフ万歳!!」
「シンジ殿下万歳!!」
「打倒ゼーレ!!」
騎士達は鎧の胸部に篭手をぶつけて音を立てながら、声高にシンジとネルフを称え始めた。
シンジはそれに敬礼で答える。
歓声の高さは、城にいる者達が何事かと窓から顔を出すほどに大きかった。
ようやく長い長い一日が終わり、なんとか急を要する仕事を片付けたシンジが自分の寝室に倒れ込むように戻って来た、日が沈んでかなり時間が経ってからであった。
激務にボロボロになった体を、ベッドの上へと横たえようとしたシンジは、何を思ったのか腰の剣をスラリの抜き放った。
「ふう、二日も連続で進入されるなんて・・・・・」
溜息をついたシンジに、黒い影が飛び掛る。
昨晩とは違い、部屋には明かりがあったので、シンジは襲い掛かってきた人影が昨夜と同一人物である事にすぐ気が付いた。
昨日は寝込みを襲われた事もあり、かなりの苦戦を強いられたが、今回は最初から武器ももっており、昨日よりもシンジは落ち着いて対処できた。
「一度拾った命だ、大切にしろ」
刃を避けながら、シンジは暗殺者に言った。
「笑止」
女暗殺者は鼻で笑うと、体術も織り交ぜた攻撃を繰り返す。
「シャムシエル様からの命令は貴方を抹殺する事・・・・」
「彼女は死んだ。命令は無効になったはずだ、さっさと国へ帰れ!」
「一度下った命令は、その命令が達成されるか、命令した本人が命令を撤回しない限り、無効になる事はありません。それに・・」
喋りながら、暗殺者は体を素早く回転させて連続で蹴りを浴びせてきた。
「私には帰る国はありません!!」
蹴りをブロックする事で出来た隙をついて、暗殺者はシンジの心臓をねらってファルシオンを突き出した。
シンジは危うい所で体を横にずらせて避けると、左の脇の下に滑り込んだ暗殺者の右腕を自分の左腕で抱え込むようにして押さえ込んだ。
抱き合うような格好になった二人は、そのまま倒れて床を転がる。
テーブルや椅子がなぎ倒され、花瓶が床に落ちて粉々になった。
転がっている最中、また部屋を片付けなければならないなどと考えていられたシンジは、かなり余裕があるのだろう。
「仕える人間も、もうこの世には居らず、帰るべき場所もない。なら、何故君は戦わなくてはならないんだ?」
暗殺者を床に押さえ込んだシンジは、哀れむような目で自分の下でもがいている少女を見た。
「それが我等の掟だから」
「掟なら、どうして今朝、僕を殺さずに出て行った!?」
「それは・・・・。私にも暗殺者としてのプライドがあります!!敵に助命されるなんて、恥以外の何物でもありません。だから、あの時は私が貴方を見逃した!!」
「君の行っている事は矛盾している!!」
暗殺者は器用に体を動かすと、シンジの下から抜け出そうともがき始めた。
シンジは抜け出さないように、一層腕に力を込めて押さえつける。
「君の目は澄んでいる。殺人を楽む人間のような濁った色をしてない。君は望んで暗殺をしているのかい? 君に命令できる人間は消えたんだ。なぜ掟に縛られる必要がある!?」
シンジは怒声を発すると、起き上がって彼女を解放した。
彼女は望んで暗殺者になったのでは無いとシンジは確信していた。
今日の彼女の攻撃には迷いが見て取れる。恐らく、シャムシエルの死で動揺しているのだろう。これから自分はどうしたら良いのか分からないのだ。
暗殺者は飛び起きると、少しシンジから距離をとってファルシオンを構えなおした。
それを見て、シンジは溜息をつく。
「君が望むなら、君が帰るべき場所を与えてあげよう」
左手を彼女に向かって伸ばしたシンジだったが、彼女がその手に向けてファルシオンを振ったので、すぐに引っ込めなければならなかった。
「わたしは、貴方を殺します」
「この、分からず屋!」
シンジが怒鳴った時、部屋の外から何人もの人間が走ってくる足音が聞こえた。
王太子の安否を気遣う声も聞こえてきた。
「・・・・・・」
暗殺者は隙を見せずに無言で窓に近づくと、ガラスを割って外へ飛び出そうとした。
「俺を殺すつもりなら、何度でも掛かってこい。お前の目が覚めるまで、何回でも返り討ちにしてやる」
窓の淵に手をかけた暗殺者を、シンジが呼び止めた。
「お前の名前は?」
「・・・・・・・・・・エレボス・・・」
「それは、仲間内の呼び名だろう?本名は?」
「答える必要がありません」
そう言い残したエレボスは、窓から夜の闇へと飛び出して行った。
「ここ、五階なんだけどなぁ。なんて非常識なやつだ」
惨憺たる風景になってしまった部屋を眺めて、シンジは明日にでも家具を部屋から運び出す事に決めた。
To be continued……..